10-7 ★ 陛下の御守り
10-7 ★ 陛下の御守り
愛する妻が子どもを 授 さず かりました。
流産は妊娠初期が多く、安定期に入るまでは「秘密にしよう」と家族内で決めたにもかかわらず。
「司祭様、奥様のご 懐妊 かいにん おめでとうございます!」
「お名前はお決めになられたのですか?」
「ささやかですが、お祝いです!」
どこで情報を 嗅 か ぎつけたか、記者たちが手土産持参で我が家に押しかけてきた。
――情報が 漏 も れたのはおそらく病院だな。
手ぶらならともかく、花束や、妊婦でも飲める茶葉などの差し入れを 携 たずさ えてきたら 邪険 じゃけん にはできない。とはいえこの 騒 さわ がしさは 胎教 たいきょう に悪いので、ミミには家の奥にいてもらい、ナンシーには彼女の付き添いを頼み、俺が来客その他に対応することにした。
「何をもらっても、 安易 あんい に口へ運んではなりませんよ、兄上」
「おまえ……まるで医者か姑のようだな、チャールズ」
「当然ですよ! 何かあったら大変じゃないですか!」
チャールズは我が家へ来ては「身辺に気をつけるべきだ」と口を酸っぱくして注意を繰り返した。
毒物に 詳 くわ しいアラベラさんは年の 瀬 せ に里帰りしてきた折、贈られた飲食物を全て調べてくれた。チャールズからのお願いもあったという。有り難いことこの上ない。
――ミミのお腹の子は、 王位継承者 おういけいしょうしゃ となる。
チャールズはそれを分かって、必要以上に心配してくれているのだ。ある日の午前中、また玄関の呼び鈴が鳴った。チャールズかな、と思って扉を開けると 吃驚 びっくり 。
「やあ、アルフレッド」
「ご無沙汰しています、アルフレッド殿下」
ギョーム陛下とザックだ。
「おまえに殿下と呼ばれると、むず 痒 がゆ いよ、ザック司祭」
「アハハ、分かったよ。今まで通り、俺のことはザックと呼んでくれ」
司祭服をまとった彼は微笑んで、桜色の包装紙で包まれた箱を俺に渡した。
「これは俺からのお祝い。奥様のご 懐妊 ごかいにん 、おめでとう」
「ありがとう、ザック」
「私からも贈り物があるんだ」
陛下は 革製 かわせい の 鞄 かばん を 携 たず えていた。
「ミミさんに直接渡したいのだが、彼女は?」
「居間でナンシーと読書をしております。どうぞ中へ」
俺は実父とザックを居間へ通した。
「まあ、陛下」
「ご 無沙汰 ぶさた しております」
ミミとナンシーは 吃驚仰天 びっくりぎょうてん 、 慌 あわ てて椅子から立とうとしたが。
「ああ、そのまま、そのまま。二人とも元気そうで良かった」
陛下は二人の座る長椅子の横、背もたれの無い一人がけの椅子に腰を下ろした。ミミに一番近い位置だ。
「体調はどうだい、ミミさん」
「おかげさまで、とても元気ですわ」
「それは良かった。今日は君に贈り物があってね」
陛下は 鞄 かばん から小さな木箱を取り出した。 蓋 ふた を開けて、ミミに差し出す。
「まぁ、これは」
それは銀色の十字架だった。生まれ変わる前も、この世界も、十字架への信仰がある。なぜ人は十字に 惹 ひ かれるのだろうか。様々な意味を持つ 十字 じゅうじ 模様が世界中に刻まれているのを見ると、人の無意識は地球だろうと異世界だろうと 普遍的 ふへんてき な 共通性 きょうつうせい を持つと言わざるを得ない。
「 大主教 だいしゅきょう にお願いして、 聖母 せいぼ と、君にゆかりある 聖人 せいじん の 祈 いの りを込めていただいた。私も教会首長として、祈りの場に立ち会わせていただいたよ」
「 真心 まごころ に深い感謝を申し上げます。これ以上の 御守 おまも りはございません」
ミミは嬉しそうに十字架を受け取った。
「 直 じき に王宮への引っ越しだが、何か不安はないかい? 突然、環境が変化して、 母体 ぼたい に 障 さわ りがないと良いのだが……」
「そう……ですね。緊張はしています」
「この家の方が、君は心落ち着くだろうか」
ミミは少し視線を落として悩んだ。
「はい。アルフレッドと出会い、 親元 おやもと を 離 はな れて 初 はじ めて暮らした家ですから。ここは心が落ち着きます」
「そうだろうとも。ミミさん。君がお腹の子どもを 産 う むまでは、 王位継承諸々 おういけいしょうもろもろ の 手続 てつづ きや 慶事 けいじ 、引っ越しも 全 すべ て 延期 えんき してはどうだろうか」
「で、ですが……」
「王宮は何かと 心的疲労 しんてきひろう の 溜 た まる場だ。精神的な 負荷 ふか がかかっては大変だからね。君が一番心安らぐ場所で 胎教 たいきょう に専念できたら、と」
「よろしい……のですか」
「その方が良いという気がしたんだ」
もう少しだけ、この家と教会で過ごす日々が続くことを嬉しく思った。俺も心配だったのだ。大事な時期を前に急に王宮に入り、ミミの 心身 しんしん に 障 さわ りがないかと。
「もちろん 出産直前 しゅっさんちょくぜん になったら、チャールズが先に紹介した王都の 名医 めいい にかかって欲しい。 君 きみ が今お世話になっている医師が悪いというのではないんだ」
「承知しております。お世話になっている産婦人科は近場なのですが、先生は少なからず 重責 じゅうせき を感じているようなのです。実は私の両親からも、 夫 おっと アルフレッドに王位継承が移動することを 鑑 かんが みて、すぐにでも王室とゆかりある病院へ移動した方がいいと助言されておりました」
「それこそ先日、キャベンディッシュ夫妻とも個人的に相談したところだ。王室にゆかりあるかどうかよりも、病院の質が一番だ。アルフレッドの母キャロルの 産褥熱 さんじょくねつ は……私が病院選びを 誤 あやま ったが 為 ため に起こったことだからね。だからこそ 慎重 しんちょう を 期 き したい」
「 産褥熱 さんじょくねつ は、 名 な のある 大病院 だいびょういん でも 頻繁 ひんぱん に発生したと、以前本で読みましたが……」
「そうだよ、アルフレッド。 名 な のある 病院 びょういん だから良いというわけでは無かったんだ。今は原因が判明しているけれどね。それでも万が一に 備 そな えて、多くの不安は取り除きたい。王としてできる限りのことをさせて欲しい」
「とても心強いですわ、 陛下 へいか 」
「王に守られ、お 腹 なか の子は、この国一番の幸せ者です」
俺は屈んでミミのお腹に手を 添 そ えた。
「司祭の君の手には 聖霊 せいれい と 聖人 せいじん の 功徳 くどく が 宿 やど っているよ、アルフレッド」
「 生涯 しょうがい を 通 とお して、この手で愛を注ぎます」
結婚式の後、ミミから「手をつないで欲しい」とお願いされたことがあった。 聖別 せいべつ された司祭の手には神の 御心 みこころ が 宿 やど ると昔から 云 い われている。司祭として、次の王として、この手には多くの責任と期待が寄せられる。
「俺の手に 託 たく された 天命 てんめい を 全 まっと うする所存です」
神様、どうかこの手に、愛する者たちを守る力を末永くお与えください
【つづく】
次話の更新は10月20日〈日曜日〉を予定しています。