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10-9 ★ 御姫様の名付け親

【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’S Salvation — novelba.com · All chapters

10-9 ★ 御姫様の名付け親

ミミと 俺 おれ の間に女子が誕生したことは、その日のうちに国中に知られることとなった。

記者が病院の前に集まって、なかなかどいてくれないので、ミミの裁判から付き合いのある数名だけを別室に通し、他の者には現場を 退 しりぞ いてもらった。この産婦人科は俺たち夫婦の 為 ため だけにある場所ではないからだ。

これでようやく静かになったかと思いきや、朝方またも病院の外が 騒 さわ がしくなる。産後のミミの精神的な 負荷 ふか になるので追い返そうかと考えたが、来訪者が誰かを知り、さすがにこれは記者たちも詰めかけるはずだということで、 苦言 くげん を 呈 てい すのは思いとどまった。

「お誕生おめでとうございます」

「心よりお 慶 よろこ び申し上げます」

贈り物を携えて病院を訪れたのはなんと、半年前に結婚したばかりの、マーガレット妃殿下とハンター殿下だったからだ。

「ミミ 姉様 ねえさま 、お 身体 からだ の 方 ほう はいかがですか」

「大丈夫よ、ありがとう、マーガレット」

マーガレット様はミミを 姉様 ねえさま と 慕 した い、妻は彼女を名前で呼んでいる。

――ミミによれば、彼女は前世の 美名 みな の 従姉妹 いとこ だそうだな。

エデン王室で開かれた舞踏会の帰りに、ミミが馬車の中で教えてくれたのだ。チーズマン家の 宴 うたげ の帰り道、 熱 ねつ にうなされた彼女がなぜ「 美名 みな 姉 ねえ さん」と 呟 つぶ いたのか、その理由がようやく分かった。

「なんて可愛らしい、 御姫様 おひめさま でしょう」

マーガレット様は、 籠 かご のなかですやすやと寝ている赤ちゃんをそっとのぞきこんで微笑んだ。

「お名前は決まったのですか? ここに来る途中で、ヴェルノーンの新聞を 拝見 はいけん 致 いた しましたが、 御姫様 おひめさま が 誕生 たんじょう したと書かれているだけで、お名前を見つけることができなかったのです」

ハンター殿下が 旅路 たびじ の 途中 とちゅう で手に入れた 朝刊 ちょうかん を 掲 かか げた。

「実はね……アルフレッド、例のものをみせてあげて」

「うん」

俺は寝台脇に置いていた、 巻物 まきもの を広げた。名前の候補が上から下までびっしり連なっている。

「もう一つ男の子用もあったんです。こちらが女の子用」

「これは……アルフレッド司祭様が 全 すべ てお考えになったのですか」

ハンター殿下が 訊 たず ねた。

「いいえ。俺が考えたのは上から 十個 じゅっこ くらい。残りの 八十個 はちじゅっこ は、チャールズと、ギョーム 陛下 へいか と、 大主教 だいしゅきょう の 助言 じょげん と、国中から寄せられた 希望 きぼう です。 巷 ちまた では、名前が 何 なに になるか賭けに 興 きょう じる方々もいるとか」

「おめでたく楽しいではないですか。 悪 あ しき 賭博 とばく も多いですが、それは 咎 とが められませんわね」

マーガレット様は「ふふっ」と花のように笑む。

「最終的に俺たち夫婦が決めるべきだと分かってはいるのですが……これが良い、あれが良いと、 名 な のある 方々 かたがた や 親族 しんぞく から 直接 ちょくせつ 推 お されて、名前に 纏 まつ わる 聖人 せいじん や 偉人 いじん の 逸話 いつわ をとくと聞かされた身としては、どれを 選 えら んでも 角 かど が 立 た つので、ミミと悩んでおりました。なのでここは 名付 なづ け 親 おや を 別 べつ に 立 た てて 洗礼 せんれい を行おうと考えているのです」

「それは良い考えですわ、司祭様。それでどなたをご 指名 しめい なさるおつもりですの?」

「俺たち夫婦が 最 もっと も 信頼 しんらい を 置 お き、 日々 ひび お 世話 せわ になっている 御方 おかた です」

「その 御方 おかた はアルフレッドを守る 為 ため に、 番 つがい を求めることも、我が子を 抱 いだ くこともなく、国の未来を 憂 うれ いだ 末 すえ に、私たち 夫婦 ふうふ を力強く 支 ささ えてくださったの」

「もうすぐ、ここへ来るはずです」

その時ちょうど扉が鳴った。どうぞと返事に 応 おう じて待ち人が現れた。

「おはようございます。病院の 表 おもて に立派な馬車が 駐 と まって……」

ナンシーは、部屋の中央に 佇 たたず むマーガレット様とハンター殿下を見ると、服をつまんで 深々 ふかぶか とお辞儀をした。

「申し訳ございません。このような 装 よそお いで、皆様の 御前 ごぜん に立つ失礼を 何卒 なにとぞ ご 容赦 ようしゃ くださいませ」

「そのように 畏 かしこ まった 挨拶 あいさつ は 不要 ふよう でございます」

ハンター殿下が優しく声をかけ、

「ご 挨拶 あいさつ いただき 恐縮 きょうしゅく です。 貴女 あなた はご 夫妻 ふさい のお知り合いですか」

マーガレット様が 訊 たず ねた。

「ナンシー・シュタインでございます」

ハンター殿下とマーガレット様の肩がぴくりと同時にはね上がる。けれど驚きに見開かれた目が二人ともに笑みに細められ、その表情から喜びがあふれた。

「 貴女 あなた のことは、ミミ姉様、アルフレッド司祭様からうかがいました。お目にかかれて光栄です、ナンシー・エーデルシュタイン様」

ナンシーは 吃驚 びっくり としてマーガレット様と目を合わせた。

「亡き 辺境伯 へんきょうはく と 愛妾 あいしょう が、 強引 ごういん 且 か つ 金銭 きんせん の 絡 から んだ 申請 しんせい で、 貴女 あなた と亡きお姉様の 戸籍 こせき を変更されていた件は、 善意 ぜんい を以て 恙 つつが なく修正されたと 通達 つうたつ をいただいたばかりですわ」

モンスーンに残っていたナンシーの古い 戸籍 こせき ならびにヴェルノーンの 住民票 じゅうみんひょう も修正が 施 ほどこ されたばかりである。

「先代のエーデルシュタイン 伯 はく がかけた 冤罪 えんざい が解けたことを、我が身のように嬉しく思います。貴女のお母様のご実家、シャーウッド 伯 はく は、我がモンスーン王家の 親戚筋 しんせきすじ ですから」

ハンター殿下が穏やかに声をかけると、ナンシーはきゅっと身を竦めた。ナンシーと亡き母キャロルの実母は、モンスーンと血縁関係のある〝シャーウッド 伯爵 はくしゃく 〟の御令嬢であることが分かったのだ。ただし最も血が近かったのは 先々代 せんせんだい で、現在は 遠縁 とおえん だという。

「 遠 とお くともご 縁 えん のある 貴女 あなた の 受難 じゅなん に、今まで心を 配 くば ることができず、深くお 詫 わ び申し上げます」

「恐れ多いです、ハンター殿下、マーガレット妃殿下。この度は私の 生家 せいか の 件 けん で、モンスーン王家に大変なご迷惑をおかけ致しました。本来、私の方から早急に感謝をお伝えすべきところを、このようにご来訪の際に申し上げることとなり、我が身の 至 いた らなさを恥ずかしく思います」

「ご 丁寧 ていねい にありがとうございます。 何 なに も 恥 は ずかしく思うことはございません。 貴女 あなた はなんて 気品 きひん にあふれた女性なのでしょう。お会いできて嬉しい」

ハンター殿下が手を差し出す。ナンシーは 恐 おそ る 恐 おそ る握手を交わした。つづいてマーガレット様が握手を求めたので笑顔で 応 こた える。

「血筋は抗えない。 家名 かめい を 掲 かか げても 滲 にじ み出る 卑 いや しさがあれば、その逆も 然 しか り。私のような 若輩者 じゃくはいもの が、 年長者 ねんちょうしゃ である 貴女 あなた に勝手な口を 利 き くのは大変無礼と承知ですが……」

ハンター殿下は胸に 添 そ えた手を、ナンシーへそっとかざした。

「 貴女 あなた は 誇 ほこ りを持ってエーデルシュタインを 名乗 なの るべきだと、ここに 進言 しんげん 致 いた します」

先ほどナンシーは「シュタイン姓」で名乗ったが、 冤罪 えんざい が 解 と けた今、彼女はもう「エーデルシュタイン」の血筋として世間に知られている。けれども彼女は 戸惑 とまど っているようだ。

「 恐 おそ れながら 私 わたし は……実家とは 疎遠 そえん でございます。あの 家 いえ には 跡取 あとと りがいます。私は、エーデルシュタインの 家格 かかく には……」

「いいえ、ナンシー様。 跡取 あとと りに 足 た る 器質 きしつ は必ずしも 嫡子 ちゃくし に 表 あらわ れるとは限りませんわ。キャロル様がいらっしゃらない今、 貴女 あなた だけが、 家格 かかく に 相応 ふさわ しい 唯一 ゆいいつ の 人格者 じんかくしゃ でしょう。どうか 誇 ほこ りと自信をお持ちくださいませ」

ナンシーの目にみるみる涙が 溜 た まっていく。

「身に余るお言葉でございます、マーガレット妃殿下」

ナンシーはハンカチで 目頭 めがしら を押さえた。

「ナンシー・エーデルシュタイン」

ミミが名を呼ぶと、彼女は「はい」と声を上ずらせて応じた。

「 貴女 あなた に決めて欲しいことがあるの。国の未来に関する大事なことよ」

「俺たちの御姫様の、名付け親になって欲しい」

俺は名付け候補の書かれた巻物をナンシーに渡した。ナンシーは 途端 とたん に 遠慮 えんりょ してきたので、俺とミミは「他の人に気を 遣 つか う」「 貴女 あなた が決めたとあらば 角 かど が 立 た たない」と説明したが、それは実のところ建前で、心の内側から輝くものを持ち、誰よりも王国の未来を 案 あん じた彼女が選ぶ名前ならば、神の 御心 みこころ が加わるだろうという予感を 以 もっ てのことだった。

巻物に書かれた名前に 一通 ひととお り目を通した彼女は幸せそうに微笑んだ。

「 私 わたくし は、この名前が好きですわ」

司祭の俺は、ナンシーが選んだ名前を娘の洗礼に用いた。

余談だが、 賭 か けが当たった国民は少なからずいたという。予想が 外 はず れた人も、他の名を 推 お した人も 御姫様 おひめさま の名前を 祝福 しゅくふく してくれた。地上でこれ以上の幸せを 享受 きょうじゅ することはないだろう。

【最終話 へ つづく】