10-10 ★ 全ての方々の幸せ
10-10 ★ 全ての方々の幸せ
一通の遺書をはじめとして 御伽噺 おとぎばなし は始まった。
恨 うら みの遺書が思わぬ形で 救済 きゅうさい を引き寄せたのは、書き手の心に幸せを 希 こいねが う心が 潜 ひそ んでいたからだろう。おそらく前世から彼女は、人を愛することに 長 た けていたが、愛されることに不慣れだったのだ。
「ミミ。 君 きみ の 愛 あい の 手紙 てがみ が 国中 くにじゅう に広まっているけど、どういうこと?」
お城の 光 ひかり 溢 あふ れる部屋で 朝刊 ちょうかん を広げながら、 隣 となり で本を読む彼女へ視線を 遣 や る。ミミは 恥 は ずかしそうに本で少し顔を 隠 かく した。
「ドッキリ 大成功 だいせいこう ね。ご感想は?」
「幸せで 口元 くちもと がゆるむよ」
「顔に出やすいわね、アル」
俺はミミへ手を伸ばし、口づけを交わした。すると子ども用の 寝台 しんだい からキャッキャッと猫が 跳 は ねるようなかわいい声がした。
「テレーズも幸せだと言っているね」
「親の心って、赤ちゃんにもちゃんと伝わるのね」
娘の名は、テレジア・ヴェルノーン。
俺たちはテレーズとも呼んでいる。
第一子が女児だったことで世間は「女王の誕生だ!」と沸いていた。
――間違っちゃいないが、まずは「 御姫様 おひめさま 」と呼んでくれよ……。
父親としては、生まれたばかりの娘が「 女王様 じょおうさま 」と呼ばれているのは 世 よ にも 奇妙 きみょう で 複雑 ふくざつ な気分だ。けれどもはじめに生まれた子が男であれ女であれ 王位継承者 おういけいしょうしゃ となるのがヴェルノーン王室の 慣習 かんしゅう なので仕方ない。
長子とはいえ 婚外子 こんがいし の俺が次の継承者に選ばれたのは本来ではあり得ない異例の出来事であった。チャールズが辞退し、ヒース殿下も称号を 剥奪 はくだつ された今、他に 王位継承 おういけいしょう に足る人物はいないということで、しきたりは俺の代を持って打ち破られた。
――俺のことはともかく、 亜麻色 あまいろ の髪に、 翡翠色 ひすいいろ の目の天使が来るなんて。娘の目の方がずっと綺麗だ。
髪はミミの色を、目は俺の色を引いた娘は、 一日中 いちにちじゅう 眺 なが めていても飽きないくらい、泣いた顔もほころんだ表情もすべてが 愛 いと おしい。
それにテレーズは俺に 似 に て、 馬 うま に興味があるようなのだ。小さな手を精一杯のばしてオスカルを 撫 な でようとしていたのが印象的だった。「テレーズは馬が好きみたいだ」と言ったら、 陛下 へいか とチャールズが 馬 うま の 玩具 がんぐ をたくさん 贈 おく ってくれた。娘は大喜びだ。
――笑った顔は 国宝級 こくほうきゅう だな。
「やっぱり顔に出やすいわ、アル」
「どんなに 我慢 がまん しても、愛は 隠 かく せないよ」
俺は聖書をとると、眠る愛娘の隣で祈りの言葉を唱えた。朝と夜、余裕があれば昼も、娘の名にちなんだ聖人に愛と感謝を唱え、守護を願うのが 日課 にっか である。
「天の 御国 みくに より薔薇の雨が降り注ぎたりて、深い 慈 いつく しみに我が子が包まれるよう、聖テレーズに愛の 執 と り 成 な しを願います」
娘の幸せをただ祈り、美しい言葉を 捧 ささ げた。ミミは目を閉じて静かに耳を 傾 かたむ けてくれている。
「アルフレッドの祈りの言葉は綺麗。聞いていると心安らぐの」
アンダンテにいた時から、ミミはそう言ってくれる。今も昔も妻ミミは、俺が最も目をかけ、幸せを願う信徒であることに変わりはない。おだやかな気持ちで祈りを終えたその時、部屋の扉が鳴った。
「おはようございます、殿下、奥様」
ナンシーは深緑色のゆったりとした装いに身を 包 つつ んでいる。
「そろそろお時間ですので、参りました。御姫様のことは私にお任せくださいませ」
「ナンシー、なんだか申し訳ないわ」
ミミの言葉に、ナンシーは「とんでもない」と頭を振った。
「私は小さな御姫様のそばに 片時 かたとき も 離 はな れずにいたいのです」
ナンシーはテレジアのそばに椅子を引いてくると、 兎 うさぎ のパペットでテレーズをあやし始めた。
「 留守中 るすちゅう 、娘のことを頼みます」
「光栄です、アルフレッド殿下。こちらのことは心配いりませんから、お二人はお仕事に専念してくださいまし」
今日から 建国祭 けんこくさい のはじまりだ。俺たち王族は 都 みやこ を 巡回 じゅんかい し、 民 たみ へ感謝を伝え、様々な 催 もよお し物に参加することになっていた。
まだ赤子のテレーズを大衆の 賑 にぎ わいに連れて行くのは 賢明 けんめい でないので、ナンシーが面倒を見てくれることになった。「 乳母 うば や 女中 じょちゅう には 極力 きょくりょく 頼みたくない」という彼女の気持ちが分かる。いつどこで王女の命を 狙 ねら う 者 もの が現れるとも限らないので、ナンシーの 厚意 こうい に甘えることにした。
「行こうか、ミミ」
「ええ。じゃあ、行ってきます。ナンシー、テレーズ」
俺たちは連れ立って王宮の広間へ向かった。そこにはすでに支度の 調 ととの った弟がおり、俺たちを見るとパッと満面の笑みを浮かべた。
「おはようございます、 兄上 あにうえ 、ミミ。良い朝ですね!」
「おはよう、チャールズ。晴れて本当に良かったよ」
「天が祝福しているのです。素晴らしい晴れの日になるでしょう」
「あなたの祈りが天へ届いたのだわ、チャールズ」
ミミも俺も、チャールズがこのところ毎日「晴れるといいなぁ」「晴れますように」と独り言を 呟 つぶや くところを見ていた。
「全員、 揃 そろ ったようだね」
広間に現れたのは建国祭の主役、国王のギョーム陛下だった。
「ミミさん、 貴女 あなた の愛の手紙を新聞で読んだよ」
ギョーム陛下の手には、新聞が 握 にぎ られている。
「かつて 国中 くにじゅう に 恨 うら み 言 ごと を 吐 は いた私は、それ以上に 愛 あい のある言葉を、世界の果てまで届けたいのです」
ミミは祈るように両手を組み合わせた。
「 貴女 あなた のおかげで、この 国 くに 始まって以来の素晴らしい 祝日 しゅくじつ になります。ありがとう」
陛下 へいか はミミへ一礼した。
「さあ、そろそろ馬車へ向かおうか」
俺たちは城の玄関口へ向かい、用意された二台の馬車へ乗り込んだ。
出発まで 今 いま しばらく時間を 要 よう するとのことだったので、ギョーム陛下の持っていた 朝刊 ちょうかん を借りて、今日の一面を飾った「ミミの手紙」へ再び目を通した。ミミが心から 紡 つむ いでくれた愛の言葉が俺の 涙腺 るいせん を 弛 ゆる める。
最愛なる私の 夫 おっと にして司祭
アルフレッド・ヴェルノーンへ
貴方 あなた の 隣 となり で、 妻 つま の私は変わらぬ愛を申し上げます。
これまで何度も 貴方 あなた に救われ、力強く 尊 とうと い神の 御言葉 みことば に支えられてきたことでしょう。
はじめに 貴方 あなた は、私を絶望から救済してくださった。
次に 貴方 あなた はチャールズへ手を差し伸べました。
貴方 あなた の 慈 いつく しみに 呼応 こおう して、 救済 きゅうさい の 輪 わ が広がっていく。
見返 みかえ りを求めない 愛 あい が 奇跡 きせき を起こすのを、 貴方 あなた の 隣 となり で 目 ま の 当 あ たりにしました。
赦 ゆる すこと、他者の幸せを祈ること、自分を愛すること。
貴方 あなた から 全 すべ て学んでいます。
今も、そしてこれからも。
貴方 あなた と見たこの国の美しい 四季 しき を、愛を 育 はぐく む人、救いを求める人、 数多 あまた の人々の 為 ため に残していきたいのです。私と 貴方 あなた の忘れられぬ思い出の場所、 不時 ふじ の庭のように。
今 いま この時、そしてこれからの未来、ご縁のある 全 すべて ての 方々 かたがた の幸せを心から祈ります。
ミミ・ヴェルノーン
言葉で人を死に 至 いた らしめることは簡単だ。
言葉で人を 生 い かすことは難しい。
心から 愛 あい を 説 と いたことは間違いではないと 妻 つま が教えてくれた。
最愛なる 妻 つま ミミと家族の幸せを過去、現在、未来、どの世界でも 希 こいねが う。
【おわり】
ここまでご愛読いただき心より感謝申し上げます。
〈あとがき〉 につづきます。