4-4 ★ 妻に何を言ったのですか
4-4 ★ 妻に何を言ったのですか
「大層お怒りになったミミさんは、右足で机を蹴り飛ばした後、茶会を退席されましたわ」
ガメラが衝撃の一言を放った。
「まあ……なんて乱暴な」
それを聞いて顔をしかめたのは、アラベラの母親マチルダだった。
「あれは奥様も、やり過ぎだったと思います」
ガメラは目を細める。その口角は 俄 にわか に上がっていた。
――また笑っている。この女、おかしいな。
本心は表情の端々から隠せないものである。
「あなた方は、妻に何を言ったのですか」
アラベラとエロイーズは 口籠 くちご もる。答える気は無いようなので、質問を変えてみよう。
「妻は本当に机を蹴り飛ばしたのですか」
「は、はい。確かに」
「机を、片足でひっくり返しました」
自分たちの非は一切口にせずに、ミミの行動はすぐに肯定した。
「ね。私が言った通りでしょう?」
得意げな表情で俺を見るガメラの態度に遺憾を覚えた。
「妻が机を蹴り飛ばすほど不快なことが言われたと、貴女はおっしゃいましたね?」
「はい、アラベラとエロイーズが言いました!」
「貴女は黙って見ていただけですか?」
――見て見ぬ振りの傍観者が、他者を批難する姿ほど、気持ちの悪いものは無い。
「ガメラさん。貴女は妻に助け船を出してはくださらなかったのですね」
「えっ、ガッ、ガメラ?」
ガメラは 口籠 くちご もった。
「フッ。名前すら覚えられていないのに。司祭様と愛し合っているですって?」
アラベラが小馬鹿にした。
――今、なんと? 愛し合っている? ガメラと俺が?
「司祭様の物を勝手に盗んだ天罰よ」
エロイーズが蔑むような眼差しをガメラにくべた。
――まさか、このガメラという女が、俺の下着を……。
ガメラから三歩、四歩、五歩距離を開ける。
「忘れ物だと言ったでしょう! エロイーズだって、司祭様の……」
「ちょっと、また嘘吐く気? 司祭様の前でやめてよ!」
「もう我慢がならない。この大嘘吐きの舌を、今日こそちょん切ってやるわ」
「アラベラ! お友達になんてことを言うの!」
母親のマチルダも真っ青な罵声が飛び交う。それからが大変だ。彼女らはお互いの髪を引っ張り、胸倉をつかみ、唾をまきちらしながら 罵詈雑言 ばりぞうごん を叫び、互いの全てを全力で否定した。慈愛も道徳もあったもんじゃない。男は獣とは言うが、女も獣だろう。
「このくそったれ!」
「アラベラ! あんたって子は!」
「ババァは引っ込め」
「なんですって、このクソガキ!」
「うるさい、うるさい、うるさ――い!」
「ガメラのくせに!」
「私、ガメラじゃないもん!」
俺は全部聞いた、全部見た、全部知った。
ここにいる人間の本性を。
「 醜 みにく い」
俺の一言で、その場はシーンと静まった。
「机を蹴り飛ばしたという妻より、あなた方はずっと浅ましく恐ろしい」
アラベラ、マチルダ、エロイーズ、ガメラ。四人の女性は顔を見合わせた。
「うちの妻は気丈な性格です。彼女の遺書をご存じでしょう?」
知らぬ人間はいないだろう。
「妻が机をひっくり返したと聞いて驚きましたが、彼女はあなた方のように質の低い言葉で相手を威圧することはしません。たとえ舞踏会の最中に王子から断罪されたとしても。足を使ったということは、手が使えなかったのでは?」
アラベラが何か反論しようとした。目が泳いでいる。聞いたところで嘘だろう。
「今はともかく、妻を見つけなくては。離れに案内してください」
「今からですか? もう暗いですよ」
アラベラは青い顔で尻込みした。
「貴女がダメなら、別の人を。夜の森には獣も出る。急がなくては」
誰も「私が一緒に行く」とは申し出なかった。結局、自分のことしか考えていないのだ。
「森の離れに続く道はどこに?」
「家の裏手、庭の奥です」
アラベラの母が答えた。
「裏手ですね。ランタンをかしてください」
マチルダは台所へ走ると、ランタンと燐寸を俺に渡した。
「ありがとう、お借りします。――では」
家を出ようとしたその時だった。
「待って!」
アラベラが駆け寄り、俺の腕をつかんだ。
「危険です、司祭様。おやめください」
「放して下さい。急いでいるので」
つかまれた手を、パッと振り払う。
「私の身は案じても、妻は心配されないのですね。不愉快極まりないです」
パタンと彼女の前で玄関を閉じる。扉の向こうからアラベラの大きな泣き声が聞こえてきた。そのことで「司祭らしからぬ」と批難されようと構わない。俺は自分に正直でありたいのだ。
家の裏手に回ると、森の奥へ続く小道が、深淵をのぞかせていた。意を決して暗い森へ突入した。
【つづく】