5-1 ★ あの女が怖い
5-1 ★ あの女が怖い
第5章は【チャールズ】が語り手です。
この世には恐ろしい悪知恵を持った女がいるものだ。
ミミの本性を教えてくれたのは彼女の元親友で、今の僕の婚約者、ダーシー・ハーパーだった。「友達のことを悪く言うのは辛い」と彼女は語った。けれども僕が心配だったから、ミミの【裏の顔】を教えてくれたのだ。
「私は、どう思われても構いません。けれども殿下と、国の未来を思えばこそ。ミミは王妃には 適 かな いませんわ。今でさえチャールズ殿下を 騙 だま しているのですもの。それにミミは奔放な性格ですから……殿下の 御身 おんみ が心配で」
「僕の身が心配? 奔放とは何においてだ?」
「殿下以外にも心を寄せる相手が複数。お相手の方々も見境の無い性格の 方 かた が多いので万が一にも殿下に病気など……」
――気持ち悪い。なんて女だ。
「それに私はミミの口の悪さに辟易しております。よく殿下の悪口をミミから聞かされているのです」
「僕の悪口を陰で叩いているのか?」
「ええ。私だけでなく、他のご令嬢やご令息にもよく殿下のことで悪い噂を広めていました」
「ミミは一体、なんと?」
「殿下のご気分を害してしまいますので……」
「構わない。一言一句教えてくれ」
要すると。「王子は馬鹿だ」と言いふらしていたらしい。
「私は、殿下のご聡明さも優しさもよく存じておりましたから、ミミの語ることにはいつも疑問を抱いていました」
ダーシーは僕のことを信じてくれたが、ミミの語ることを真実と受け取った者も多いだろう。
――だから僕は馬鹿にされていたのか。
なぜ僕を「阿呆だ」「愚鈍だ」と理不尽に叩く者たちがいるのか不思議だったのだ。僕は公務にも心を入れている。国民のことを常に考えているのに不当な評価だ。
「教えてくれ、ダーシー。ミミのことで他に気になったことはないかい?」
「そうですねぇ。いつだったか、ミミが高価な飾り物をしていたので、それはどうしたのと訊ねたら、殿下の名義で贈られた、と」
「僕の名義で? 僕は宝飾品などミミに買い求めたことは無いぞ」
「ひょっとするとミミは、殿下の銀行口座をご存じなのでは?」
「ああ。詳しいだろう。僕の部屋を出入りしているし、王立銀行にはキャベンディッシュの重役がいる」
「なるほど、それで 合点 がてん が行きました。ミミは無断で、殿下の資金に手を出しているのですわ」
これは大問題だ。なんということだろう。ミミが妃になったら、お金がいくらあっても足りない。
「よく教えてくれたね、ダーシー」
「 貴方 あなた を思えばこそですわ。チャールズ殿下は、国の未来ですもの」
「あの女との婚約を破棄する。前々から嫌な女だとは思っていたんだ。そうか僕以外のことを愛していたから、あんな 風 ふう に小馬鹿にしていたんだな」
呆れた目、死んだ魚のような目、嘲笑。
思い出すだけで腹が立つ。
――事あるごとに、小言を呈してくるし。
部屋が汚い、片付けなさい、書類の押印を忘れています、また誤字ですよ、最近太りましたね、災害時のお見舞いの言葉を忘れるなんて。他にあと何を言われたっけ?
――姑か姉のようだったなぁ。愛されているという気がしなかった。
僕は彼女の恋愛対象では無かったんだ。それで浮気をしたのだろう。一人ならまだ許せたものの、複数の男性と関係を持っていたとは呆れたものだ。彼女の親友が言うのだから本当だろう。ダーシーは真面目で賢く、心優しい女性だ。眼鏡をかけていてもいなくても美人である。それに比べてミミは。
――あんな女を一生愛するなんて御免だ。振る理由ができて逆に好都合だ。
「そうと決まれば陛下に打診をし、キャベンディッシュと話し合いの場を……」
「そう簡単に、婚約を破棄できるでしょうか」
「抵抗……されると?」
「未来の王妃という立場を、ミミが大人しく手放すとは考えられませんわ」
「確かに、あの女はずる賢いからな……」
「私に良い考えがありますわ」
ダーシーの助言に従い、ミミを舞踏会で断罪したのが半年前。そこにいた全員が証人となるはずだった。婚約破棄は紙切れ一枚で終了し、僕は恩人ダーシーに結婚を申し入れた。
一方ミミは自殺を止めた命の恩人である司祭と結婚した。それだけならば、あの悪女の更生を王宮から祈っていたに違いない。
事態はそれでは済まなかった。ミミが王国全土に出した【遺書】である。司祭がミミを助けたことで自殺は未遂に終わったが、彼女が命を対価に訴えた【遺書】には賞賛の声さえ寄せられた。
特に「名文」と讃えられたのは、以下の三箇所である。
【名文1】人を見る目においては昔から視力が悪かった。
【名文2】姉のような気持ちで彼を見守っていた。
【名文3】脳みそが軽く、空洞が多い。
――これが名文? 迷文の間違いだろう。
遺書に書かれた〈ミミの暴言〉が呪いのように僕を苛む。
舞踏会で罪を咎めた女が、王国全土を舞台に僕に倍返しを仕掛けたのである。
「怖い……あの女が怖い……」
執務室の隅で、膝を抱えて 身体 からだ を丸める。なんて情けない姿をしているのだろう、僕は。
「チャールズ殿下、しっかりしてください」
ダーシーが励ましの声をかけてくれるが、この鬱の突破口は見えない。
ミミの【遺書】が出回って以来、公務で外出する度に、野次を飛ばされ、無礼な扱いを受けることがあった。視察先で大衆から石を投げられたこともある。「やーい、馬鹿王子」とクソガキに面と向かってからかわれた。
「全部……あの女のせいだ。まるで悪魔だ」
対してミミときたら、賞賛される一方である。
夫の担当教会区でミミが町人を前に挨拶を述べたことは、下世話な記者が新聞に全文を掲載したことで、各界から高く評価をされた。
ミミ嬢は、迷惑をかけたことを謝罪した。
けれども王子は沈黙を貫くばかりであると。
――長々と 大見出 おおみだ しで書きやがって。
ミミと司祭の写真に比べて、僕とダーシーの写真の小ささは何だ。
【つづく】