第X話:クロノ様の優雅な日々【前編】
第X話:クロノ様の優雅な日々【前編】
【ティリア】※ 夜――ティリアは一人で侯爵邸を歩いていた。 侯爵邸の廊下は薄暗い。 これはクロノが点灯させる照明用マジック・アイテムの数を制限しているためだ。 節約したい気持ちは分かるが、収入が支出を大幅に上回っているのだから少しくらい財布の紐を緩めても良いと思う。 しかし、そんなことを言ったらクロノはいざという時のために無駄な出費を抑えていると言うに違いない。 気持ちは分からないでもないが、だったら本来の機能を全力でかなぐり捨てたネグリジェや下着を作るのは止めるべきだ。 ティリアから見れば無駄以外の何物でもない。 お前の趣味で下着を作るな! と声を大にして言いたい。「……いかんいかん」 眉間を揉みほぐす。 クロノが三ヶ月ぶりに帰ってきたのだ。 任務を解かれた経緯など気になることは山のようにあるが、今夜は久しぶりの逢瀬を楽しみたい。 夫と愛し合うのは妻の権利だ。 そのはずだが、多数の愛人がいる状況下では妻の権利は勝ち取らなければならないものになっている。 幸いと言うべきか、夜伽の順番を決める会議はスムーズに進み、ティリアは拍子抜けするほど簡単にクロノが帰ってきた当日に愛し合う権利を獲得した。「……それにしても」 昼間のアリッサを思い出す。 クロノと再会した時、まるで恋する乙女のような目をしていた。「まさか、手を出しているのか?」 よくよく考えてみれば不思議なことではないように思える。 アリッサは体を壊し、困窮している所をクロノに救われている。 この経験から体を壊して働けなくなる恐怖は人一倍だったはずだ。 さらに彼女は頼れる身内がいない。 クロノに誘惑されれば乗ってしまうだろうし、場合によっては自分から誘惑することだって有り得る。「……いかんいかんいかん」 ティリアは再び眉間を揉みほぐした。 今日は久しぶりの逢瀬を楽しむのだ。 そのことだけを考えるべきだ。 クロノの部屋の前で立ち止まって扉をノックする。 しばらくすると扉が開いた。「疲れているので、明日以降でお願いします」「……」 ティリアは扉が閉じる前に隙間に足を滑り込ませた。「ふ、ふざけるな! 久しぶりに帰ってきたと思ったらそれか!」「疲れてるんです! 勘弁して下さい!」 クロノはティリアの足を蹴り出そうとした。 それが怒りを倍加させる。 クロノと会議に参加した者達に対する怒りだ。 こうなると予想していたからティリアに権利を譲ったのだ。 そうとも知らずに権利を勝ち取ったと満足してしまった。 さぞや自分は馬鹿に見えたに違いない。「ふんがっー!」「ぐはっ!」 ティリアが思いっきり力を込めると、クロノは吹っ飛んだ。「入るぞ!」「うう、あんまりだ」 部屋に入って後ろ手に扉を閉めると、クロノはよろよろと立ち上がった。 もう寝るつもりだったのか下着姿だ。 ティリアがクロノの脇を擦り抜けた直後、バタンという音が背後から響いた。 慌てて振り返ると、クロノの姿はない。「クロノ!」「勘弁して下さい、疲れてるんです」 ティリアは部屋から飛び出し、クロノの首根っこを掴んだ。 そのままベッドまで引き摺っていく。「ベッドの上でジッとしていろ。動くなよ」「……」 ティリアはクロノをベッドに座らせ、開け放たれていた扉を閉めた。 これで良し、と振り返る。 すると、クロノがベッドに潜り込もうとしていた。「待て!」 ティリアはベッドにダイブし、クロノを押さえつけた。「どうして、寝ようとする!」「いや、疲れてて」「それは分かる! 分かるが……いきなり寝ようとするな! 三ヶ月もほったらかしにされたんだぞ!」「……ごめん」「真顔で謝るな!」 ティリアは叫んだが、クロノを見ている内に自分がとても悪いことをしているような気がしてきた。「そんなに疲れているのか?」「体が妙に怠いんだよね」 ぐぬ、とティリアは呻いた。「家に戻ってきて安心したのかな?」「くっ、分かった。今日は添い寝だけだ」 ティリアはベッドから下りて制服を脱いだ。 脱ぎ散らかすと、クロノが嫌みったらしく制服を畳むので、自分で畳んで机の上に置く。 ふと視線を感じてベッドを見ると、クロノが体を起こしていた。「何だ?」「ティリア、その下着は?」 ぐぬ、と再び呻く。 ティリアが着ているのは黒いレースの下着だ。 普段はシンプルな下着を身に着けるのだが、今日は特別だ。「折角、作ってくれたものだから着てやったんだ。寝るぞ!」 ティリアはクロノを脇に押し退け、ベッドに潜り込んだ。「あの、ティリア?」「寝るんじゃないのか?」「ちょっと元気を取り戻しました」 ティリアが問い返すと、クロノはふざけた台詞を吐いた。「一回で良いので、お願いします」 クロノはベッドの上で正座して頭を下げた。※ どうして、後ろ向きでするんだ? これじゃ顔が見られないじゃないか、とティリアはクロノの脚を見つめながら体を揺すった。 他にも不満はある。 一回と良いながら二回目に突入していること、下着を脱がせて貰えないことだ。 自分のことをチョロい女だと思っていないか心配になる。 一回目、二回目とお願いされて体を開いてしまったが、愛するクロノの頼みだから聞いたのだ。 下着を脱がないのもクロノのお願いだからだ。 ブラジャーを捲り、ショーツを片側に寄せて何をしたいのだろう。「さっきから黙ってるけど、どうしたの?」「わ、分からないのか?」 不満があるんだ、ティリアは唇を尖らせた。 最大級の不満は色々と言いたいことがあるのに感じてしまっていることだ。 クロノの手が腰に添えられ、グンッと動きが加速する。「……っ!」 ティリアは声を出すまいと両手で口を覆ったが、それがクロノの嗜虐心に火を点けてしまったらしく乱暴に揺さぶられる。「我慢しなくて良いのに」「う、うるさい! わ、私は我慢なんてしていない!」「いつまで我慢できるかな?」 動きが激しさを増した。 手で口を覆って体を前に倒す。 これなら体を起こしている時より衝撃が少ないと思ったのだ。「我慢は体に毒だよ?」「……っ!」 ティリアは口を覆ったまま頭を振った。 もし、声を出したらクロノはティリアのことをチョロい女だと思うだろう。 意地でも声を出してやるものか、と歯を食い縛る。「強情だな~。ま、そういう所も好きだけどさ」「……むぅっ!」 ティリアはクロノの限界が近いことを察知する。 動きが切羽詰まったものに変わる。 それはこちらも同じでビリ、ビリッと快感が押し寄せてくる。「……ティリア、そろそろ」「む、むぅーーーーーっ!」 熱が断続的に放たれ、白い光が炸裂した。 ティリアはベッドに頭を擦りつけるようにして快感に耐えた。 熱が放たれるたびに体がティリアの意思を無視して震える。 快感の波が完全に通り過ぎたのを見計らってクロノから離れる。「ティリア、どうしたのさ?」「……もう少し私のことを考えろ」 唇を尖らせながら答える。「さっきからお前の我が儘を聞いてばかりじゃないか。疲れてるだの、下着は着けたままだの、一回で良いからだの、もう一回だの、その、後ろ向きでとか……いい加減にしないと泣くぞ」「悪かったよ」 泣くぞが効いたのか、クロノは素直に謝った。 まあ、本当に泣けるか全く自信がないのだが。「だったら、今度はクロノを見下ろしてさせろ」「……」 返事がなかった。「……あの、できれば、もう一回だけ、その獣みたいに」「自分の非を認めたんじゃないのか?」「認めた上でお願いしています」 ぐぬ、とティリアは呻いた。「ね、お願い」「……もう好きにしろ」 くっ、チョロい女確定だ、とティリアは体を起こした。「こう体を伏せて、お尻を……」「注文の多いヤツだな」 舌打ちしつつ、体を伏せてお尻を突き出す。 ふと先日の夢を思い出した。 あの夢ではクロノが尻に……。「尻はダメだぞ?」「え?」 困惑したような気配が伝わってくる。「だから、尻はダメだ」「いや、尻って……お尻でしたことなんて一度も」「はいか、いいえで答えろ」「……はい」 ティリアはホッと息を吐いた。「分かったよ。お尻ではしないよ、ズブッと」「い、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ティリアは這ってクロノから離れ、ベッドから転がり落ちた。 すぐに立ち上がって睨み付ける。「ど、どど何処に指を入れてるんだ、お前は!」「いや、お尻でしてくれって言うアピールかと思って」「そんなアピールなんてするか!」 ティリアは絶叫した。「じゃあ、改めて」「ダメだ! 次は私だ!」 え~、とクロノは不満げな声を上げた。 この男は、とティリアはここに至って自分の間違いに気付いた。「私は悪くない!」 クロノに謝られた時、自分が悪いことをしているような気になったが、それが全ての間違いだ。「私は攻めなければならなかったんだ」 ティリアはブラジャーとショーツを脱ぎ捨てるとベッドに上がった。 クロノは怯えているかのような目でこちらを見ている。「搾り取ってやる」「あ、もう止めにしない?」「断る!」 ティリアは獣のように四つん這いになり、慎重にクロノとの距離を詰める。「あの、ティリア?」「獣のようにするのがお好みなんだろう?」 ティリアは歯を剥き出して笑った。【アリッサ】※ アリッサは丁寧にティリア皇女の髪を梳く。 蜂蜜色の髪は細く、しなやかだ。 母譲りの髪と自慢するだけのことはある。 今まで数え切れないほどティリア皇女の髪を梳いたが、面倒臭いと思ったことは一度もない。 この役目を誰にも譲りたくないとさえ思う。 もちろん、素晴らしいのは髪だけではない。切れ長の目、スッと通った鼻筋、桜色の唇もまた素晴らしい。 さらに体は女であるアリッサから見ても魅力的だ。 前エラキス侯爵が購入した絵画や彫刻もティリア皇女の前では霞んでしまう。 もう少し若ければ妬心を抱いたかも知れないが、この歳になれば分際というものを理解している。 自分はただの平民だ。 前エラキス侯爵の気紛れでお手付きになり、一人目の子を産むことを許された。 二人目の子を産むことは許されず、体を壊したからと捨てられた。 上位者に翻弄される弱い人間なのだ。 ティリア皇女と比べることさえ烏滸がましい。「失礼致します」 髪を持ち上げると、キスマークが露わになる。 シミ一つない肌に刻まれたそれはティリア皇女が血と肉を持った女であることを端的に物語る。「……クロノは」 ティリア皇女がポツリと呟き、心臓の鼓動が跳ね上がる。 クロノと男女の関係になったことに気付かれたのだろうか。「旦那様がどうかなされましたか?」「帝都で怪我をしたみたいだ」 アリッサが尋ねると、ティリア皇女はボヤくように言った。 瞬間、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。 胸に触れなくても心臓がドク、ドクと鼓動しているのが分かる。 クロノに何かあったら自分と娘はどうなってしまうのか。 そんな不安が胸を締め付ける。 娘は学を身に着けたいと言っている。 娘の希望を叶えてやりたいが、高度な知識を身に付けさせるためには金が必要だ。 クロノが死んだら夢を諦めて貰うしかない。「傷は深いのですか?」「もう治っている」 アリッサはホッと息を吐いたが、ティリア皇女は不機嫌そうに顔を顰めた。「まあ、クロノが無事に帰ってきてくれて何よりだ」「……っ!」 髪を梳く手が止まる。 ティリア皇女はクロノの無事だったことに安堵しているのにアリッサは自分達の生活が守られることに安堵している。 自分の卑しさを指摘されたような気がして思わず手を止めてしまったのだ。「手が止まっているぞ?」「も、申し訳ございません」 アリッサは再び髪を梳き始めた。「お前にしては珍しいな」「申し訳ございません、少々、考え事をしていました」 ふ~ん、とティリア皇女は興味なさそうに相槌を打った。「疲れているんだろう。今日の午後は一緒に香茶でもどうだ?」「……申し訳ございません。今日は午後から暇を頂いております」「そうか」 ティリア皇女は残念そうに言った。「お気遣い頂いたのに申し訳ございません」「いや、気にするな。アリッサには娘がいるからな。私のことよりも娘のことを優先するべきだ」 どうやら、娘のために休みを取ったと考えたようだが、休みを取ったのはクロノと密会するためなのだ。 ティリア皇女とアリスンに対する申し訳なさで胸が一杯になる。「……申し訳ございません」 アリッサは罪悪感に苦しみながら謝罪した。※ アリッサは普段着に着替えて家を出た。 人目を気にしながら目的の場所……裏通りにある宿に向かう。 平静を装って街を歩くが、知り合いや巡回する兵士と擦れ違うたびに心臓の鼓動が跳ね上がる。 逃げるように裏路地に入る。 表通りに比べて薄汚れた雰囲気だが、かつて住んでいた街の外縁部に比べればマシな方だ。 今も街の外縁部は他のエリアに比べて犯罪発生率が若干高いらしいが、かつてのような無法地帯ではない。 アリッサは目的の宿に入り、胸を撫で下ろした。 カウンターでは恰幅の良い中年女性が刺繍をしている。 中年女性はこちらを一瞥し、すぐに手元に視線を落とす。 余計なことは言わない。 これがこの宿のサービスだ。 アリッサは軽く会釈して階段を登る。 今日はどんな奉仕をするのか、どんな風にお情けを頂けるのか考えてしまう。 ティリア皇女と娘のことが脳裏を過ぎる。 罪悪感を覚えながら薄暗い廊下を通り、突き当たりの部屋に向かう。 控え目にノックすると、すぐに扉が開いた。 扉を開けたのはクロノだ。 いつもの軍服ではなく、仕立ての良さそうなシャツとズボンを着ている。「待ってたよ」「……失礼致します」 クロノが踵を返し、アリッサはその後を追うように部屋に入る。 この宿は連れ込み宿として利用されているだけではないらしくベッド以外にも家具が置かれている。 ポットとカップが置かれたテーブル、小さな鏡の付いた化粧台、水浴びするためのタライまである。 アリッサが扉を閉めている間にクロノはベッドに腰を下ろしていた。 口で処理して欲しいというアピールか、大股を開いている。 ゴクリと唾を飲む。「喉が渇いてるなら水を飲んでも良いよ?」「いえ、結構です」 アリッサはクロノの足下に跪いた。「……旦那様?」「うん、分かった」 クロノが立ち上がり、アリッサは少し間を置いてズボンとパンツを下ろした。「立ってた方が良い?」「どちらでもお好きなように」 クロノがベッドに腰を下ろし、アリッサは更に距離を詰める。 前エラキス侯爵に仕込まれた技術で愛撫するとすぐに元気になった。「アリッサは積極的だよね」「……」 あまりの恥ずかしさに頬が、首筋が熱くなる。「アリッサは淫らなメイドです、だっけ?」「……っ!」 思わず手が止まる。 初めてクロノと交わった時、久しぶりの快感に自制できなくなってしまった。 二回目以降も自制できていたとは言い難い。 前エラキス侯爵によって作り替えられた体はいとも容易く雌の本性を露わにするのだ。 今も下腹部がクロノが欲しいと疼いている。 もう壊れてしまっているのに雄を求めているのだ。「手が止まって、舌もかな?」「……申し訳ございません」 愛撫を再開する。「そうそう、上手いよ。セシリーもこれくらい上手ければ良いのにな」 今、そんなことを仰らなくても、とアリッサはそんな不満を抱くが、他人よりも勝っていると言われるのは心地よかった。「もう準備は整ったから良いよ」「……はい」 アリッサが見上げると、クロノは意地の悪い笑みを浮かべた。「どうしたら良いかな?」「……お情けを」「誰に、どんな風に?」 アリッサは立ち上がり、ゆっくりとスカートをたくし上げた。「み、淫らなアリッサに旦那様のお情けを頂きたく存じます」「もう少し捻って欲しいけど、まあ、良いか」 そう言って、クロノは邪悪な笑みを浮かべた。【女将】※ 夜、女将……シェーラは自分の部屋で束の間の休息を取っていた。「そろそろ、淹れ時かね」 ポットを傾けて香茶をカップに注ぐと、香辛料を思わせる匂いが湯気と共に立ち上る。 イスに腰を下ろし、カップを口元に運ぶ。「はぁ、美味いねぇ」 香茶を飲み、カップをテーブルに置く。 『黄土神殿』で買った香茶はピリッと辛く、体を内側から温めてくれる。 店で売っている香茶に比べれば割高だが、支払った金額に見合うだけの品質だ。 少なくともシェーラはそう判断している。 香茶以外にも『黄土神殿』で買った物はある。 たとえば| 皹 ( あかぎれ ) を防ぐ軟膏。 やはり、店で売っている軟膏と比べると割高だが、これを使うようになって皹をしなくなった。 たとえば肌を綺麗にする水薬。 これもまた店で売っている水薬に比べると割高だが、これを使うと使わないでは肌の調子が違う。「ったく、二人纏めて面倒を見るとか勝手なことを言ってくれるねぇ」 シェーラは小さく吐き捨てた。 この歳で若い娘と張り合うのは大変なのだ。 軟膏や水薬で肌の瑞々しさを、腕立て伏せで胸の張りを保たなければならない。 優雅に進む白鳥も水面下では必死に足を動かしている。 クロノは涙ぐましい努力を知らないから二人纏めて面倒を見るなんて台詞が吐けるのだ。「…… 妹 ( カナン ) と比べられるなんてゾッとするよ」 胸こそ圧倒的に勝っているが、若さでは圧倒的に負けている。 正直に言えば胸以外の要素でも勝つ自信がない。 テクニックだって素人に毛が生えたようなものだ。 まあ、素人と玄人が境目が何処か尋ねられたら困るのだけれど。 妹に負けたら姉としても、女としても立つ瀬がない。 シェーラはそこまで考え、首を傾げた。 仮に負けたとして、どんな不都合があるのかと疑問に思ったのだ。 常々、死んだ旦那を愛していると言っているし、年下と関係を持つことに後ろめたさを感じている。 むしろ、妹に乗り換えてくれるのなら好都合ではないだろうか。 誰も傷付かない冴えたやり方のように思える。「……チッ」 シェーラは舌打ちし、香茶を一気に飲み干した。 熱が胃から全身に伝わり、全身がじっとりと汗ばむ。「はぁ、風呂に寄ってから夜伽に行くかね」 立ち上がり、扉に向かう。 扉を開けると、そこにはクロノが立っていた。「来ちゃった」「少しくらい待っていられないのかい?」 シェーラはうんざりした気分で呟いた。 どうして、夜伽の順番を知っているのか。 そんな疑問が脳裏を掠める。 しかし、次の瞬間、アリデッドとデネブの姿が脳裏を掠めた。 あの二人ならばベラベラと順番を話すに違いない。 黙ってりゃ良いのにとは思うが、会議の結果をクロノに黙っているというルールは存在しない。「すぐに行くから待ってな」「え~、でも、もう来ちゃったし」 クロノは不満そうに言った。 シェーラはボリボリと頭を掻いた。 自分の部屋ですることに抵抗を覚えるが、拒否しても従ってくれないだろう。「そろそろ、巡回のメイドが来るよ?」「チッ、入りな」「女将の部屋に入るのは初めてだな」 シェーラが入るように促すと、クロノは嬉しそうに部屋に入ってきた。 はぁ~、と大きな溜息を吐いて扉を閉めた次の瞬間、背後から抱き締められた。「むふ、女将とするの久しぶり」「ちったぁ我慢しな」 振り払おうとしたが、クロノは服の上から胸を揉みしだいている。 もうすでにやる気満々らしく尾てい骨に硬いものが当たっている。「……汗の臭いがする」「うっさいね! だったら、風呂に入る時間を寄越しな!」 シェーラが体を揺すると、クロノはあっさりと手を放した。「風呂に入ってくるから少し待ってな」「このままで構わないよ」 シェーラがドアノブを掴むと、クロノはシェーラの手に自身のそれを重ねた。 もう片方の手がゆるゆると下半身に伸びる。「……っ!」「久しぶりだから女将も期待してたんじゃない?」 このクソガキ、とシェーラは心の中で吐き捨てた。※ どうして、こんなにネチっこく胸ばかり攻めるんだろうねぇ、とシェーラはクロノを見上げ……感覚的には見下ろし……ながら思う。 何度も体を重ねたからか、クロノは感じやすいツボを突いてくるが、シェーラは物足りなさを感じていた。 いい加減に愛撫を切り上げて欲しい。「胸ばかりじゃ……んんっ!」 クロノがシェーラの唇を自身のそれで塞いだ。 その拍子に突き上げられ、体の奥がジンと痺れる。 舌を絡ませる音が響く。 まるで水音に頭の中を犯されているみたいだ。 シェーラは陶然とクロノの唾液を飲む。 不意にクロノは体を離し、意地の悪そうな笑みを浮かべた。「どうしちまったんだい?」 こんな中途半端な所で止めないでおくれよ、という言葉をすんでの所で呑み込む。「どうして、女将が不機嫌だったのかなって」「今更、そんなことを言うんじゃないよ」 中途半端に高められた性感が体を内側から焼いている。「二人とも面倒を見るって言ったのを気にしてるのかなって思ったんだけど?」「そんなこたな……んっ♪」 シェーラが顔を背けると、クロノは腰を押し付けてきた。「そんなことあるよね?」「……っ!」 唇を噛み締めてクロノが与える快楽に耐える。「女将は強情だね。もう僕のことを愛してるって認めちゃえば?」「あ、あたしが、あ、あい、愛してるのは……死んだ旦那だけだよ!」 シェーラが睨み付けてもクロノは意地の悪そうな笑みを崩さない。「でもさ、僕のことを愛してるから不機嫌になったんじゃないの? ほら、カナンさんの方が若いし、僕を取られたくないとか?」「よ、よくもまあ、それだけ自分に都合の良いことを考えられるね!」「死んだ旦那を愛してるって言ってる人が何度も体を許してくれたら、普通はそれくらいのことを考えるんじゃないかな?」 クロノは体を起こした。「体は正直だよね」「お、おっさん臭いことを言うんじゃないよ!」 シェーラは声を荒らげたが、クロノの言葉は正鵠を射ていた。 こんな口論じみた遣り取りをしているのに性感が燻り続けているのだ。「ねぇ、シェーラ」「……っ!」 クロノは体を倒し、シェーラの胸に顔を埋めた。突然の出来事に体が強張る。「一度で良いから愛してるって言って欲しいな」「言っただろ、あたしが愛してるのは死んだ旦那だけだって」「分かってるけどぉ」 クロノは甘えた声を出し、わずかに身動ぎした。 たったそれだけで燻っていた性感が燃え上がる。 シェーラは唇を噛み締め、断続的に這い上がってくる快感に耐える。 認めたくないが、この体はクロノの色に染め上げられている。 死んだ夫と枕を交わった記憶よりクロノのそれの方が鮮烈だ。 まあ、夫が性に対して淡泊な質だったことを思えば当然かも知れない。「ねぇ、シェーラ」「分かったから猫撫で声を出すのは止めな!」 シェーラが了承すると、クロノはこちらを見上げてきた。 心臓の鼓動が高鳴り、快感が断続的に背筋を這い上がる。「……愛してる、よ」 自分の言葉がストンと胸に落ちた。 今更という気もするが、自分が死んだ夫よりもクロノを愛していることに気付いた。 クロノと愛し合った記憶が次々と甦り、シェーラは恥ずかしさのあまり目を閉じ、両手で顔を覆った。「えっと、女将?」 クロノは困惑したように呼びかけてきた。「どうかした?」「ど、どうもしないよ! 今は顔を見られたくないだけだよ!」「だったら、見せて貰わないと」 クロノはシェーラの手首を掴み、腕をベッドに押し付けた。 恐る恐る目を開けると、顔がすぐ目の前にあった。「……女将は可愛いな」「しぇ、シェーラだよ」 ん? とクロノが不思議そうに首を傾げる。「だから、ベッドの上ではシェーラって呼びな」「分かったよ、シェーラ」 思っていたよりも優しげな声音だった。「シェーラ、動いて良い?」 静かに頷くと、クロノは遠慮なく動き始めた。 白い光が頭の中で炸裂し、体が浮遊感に包まれる。 シェーラは自分でも気付かないうちにクロノの腰に脚を回していた。「もう一度、愛してるって言って」「あ、あ愛してる」「僕もだよ」 そう言って、クロノはシェーラの唇を奪った。【エレナ・グラフィアス】※「今日のお湯は少し温かったわね」 一番湯が恋しいわ、とエレナは脱衣所から出てボヤいた。 仕事をする上で差別されることはないが、風呂に入る順番は決まっている。 一番風呂はティリア皇女、二番はクロノ、エレナは三番手だ。 力関係を如実に物語る順番だと思う。 ちなみにフェイの順番は決まっていない。「……階段は薄暗くて怖いのよね」 階段を下りて自分の部屋に向かう。 節約だか何だか知らないが、人間は亜人ほどに夜目が利かないのだ。 せめて、手で持ち運べる照明を用意して欲しい。「……ウェスタと仲良くやってるかしら?」 シルバニアで代官を務めるケインを思い出しながら口にする。 元盗賊という経歴は許しがたいが、ケインは常識人だ。 常識人は盗賊になんてならないのではないかという疑問はあるのだが、認めるべき所は認めないと話が進まない。 とにかく、ケインは常識人なのだ。 クロノは女関係でダメな方に転がって行ったが、彼は恋人も作らずに仕事をこなしている。「手紙を送ってみようかな」 思い付きだったが、そう悪くないアイディアのように思えた。 手紙ならば自分の気持ちを正直に書けるような気がする。「……あまり書くことがないわね」 エレナは小さく溜息を吐いた。 休日は外に出て買い物をすることもあるが、基本的に 引き籠もり ( インドア ) 派なのだ。「ここの庭園って、何が生えてたかしら?」 季節の変化や庭園に植えられた植物について書こうと思ったのだが、侯爵邸の庭に何が生えているのか分からない。 クロノは庭園に関心がないようだし、使用人……エルフやドワーフの退役軍人も関心がなさそうだ。「流石に花壇に雑草が生えてますとは書けないわ」 エレナは自分の部屋の前で立ち止まり、扉が開いていることに気付いた。 まあ、空いていると言ってもわずかに隙間がある程度だ。「また、魔術で身を隠してるって訳ね」 普通ならばキチンと扉を閉めなかったと考えるのだろうが、エレナは違う。 何度も部屋でクロノに襲われた身だ。 おまけに今日はエレナが夜伽を担当する日だ。 準備を整えてはいるが、襲って欲しいと思っている訳ではないのだ。「隠れてるんなら出てきなさい!」 エレナは勢いよく扉を開け、箒を手に取った。 魔術で姿を隠しても箒を持ってグルグル回れば当たる。 姿を消す魔術には何も見えなくなるという欠陥があるのだ。「今なら怒らないわよ!」 呼びかけても返事はない。「良いわ、実力で叩きのめしてやる」 エレナは部屋の中央に立ち、その場でグルグルと回り始めた。 だが、箒は空を切るばかりだ。 それなら、と位置を変えるが、結果は一緒だ。 いい加減、気分が悪くなってきたので、回るのを止める。「うえっ、気持ち悪い」「……エレナ殿」 顔を上げると、扉の近くにフェイが立っていた。 何だか深刻そうな顔をしている。「な、何をしているでありますか?」「え? こ、これは違うのよ」 エレナが箒を投げ捨てると、何を誤解しているのか、フェイは辛そうに顔を背けた。「し、信仰は人それぞれであります」「信仰? ちょっと誤解してるわ! あたしは……」「分かってるであります」 フェイはエレナの言葉を遮り、まるで涙を堪えるように視線を上げた。 いや、涙を堪えるようにではない。 彼女の瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。「エレナ殿は辛かったでありますね。それなのに気丈に振る舞って……友の心底を慮れなかった私を許して欲しいであります」「意味が分からないんだけど?」 一体、どういう思考を辿ればそんな結論に達するのだろう。「だから、誤解よ」「分かってるであります、分かってるであります。私達の友情は……永遠であります!」 フェイは涙を拭い、その場から走り去った。「……誤解を解けるかな」 エレナは深々と溜息を吐いた。※ エレナが部屋に入ると、クロノはベッドに寝転んでいた。 慎重に扉を閉め、ベッドに歩み寄る。「……来たわよ」「枕を取りに来たんじゃないの?」「一体、いつのことを言ってるのよ」 エレナは舌打ちをしてベッドに座った。 昔のことをネチネチと嫌味な男だ。 だが、この嫌味な男に好意を抱いているのは悔しいことに事実なのだ。 クロノは体を起こすとエレナを背後から抱き締めた。 もちろん、それで済むはずはなく、右手が胸に、左手が下半身に伸びる。 何度も体を重ねているからか、ほんの少し愛撫されただけで変な気分になる。「準備はできてるの?」「ええ、ちゃんと準備してきたわよ」 吐き捨てるように言っても怯んだ様子はない。「……そう言えば準備って何をしてるの?」「い、言える訳ないでしょ!」 思わず声を荒らげる。「準備しながら興奮してたりして」「情けない気持ちで一杯になるわよ」 どうして、あたしはこんなことをしてるんだろ、と気が滅入ってくる。 ふ~ん、と諸悪の根源は興味なさそうに相槌を打った。「……アンタがさっさと奪ってくれれば準備をしなくて済むんだけど?」「もうしばらくはこっちで愉しませて欲しいな」 このゲス、とエレナは拳を握り締めた。「エレナに聞きたいことがあるんだ」「何よ」「どうして、僕がプレゼントした下着を穿いてくれないの?」「あんなもの、娼婦だって着やしないわよ」 え~、とクロノは不満そうに言った。 生地も、縫製もキチンとしているのだが、下着本来の機能を失っている。「そうかな?」「そうよ。大体、あんなもんを見せられたらドン引きでしょ」「こんなはしたない姿を見せるのは貴方だけって言ってくれれば嬉しいよ」「あたしは着ないわよ」 どうせ、後で着せられるにしても自己主張はしておきたい。「そう言えばウェスタがどうしてるか知ってる?」「皆と仲良くやってるみたいだけど……ウェスタどうかしたの?」 エレナは押し黙った。「……手紙を書こうと思ってるの」「通信用マジック・アイテムを使えば良いんじゃない?」 う、とエレナは呻いた。 侯爵邸と代官所は超長距離通信用マジック・アイテムで繋がっているのだ。「でも、あたしが使っても良いの?」「構わないよ」 手紙を書くより気楽に話せるかもね、とエレナは考えを改める。「……エレナ、そろそろ欲しくなってきたんじゃない?」「アンタが入れたいだけでしょ」 硬いものが腰に当たっている。 もっとも、エレナも口調ほど余裕がある訳ではない。 クロノの言葉を借りるのならば欲しくなっている。「で、今日はどうするの?」「ベッドに手をついて」「ああ、後ろからするわけね」 エレナは立ち上がり、ショーツを脱いだ。 すると、クロノはベッドから下りて、エレナの背後に回り込んだ。「……久しぶりだから手加減してよね」「分かってるよ」 嘘ね、と溜息を吐く。 こういう時、クロノはエレナが嫌がることをやってくるのだ。「早く手をついて」「分かってるわよ!」 エレナはベッドに両手をつき、クロノに尻を突き出した。 どんな風にされるのかしら、と陶然と息を吐く。 風が尻に当たる。 クロノがネグリジェを捲り上げたのだ。 濡れたものが尻に触れる。「ちゃんと加減してよね」「分かってる分かってる」 クロノがエレナに触れ、背筋がゾクゾクした。 だが、しばらく待ってもクロノはその場を動こうとしなかった。「いつまでそうして……っ!」 振り返ろうとしたその時、衝撃が全身を貫いた。 思いっきり突っ込まれたのだ。 あまりの衝撃に声も出ない。「ちゃ、ちゃんと加減してって言ったじゃない」「加減しないでって意味だと思ったんだけど?」 クロノはそろそろと体を引いた。「そんな訳ないでしょ!」「芸人的には思いっきりやれって合図だよ」「あたしは芸人じゃ……おぐぅ!」 再び突き込まれ、濁った悲鳴を上げる。「切れた、絶対に切れた」「大丈夫大丈夫」 そう言って、クロノは乱暴に動き始めた。 逃げようとしたが、ベッドが邪魔で逃げられなかった。「ちょ、ゆっく、り、内臓が口から出、ちゃう」「大丈夫、すぐに気持ちよくなるよ」「な、る訳ない、でしょ!」 エレナはシーツを握り締めて叫んだが、結論から言えばクロノが正しかった。 すぐにではなかったが、だんだんと気持ちよくなり、達してしまったのだ。