第X話:クロノ様の優雅な日々【後編】
第X話:クロノ様の優雅な日々【後編】
【アリデッド、デネブ】※「あ~、今日も疲れたみたいな」 侯爵邸の廊下に 姉 ( アリデッド ) の脳天気な声が響く。 クロノの意向により夜の侯爵邸は薄暗い。 と言っても、エルフであるデネブは昼間と同じように見通すことができる。 それは全ての照明が消えていても、夜の森でも変わらない。「あ~! 今日も疲れたみたいな!」「……私も」 デネブが深々と溜息を吐くと、姉はペシペシと二の腕を叩いた。「口調口調! 素が出てるみたいな!」「だって、疲れてるんだもん」 泥濘みに嵌まった荷馬車を押し出したのだ。 街道で困っている領民や商人を助けるのは騎兵隊の仕事なので、それに関して文句を言うつもりはない。「普段から怠けてるといざという時に素が出るみたいな! そう! 不断の努力が大事みたいな!」「最近、その努力をする必要性に疑問を感じてる、みたいな~」 姉妹で同じような喋り方をしているのは昔の名残だ。「独り立ちする時が来たんだよ」「そうね、独り立ちをする時が来たのかも知れないわ」 デネブが言うと、姉はやや低めのトーンで応じた。「……お姉ちゃん?」「ええ、私もそろそろ潮時だと考えていたのよ。けれど、二人きりの姉妹だからね」 姉は寂しそうに微笑んだ。「お姉ちゃんも演技してたんだ」「そうよ。これが本当の……ゲフ、ゲフッ!」 姉は激しく噎せ返った。 どうやら、声色を変える限界が訪れたようだ。 演技をするのなら、もう少し限界を延ばして欲しいものだ。「お姉ちゃん、続き続き」「そうよ。これが本当の私……」「だから、続き」「即興のキャラ付けに何を期待してるみたいな!」 デネブが催促すると、姉は逆ギレした。「で、どっちが演技なの?」「あっちが演技に決まってるし!」 地声で噎せるとか有り得ないみたいな、と姉はそっぽを向いた。「……疲れてる時は陽気なノリが堪えるんだけど」「疲れてる時こそ、陽気に振る舞うべきみたいな」「そっかな?」「クロノ様は落ち込みやすいタイプだから賑やかしが必要みたいな」 思わず見つめると、姉は照れ臭そうに頭を掻いた。「見つめられると照れるみたいな」「お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに色々考えてたんだね」「妹に馬鹿にされてるみたいな!」「あ、着いたよ」 デネブはクロノの部屋の前で立ち止まった。「準備は良いみたいな? あたしがいつも通り先に動いたり、話したりするから後はアドリブで宜しく」「ちょっと待って」 デネブはテンションを上げるためにその場で軽く体を動かし、私は陽気と自分に言い聞かせた。「準備完了みたいな!」「良い返事だし!」 姉が扉を開け、二人でクロノの部屋に飛び込む。「じゃーん! クロノ様に愛を届けに!」「呼ばれてなくても即参上みたいな!」 姉は立ったまま、デネブは座って両腕を広げた。「あ、二人ともお疲れ様」 クロノはベッドの縁に腰を下ろしていた。 明らかに元気がない。 そのくせ、満足げな雰囲気を漂わせている。「一体、何があったみたいな?」「枯れ果てたお爺ちゃんみたいな雰囲気だし」「はっ! まさか!」「一人で励んで賢者モードに突入みたいな!」 二人で顔を見合わせ、クロノを見つめる。「いや、今日はスノウ、スー、エリルの三人から接待を受けたんだけど……」「ああ、三人がかりで搾り取られたみたいな」「4Pは流石に止めた方が良いし」 仲良く4Pはデネブにとっても、姉にとっても未知の領域である。「年々、クロノ様はダメになってくみたいな」「権力、金、女……欲望に忠実すぎだし」 権力と金はさておき、これ以上愛人を作るのは勘弁して欲しい。 姉はともかく、デネブはそれなりに愛されたいのだ。「今日は打ち止めでござる」「これを見てから言って欲しいみたいな!」 姉は机に歩み寄ると軍服を脱いで机の上に置いた。 デネブは扉を閉めてから机の前に移動し、軍服を脱いだ。「今日の下着は……紐みたいな!」「紐って言うか、リボン? みたいな!」 胸や股間を隠す布地のない下着である。 これは異世界の下着を再現したものらしい。 きっと、異世界人は頭がおかしいのだろう。「……息子が元気を取り戻してくれません」「まあ、それならそれで構わないし」「偶には普通に寝るのもありみたいな」「すまないねぇ」 クロノは軍服を脱ぎ、丁寧に畳んだ。 デネブはそれを受け取り、机の上に置いた。 振り返ると、クロノと姉はもうベッドに横たわっていた。「失礼しますみたいな」 デネブは断りをいれてからベッドに潜り込んだ。「明かりよ」 クロノが呟くと、照明用マジック・アイテムが消えた。 目を閉じてしばらくすると、何かが動き気配がした。「アリデッド、ヒリヒリするから触らないで」「あたしはデネブです」「あたしがアリデッドです」「嘘は吐かなくて良いから」「バレバレだし」「これが愛の力みたいな」 デネブはクロノの腕をそっと抱き締めた。 自分達で勘違いするように仕向けているとは言え、肉体関係があるのに見分けが付かないのは寂しい。 疲労の影響からか、デネブはすぐに眠りに落ちた。【フェイ・ムリファイン】※ 夕方、フェイは二日ぶりに自分の部屋に入った。 鎧を脱ぎ、丁寧に机の上に並べる。 体を伸ばすと、バキバキという音が響いた。 二日間に及ぶ街道警備は体に大きな負担を掛ける。 もちろん、休憩は取っているが、疲労を完全に拭い去ることはできない。「バサバサであります」 鎧に指を這わせると、砂埃が付着する。 髪はザラザラするし、鎧の下に着ていた制服は黄色っぽくなっている。 砂は服の内側にも入り込んでいるらしく体を動かすたびにザリ、ザリという感触が伝わってくる。 ケインの話によれば服の内側に入った砂を放置すると皮膚が傷付いて炎症を起こしたり、感染症に罹ったりするらしい。 そのため、休憩時にはこまめに砂を払うようにしていたのだが、フェイにはそれを徹底するのが難しい。「……汗臭いであります」 フェイは腕を上げ、顔を顰めた。「……風呂に入るであります」 壁際にあるタンスを開けて小さく唸る。 そこに納められているはずの水着がなかったのだ。 使った水着は洗濯後にタンスに入れて貰う約束なのだが、どうやら、手違いがあったようだ。「あれがないと困るであります」 今日は夜伽の日だ。 どういう訳か、一緒にお風呂に入ることが多いので、水着は欠かせないのだ。 普通に愛し合うのも恥ずかしいが、風呂という日常的な空間で愛し合うのはさらに恥ずかしい。 しかし、水着があれば気恥ずかしさを克服することができる。「パッと行けば問題ないでありますかね」 フェイはその場に跪いて手を組んだ。「『漆黒にして混沌を司る女神』よ、私にクロノ様とお風呂で遭遇しない幸運を与えて欲しいであります。私にクロノ様とお風呂で遭遇しない幸運を与えて欲しいであります。大切なので二度言ったでありますよ」 フェイは気合を入れるために頬を叩き、自分の部屋から出た。 まだまだ明るいので、照明は点いていない。「『漆黒にして混沌を司る女神』の加護がありそうであります」 フェイは力強い足取りで浴室に向かうが、時間が経つにつれ、不安がムクムクと湧き上がってきた。「神様を信じなくてどうするでありますか!」 頭を振り、弱気な自分を叱咤する。「大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります、大丈夫であります……大丈夫でありますかね?」 フェイは脱衣所の扉の前で足を止めた。 果たして、自分に神の加護があるだろうか。 そもそも、加護があるのならばもう少し楽な人生を送っているのではないか。「……目、目から汗が出てきたであります」 目を擦り、ドアノブに手を伸ばす。 あと少しで触れられるのに見えない腕に絡め取られたように手が動かない。「信仰とは信じることと見つけたりであります!」 フェイは意を決して扉を開けた。「やあ、待っていたよ」「神よ、神よ、どうして私をお見捨てになるのかであります!」 フェイは全裸で立つクロノに出くわし、その場に| 頽 ( くずお ) れた。「じゃあ、お風呂に入ろう」「こういう運命でありますか」 フェイは立ち上がり、長い溜息を吐いて扉を閉める。 ふと視線を感じて振り返るとクロノがこちらを見ていた。「な、何でありますか?」「……服を脱ぐ所を」「ダメであります!」 チェッ、とクロノは可愛らしく舌打ちで浴室に入った。 うぐぐ、とフェイは唇を噛み締め、ゆっくりと制服を脱いだ。 すると、砂がパラパラと床に落ちた。 制服を纏めて籠に入れ、脱衣所を見回す。「何か、何かないでありますか?」 フェイはある一点を見つめ、動きを止めた。 用意された着替えの中に下着と寝間着以外のものを見つけたのだ。 丁度、下着と寝間着の間に挟まれているので、それが何なのかは分からない。「水着でありますか!」 フェイはそれを引っ張りだし……落としてしまった。 それは紐だった。 いや、リボンと呼ぶべきかも知れない。「何でありますか?」「水着でありますよ」 ヒィッ! と悲鳴を上げて声が聞こえた方を見る。 すると、全身から水を滴らせたクロノがこちらを見ていた。 クロノは浴室から出ると、落ちていたリボンを手に取った。 それは水着と呼ぶにはあまりにも細かった。 胸を隠すには幅が細く、股間を隠すには布地が足りない。 Vだ。 正しく、それはV字型のリボンだった。「僕がのぼせる前に入ってきてね」「……うぐぐ」 フェイはクロノにVを手渡されて呻いた。 呻くしかなかった。 これが水着だというのならば木の葉だって水着になってしまう。 着るべきか、着ざるべきか、フェイは水着を握り締めた。※ だ、大失敗だったであります、と背に腹は代えられぬと水着を着たフェイは浴室に入ると同時に自分の洗濯を後悔した。 クロノが嬉しそうに自分を見ている。 長い付き合いだ。 それだけで自分の選択が失敗だったと分かる。 浴室に跪き、手桶でかけ湯をする。 何故か、水着は少しだけ緩く、かけ湯をしただけで肩紐がズレてしまう。「はうわっ!」 慌てて肩紐を戻す。 全裸であれば開き直ることもできたかも知れないが、水着を着ているせいで変に隠さなければならないという意識が働く。「さて、背中を流して貰おうかな?」 クロノは浴槽から出ると、ドッカリと風呂イスに腰を下ろした。 フェイは何か言われる前に泡立てた垢擦りタオルでクロノの背中を擦った。「む、そうきたか」「お風呂は汚れを落とす所であります」 こんなものは一時凌ぎにしかならないと分かっているが、一時でも恥ずかしい思いをする時間を先延ばしにしたい。「じゃあ、前は自分で洗おうかな?」「私がやるであります!」 自分で洗って時間を短縮しようという魂胆だろう。 その後は横たわり、ローションでヌルヌルさせられるのだ。「いや、悪いよ」「臣下の務めであります」「いやいや、自分でやるって」「いえいえいえ、私がやるであります!」「じゃあ、よろしく」 クロノは風呂イスの上で一回転、フェイと向かい合う。 まだまだ戦闘準備は整っていないでありますね、とやや視線を傾けながら判断する。 フェイは呼吸を整え、丁寧にクロノの体を擦った。 時間を掛ければのぼせて風呂を早く出るだろうと考えたのだ。「お湯を掛けるであります」 ゆっくりと手桶でお湯を掛ける。 思いっきり時間を掛けたつもりだったが、まだまだ余裕があるようだ。 このままヌルヌルでありますかね? それとも、洗ってあげると言うつもりでありますかね? と次の行動を予測していると、クロノは湯船に浸かった。「フェイも早く体を洗いなよ」「わ、分かったであります」 フェイは丁寧に、丁寧に体を洗った。 その間も脳をフル回転させたが、クロノの意図が読めない。 髪を洗い、頭から湯を被って泡を洗い流す。「失礼するであります」 クロノに背を向けて浴槽に入ると、後ろから抱き締められた。 だが、そっと腕を回してくるだけで何もしてこない。「フェイと一緒にお風呂に入るのも三ヶ月ぶりだね」「そうでありますね」 尾てい骨に硬いものが当たり、体の芯が熱くなる。 身動ぎされるたびに体がビクッとなってしまう。 このまま湯船でするのでありますかね? それとも、湯船から出て、ヌルヌルでありますかね? そんな想像を巡らせていると、クロノが首筋を舐めた。 だが、それ以上のことはしてこない。「ど、どうしたでありますか?」「のぼせちゃった」 フェイが尋ねると、クロノは照れ臭そうに笑った。 こ、この高ぶりをどうしてくれるでありますか、とフェイは拳を握り締めた。【レイラ】※ レイラは仰け反り、断続的に放たれる熱を受け止めた。 三度目だからか、勢いはないが、充足感は一度目、二度目よりも増している。「……失礼します」 断りを入れてからクロノの隣に横たわる。 いつにない疲労感が体を包んでいる。 久しぶりの夜伽で張り切りすぎたのが原因だ。 ハシェルに戻ってから二、三日は自分を律することができたのだが、日が経つにつれてクロノと愛し合いたい気持ちが大きくなっていった。 自覚していたことではあるが、自分は独占欲が強いらしい。 愛人の一人で構わないと言って傍に置いて貰っているのに独占したいなんて自分の浅ましさに恥じ入るばかりだ。「今日は激しかったね」「そ、それは……久しぶり、でしたから」 レイラが口籠もり、あまりの恥ずかしさに俯いた。「自分から上に乗りたいって言ってくれたのは初めてじゃないかな?」「い、意地悪なことを言わないで下さい」 頬が熱い。 確かにクロノにお願いされたことはあっても、自分からお願いしたのは初めてだ。 ごめんごめん、とクロノは軽く言ってレイラを抱き寄せた。 それだけで満ち足りた気分になる。「……クロノ様、帝都ではご迷惑をお掛けしました」「もう済んだことだよ」「……ですが」 脅されて抵抗できず、スノウを助ける時に手助けらしい手助けをすることができなかった。 あまりに役立たずだ。「心の傷はそう簡単に乗り越えられるもんじゃないと思うよ」 クロノが優しくレイラの髪を撫でる。「……僕にできることと言ったら」「クロノ様?」 レイラは下腹部を見ながら呼びかけた。 まだそれほど時間が経っていないのに元気を取り戻している。「うわっ、格好悪い」「いいえ、嬉しいです」 ジーナの話を聞いたのに自分に欲情してくれる。 それが堪らなく嬉しいと思う自分は少し歪んでいるのかも知れない。「昔のことを忘れるくらい抱くことくらいって言ったら怒る?」「いいえ、お願いします」 レイラが答えると、クロノは優しくキスをしてくれた。「レイラの唇は誰のもの?」「クロノ様のものです」 囁くように答える。 クロノは髪を、首筋を、背中を、お尻を撫でながら同じような質問を繰り返した。 クロノ様のものです、と答えるたびに気分が高揚していく。「……最後に」 クロノは体を起こし、レイラに脚を開かせた。「ここは誰のもの?」「……クロノ様のものです」 口籠もりながら答える。「どうして欲しい? 優しく、荒っぽく?」「お好きなように……いえ、優しくお願いします」 レイラが答えると、クロノはニヤリと笑って覆い被さってきた。【シオン】※ 夜、シオンは自分の部屋のベッドに横たわっていた。 枕元にある照明用マジック・アイテムが本を白々と照らしている。 大地の秘技と呼ばれるその本には男女の性愛に関する事柄が図解入りで詳しく記されている。 片手でページを捲り、もう片方の手で自分の体を弄る。 はしたないと思いながらも手を止めることはできない。「……クロノ様」 シオンは甘えるように呟く。 図解の男女は頭の中で自分とクロノに、自分の指はクロノのそれに変換される。 今、シオンに触れているのはクロノだ。 彼が情熱的に愛撫をしているのだ。 愛撫は激しさを増していく。 強く潰された瞬間、白い光が頭の中で炸裂した。 快感に翻弄されながら胎児のように体を丸める。「……はぁ」 快感の波が通り過ぎ、シオンは小さく息を吐いた。 ある種の清々しさと汚れた自分に対する嫌悪感が胸を支配している。 『黄土にして豊穣を司る母神』は他の神々に比べて性的には大らかだが、快楽や金銭を求めることに関しては厳しい。「……クロノ様」 愛しているのだろうと思う。 同時にアクアに縋ったように、クロノにも縋っているだけではないかと疑念が湧き上がる。 告白したとしても私なんて相手にしてくれませんよね、と諦める理由を探す。 神官長と言っても所詮は平民だ。 なれても愛人の一人だ。 クロノが大勢の愛人を囲っていることは知っているが、あの中に割って入る勇気はなかなか出ない。 肌は日に焼けているし、手は長年の畑仕事でゴツゴツしている。 妄想の中では堂々と裸身を晒せるが、現実には恥ずかしさが先に立つ。 と言うのも日に焼けていない部分とそうでない部分の差が激しく、肉体労働者のようになっているからだ。「……はぁ」 シオンは再び溜息を吐き、大地の秘技のページを捲った。