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第11話:意志【中編】

クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです — novelup.plus · All chapters

第11話:意志【中編】

※ 『シナー貿易組合』の一階――エレインはカウンターに寄り掛かり、中央のテーブルを見つめた。 そこには六人の男女――ピクス商会のニコラ、行商人組合のトマス、ベイリー商会のエドワード、アサド商会のネメア、ケレス商会のメーテル、イオ商会のロジャーがいる。 彼らは彫像のように動きを止め、沈黙を保っている。 一挙手一投足から自分の真意が伝わってしまう。 そんな思いを抱いているかのようだ。 恐らく、それは些細な動きから相手の真意を読み取れるという自負の裏返しでもあるのだろう。 だから、動きを止め、沈黙を保ち、目だけをゆっくりと動かす。 まるで鼠ね、とエレインはカウンターに寄り掛かり、六人を眺める。 彼らは商売敵であり、時に共同歩調を取る仲間でもある。 油断できないと付け加えるべきだろうか。 共同歩調を取っていたとしても最後まで仲間とは限らない。 裏切られる可能性はある。 幸いと言うべきか。 今までは一致団結してシルバニアを発展させてきた。 だが、これからは無理だ。 状況が劇的に変わった。 いつもながらビックリさせてくれるわね、とエレインはクスリと笑った。 横領の罪を着せられたことにも驚いたが、帝国に叛旗を翻すとは思わなかった。 それに、あの演説――。 ティリア皇女の演説はエレインの野心を刺激した。 二十年の猶予期間はあるが、平民が政治に関われるようになる。 娼婦に過ぎなかった自分が国を動かせるかも知れないのだ。 これほど愉快なことが他にあるだろうか。 だから、クロノから資金援助の打診を受けた時、一も二もなく頷きたかった。 だが、残念ながらエレインは『シナー貿易組合』の組合長なのだ。 部下に説明し、意見を統一しなければならなかった。 面倒臭いと思うが、手続きは必要だ。 それはシルバニアも同じだ。 手続きを踏み、シルバニアとしてどうするか表明しなければならない。 その過程で裏切り者を見極められれば尚良い。 何しろ、これから賭けに出なければならないのだ。 面従腹背の輩に足を引っ張られたくない。 穏便に排除できれば良いのだけれど、とエレインは小さく息を吐く。 その時、澄んだ音が響いた。 扉に付けた鈴の音だ。 入ってきたのは傭兵ギルドのギルドマスター――シフだ。「すまない、遅くなった」 シフは短く詫び、中央のテーブルに歩み寄った。 いつもなら柱に背を預ける所だが――。「手短に話そう。我々はティリア皇女とエラキス侯爵を支持する」「シフ殿、遅れてやって来てあんまりではありませんか?」「すまない、と言った」 エドワードは非難がましい口調で言ったが、シフは悪びれた様子がない。 少しは申し訳なさそうにして欲しいものだ。「それは、傭兵ギルドとしての見解? それとも諸部族連合の長として?」「必要なことか?」「ええ、とても」 シフに問い返され、エレインは首肯した。「諸部族連合としてだ」「自分達のために、と言うことね?」「その通りだ。ティリア皇女は国家に忠誠を誓う限り、我々を帝国人と同等に扱うと言った」「口約束を信じると?」「そうだ」 エドワードのやや挑発的な問いかけにシフは力強く頷いた。「どの道、エラキス侯爵がいなくなれば我々の移住は失敗する。ならば、勝つ可能性に賭ける。戦える者はすでにハシェルに向かわせた」「隊商の護衛はどうするの?」「もちろん、続ける。事後承諾という形になるが信頼できる傭兵を手配した」「それは良かったわ」 エレインは内心胸を撫で下ろした。 神聖アルゴ王国との付き合いはクロノにとって追い風となるはずだ。「お前はどうする?」「とりを務めたかったのだけど?」「どちらにしても変わらん」「変わるわよ」 エレインは小さく溜息を吐いた。「どうするつもりだ?」「『シナー貿易組合』はティリア皇女とクロノ様を支持するわ」 シフを除く六人がどよめいた。 失礼ね。私が裏切る訳ないじゃない、と心の中で毒づく。「次は行商人組合はどうかしら?」「……行商人組合はクロノ様を支持します」 トマスは額に浮いた汗を拭いながら答えた。 予想通りと言えば予想通りだ。 行商人組合はクロノの意向で作られた組織だ。 クロノを支持せざるを得ない。「とは言え、資金提供できるほど行商人組合は余裕のある組織ではありません。そこで補給を請け負わせて頂こうと考えております」「悪くないわね」 行商人組合が補給を請け負えばクロノは戦闘に集中できる。「危険な仕事になると思うけど、志願者はいるの?」「コール……若い連中が志願しています。もちろん、ベテランに纏め役を任せようとは思っていますが」 コール、とエレインは口の中で言葉を転がす。 聞き覚えのある名前だった。 誰だったかしら? と首を傾げ、ティナ・シェラタンと懇意にしている青年がそんな名前だったことを思い出す。 恐らく、彼は恋をしているのだろう。 恋を成就させるために志願した。 エレインは目を細めた。「若いって良いわね」「……まったく、こっちの気も知らんで」 トマスは汗を拭いながらぼやくように言った。 これはエレインではなく、若者に対するものだろう。「でも、若いってそういうものでしょ?」「う、う~む」 トマスは小さく呻く。 若い頃は分不相応な望みを抱くものだ。 それは己の分を弁えていないということでもあるが、自分の可能性を信じているということでもある。 エレインも同じだった。「今のまま、終わりたくない。貴方にもそんな気持ちはあったでしょ?」「……」 トマスは押し黙った。 もしかしたら、同じような台詞を吐かれて押し切られたのかも知れない。 きっと、彼も若い頃に同じような台詞を吐いて周囲の反対を押し切ったのだろう。 これも一種のしがらみだろうか。 歳を取ると他人を通して過去の自分と向き合わなければならなくなる。 そして、大抵は負けるのだ。「貴方はどうするの?」 エレインはニコラに尋ねた。「私はクロノ様を支持し、資金援助を行おうと考えています」「予想通りね」「そうでしょうね」 ニコラは苦笑した。 意外性のない男――それがエレインのニコラに対する評価だ。「念のために理由を聞いても?」「私どもの販売した紙が横領に利用され、ピクス商会は窮地に立たされています」「そうね」 エレインは頷いた。 ピクス商会は横領の当事者だ。 事実がどうであれ、帝国はそう考えている。 クロノの捕縛が叶わなかった以上、矛先は必ずピクス商会に向けられる。 もしかしたら、すでに――。「貴方達はどうするの?」 エレインはエドワード、ネメア、メーテル、ロジャーに視線を向けた。 口火を切ったのはエドワードだった。「私は中立です」 私も、と三人が続く。「おや、票が割れてしまいましたね。では、中立ということで宜しいですね?」「いや、それはおかしい」 シフがエドワードに反論する。「支持四、中立四……前例に従えば中立であるべきでしょう?」「そこがすでにおかしい」 シフは羊皮紙の書簡を取り出し、テーブルに放った。 割れた封蝋にはベイリー商会の紋章が刻印されている。「中身は確認させて貰った。支持四、中立三、敵対一だ」「ああ、それで遅れたのね」「そういうことだ」「そういうことなら許してあげる」「感謝する」 皮肉なのか、本気なのか判然としない。 彼の性格を考えれば本気なのだろうが。「これは陰謀だ!」 エドワードは立ち上がり、喚いた。「お前の部下は、ベイリー商会……いや、お前が帝国に付くと言っていなかったが?」「暴力に訴えたんだ」「我々は紳士的に事情を聞いた」 シフとエドワードは睨み合った。「……お前は」 シフが静かに口を開く。「お前は陰謀を巡らせ、他人を陥れるのが好きなようだが、足下が見えていない」「足下? まさかッ!」 思い当たる節があったのか、エドワードはハッとしたように言った。「もっと部下を大切にするべきだった」「くッ、裏切ったか」「……」 シフは答えない。 剣によって生きる者は剣によって、裏切りによって生きる者は裏切りによって死ぬ。 そういうことだ。「くッ、失礼する!」 自身に向けられる視線に気付いたのか、エドワードは扉に向かう。 扉に手を掛け、振り返る。「蛮族め! 覚えていろッ!」「……」 エドワードはそんな捨て台詞を残して『シナー貿易組合』から出て行った。「シルバニアはクロノ様を支持するということで良いかしら?」 エレインが尋ねると、六人は大きく頷いた。※ 誰もいなくなった『シナー貿易組合』の一階――エレインは何をするでもなくカウンター席に座っていた。 澄んだ鈴の音が響くが、振り返ったりしない。 誰が来たのか振り返らなくても分かる。 いや、彼が来ると確信していた。「今日は店じまいか?」「大分、前にね」「そうか」 ケインは気負った様子もなくエレインの隣に座った。「……シルバニアは」「うん?」「シルバニアはクロノ様を支持することになったわ」「元々、クロノ様の領地だろ?」「曲がりなりにも自治を認められているのよ? 茶番だとしても手続きは大事よ」 意思統一するプロセスが大事ということだ。 それはクロノの部下――ケインだってそうだろう。「まあ、過程は大事だな」「もちろん、結果もね」「違いない」 そう言って、ケインは笑う。 チラリと視線を向ける。 無精髭がない。 いつもは格好に無頓着なくせにこういう時はきちんとする。 そういう所が憎らしい。「行くの?」「ああ、行く」 ちょっと遊びに行ってくると言うような気軽な口調だった。 思うに彼はとっくの昔に覚悟を決めていたのだろう。「それは、貴方の両親のせい?」「親父とお袋の話をしたっけか?」「さあ、どうだったかしらね」 ケインの両親は不作の際に減税を訴え、殺されたと聞いたことがある。 部下を使って調べた覚えはないから彼が言ったのだろう。「まあ、平民会ができりゃ親父とお袋みたいに死ぬ人間はいなくなるだろうとは思うぜ」 何処か他人事のように言う。 平民会ができれば不作の際に正式な手続きを踏んで減税を提案できる。「妹さんのこと?」「まあ、そうだな」 ケインは曖昧に頷いた。「クロノ様は妹さんの代わりと言うことかしら?」「そうじゃない」「じゃあ、どういう訳?」「やけに絡むな。酒でも飲んでるのか?」「残念だけど、素面よ。お酒の匂いもしないでしょ?」「まあ、な」 ケインは確かめもせずに答え、黙り込んだ。 長い、長い沈黙の後で彼は口を開いた。「親父とお袋が死んで、俺と妹は村を追い出された」「……」 よくあると言っては失礼かも知れないが、珍しい話ではない。 領主に盾突いた領民が殺され、その子どもが村から放逐される。 放逐と言っても実際は死刑同然だ。 村という狭い世界で生きてきた人間が荒野に放り出されて、どうやって生きれば良いのか。「何とかして生きなきゃと思ったが、どうすれば良いのか分からなかった。あちこちほっつき歩いている内に妹は死んだ」「後悔してるのね?」「ああ、後悔はしている。けど、妹を死なせたことにじゃない。俺は妹が死んだ時に安堵したんだ」「……」 エレインはホッと息を吐いた。 それは動揺を表に出さずに済んだことに対するものだ。「その時、俺は妹を重荷に感じていたんだと分かった」「仕方がないわ。貴方は子どもだったんだもの」「ああ、その通りだ」 気休めにもならないと思ったが、ケインは肯定した。「俺は何の力もないガキだった。仕方がなかったと自分に言い聞かせたよ。その言い訳が心の痛みを和らげてくれた」 ケインは自嘲的な笑みを浮かべた。「安堵したことも、言い訳したことも後悔している。俺は自分が恥ずかしいんだ」「貴方は……自分を好きになりたいのね」「どうだかな」 ケインは皮肉げに口の端を歪めた。「これ以上、自分を嫌いになりたくねぇとは思ってるよ」「引き止めても無駄かしら?」「ああ、ずっと前から決めていたんだ」 表情を窺う。 彼は覚悟を決めた眼差しで前を見据えていた。「代官所の仕事はどうするの?」「引き継ぎは済ませた」「今日はどうするの?」「代官所に戻って寝て、明日ハシェルに発つ」「……そう」 エレインは胸を押さえた。 今日は泊まっていって。 客になら言える言葉がどうしても出てこなかった。「今日は泊まっても良いか?」「――ッ!」 ケインが気負った様子もなく言い、エレインは息を呑んだ。 胸が高鳴り、頬が熱くなる。「え、ええ、景気づけに抱かせてあげる」「景気づけとかそんなんじゃなくて、お前を抱きたいんだ」「……」 嫌な男、とエレインは唇を噛み締めた。※ エレインは気配を感じて目を覚ました。 まだ早朝なのだろう。 白々とした光が窓から差し込んでいる。 ケインはこちらに背を向け、ゴソゴソと何かをやっている。 多分、靴を履いているのだろう。 エレインはケインの背を見つめた。 逞しい背中だ。 しばらく代官を務めていたのに彼の体は鍛え上げられていた。 この日のために鍛錬を欠かさなかったに違いない。 陶然と息を吐く。 娼婦として男に抱かれてきた日々を忘れてしまうほど最高の一夜だった。 こんなことを言ったら笑われてしまうかも知れないが、生娘に戻ったようだった。 素肌を晒すことに躊躇いを覚え、身を委ねることに怯えた。 キスする時に息を止め、愛撫される時に体を強張らせた。 彼から与えられる刺激にいちいち反応してしまう体が恥ずかしくて堪らなかった。 抱かれる喜びに涙を流し、綺麗だという一言に心を満たされた。 だが、不安もある。 エレインにとって最高の一夜だったが、ケインにとってはどんな一夜だっただろう。 プロとして接するべきだったのではないか。 そんな不安が湧き上がる。 ケインは立ち上がり、上着を羽織った。「……行くの?」「なんだ、起きていたのか」 ケインはエレインに向き直った。「……昨夜は」「ああ、最高の一夜だった」「そんな訳ないじゃない」 エレインはゆっくりと体を起こした。 昨夜の余韻を引き摺っているのか、シーツで体を隠す。「私は自分のことしか考えられなかったわ」「なら、俺も一緒だ」 ふとケインは口元を綻ばせた。「格好良い所を見せようとか考えちまって、まるで童貞に戻った気分だった」「嘘よ」「本当だ。本当に、最高だった」 ケインは言い含めるように言った。「生きて、帰ってきてくれる?」「ああ、必ず生きて帰ってくる」 ケインはベッドに膝を乗せ、エレインに優しく口付けした。 数時間後――エレインはエドワードが海で溺死したことを知った。 まあ、どうでも良いことだが。※ 鉱山都市キンザ――フィリップは眠い目を擦りながら物見櫓から周囲を見回していた。 足下には豪奢な兵舎が建ち、その背後には粗末な建物が延々と続く。 山肌には無数の建物がある。「こんな仕ご――ゲホゲホッ!」 フィリップは煙を吸い込んで激しく噎せ返った。 火事ではない。 溶鉱炉で発生した煙が流れてきたのだ。 こんな仕事は一般兵に任せりゃ良いのに、と布で口元を覆う。 ここに赴任してから数え切れないほど毒づいてきた。 恐らく、これからも数え切れないほど毒づくことになるだろう。 何故なら、この街には一般兵がいないのだから。 第八近衛騎士団の守りは完璧である。 そんな理屈で団長であるルーカス・レサトが拒んだのだ。 もちろん、嘘だ。 第八近衛騎士団の実力が他の近衛騎士団に比べて劣っていることはフィリップにだって分かる。 ちょっとした規模の盗賊に襲われただけで陥落するのではないかと思うほど第八近衛騎士団は弱兵揃いだ。 これはルーカスがいくら賄賂を貰えるかで団員を選んだせいだった。 実体を知っていればルーカスの戯れ言に耳を傾けないだろう。 だが、金の力があれば話は別だ。 ルーカスは方々に賄賂を贈り、この戯れ言を押し通したのだ。 一体、どれほどの金を費やしたのか見当も付かない。 逆に言えばそれだけの金を費やしても惜しくないということだ。「それだけの金があるなら真っ当な団員を揃えりゃ良いのに」 フィリップは床に唾を吐いた。 黒く染まった唾液が汚らしく広がった。 第八近衛騎士団というだけで見下される。 今にしてみればもっと真っ当に努力をするべきだったのではないかと思う。 自分のキャリアはこれで終わりだ。 そんな閉塞感に苛立つ。 苛立っているのはそれだけではない。「クソッ、俺が手伝ってやったから今の地位があるのに」 フィリップはグラフィアス家現当主――義父になる予定の男を思い浮かべながら毒づいた。 エレナの両親を謀殺した時はフィリップに感謝し、何でもすると約束してくれたのに最近になって金払いが渋くなった。 婚約者も歳を取って余計な知恵を付けたのか、騎士団の生活を教えてやっても興味なさそうにしている。 こんなことならエレナと結婚しておけば良かった、と今更のように思う。 あの時は彼女の態度が気に入らなかった。 知識をひけらかす嫌な女だと思っていた。 だが、今にして思えばあれは犬がじゃれついてくるようなものだったのではないか。 そこまで考えが及ばずに陰謀に荷担してしまった。 エレナが死ねばグラフィアス家はフィリップの物になったのに惜しいことをした。「……いっそのこと」 フィリップは頭を振った。 今の自分は婚約者――家督を継ぐ権利はない。 陰謀を巡らせるのなら結婚してからだ。 毒を使うのも良いし、盗賊を使っても良い。 もちろん、盗賊にはちゃんと金を払う。 エレナが生き残ったのは金を出し渋ったからだ。「……俺はあんな馬鹿な失敗をしない」 フィリップはグラフィアス家の当主となった自分を想像して笑った。「ん? あれは何だ?」 フィリップは目を細めた。「あれは火か?」 遥か彼方に火のようなものが見える。 エルフなら詳細を確認できたかも知れないが、人間のフィリップにはそれが限界だ。「――ッ!」 フィリップは息を呑んだ。 最初は一つだった火が加速度的に増えていくのだ。 百を超え、その数はさらに増え続けている。 おー、おー、と鬨の声らしきものも聞こえる。「ま、まさか、反乱!」 新皇帝が即位し、帝都は酷い有様だと言う。 反乱が起きても不思議ではない。「敵襲! 敵襲ッ!」 フィリップは金槌を掴み、鐘を鳴らした。