第17話:決戦 その4
第17話:決戦 その4
※「くそッ、やっぱり攻めてきやがった!」 ロイが愛用の槍を突かんで天幕から出ると、周囲には煙が立ち込めていた。 一般兵は武器を持って走り回り、遠くからパパパパパンッという音が響く。 そのたびに一般兵は首を竦める。 あれはただの音だが、何も知らない者は恐怖を抱くことだろう。 何度も聞いていれば慣れるはずだ。 いや、と思い直す。 音そのものには慣れるかも知れない。 だが、恐怖はどうだろう。 音が鳴り止んだ後、何も知らないために恐怖を抱き続けるのではないか。 ましてや、あれだけマジックアイテムの脅威を見せつけられたのだ。 疑心暗鬼に陥っても不思議ではない。 そこまで考え、頭を振る。 クロノはそこまで考えているだろうか。 その可能性は高くないような気がした。 効果があれば儲けものと嫌がらせをしているだけかも知れない。 しかし――。「あ~、止めだ止めだ」 ロイはぼりぼりと頭を掻いた。 クロノの真意など確かめようがない。 そんなことを考えるよりも今起きている出来事に対処すべきだ。 対症療法的かも知れないが、それが一番確実だ。 ロイは作戦会議用の天幕に向かった。 その間にもパパパパパンッという音は響いている。 しばらくして天幕が見えてきた。「……もう来てやがるのか」 ロイは小さく溜息を吐いた。 天幕の前には昼間と同じ格好をした――要するに完全武装のアルヘナが立っていた。「遅いぞ!」「休んでたんだよ」「それと、その格好は何だ?」 ぎろりとアルヘナが睨み付けてくる。 ロイは自分を見下ろした。 ズボンは穿いているし、上着も着ている。 時間がなかったので上着の下は裸だが――。「何って軍服だよ」「常在戦場の心構えができていないのではないか?」「俺の心構えを非難する前にさっさと指示を出せよ。ここは戦場だぞ」 ロイはうんざりした気分で呟いた。 アルヘナが主張したいことは、まあ、分かる。 分かるのだが、今は反乱軍の襲撃に対応すべきだ。「状況は?」「二方向から敵の奇襲を受けている」「二方面?」 ロイは鸚鵡返しに呟いた。 再び、パパパパパンッという音が響く。 確かさっきも同じ方向から聞こえてきた。 ということは敵も連携が上手くいっていないのかも知れない。「どんな指示を出した?」「部隊を編制して追撃するように指示を出した所だ」 アルヘナは苛立ったように言った。 気持ちは分かる。 補佐でしかないロイに状況や指示内容を確認されたら面白くないだろう。 こいつはこういう男だ。「俺は勝手に動くぜ」「待て。何をするつもりだ」「何って、戦いに行くんだよ」「勝手な行動は許さんぞ」「状況は動いてるんだ。臨機応変に対処しなけりゃどうにもならねーよ」「……ぐッ」「俺は行くぜ」 アルヘナが口惜しげに呻き、ロイは煙の流れてくる方向に歩き出した。 力尽くで止めなかったということはアルヘナにも分かっているのだろう。 分かっていて尚、ルールに従おうとするのがアルヘナだ。「おい、これから反乱軍を叩き潰しに行く。付いてこい」「は、はい」 ロイは動き回る部下に声を掛けながら進んだ。 陣地の外縁部に着く頃には人数は二十人ほどになっていた。 外縁部では盾を構えた一般兵が一列に並んでいた。「味方の準備が整うまで耐えろ!」 一人の兵士が声を張り上げ、ロイは軽く目を見開いた。 声を張り上げたのは陣地構築を任せた男だったのだ。 男に駆け寄り、盾の陰に身を隠す。「状況は?」「――ッ!」 男は殺気立った様子でこちらを睨み、ぎょっと目を剥いた。「状況は?」「反乱軍の奇襲を受けています。敵の数は五十名程度……あちらの」 そう言って、男は肩越しに背後を見やった。 遠くからパパパパパンッという音が響く。「別方向から奇襲を仕掛けている連中と合わせれば百名程度になります」「確かめたのか?」「連絡網を築くくらいのことはしています」 馬鹿にされたと思ったのか、男はムッとしたように言った。「被害は?」「連中に立ち向かった仲間が二十人ほどやられました」「二十人?」 ロイは思わず問い返した。 こう言っては何だが、随分と少ない数字だ。「連中はこっちが追い掛けると逃げ出すんですよ。それで、こっちが退いたら追撃してくるんです」 厄介な相手です、と男は吐き捨てるように言った。「チッ、まともに戦うつもりがねーのか」「ですが、こうして隠れている訳にもいきません」「ああ、調子に乗らせる訳にもいかねぇ」 一撃喰らわせることができると教えてやらなければ連中は調子に乗る。 そうなればますます大胆な行動を取るだろう。「何かアイディアはねーか?」「一応、あります」「どんなアイディアだ?」 ロイが尋ねると、男は意外そうに目を見開いた。※『誘い出せなくなったでござるな』(ぐるる)「この隙に木の枝を集めるみたいな!」 タイガがぼやくように言い、アリデッドは部下に指示を出した。 欲を言えばもう少し敵兵を誘い出したかったが、できなかったものは仕方がない。 元々、思い付きで行った行動なのだ。 それで二十人ばかり敵兵を仕留められた。 クロノも怒ったりしないだろう。「お土産は届いたかなみたいな?」『敵に動きがあったでござる』(がう)「むむッ、それは無視できないみたいな」 アリデッドは爪先立ちになり、敵陣を見つめた。 今まで敵兵は盾の陰に隠れて横一列に並んでいたのだが、その上にも盾を並べたのだ。『目的は何でござるかね?』(がう?)「分からないけど、ちょっと嫌な予感がするみたいな」 アリデッドは舌で唇を湿らせた。 しばらくして馬の 嘶 ( いなな ) きが聞こえた。 もしかして、騎乗突撃を仕掛けてくるつもりだろうか。 けど、とアリデッドは肩越しに背後を見た。 そこには森が広がっている。 重装騎兵が相手ならば森まで逃げ切る自信がある。 数が揃っていなければ殲滅できる。 機工弓には板金鎧を貫く威力があるし、刻印術だってある。 にもかかわらず、不安は拭えない。『どうするでござるか?』(がう?)「……」 アリデッドは無言で考え込む。 こんな時、クロノならどうするだろうか。 答えはすぐに出た。 クロノならば重装騎兵を殲滅するとか考えずに逃げるだろう。「撤た――ッ!」 アリデッドが命令を下そうと口を開いた瞬間、並んでいた盾が吹き飛んだ。 盾を吹き飛ばして現れたのは馬だった。 一頭や二頭ではない。 少なく見積もって二十頭、それほどの馬がこちらに向かって駆けてきたのだ。 命令を下す前だったこともあり、部下の放った矢が馬を射貫く。 だと言うのに馬は土煙を上げながらこちらに向かって駆けてくる。 弓騎兵の一員であるためアリデッドは馬の性格をよく知っている。 馬は臆病な生き物だ。 訓練を施さなければ大きな音でパニックに陥る。 そんなことがないように皇軍の馬は大きな音に慣らしてある。 だが、攻撃を受けても真っ直ぐに突っ込んでくるような訓練を施せるのだろうか。「撤た……撤退なし! ギリギリまで引き付けて躱せみたいなッ!」『了解でござる!』(がうッ!)「了解!」『了解!』(がうッ!) タイガが短く返事をすると、部下達も返事をした。 背を向けて逃げ出すことも考えたが、裸馬が相手では分が悪い。 森に辿り着く前に追いつかれるだろう。 背後から突っ込まれる方がヤバい。 馬蹄の音を響かせ、土煙を従えながら馬が突っ込んでくる。 地面から伝わってくる震動に吐き気を覚える。 刻印術を身に付けたとは言え、本能的な恐怖は克服できないらしい。 けれど、それでいいかなと思う。 恐怖は重要な感情だ。 危険を察知できなければ早死にする。 アリデッドはギリギリまで馬を引き付け、横に跳んだ。 跳んだ先に馬が突進してくる。 これはギリギリまで引き付けて躱し――。「くッ!」 さらに次の馬が突進してくる。 二十頭程度しかいなかったはずなのに狙い澄ましたように……ハッ、これが日頃の行いみたいな、とそんなことを考えながら馬を避ける。 避けた先に馬が突進してくる。「何のぉぉぉぉみたいなッ!」 アリデッドは体を捻って躱した直後、雄叫びが響いた。※ ロイは愛用の槍を手に戦場を駆ける。 もちろん、走っているのは先頭だ。 軍団のNo.2が先陣を切って走る。 愚行と思われるかも知れないが、反乱軍に二十人も殺されているのだ。 昼間のことだってある。 近衛騎士はともかく、一般兵はビビっている。 だから、ここはロイが先陣を切って走り、帝国軍は戦えると示さなければならない。 まあ、あっさり死んで士気がガタ落ちになる可能性もあるが――。「野郎ども雄叫びを上げろッ!」「「「「おおおおおおッ!」」」」 野太い雄叫びに背中を押されてスピードを上げる。「……指揮官は? あいつか!」 ロイは視線を巡らせ、女エルフに視線を定める。 長い金髪を右側で結んでいる女、いや、少女と呼ぶべきか。 いやいや、少女であっても女には違いない。 正直に言えば女を殺したくないが、好き嫌いを言ってはいられない。 これは戦争なのだ。「その首、もらい受ける!」「――ッ!」 さらにスピードを上げ、渾身の力で槍を突き出す。 だが、女エルフは軽々とロイの一撃を躱した。 後方への大跳躍。獣人とてこれほどの跳躍は不可能だ。 可能な者がいるとすれば神威術士か――。「刻印術かッ!」 ロイは短く叫んだ。 赤い光が女エルフの体を彩っていた。 蛮族の戦化粧のようにも見えるそれは刻印――蛮族が精霊と一体化した時に浮かび上がるとされる紋様だ。 どうして、エルフが刻印術を――と思ったが、よくよく考えてみればクロノはアレオス山地の蛮族を恭順させたのだ。 自分の部下に刻印術を施せるようになっていても不思議ではない。 つか、こんな便利な術があるんならキチッと技術を吸い上げておけよ、とロイは心の中でぼやきつつ、全力で槍を投擲した。 もちろん、狙いは女エルフだ。着地したばかりということもあってか、女エルフは反応できなかった。 槍はそのまま突き進み――。『させぬでござる!』(がうッ!) 真横から飛び出してきた虎の獣人によって叩き落とされた。 ただの獣人ではない。 赤い刻印を浮かび上がらせた獣人だ。 チッ、とロイは舌打ちし、落ちていた槍を足で蹴り上げた。『させぬと言ったでござろうッ!』(がうッ!) 轟音が響き、虎の獣人が解き放たれた矢のように加速する。 だが、ロイが槍を掴む方が速い。「はッ!」 裂帛の気合と共に槍を繰り出すが、虎の獣人は大剣でいなしながら距離を詰めてきた。 慣れていないヤツは後ろに躱して死ぬが、こいつは手練れのようだ。 こいつなら熱を感じさせてくれるかも知れない。 しかし、感心してばかりはいられない。 これは命懸けの戦いなのだ。 ロイは槍を反転させ、石突きを繰り出す。 人間であれば喉を砕くことができただろう。 だが、目の前にいるのは獣人――それも刻印の力によって強化された獣人だ。 虎の獣人の姿が目の前で掻き消える。 赤い残光が空間に焼き付いている。 反射的に槍を地面に突き刺し、渾身の力で握り締める。 次の瞬間、衝撃が伝わってきた。 凄まじい、体の芯まで痺れるような衝撃だ。 わずかに視線を落とすと、虎の獣人が地面に這いつくばっていた。 それでようやく虎の獣人が這うような姿勢から横薙ぎの斬撃を放ったと分かった。 刻印が強く輝き、虎の獣人は槍に沿って大剣を振り上げる。 ロイは槍から手を離し、後ろに跳んだ。 槍が真っ二つになって爆発する。「チッ、やるな」 ロイは足で落ちていた槍を蹴り上げ、空中で掴み取る。「「「「おおおおおおおッ!」」」」 背後から雄叫びと金属音が響く。 ようやく一般兵が追いついてきたのだろう。 ロイは槍を構えながら虎の獣人を睨み付けた。 虎の獣人は自分の体で刃を隠すように大剣を構える。「やるじゃねーか。俺はロイだ。第四近衛騎士団団長ロイ・アクベンス」『拙者は皇ぐ……第十三近衛騎士団百人隊長タイガでござる』(ぐるる) 虎の獣人――タイガは誇らしそうに言った。「皇ぐってのは何だ?」『拙者達は皇軍と名乗っているでござる』(ぐるる)「皇軍? ああ、皇帝の軍って意味か。いや、皇女か? どっちにしても堪んねーな」 ロイは顔を顰めた。 反乱軍が皇軍――皇帝の軍を名乗るならば、こちらは必然的に賊軍となる。 アルヘナが聞いたら卒倒しそうだ。 それはさておき、わざわざ第十三近衛騎士団と言い直したということはタイガの帰属意識は皇軍そのものにはないのだろう。 クロノ個人に忠誠を誓っている。 帝国軍も一枚岩にはなりきれていないが、反乱軍は反乱軍で色々あるようだ。「で、どうするんだ?」『拙者はお主と戦うつもりはござらん』(がう)「つれねーことを言うなよ」 ロイはタイガを見据えながら周囲から響く音に集中する。 金属音は減り、短い悲鳴が間を置いて響く。 馬を突っ込ませて混乱させたものの、反乱軍は立ち直りつつあるようだ。 練度の違いだろう。 第十三近衛騎士団は何度も実戦を経験しているのだ。 それに――。「ちょっとびっくりしたけど、敵の数はそんなに多くないし! 落ち着いて戦えば大丈夫みたいな!」 女エルフは声を張り上げながら手にした短剣で帝国兵を屠っていく。 技量そのものは決して高くないが、身体能力は刻印術によって強化されている。 身体能力ばかりか、技量でも劣る一般兵は手も足も出ない。 こいつを倒せれば流れを変えられるんだが、と考えたその時、何かが降ってきた。 マズいと思うが、足下を見る余裕はない。 そんなことをすればタイガは襲い掛かってくるだろう。 直後、足下、いや、あちこちからパパパパパンッという音が響いた。 光と音に体が硬直する。 降ってきたのはマジックアイテムだったのだ。「援護だし! 援護だしッ!」 ロイはぎょっと女エルフを見た。 女エルフは一般兵と戦っている。 だと言うのに女エルフと同じ声が別方向から聞こえたのだ。 パパパパパンッという音が響き――。「撤退! 撤退だしッ! 負傷者は絶対に置いていっちゃ駄目みたいなッ!」 女エルフが声を張り上げ、タイガはこちらに背を向けて走り出した。 まるでロイが追ってこないと確信しているような動きだった。「待て! 反乱軍どもめッ!」「お前が待て」 ロイは溜息を吐きつつ、追い掛けようとした一般兵を制した。「ですが!」「不用意に追い掛けたらこっちの被害がでかくなる」 反乱軍は遠く離れた森に逃げ込んでいる。 今から追い掛けても間に合わない。 わざわざ森に逃げ込んでいるのだから罠を仕掛けているのだろう。 昼間ならまだしも今は夜だ。 罠の存在を見破ることはできないだろう。 肩越しに背後を見ると、反乱軍の別働隊も退いていた。 ロイは槍を担ぎ、視線を巡らせた。 倒れているのは一般兵ばかりだ。 形としてはこちらが一方的にやられたことになる。 ともあれ、勝利は勝利だ。 奇襲を受けても一方的にやられる訳ではないと示すこともできた。 そんなことを考えていると、見知った顔が近づいてきた。 野戦陣地の構築を任せ、盾を並べて攻撃を凌がせていた男だ。「ああ、ご無事でしたか」「お前のお陰で助かったぜ。名前は?」「リチャードです。リチャード・アークライト」「アークライトってことは貴族か?」「ええ、まあ、これでも軍学校を出てますよ。あまり成績は良くありませんでしたが……」 男――リチャードは照れ臭そうに頭を掻いた。「成績が悪いなんて謙遜しすぎだ」「本当に成績が悪かったんですよ。上司の受けも良くない」「なるほどな」 上司に嫌われて帝都に派遣された口か、と心の中で付け加える。 ともあれ、有能な士官がいるのは心強い。「けど、お陰で諦めもつきました」「ってことは?」「この戦いが終わったら実家に戻って、結婚しようと思っています」「そいつはおめでとさん」 このタイミングでこんなことを言って大丈夫かと思わないでもないが、思いが運を引き寄せることもあるだろう。「じゃ、生きて帰らねーとな」「……はい!」 男は力強く頷いた。※『大将、アリデッド達が戻ってきやした』(ぶも)「今、行く」 副官に呼ばれ、クロノは天幕の外に出た。 視線を傾けると、ティリアの天幕の近くにイスが置いてあった。 アリデッド、デネブ、タイガの三人はイスの近くで片膝を突いていた。 さらにその後ろには帝国兵と思しき人間が座っている。 後ろ手に縛られた上、周囲を皇軍兵士に囲まれている。 それにしても――。「あれって、どうなの?」『あれってぇのは?』(ぶも?)「アリデッド達がイスの前で跪いてるからさ」『あれは演出ですぜ』(ぶも)「……演出」 クロノはこみかみを押さえながら呟いた。 どこかで聞いたような気がするのだが――。『爺さん達からのアイディアでさ。義勇兵は素人ばかりなんで、芝居じみた演出が必要って理屈らしいですぜ』(ぶもぶも)「必要なことしか教えてないからねぇ」 クロノはしみじみと呟いた。 義勇兵には必要なことを優先して――と言えば聞こえは良いが、必要最低限のことしか教えていない。 兵士としての振る舞いについてはほぼ教えていない。「折角、旅芸人を部下にしたんだから劇風にして教えれば良かったよ」『タイミングが遅かった感が否めやせんが、名案ですぜ』(ぶも)「次があればやろう」 今回みたいなことは二度と起きて欲しくないが、コミュニケーションの一環だと思えばこういう話も悪くない。 クロノはアリデッド達の下に向かった。 やや遅れて副官が付いてくる。 これも芝居の一環なのだろうか。「お疲れ様」「クロノ様も健康そうで何よりみたいな」 人選ミスかも知れないと思いながらイスに座る。「アリデッド、報告を」「はッ!」 アリデッドは短く返事をして経緯を説明し始めた。「……と言う訳で十名が負傷したものの、嫌がらせと捕虜の確保に成功したみたいな」「みたいな」『でござる』(ぐるる) アリデッドが代表して説明を終えると、デネブとタイガが続いた。「負傷者は?」「野戦病院の先生の話によれば軽傷みたいな」「……そうか」 クロノは肘掛けを支えに頬杖を突いた。 アリデッドに預けた兵士は神聖アルゴ王国がエラキス侯爵領に侵攻してきた頃からの部下――最古参の兵士達だ。 できればすぐにでも復帰させたい所だが――。「よし、負傷した十人には治療に専念してもらおう」『良いんですかい?』(ぶも?) クロノは隣に立つ副官を見上げた。「大事な部下だからね。悪いんだけど――」『分かりやした。塹壕担当の兵士から引き抜きやす』(ぶも)「流石、ミノさん。分かってらっしゃる」『長い付き合いなんで分かりやすぜ』(ぶも) 副官は溜息を吐くように言った。『兵士を補充するってことは夜襲は継続と考えてもよろしいんで?』(ぶも?)「もちろん」『分かりやした』(ぶも) 念のために確認するのは悪いことではない。 ちゃんと義勇兵が見てくれればいいのだが。「そう言えば、タイガ」『何でござるか?』(がう?)「ロイ殿と戦ったって話だったけど、手合わせした感想は?」『なかなか難しい質問でござるな』(ぐるる) タイガは呻くように言った。『あくまで個人の感想でござるが、恐れ知らずと思えるような行動や荒っぽい口調とは裏腹に冷静さを感じさせる人物でござるな』(がうがう)「……なるほど」『あくまで個人の感想でござる』(がう) クロノが頷くと、タイガは念を押すように言った。 通販番組かという突っ込みは意味がなさそうなので控えておく。「……意外という気はしないね」 クロノは闘技場で見たロイの戦い方を思い出す。 彼は絶対王者として闘技場に君臨していたが、それは腕っ節の強さだけが理由ではない。 観客の反応を見極め、盛り上げる所でキチンと盛り上げていたからだ。 よくよく思い出してみればギリギリの戦いを演出しようとはしていたが、無謀な戦い方をしたことはなかった。「……なるほど」 クロノはもう一度呟いた。「馬を突っ込ませるのもロイ殿の策かな?」『それは何とも言えないでござる』(がう)「まあ、考えても仕方がないか」 さて、とクロノは捕虜に視線を移した。 すると、アリデッドとデネブは右に、タイガは左に移動した。『さっさと進め!』(がう!) 皇軍の兵士に追い立てられ、帝国軍兵士――捕虜が前に出る。「君には帝国軍について聞きたいんだけど、まずは軍団長を教えてくれないかな? まあ、そう簡単に――」「軍団長は第三近衛騎士団のアルヘナ・ディオス殿、その補佐は第四近衛騎士団のロイ・アクベンス殿だ。軍団は近衛騎士団員二千の他、一般兵が二万、ボウティーズ財務局長が雇った傭兵一万で構成されている」 捕虜はクロノの言葉を遮り、ペラペラと話し始めた。 思わず捕虜を見る。「帝国軍が陣地構築にまごついていた理由は?」「よく分からないが、アルヘナ殿がやり直しを命じたという噂を聞いた」「……なるほど」 こんな簡単に内部事情を話さないでよ、とクロノは心の中で突っ込んだ。 そのつもりだったが、表情に出ていたのだろう。 捕虜は嘲るように鼻を鳴らした。「俺は……こんな戦いで死にたくないんだ」「帝国軍の兵士だろうに」「俺は好きで兵士になったんじゃない」 捕虜はムッとしたように言った。「南辺境への対応は?」「一万の兵士を派遣したと聞いた」「帝都の様子は?」「酷い有様だ。治安は悪いし、物の値段が特に高い。女に土産でも買ってやろうと思ったが……何も買えねぇよ」 う~ん、とクロノは唸った。 戦争に来たのに恋人に土産を買おうとするとは危機感が足りないのではないだろうか。「本当のこと?」「嘘は吐いてない」 捕虜が一人だけだから本当のことを言っているのか確かめようがない。 クロノは腕を変えて頬杖を突いた。「ちょこっと拷問されてみる?」「ふざけるなッ!」『大人しくしろ!』(がう!) 捕虜が身を乗り出した次の瞬間、皇軍兵士が抑えつけた。「まずは小指からいってみよう」「ふざけるな!」「……ミノさん」『分かりやした』(ぶも)「ティリア皇女のお出ましじゃッ!」「頭が高い! 平伏するんじゃッ!」 副官が踏み出した次の瞬間、マンチャウゼンとアロンソの声が響き渡った。 クロノはイスから立ち上がり、天幕を見た。 ティリアは天幕から出ると、マンチャウゼンとアロンソに先導されてこちらに近づいてきた。 ティリアは白いローブを着て、フードを目深に被っている。露わになっているのは手と口元のみだ。「ささ、どうぞ」「汚いイスですが、お座り下され」「……」 ティリアは静かにイスに座った。「ティリア皇女は儂らが戦うことに心を痛め、喪に服しておられるんじゃ!」「おお、なんと心優しい!」 マンチャウゼンとアロンソは目に涙を浮かべて言った。 ティリアがマンチャウゼンに手招きをする。「何ですかな?」「……」 マンチャウゼンが耳を口元に寄せると、ティリアはぼそぼそと呟いた。「流石、ティリア皇女じゃ!」「どうしたの?」「ティリア皇女は臣民の血が流れるのは好まない。解放してやれと仰った」 クロノが尋ねると、マンチャウゼンは興奮した面持ちで叫んだ。「はッ? 負傷者が出たのに解放なんて訳が分からないし!」「お、横暴だし! 横暴だし!」「黙らんか!」「「はい」」 マンチャウゼンが一喝すると、アリデッドとデネブは黙り込んだ。「お言葉ですが、ティリア皇女。こっちも少なくない被害を出したんだし――」「エラキス侯爵! ティリア皇女の命令を何と心得る!」「……分かったよ」 マンチャウゼンが声を張り上げ、クロノは頷いた。「ただし、解放は夜明け、それまで余計な情報を知られたくないから目隠しをする。この条件を呑んで欲しい」「……」 クロノが妥協案を提示すると、ティリアは頷き、ローブの袂に手を入れた。 取り出したのは丁寧に折り畳んだ紙だ。「……」「な、何ですかな?」 ティリアが手招きし、今度はアロンソが口元に耳を寄せる。「はッ! 心得ましたぞ!」 アロンソはティリアから紙を受け取ると、捕虜に歩み寄った。 跪き、懐に紙を突っ込む。「これは?」「ボウティーズ男爵に渡すんじゃ。ティリア皇女から受け取ったと言えば分かる」 アロンソは早口で捕虜に説明した。「そういうことは……」「駄目じゃ!」 クロノが歩み寄ると、近づかせまいとしてか、アロンソは腕を一閃させた。「こっちが不利になる情報はないんだよね?」「……」 クロノの問いかけにティリアは静かに頷いた。 ここまで言われては認めるしかなかった。「ミノさん、後のことは任せるよ」『へい、分かりやした』(ぶも) クロノは自分の天幕に向かった。