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第17話:決戦 その6

クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです — novelup.plus · All chapters

第17話:決戦 その6

※ ピーターは手綱を握りながら肩越しに背後を見た。 そこには四十台の荷馬車と護衛の兵士の姿が、彼方に帝都アルフィルクの城壁がある。 前に向き直り、何度目になるか分からない溜息を吐いた。 思い出すのは視線だ。 城門を出るまで帝都の住人がピーター達――補給隊を睨んでいた。 気持ちは分かる。 帝都の食料事情は控え目に言って良くない。 物流は滞り、食料の価格が高騰している。 そんな状況で荷馬車四十台分の糧秣を運び出せば睨まれて当然だろう。 そこまでして運び出した糧秣も三万人相手では三日と持たない。 全て、ティリア皇女が悪いと思えたらどれだけ幸せだろう。 反乱が何の影響も及ぼしていないとは言わない。 だが、ここまで状況が悪化したのはアホ皇帝とその取り巻きのせいだ。 有力な商会がいなくなれば物流が滞るのは当然だ。「……いや」 ピーターは小さく頭を振った。 反乱が起きる以前から食料の価格は上がっていたように思う。 いつの頃からかは覚えていないが、確かに値上がりしていたのだ。 先代皇帝が崩御した時か、それともアルコル宰相が更迭された時か。 詳細を思い出せれば何が切っ掛けになったのか思い出せるはずだが、残念ながらピーターの頭はそこまで出来が良くない。 頭の出来が良ければ補給部隊の隊長などしていないし、軍に残ってもいない。 ピーターは凡人なのだ。 そんな凡人でも分かることはある。 それは先代皇帝とアルコル宰相が上手く国を運営していたということだ。 残念ながら完璧ではなかった。 神ならざる人の身だ。 無謬の存在にはなり得ない。 それでも、今のアホ皇帝とその取り巻きよりはよほど上手く切り盛りしていた。 そんなことを考えて溜息を吐く。 帝都を取り巻く事情を考えたり、昔を懐かしんだりしても仕方がない。 反乱軍と戦うために必要なんだと言い訳するのも同じだ。 帝都の住人にとってピーター達は食料を持ち去る憎いヤツなのだ。 しばらく馬に揺られて街道を進む。「ん?」 ピーターは目を細めた。 街道に何かが落ちていたのだ。 いや、落ちているという表現は正しくない。 何かが街道にバラ撒かれていた。 右手を上げ、後続に異変を知らせる。 慎重に馬を進め、ようやく何かの正体が明らかになる。 それは石だった。 握り拳大の石が数十メートルに渡って街道にバラ撒かれていた。 街道を覆い尽くすほどではないが、これでは荷馬車を進めることができない。「なんだ、こりゃ」 ピーターは馬を止め、思わず声を上げた。 反乱軍がやったのだろうか。 どうやってここまで来たのかさっぱり分からないが、その可能性は高い。 それにしても――。「なんて、地味な嫌がらせを……」 ピーターは顔を覆った。 反乱などと言っているが、これが帝国の未来を決める戦いであることは分かる。 だというのに反乱軍はこんな所まで来て、石をバラ撒いたのだ。 セコい。未来を決める戦いにしてはセコすぎる。 いや、とピーターは頭を振った。 個人的な感情を抜きにすれば実に効果的な作戦だ。 必要なのはそこら辺に落ちている石だけだ。 それに、ピーター達は石をどかす道具を持っていない。 手作業で荷馬車が通れる空間を作るのはちょっとした手間だ。「……クソッ」 吐き捨てた直後、馬のいななきが背後から響いた。 反射的に振り返ると、遥か後方で煙が立ち上っていた。 敵襲だ。 当然か。これは戦いなのだ。 石ころをバラ撒いて終わりな訳がないではないか。 作戦の安っぽさにそのことを忘れてしまった。 部下の命も懸かっているのにミスをした。 酷いミスだと自分でも思うが、それが人間なのだろう。 人間は命が懸かっている状況でもミスをするのだ。「くそッ! 何人か俺に付いてこい! あとの者は石を撤去して先に進めッ!」 ピーターは叫び、馬首を巡らせた。 十人ほどを率いて馬を走らせる。 すぐに最後尾が見えてきた。 最後尾の、いや、最後尾から三台目までの荷馬車が炎に包まれていた。「ああ、畜生!」 ピーターは吐き捨てた。 煙のせいで視界が遮られる。 これでは状況を確認できないではないか。 そう考えた時、煙が途切れた。 部下達は盾を構え、反乱軍――敵騎兵を迎え撃とうとしていた。 敵騎兵は馬上で弓を構えていた。 再び視界が煙に閉ざされ、腕に鋭い痛みが走り、短い悲鳴が上がった。 煙を貫いて飛来した矢が腕を掠め、背後にいた部下を貫いたのだ。「ク――ッ!」 悪態を吐こうと口を開いた次の瞬間、馬が前のめりに倒れた。 恐らく、敵の矢が馬を貫いたのだ。 ピーターは馬から投げ出されて地面を転がった。 だが、それが良かった。「ギャッ!」「グギャッ!」「ヒィィッ!」 断続的に短い悲鳴が響く。 付いてきた部下が敵兵の矢に貫かれたのだ。「クソッ!」 ピーターは悪態を吐き、四つん這いになって盾の陰に隠れる。 近くにいた部下に声を掛ける。「何があった!」「敵襲です!」「見れば分かる! もっと詳しく言えッ!」「突然、背後から壺を投げつけられ、中に入っていた液体が燃えました!」「マジックアイテムじゃないのかッ?」「分かりま――」「ギャァァァァッ!」 突然――いや、何かが割れる音が聞こえたような気もする――、隣で盾を構えていた部下が燃え上がった。「火が! 火がぁぁぁぁッ!」「転がれ、転がるんだッ!」 ピーターが叫んでも炎に包まれた部下は従おうとしない。 当たり前か。 パニックに陥っているのだ。 何を言っても耳には届いていないだろう。「お、おい!」 地面に這いつくばっていた男が立ち上がり、炎に包まれた男に駆け寄った。「転が――ッ!」 男は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。 口から鏃が飛び出している。 敵兵の攻撃を受けたのだ。 やや遅れて炎に包まれていた男も倒れる。 二人は友達だったのだろうか。 それとも仲間を守ろうとする使命感から出た行動だったのだろうか。 今となっては分からないが、臆病者の方が長生きできることだけは分かった。 臆病者に徹したい所だが、そうもいかないのが指揮官の辛い所だ。 どうすれば敵兵を追い払えるだろうか。「弓だ! 弓兵はこっちに来い!」「はッ!」「分かりました!」 部下が弓を持ち、こちらに駆けてくる。 身を屈めているが、何人かは敵の矢に射貫かれてしまう。「任意に矢を放てッ!」「はッ!」 部下は返事をすると各々のタイミングで矢を放った。 煙で視界が遮られているが、これで一方的に攻撃されることはなくなるはずだ。 こちらが敵の攻撃を避けるように、敵もこちらの攻撃を避ける。 当たり前の理屈だが、その当たり前ができなかったからいいようにやられたのだ。「放て放て! 敵は怯んでるぞッ!」 ピーターは叫んだ。 味方を鼓舞するための嘘だが、嘘が救いになることもある。※ 煙を突き破って矢が飛来する。 だが、それらはケインの遥か手前に落下した。 帝国軍の使っているのは長弓、こちらは改良に改良を重ねた機工弓だ。 性能が違う。「よ~し、止めろ」「ケイン隊長ッ?」 やや非難がましい声を上げながらも弓騎兵――エルフ達は命令に従った。「よし、退くぞ」「何故、ですか?」「何故って?」 ケインはぼりぼりと頭を掻き、共に苦難を乗り越えてきた部下達に視線を向けた。 助けてくれるつもりはないらしくニヤニヤと笑っている。 困っている所を見るのが楽しいのだろうか。 転職組のブルーノ達は気まずそうにそっぽを向いた。 仕方がねぇ、と溜息を吐く。「あのな、俺達は見ての通り……」 言葉を句切り、視線を巡らせる。 騎兵二十八、弓騎兵二十五――計五十三名がケインに与えられた全兵力だ。 自身も含めれば五十四名だ。「人数が少ねーんだよ」「それは!」「それは?」「いえ、何でもありません」 ケインが問い返すと、エルフは押し黙った。「まあ、気持ちは分かるんだぜ。けど、ここで粘っても矢を撃ち尽くしたらそれでおしまいだからな。大した戦果にゃならねーよ」「はい、分かりました」「なら良い。さて、ずらかるぞ」 ケインは馬首を巡らせて帝国軍から離れる。※「なに、反乱軍に襲われただと!」「はッ、足止めを受けている間に四方から攻撃を受けました」 アルヘナが声を荒らげると、補給部隊の隊長ピーターは平伏したまま答えた。 反乱軍に襲われて糧秣の四割を失ってしまったのだからどちらの反応も順当だ。 ここが天幕で良かったぜ、とロイは内心胸を撫で下ろした。 ボウティーズ財務局長が傭兵を整列させるために外に出ているのも良かった。 黙っていてくれれば良いが、彼は喚き散らしそうな感じがするのだ。「何故、糧秣を守れなかった」「反乱軍が燃える水を使ってきたためです」「燃える水?」 アルヘナは首を傾げた。「エルフの妙薬のことじゃねーか?」「知っているのか?」 心当たりを口にすると、アルヘナがこちらに視線を向ける。「大昔にエルフが傷を治すのに使ってたって触れ込みの酒だ」「酒だと?」「ぶっ掛けると傷が化膿しにくくなるらしいから薬ってのも嘘じゃねーよ。それで、これがよく燃えるんだと」 エルフの妙薬を飲んでいた男が火達磨になったという話を聞いたことがある。 単なる噂だと思っていたが、事実だったのかも知れない。「かなり有名な酒なんだけどよ。本当に知らねーのか?」「私は貴様ほど酒好きではない」 アルヘナはムッとしたような表情を浮かべて言った。 ロイから顔を背け、苛立った様子で爪を噛む。「石に、酒か。反乱軍はふざけているのか」「真面目にやってるんだろ」 ロイが軽口を叩くと、アルヘナはキッと睨み付けてきた。 反乱軍がふざけている――本気でないとしたらすぐに降参すべきだ。 本気でそう思っているのだが、アルヘナには伝わらなかったようだ。 やれやれ、と肩を竦める。「しかし、どうやって我々の後方に回り込んだのだ?」「そりゃ、馬を使ったに決まってるだろ」 反乱軍が港を占領してから何日経っていると思っているのか。 少なくとも十日は過ぎている。 これだけあれば背後に回り込むなど簡単だ。「帝都周辺は反乱軍の勢力圏ではないんだぞ? やはり、周辺諸侯が裏切っているのか」「裏切ったとは限らねーだろ。やり方なんざ、いくらでもあるんだからよ」 領主と交渉しても良いし、話が折り合わなければ間道を使っても良い。 夜間に移動するという手もある。 行商人のふりをすることも不可能ではないだろう。 帝国の勢力圏を移動する方法などいくらでもあるのだ。「それに、今はそんなことを考えてる余裕はないはずだぜ」「分かっている!」 アルヘナは声を荒らげた。 反乱軍の奇襲を受けて糧秣が六割しか届かなかったのだ。 このままでは帝国軍は飢えに苦しむことになる。「軍務局長殿に追加で糧秣を送って欲しいと要望書を書く。しばらく外で待っていろ」「…………はッ」 長い沈黙の後でピーターは頷き、天幕を出て行った。「で、どうするんだ?」「やることは変わらん。障害物を突破して反乱軍を壊滅させる」「昨日、一昨日と同じことを繰り返すってか」「そうだ」 アルヘナはムッとしたように言った。「傭兵どもが死ねばその分だけ糧秣に余裕ができる」「犠牲を前提にした用兵は嫌われるぞ」「他に手があるのか?」「さぁな」 ロイは軽く肩を竦めた。「けどよ、どうやって突破するつもりだ?」「障害物は半ば無力化できている」「穴に隠れてる連中の手前にも障害物があるだろうが」「大丈夫だ。手はある」「本当かよ?」「……ああ」 ロイの言葉にアルヘナは不敵な笑みを浮かべた。※「諸君! 今日こそ、障害物を無力化しようではないかッ!」「……」 ボウティーズ財務局長が馬上で声を張り上げるが、傭兵達は無言だった。 たった二日で三千人も死んでいるのだから無理もない。 まあ、逃げるタイミングを計っていて徹夜してしまったという可能性もあるが。 ロイは肩越しに野戦陣地を見る。 そこではリチャードに率いられた兵士達が堀を掘っている。 昨日から作業し続けているお陰で腰くらいの深さまで掘れたようだ。 道具くらいは何とかしてやりてぇな、とそんなことを考えながら正面に向き直る。「今日は六百人からだ! 六百人、前に出よ!」「……」 ボウティーズ財務局長が命令するが、傭兵達は顔を見合わせるばかりだ。 見かねたのか、アルヘナの部下が声を張り上げる。「前に出ろ! 貴様らには前に進む以外に道はないのだぞッ!」「……」 傭兵達は無言で前に出た。 憎々しげにアルヘナの部下を睨むが、残念ながら憎悪で人を殺すことはできない。 それができるのならロイは何度か死んでいるはずだ。「さぁ、進め! 勇者達よッ!」「進め進め! 死にたいかッ!」 ボウティーズ財務局長とアルヘナの部下が叫び、傭兵達はのろのろと歩き出した。 老人だってもっとしゃきしゃき歩くに違いない。 一番手前の障害物を越えた所で敵弓兵が矢を放つ。 矢の雨が降り注ぎ、短い悲鳴が上がる。 だが、その数は昨日に比べて少ない。 傭兵達を上手く範囲内に収められなかったのだ。 昨日と違う行動パターンに対処できなかったのか。 それとも疲労のせいか。 あるいは――。「チャンスだ! 走れぇぇぇぇッ!」 ボウティーズ財務局長が叫び、傭兵達が今更のように駆け出す。 悲鳴が上がるが、大多数の傭兵は矢を逃れていた。「どうなってるんだ?」「知るかよ!」「とにかく、障害物に毛布を被せよう!」「それでお役御免だ!」「とにかく、やるぞッ!」 わぁぁぁぁぁッ! と傭兵達は声を上げて駆け出した。 毛布を拾い上げ、障害物に向かって走る。 樽の蓋を拾う者はいなかった。 破損していることもあるが、矢を防ぐ役に立たないと分かっているからだろう。 樽の蓋に命を託すなら運命に身を委ねた方が良いと考えたのかも知れない。 目標の近くに迫る。 突如、爆音が轟き、傭兵達は吹き飛ばされた。 ごろごろと地面を転がり、体を起こす。 困惑しているかのように周囲を見回す。 どうして、自分が生きているのか分からないのかも知れない。 ロイの位置からだと一目瞭然なのだが、マジックアイテムは障害物の手前で爆発した。「いいぞ! 反乱軍は焦っている!」 ボウティーズ財務局長は馬上で叫んだ。 本当にそうか? とロイは内心首を傾げた。 敵弓兵が矢を外し、さらに目測を誤ってマジックアイテムを遥か手前で爆発させた。 できすぎている。 信じられない。 だが、そんなものかも知れないという思いもあった。 どんなに注意深く行動してもミスは起きるものだ。 命を懸けた戦いであってもそれは変わらない。「おおおおおおおッ!」「やったぞ!」「障害物に毛布を掛けたぞ!」 傭兵達の声にロイは我に返った。 見れば障害物に毛布が掛けられていた。 今回も多数の犠牲者が出たが、目的を達成したのだ。「諸君! これが最後だッ!」 ボウティーズ財務局長が叫び、アルヘナの部下が地面に木箱を置いた。 蓋を開ける。 中には赤く、澄んだ球体がいくつも収められていた。「な、何だ?」「宝石か?」「ガラス玉じゃねーか?」「これは陛下より下賜されたマジックアイテムだ」 ボウティーズ財務局長は誇らしげに言った。 ラルフ・リブラ軍務局長がアルヘナに託した物なのだが、黙っておく。「『炎よ』と唱え、敵陣地に投げ込め。それで勝てるッ! マジックアイテムを投げ込んだ者には報償を与えるッ! さぁ、行け! 勇者達よッ!」 ボウティーズ財務局長の口調は徐々に熱を帯び、最後は陶酔しているかのようだった。「よ、よし、これで最後なんだ!」「俺はやるぜ!」「反乱軍どもをぶち殺してやるッ!」 傭兵達がマジックアイテムに殺到する。 押し合い、へし合いして連鎖的に倒れる。 やがて奪い合いを制した傭兵達が走り出し、あぶれた者が後に続く。「反乱軍を殲滅せよッ!」「おぉぉぉぉぉぉぉッ!」 ボウティーズ財務局長の号令に呼応するかのように傭兵達が雄叫びを上げた。 地響きを立てて、敵野戦陣地に向かう。「マジかよ」 ロイはこめかみを押さえて呟いた。 全ての傭兵が突っ込んでしまったのだ。 羊は群れのリーダーに従う傾向が強く、大暴走をすることがあると聞いたことがある。 傭兵達の行動はまさにそれだ。「お、おい! なんで、来るんだよ!」「止まれ! 俺達は――ッ!」「おぉぉぉぉぉぉッ!」 陣地に戻ろうとしていた傭兵達が人波に呑み込まれて見えなくなる。 敵弓兵が矢を放ち、先頭を走っていた傭兵達が倒れる。 手からマジックアイテムが零れ落ち――。「やった! 落としたぞッ!」「どけ!」「ふざけるな! それは俺のだッ!」「うるせぇ! 早い者勝ちだッ!」 あちこちで殴り合いが始まる。 もちろん、反乱軍は黙って見ていてくれるほどお人好しではない。 矢の雨が降り注ぎ、悲鳴が上がる。 傭兵の数が多いせいか、まるで合唱のようだ。 ばたばたと傭兵が死ぬ。 それでも、流れは止まらない。 押し合い、へし合い、マジックアイテムを奪い合いながら傭兵達は進む。 無力化した障害物を乗り越えようとした傭兵が倒れ、連鎖的に倒れる。 反乱軍が放ったマジックアイテムが炸裂し、傭兵達が吹き飛ぶ。 矢で射貫かれ、マジックアイテムで吹き飛ばされながら徐々に距離を詰めていく。「おおッ! 命知らずの勇者達よッ!」 その光景に感じ入るものがあったのだろう。 ボウティーズ財務局長は感極まったように叫んだ。 だが、その先の行動はロイの予想を上回っていた。 いや、斜め上だったと言うべきか。「私も行くぞッ!」「お、おい!」 ロイが止めるのも無視してボウティーズ財務局長は敵野戦陣地に馬を走らせた。 正気とは思えない。 ああ、いや、理解はできるのだ。 憎悪と功名心が正常な判断を奪ったのだろう。 ほぼ全ての傭兵が障害物を乗り越えたその時、最前列の傭兵がばたばたと倒れた。 クロスボウの矢を受けたのだ。 炎よ! という声と共に傭兵達がマジックアイテムを投げる。 いくつかは柵の手前に落下したが、多くは反乱軍が隠れている穴に落下した。「落とせぇぇぇッ!」「落とすんじゃぁぁぁッ!」 そんな声が響いた直後、柵の手前で――そして、反乱軍の隠れている穴で爆発が起きた。「よし! やったぞッ!」「正面の敵を吹っ飛ばしてやったぞ!」「これで敵は反撃できないぞッ!」「柵を壊せッ!」 勢いに乗った傭兵達が柵に向かって走る。 しばらくして傭兵達はクロスボウの矢に射貫かれて倒れた。「な、なんだッ!」「矢だ!」「なんで? 正面の敵は倒したのにッ!」「よ――ぎゃッ!」 恐らく、横と言おうとしたのだろう。 傭兵が横から飛来したクロスボウの矢に射貫かれて倒れた。「何故、横から矢が飛んでくる!」 叫んだのはアルヘナだった。 矢は正面からしか飛んでこない。 そう考えていた。「ああッ!」 ロイは敵野戦陣地を見つめ、思わず声を上げた。 ここに至って自分が抱いていた違和感の正体に気付く。 反乱軍は穴を真っ直ぐに掘っていない。 こちらを包み込むように湾曲させて――鶴翼の陣を敷いていたのだ。「広がれ!」「そうだ! 横に逃げれば!」 傭兵達は横に広がって逃げようとしたが、呆気なくクロスボウの矢に射貫かれた。「広がるな!」「前だ!」「前に進めッ!」 傭兵達が前進を再開する。 確かに今は正面が手薄だ。 それとて簡単に対処されてしまうだろうが、少しは寿命を延ばせるだろう。 その時、土に塗れた敵兵士が姿を現し、クロスボウで矢を放った。「ギャッ!」「な、何でだよ! 死んだんじゃねぇのかよッ!」「くそッ! 反乱軍はバケモノの集まりだ!」「マジックアイテムが不良品だったんだ!」「死にたくねぇぇぇッ!」「母ちゃん、母ちゃん!」 三方向から攻撃され、傭兵達はばたばたと倒れていく。 ロイは舌打ちし、アルヘナに駆け寄った。「撤退だ! 撤退させろッ!」「何を言っている! 折角、目標を無力化したんだぞッ!」「馬鹿なことを言ってるんじゃねぇ! あれは誘い込まれたんだッ!」 ロイはアルヘナに怒鳴り返した。「あれは!」 ロイは敵野戦陣地を指差した。「あれは鶴翼だ! 鶴翼の陣なんだッ! 中央の障害物が少なかったのも、反乱軍が毛布をどかそうとしなかったのも俺達を誘い込むためだったんだッ!」「な、何だとッ?」 驚愕からか、アルヘナは目を見開いた。「早く命令を出せ! 全員、死んじまうッ!」「わ、分かっ――」 おぉぉぉぉぉぉッ! という雄叫びがアルヘナの声を遮った。 ロイは敵野戦陣地を見る。 すると、反乱軍が森から飛び出した。 数は二百人くらいだが、刻印が全員の体を彩っていた。 ベテル山脈の傭兵だ。 彼らは無力化した障害物の手前に陣取った。 これで完全に退路を塞がれた。「ひぃぃぃぃッ!」 戦場に情けない叫び声が響き渡った。 ボウティーズ財務局長だ。 ベテル山脈の傭兵を近づけまいとしてか、馬上で剣を振るう。 若い傭兵がジャンプして蹴りを入れる。 ボウティーズ財務局長は馬から落下し、ぴくりとも動かない。 死んでいるということはないだろうが――。「全員、横一列に並べッ!」 髭面の男が叫び、ベテル山脈の傭兵が一列に並ぶ。 自分の部下に勝るとも劣らない統率の取れた動きだった。「放てぇぇぇッ!」 赤い光が膨れ上がり、炎が傭兵――いや、浮浪者達を背後から焼いた。「ギャァァァァァッ!」「熱い、熱い、熱いィィィィッ!」「こ、こっちに来るなぁぁぁッ!」 浮浪者は火達磨になり、身の毛もよだつ叫び声を上げながら倒れていく。 地獄、目の前に地獄が出現していた。「最悪じゃねーか」 ロイは吐き捨てた直後、敵野戦陣地の両端に陣取っていた歩兵がクロスボウを構えた。 それだけではない。 重装歩兵――ミノタウルスとリザードマンが投石紐を使って石を投げる。 一直線に飛んだ石が浮浪者に直撃し、頭が爆ぜる。 さらにマジックアイテムが降り注ぎ、爆音が轟く。 そのたびに哀れな浮浪者が宙を舞った。 ここまでやってまだ足りないのか。 壺まで飛んできた。 浮浪者や地面の上に落ちて割れた次の瞬間、周囲が激しい炎に包まれる。 もう完全に手遅れだった。 浮浪者達が自力で逃げることは不可能だろう。「アルヘナ! 俺に行かせろ!」「駄目だ!」「馬鹿野郎!」 ロイは叫んだ。 自分の立場は分かっているが、浮浪者とは言え味方を見捨てたら士気が低下する。 どうして、それが分からないのか。「…………分かった」「よし」 ロイは拳を打ち鳴らして振り返ったが、すでに戦いは終わっていた。 攻撃は止み、ベテル山脈の傭兵は姿を消していた。 ボウティーズ財務局長の姿もない。「どうする?」「助けに行くに決まってるだろ!」 浮浪者達は全滅した訳ではない。 放心したように突っ立っている者がいるし、動いている者もいる。 耳を澄ませば呻き声も聞こえる。「死ぬぞ」「その時は――」「ロイ殿!」「……くッ」 リチャードに言葉を遮られ、ロイは呻いた。 声のした方を見ると、リチャードがこちらに駆けてくる所だった。「どうした!」「矢文です!」 リチャードはロイの足下に跪くと恭しく矢を差し出した。「貸せッ!」 アルヘナが苛立った様子で矢を奪い取り、結びつけられていた紙を解いた。「何て書いてあるんだ?」「……負傷者を搬送するために一時休戦の申し込みだ。何処までもふざけた真似を!」 アルヘナは手紙を握り潰して地面に叩き付けた。 さらに足で踏み付けにする。「ふざけた申し出でも受けるしかねーだろ」「罠に決まっている! 反乱軍が何をしたのか忘れたのかッ?」「……分かった」 ロイは深々と溜息を吐いた。「俺が行く」「指揮官は私だ!」「だから、俺が行くんだろ」 仮に一時休戦の申し込みが罠だったとしてもアルヘナが無事ならば混乱は最小限で抑えられるはずだ。「……分かった。任せる」「おう、任された」 ロイが返事をすると、アルヘナはその場を立ち去った。 しばらくしてリチャードが口を開いた。「ロイ殿、お供させて頂けませんか?」「罠かも知れねーぞ?」「いえ、それはないと思います」 リチャードは確信しているかのような口調で言った。「どうして、そう思う?」「反乱軍は負傷兵を治療させ、物資を消費させようとしている。そう考えるからです」「俺もそう思う」 ロイは口角を吊り上げた。