第18話:決戦・裏 その8
第18話:決戦・裏 その8
※ 夕方――ティリアがイスに座っていると、コトッという音が響いた。 ハッとして音のした方を見る。 すると、テーブルの上にカップが置かれていた。 淹れたばかりなのだろう。 湯気が立っている。 それも刺激的な臭いの湯気だ。 マイラ 特製香茶 ( オリジナル・ブレンド ) だ。 いつの間にか傍らに立っていたマイラを見上げる。 しばらくして彼女は微笑んだ。 優しげな微笑みだ。 本性を知らなければ勘違いしてしまうだろう。 だが、ティリアは彼女の本性を知っている。 彼女は優しいだけの女ではない。 図太く、利己的な女だ。 どうせなら本性を隠して欲しい。 そうすれば心労も減る。 ティリアの名を冠した商品を売る以外の思惑があるのではないか。 香茶を淹れてもらうたびに勘繰らずに済む。 とは言え、香茶に罪はないし、体が温まって助かるのも事実だ。「……どうぞ」「ああ、すまんな」 マイラが囁くように言い、ティリアはカップに手を伸ばした。 微かに手が震えている。 寒さからではない。 精神的なものだ。 顔を顰め、カップを口元に運ぶ。 香茶を飲み、小さく息を吐く。 そのつもりだったが、吐息は思っていたよりも大きかった。 カップをテーブルに置き、再び溜息を吐く。「襲撃は成功し、こちらには被害が出ていないと」「それは分かっている」 ティリアは肘掛けを支えに頬杖を突いた。 通信用マジックアイテムを介して報告を受けている。 便利な道具だ。 いくつかの制約はある。 だが、伝令なしで意思の疎通ができるのは大きい。 通信網を国中に張り巡らせることができたなら帝国の軍制は劇的に変わるだろう。 そんなことを考え、苦笑する。 侯爵邸では商人達が超長距離通信用マジックアイテムを利用していた。 これが本来――クロノの望む使い方だ。 それを戦争に使う。 裏切っているようで何とも嫌な感じだ。「……奥様?」「すまない。ボーッとしていた」 いけない、と小さく頭を振る。「少し休まれた方がよろしいのではないかと」「そうもいかん」「ケイン様とガウル様を出迎えたいという気持ちは分かりますが……」 マイラは溜息を吐くように言い、そこで言葉を句切った。 すぅぅ、と深く息を吸う。 そして――。「自己満足では?」「ぐぬッ」 放たれた一言にティリアは呻いた。 自分は分かりやすい性格だと思う。 二人を出迎えるのは自己満足ではないかとも思っていた。 だが、こうも遠慮なく指摘されると応える。 いや、あの『間』が遠慮だったのだろうか。 だとしたら、もっと遠慮して欲しかった。「そうだ。自己満足だ。悪いか」「結構なことだと思います。自己満足は大事です」 開き直って言うと、意外な答えが返ってきた。 ほぅ、と思わず声を漏らす。 すると、マイラは少しだけムッとしたような表情を浮かべた。 本当にムッとしているとは思えない。 演技か、演技を際立たせるための布石だろう。「何故、声を漏らしたのですか?」「お前は否定すると思ったんだ」「恐れながら――」「駄目だ」「恐れながら私は情に厚い女として通っております」 マイラは発言を続けた。 発言を許可しなかったにもかかわらずだ。「発言を許可した覚えはないぞ」「奥様は雇い主ではないので」 マイラはしれっと言った。「だったら、どうして奥様と……」「いずれ奥様になられる方ですので、覚えをよくしておこうかと」「今、まさに覚えが悪くなったぞ」「ご冗談を」「私は本気だ」「私は奥様が小さなことに拘らない方だと信じております」 ティリアが問い返すと、マイラは小さく微笑んだ。 話が噛み合っていない。「私は小さなことに拘るぞ」「まさか、次期女帝ともあろう方が……」「クロノに学んだんだ。まったく、軍学校時代のことをぐちぐちと……」 マイラが芝居がかった口調で言い、ティリアはうんざりした気分になる。 もちろん、うんざりしているのはクロノのしつこさにだ。 最近はあまり口にしないが、忘れた訳ではあるまい。 こちらが油断した頃にぐちぐち言い出すに決まっているのだ。 気を強く持たねばならない。 ちょっと悪いかなと思うと、ぐいぐいくるのだ。「上に立つ者は広い心を持つべきだと思いますが?」「私にもそう考えていた時期があった」 ティリアは天井を見上げた。「何か見えますか?」「天井が見える」 とにかく、とティリアは居住まいを正した。「私は小さなことに拘る」「では、私は坊ちゃまに奥様が細かなことをぐちぐち言われると伝えます」「好きにしろ」「では、好きなタイミングで……たとえば掃除や食事の後に」「印象操作だ!」 ティリアは声を荒らげた。 掃除や食事の後にそんなことをされたら使用人に嫌がらせをしていると思われる。 陰険な女だと思われてしまう。「好きにしろと仰ったので」「そこまで好きにしろとは言ってない」「奥様、上に立つ者は言葉に気を付けるものです。言葉尻を捉えて陥れようとする輩がいないとも限りません」「くッ、よくもぬけぬけと」 ティリアは呻いた。 言葉尻を捉えて陥れようとする輩は目の前にいる。「ぐぬぬ、覚えてろ」「最近はとんと物覚えが悪く」 そう言って、マイラはこめかみを押さえた。「仕返しをするのであればお早めに。記憶にないことで責められるのは辛うございます」 くッ、とティリアは再び呻いた。 口では勝てそうにない。 戦いでも勝てるかどうか。 つまり、打つ手なしだ。 カップを手に取り、ぐいっと呷る。 叩き付けるようにカップをテーブルに置くと、マイラは小さく息を吐いた。「今度は何だ?」「いえ、大したことでは」「気になる」「手の震えが止まっていたようなので安心しました」 ぐッ、とまたしても呻く。 マイラはティリアの手が震えていたことに気付いていたのだ。 恐らく、その理由も――。「全部、わざとか?」「さて、どうでしょう」 マイラは目を閉じ、小さく首を傾げた。「まったく、厄介な女だ」「それは随分と可愛らしい表現ですね」 マイラは目を開け、くすくすと笑った。「可愛いか?」「ええ、とても」 思わず尋ねると、マイラは小さく微笑んだ。 相変わらず、優しげだ。 なのに鼻で笑われているように感じるのは何故なのか。 決まっている。 先程の遣り取りのせいだ。「お前なら角を立てずに気分を和らげられただろうに」「ご冗談を」「本気だが?」「角を立てたつもりはございません」「そっちか。もしかして――」「天然ではなく、確信犯です。私は信念に基づいて奥様をからかいました」「どんな信念があるんだ?」 思わず尋ねる。 この戦いに勝てばという条件付きだが、ティリアは次期女帝だ。 そんな自分をからかうのだから相当な信念があるはずだ。「それは……」「それは?」「人間関係はシャープな方がよろしいかと」「それは信念じゃない。性根の問題だ」「私の性根が歪んでいると」「割と歪んでいるんじゃないか?」「奥様のご両親のせいで苦労しましたので」「何十年も前のことを」「当然です」 マイラは胸を張った。 言葉通り、当然と言わんばかりだ。 あまりに堂々としているので納得してしまいそうになる。「何が当然なんだ?」「私は坊ちゃまの師でもありますので」「ねちっこいのは師匠譲りか」「いえ、あれは坊ちゃまの性格でしょう」「話が繋がらないぞ」「よき師弟とは影響を与え合うものなのです」「与え合うのはいい影響だけにしろ」 ティリアは頬杖を突き、顔を顰めた。「どうやら、調子を取り戻したようですね」「お陰様でな」 ふん、と鼻を鳴らす。 踊らされているようで癪だが、かなり気分が楽になった。「指揮官は泰然とすべきです」「できればそうしたいが、生死に関わる問題だからな」 小さく息を吐く。 補給隊の襲撃を決めたのも、作戦を考えたのもティリアなのだ。 自分の作戦で人が死ぬ。 敵ならばまだいい。 部下も死ぬのだ。 当たり前と言えば当たり前だ。 勝ち戦とて戦死者をゼロに抑えることは困難なのだから。 作戦が上手くいって死者が出たのならまだ我慢できる。 卑しい考えだが、自分を慰められる。 しかし、もし、失敗したら――。 そう考えると不安で眠れなかった。 まったく、嫌になる。「覚悟とは……」 ティリアが呟くと、マイラは不思議そうに首を傾げた。「しても、し足りぬものらしい」「それは当然ではないかと」 ティリアは軽く目を見開いた。 まさか、肯定されるとは思わなかったのだ。 動揺が伝わったのか。 マイラは横目でこちらを見た。「内乱期のことになりますが……」 うむ、とティリアは頷き、居住まいを正した。 そうした方がいいような気がしたのだ。「旦那様を悪魔のような方だと思っていた時期があります」「ま、まあ、 殺戮者 ( スローター ) と呼ばれたくらいだからな」「懐かしい呼び名です」 マイラはくすくすと笑った。「今は違うのか?」「ええ、長い付き合いですので。旦那様は……」 そこで、マイラは言葉を句切った。「存外、普通の方でした」「だが、帝国を救った英雄だ」 ティリアは反論した。「普通であることと英雄であることは両立するのではないかと」「私は両立しないと思うが……」 偉業をなしたから英雄と呼ばれるのだ。 普通の対極に位置しているとさえ思う。「もし、旦那様に非凡な点があるとすれば……」「あるとすれば?」「よく笑ったことですね」「それだけか?」「ええ、大事なことです。絶望的な状況でも旦那様が笑っていると何とかなるのではないかという気がしましたから」「そういうものか」「そういうものです」 マイラは神妙な面持ちで頷いた。 極論すれば気分が大事ということなのだろう。 気分――何とも頼りない言葉だ。 そんなものを当てにしていいのだろうかとさえ思う。 しかし、先人が気分で危機的状況を乗り切ったのだ。 自分だってという気分になるし、あやかりたいという思いも湧き上がる。「ある時は何とかなると思いましたが、思い返してみると――」「止めろ! 聞きたくないッ!」 マイラの言葉を遮り、ティリアは耳を塞いだ。 先人に倣おうとしているのだ。 それなのに、どうして邪魔をするのだろう。 不意にマイラが扉を見た。「……ガウル様とケイン様がいらしたようです」「分かった」 助かった、と胸を撫で下ろし、居住まいを正す。 マイラは満足そうにしている。 やはり、厄介な女だ。 だが、頼りになる。 戦いが終わるまでにいくつの借りを作ることになるのか。 いや、と小さく頭を振る。 そんな先のことを考えてどうする。 今やるべきことは――そう、笑うことだ。 ティリアが笑みを浮かべた直後、扉が開いた。※ ジョニーは帝国軍の野営陣地――その近くで手を動かす。 先端を斜めに切った木の棒で地面を掘る。 掘る、掘る、掘る、ひたすら掘る。 余計なことは考えない。 余計なことは――。 余計――。 ふと水車のことを思い出した。 水車は素晴らしい。 もちろん、職人ではないので詳しい構造は分からない。 川の流れで水車を回し、あれやこれやすると石臼が動く。 そんなぼんやりとしたことしか分からない。 もっと勉強しておけばよかった。 師匠の仕事を手伝うようになって、そう感じるようになった。 自分だけなら何も感じなかったに違いない。 だが、手伝う人間は自分以外にもいた。 その人達を見ていると、自分がどれだけ劣っているのか分かってしまう。 劣っていると自覚するのは辛い。 役に立てないのは苦しい。 それ以上にいつも厳しい師匠が何も言ってくれないことが辛かった。 自分は駄目なヤツだとつくづく思う。 曲がりなりにも自警団員だったのだ。 組織運営やら何やら勉強する機会はあった。 姐さん――カナンはともかく、従者のロバートには軍隊経験がある。 教えを請えば色々と教えてくれたはずだ。 水車の構造だって勉強する機会はあった。 組織運営に比べればこちらの方が楽だろう。 水車小屋で構造を調べればいいのだから。 戦い方だってそうだ。 学べる環境にいた。 にもかかわらず、自分は何もしなかった。 怠惰だ。 水車は素晴らしい。 自分と違って働き者だ。 それに、余計なことを考えない。 道を誤ることもない。 不平不満を言わずに仕事を淡々とこなす。 不意に視界が滲んだ。 涙のせいだった。 ジョニーは手の甲で目元を拭った。「……生まれ変わったら水車になりたいッス」「何を言ってるんだ、お前は?」「――ッ!」 驚いて振り返ると、ジョンがこちらを見ていた。 痛ましいものを見たような表情を浮かべている。「何スか?」「夕飯の時間だからよ」「夕飯?」 ジョンが何処か困ったように言い、ジョニーは周囲を見回した。 いつの間にか陽が暮れていた。 作業しているメンバーも替わっているような気もする。 ついでにひどく空腹だった。「腹が減っ――」「痛ぇ、痛ぇよ」「水、水をくれ」「は、早く治療してくれ」「ち、畜生、どうして、こんな目に……」 ジョニーの言葉を苦痛に彩られた声が遮った。 ジョンの背後を見る。 すると、担架に乗せられた傭兵が通り過ぎた。 通り過ぎるまでに掛かった時間は十数秒といった所か。 医者ではないので、どんな状態なのか分からない。「……駄目そうッスね」 あ? とジョンは声を上げ、背後を見た。 誰もいなかったが、察してくれたらしく何度か頷いていた。「まあ、助からねぇだろうな」「神威術が使えれば別なんスけどね」「神威術士がいても治療なんてさせられねーよ」 ジョンは顔を顰めた。 彼の言う通りだ。 神威術を使えば瀕死の者すら救うことができる。 だが、リスクもある。 使いすぎれば術者に危険が及ぶ。 戦況を覆すために使うべきものなのだ。 それを金で集めた傭兵――浮浪者のために使える訳がない。 もっとも、それは一般兵であるジョンも変わらない。 彼が顔を顰めたのは自分の境遇に苛立ってという面もあるはずだ。「暗い話はここまでだ。飯にしようぜ」「分かったッス」 ジョニーは頷き、堀から出た。「今日は素直だな」「腹が減ってるんス」「あ~、それな」 ジョンは気まずそうに頭を掻いた。「何かあったんスか?」「自分の目で確かめろ」 ジョンが歩き出し、ジョニーは慌てて後を追う。 後を追いながら視線を巡らせる。 帝国の野営陣地はひどい有様だった。 まるで戦場になってしまったかのようにあちこちに負傷者がいる。 黙って空を見上げている者もいたが――。「痛ぇ! 痛ぇよッ!」「母ちゃん! 母ちゃんッ!」「お、俺の腕がねぇ、腕、腕……」「な、な、なんで、こ、こんな――」 激痛に喚く者、ぶつぶつと壊れたように呟き続ける者もいる。 比率的に言えば喚いている者の方が多いか。 無理もない。 彼らは素人――こうなって当たり前なのだ。 ジョンが昨日と同じ天幕に入る。 空いている席の前で立ち止まる。「ここで待ってろ」「分かったッス」 ジョニーが席に着くと、ジョンは踵を返して天幕から出て行った。 視線を巡らせる。 昨日と同じように何人かのグループになっている。 顔ぶれは――見覚えのある人物がチラホラといるような気がする。 ただ、そんな気がするだけで本当に見覚えがあるのか今一つ自信がない。 ともあれ、昨日よりは精神的に楽だ。 疎外されている訳ではないと分かっているのだから。 ボーッとしていると――。「待たせたな」「そんなに待ってないッス」 ジョンはジョニーの前にトレイを置くと、対面の席に座った。「飯ッス、め――ッ!」 ジョニーはスプーンを手に取り、息を呑んだ。 スープが昨日と同じ塩スープだったのだ。 パンも昨日と同じだ。 一縷の望みを掛けてスプーンでスープを掬う。 野菜の欠片らしきものがあった。「ど、ど、どういうことッスか?」「見ての通りだ」「それだけじゃ分からないッス!」「馬鹿、静かにしろ」「……分かったッス」 ジョンが低い声で言い、ジョニーは塩スープを口に運んだ。 塩っぱい。 きっと、これは涙の味だ。「何があったんスか?」「補給隊が敵に襲撃されて四割の物資を焼失したらしい」「そ、そんな、あんまりッス」 ジョニーは項垂れ、そこで補給隊を襲撃する手はずになっていたことを思い出した。 と言うか、情報を伝えたのは自分だ。 つまり、これは自業自得なのだ。 それにしても辛い。 どうして、こんな目に遭わなければならないのか。 駄目ッス、と小さく頭を振る。 どう足掻いても自分の責任になる。 堂々巡りだ。 ジョニーは顔を上げ、スプーンを置いた。 短剣を抜き、柄頭でパンを叩き割ってスープに入れる。「どうして、こんなことになったんスか?」「可能性はいくつかあるが、確かなのは敵が後ろにもいるってことだ」 ジョンは短剣を抜き、ガンガンとパンを叩いた。 砕いたパンをスープに入れ、短剣を鞘に収める。「後ろにッスか?」「ったく、上のヤツらは何をしてるんだ」 ジョンは吐き捨てるように言った。 気持ちは分かる。 自分達はちゃんと働いている。 にもかかわらず、状況が悪化しているのだ。 文句の一つや二つ言いたくなって当然だ。 だが、そんな彼を見ていると自警団員時代の自分を思い出して嫌な気分になる。 あの頃の自分は今よりも馬鹿だった。 閉塞感の原因を外に探していた。 多分、帝国軍がいなければ怒りの矛先をルー族か、領主に向けていたはずだ。 領主達は平時から不作に備え、帝都の様子を探っていたというのに。 ルー族だって――まあ、付き合ってみれば悪い連中ではなかった。 修行の時はひどかったッスけど、とジョニーはスプーンを舐めた。 それにしても、とジョンが身を乗り出す。「よく平気だな?」「何がッスか?」「臭いだよ、臭い。この臭いで食欲をなくしてるヤツだっているのに」「臭いッスか?」 ジョニーは上を向き、鼻をひくつかせた。 言われてみれば微かに悪臭がする。 この臭いは――。「臓物の臭いッスね」「口にするなよ、気持ち悪い」 ジョンがわずかに声を荒らげる。 直後、うッという声が聞こえた。 視線を巡らせる。 すると、口元を押さえている兵士がいた。 なんて、繊細なのだろう。 ジョニーはスプーンで柔らかくなったパンを口に運ぶ。「意外に修羅場を潜ってるのか?」「実家が農家なんス。だから、まあ、多少は……」 ジョニーは言葉を濁した。 実際、農家だし、家畜の解体に慣れている。 それにアレオス山地では狩った獣を自分で解体する必要があった。 臓物の臭いが気持ち悪いなど言っていられない。 解体しなければ食べられないし、ルー族に奪われてしまう。 今にして思えばあれで思い切りのよさや生き物に関する知識を身に付けられた気がする。 嫌がらせだと思っていたが、流石は師匠だ。 やることに無駄がない。 自分のことはさておき、えずいた兵士の繊細さを否定するつもりはない。 死は恐れるべきものだし、命は大事なものだ。 そんな当たり前の感覚をなくしたら死から逃れられない。「なんだ、そうなのか」 ジョンは安心したと言わんばかりに息を吐いた。「俺が修羅場を潜ってたら問題なんスか?」「自分より修羅場経験が豊富なヤツに先輩面してたら格好悪いじゃねーか」「そんなもんスか?」「そんなもんだ」 そう言って、ジョンはスープを口元に運んだ。「そう言えば今日は静かッスね?」「ああ、何でも明日の夕方まで休戦らしい」「なんでッスか?」「ロイ殿が交渉したんだと」「よく交渉に応じてくれたッスね」 兄貴――クロノには何のメリットもないような気がする。 そんなことを考え、あることに気付く。「ああ、こっちの物資を枯渇させようとしてるんスね」「そうだろうな」 あ~、嫌だ、嫌だ、とジョンはスプーンでスープを掻き混ぜた。「こっちは上が頼りにならねぇのに反乱軍の指揮官は頭が切れるときてる」「聞かれるッスよ」「前も言った通り、構わねぇよ」「いい話はないんスかね」 ジョニーは柔らかくなったパンを口に運んだ。 塩っぱいが、美味い。 体が塩分を欲しているのだろうか。 だが、できれば具沢山のスープが飲みたい。 こんなことなら干し肉を持ってくればよかった。「あるぜ」「あるんスか!」「声がでけぇ」「で、どんな話ッスか?」 ジョニーは身を乗り出した。「傭兵が全滅した」「……マジっすか?」 思わず問い返す。 一万はいたはずなのに自分が地面を掘っている間に全滅したのだ。 問い返したくもなる。「それの何処がいい話なんスか?」「糧秣の消費量が少なくなる」「これでッスか?」 ジョニーはスプーンでスープを掬った。「それは言われると辛ぇ」「いい情報はなしッスか」 スープを飲み、溜息を吐く。「あ~、あとはボウティーズ男爵が捕虜になったとか、帝都で物資を徴発してるみたいな話を聞いたな」「何処で聞いたんスか?」「そりゃ、顔見知りの兵士や補給隊の生き残りから聞いたんだよ」「そうッスか」 これも報告した方がいいだろう。「ボウティーズ男爵のことはどうでもいいッスけど、帝都で徴発ッスか」「気持ちは分かるぜ。畜生、反乱軍のヤツらは美味いもんを食ってるんだろうな」 ジョンは羨ましそうに言った。