クロの戦記another9:花見
クロの戦記another9:花見
帝国暦四三×年四月上旬昼―――アリデッドは通りを歩きながら手の甲で目を擦った。 天気がいいせいもあってか、ぽかぽかと温かく、眠くて仕方がない。 さらに――。「あ~、春は眠くてやる気が出ないし」「……」 大きな欠伸をしてぼやく。 だが、隣にいる妹――デネブからの反応はなかった。 不審に思い、隣を見る。 すると、デネブが何か言いたそうな目でこちらを見ていた。「おお、そんな目であたしを見て、どうしましたか妹よ?」「何、それ?」「春なので春めいたキャラ付けをしてみましたみたいな」 デネブがうんざりしたように言う。 塩対応にちょっと傷付く。 だが、アリデッドは努めて陽気に答えた。 妹の言動にいちいち傷付いていたらお姉ちゃんなどできないのだ。 デネブが深々と溜息を吐く。「その溜息は何ですかみたいな?」「夏は暑くてやる気が出ない、秋はお腹が空いてやる気が出ない、冬は寒くてやる気が出ない――お姉ちゃんのやる気はいつになったら出るのかなって」「可能なら一年中だらだらしたいし」「……」 本心を告げるが、デネブは無言だ。 無言で溜息を吐く。 やはり、ちょっと傷付く。「デネブ……」「何?」「取り繕うのは止めるべきみたいな」「取り繕ってないよ」「本当ですかぁみたいな?」「何、その、イラッとする聞き方」「いえ、他意はないですみたいな」 デネブがイラッとしたように言い、アリデッドは言い訳した。 というのもデネブが軽く拳を握ったからだ。 暴力はよくない。 つまり、そういうことだ。 そのまま通りを進み、頃合いを見計らって話しかける。「デネブの本質は基本的にあたしと一緒だと思うみたいな」「私の本質って?」「易きに流れる所みたいな」「そ、そんなこと……」 アリデッドが胸を張って答えると、デネブは口籠もった。 どうやら、デネブは自身の性を認めたくないらしい。 気持ちは分からないでもない。 自分が駄目人間と認めるのは勇気がいるものだ。 ニヤニヤ笑いながらデネブを見ていると、侯爵邸の正門が見えてきた。※ ゴルディの工房ではドワーフ達が、紙の工房では人間が忙しく動き回っていた。 そういえば、とデネブが口を開く。「お姉ちゃん、どうして侯爵邸に来たの?」「そんなの決まってるし。厨房に盗み食いに来たみたいな」「あ! クロノ様ッ!」 デネブの問いかけに答える。 だが、デネブはクロノ――侯爵邸の一角に置かれた木箱に座っている――に駆け寄った。 ちなみにクロノの傍らにはレイラが立っている。「火中に飛び込むとは、恋は盲目みたいな」 アリデッドは小さく溜息を吐き、デネブの後を追った。 まずレイラが気付き、次にクロノが気付いてこちらを見る。「クロノ様、お疲れ様みたいな!」「うん、お疲れ様」 デネブが元気よく挨拶すると、クロノは何処か気怠げに応えた。 デネブが気遣わしげに声を掛ける。「クロノ様、寝不足みたいな?」「いや、春は眠くて」「そんなに眠いなら昼寝すればみたいな?」「昼寝はちょっとね」 クロノが苦笑じみた笑みを浮かべ、アリデッドはデネブの隣で立ち止まった。「あたしの時とは大ち――ぎゃひぃぃッ!」 アリデッドは悲鳴を上げ、その場に蹲った。 デネブに足を踏んづけられたのだ。 しかも、踵の辺りで思いっきり。 クロノがぎょっとこちらを見る。「どうしたの?」「デネブに――いえ、どうもしてないですみたいな」 クロノが心配そうに声を掛けてくるが、アリデッドは嘘を吐いた。 デネブが拳を握り締めたからだ。 余計なことを言ったら……、分かってるよね? という脅しに屈したのだ。 妹のくせにと思わないでもない。「こう温かいと花見をしたくなるね」「「花見って?」」 クロノがぽつりと呟き、アリデッド達は思わず尋ねた。「花見っていうのは花を見て、何か、こう、お酒を飲んだり?」「「「……」」」 クロノが小首を傾げ、アリデッド達――レイラもだ――は首を傾げた。 レイラがおずおずと口を開く。「それは社交的な催しでしょうか?」「いや、そんな畏まったものじゃなくて……、宴会みたいなものかな?」 クロノはまたしても小首を傾げながら言う。 言い出しっぺのくせにと思わないでもないが、きっと南辺境独自の風習だろう。 花を見ながらお酒を飲む――なかなか面白そうな催しだ。※ 夜――。「抜き足、差し足、忍び足……」「ねぇ、お姉ちゃん……」「アリデッド・チョ――ぐはッ!」 デネブに声を掛けられ、アリデッドはチョップを繰り出そうとした。 だが、それよりも早くデネブの拳が鳩尾を貫き、その場で膝を屈する。「な、なな、なかなかすごい一撃だったし。誉めてやるみたいな」「何、その上から目線」 アリデッドが鳩尾を押さえて呻くと、デネブは呆れたように言った。 デネブが小さく溜息を吐き、侯爵邸の廊下を見回す。「やっぱり、止めようよ~」「ここまで来て、止めるとは何事ですかみたいな!?」「だって~」 アリデッドが立ち上がって詰め寄ると、デネブは情けない声で応じた。「お酒を盗みに入ったことがバレたらまた連休が……」「そんなの、バレなきゃよかろうみたいな」「いつもバレるのに……」「バレても連休がなくなるだけだし! 元は取れてるみたいなッ!」「私は連休の方がいいよ」「この敗北主義者めみたいな! そんなに連休がいいなら兵舎に帰ってゆっくり休むがいいしッ!」「分かった」「ちょっと待ってみたいな!」 デネブが踵を返して歩き出し、アリデッドは慌てて後を追った。 デネブの肩を掴み、こちらに向き直らせる。「そこは『お姉ちゃんの馬鹿……』とか言いながら付いてくる流れだし!」「帰れって言ったくせに」「だから、素直に受け取るんじゃなくて言葉の裏を読むみたいな。あたしなんて常に言葉の裏の裏を読んでるし」「裏の裏は表だよ」「そういうこと言ってるんじゃないし! 必殺アリデッド――ぐぼッ!」「……お姉ちゃん、私まだ何もしてないよ?」 アリデッドがその場で膝を屈すると、デネブはやや間を置いて言った。 立ち上がり、膝に付いたゴミを払い除ける。「やられる前にやってみましたみたいな」「お姉ちゃん……」「さあ、付いてくるし」 そう言って、アリデッドは倉庫に向かって歩き出した。※ アリデッドは倉庫の扉を開けると強く床を蹴った。床を転がり、デネブに向き直る。「デネブ、早く来るし」「お姉ちゃん、なんで前回り受け身をしたの?」「……流石、クロノ様。お高そうなお酒を揃えてるし」 デネブが不思議そうに言う。 だが、アリデッドはあえて答えずにワインの瓶を手に取った。 ついでに女将が作ったと思しき瓶詰めも手に取る。「ふふふ、女将の瓶詰めがあるなんてツイてるし」「は~、今回は女将にも怒られるんだ」「溜息吐いてないで、デネブも手伝うし」「は~……」 デネブが深々と溜息を吐いた直後、ガチャという音が響いた。 倉庫の扉が開く音だ。アリデッドは強く床を蹴った。 そして――。「あ、あたしのせいじゃないし! これはデネブに脅されて仕方がなくッ!」 土下座を敢行した。 もちろん、言い訳も忘れない。 恐る恐る顔を上げると、倉庫の入り口に見知った女性――神官さんが立っていた。「何じゃ、誰かと思えばお前らか」「なんだ、神官さんかみたいな。慌ててジャンピング土下座して損したし」「お姉ちゃん……」 あはは、と笑って立ち上がる。 すると、背後から声が響いた。 当然のことながらデネブの声だ。 責任を押しつけようとしたことを怒っているようだ。 これはマズい流れだ。 流れを変えなければ。 ところで、と神官さんに歩み寄る。「どうして、神官さんはここにいるのみたいな?」「ふ、酒を頂きに来たに決まっとろう」 神官さんは悪びれずに言った。 あまりに堂々とした態度なので、感嘆の声を上げそうになる。「お主らこそ何をしに来たんじゃ?」「神官さんと一緒だし。お酒を頂きにきたみたいな」「盗みは感心せんな」「ちょっと待ってよ、神官さんみたいな。あたしらの目的は同じはずだし。それなのに、盗み扱いは納得できないみたいな」「いや、ワシは代金を支払う予定じゃし」「嘘だし」「いやいや、本当じゃし」「嘘だし、神官さんにお金がないことはお見通しだし」「確かに今はお前が言う通り金がない。だが、だがしかし、ワシは神人――いくらでも出世払いが可能じゃ。お主はどうじゃ?」「ぐッ、流石に神人には勝てないし」 神官さんに問いかけられ、アリデッドは呻いた。 その時、バンッという音と共に倉庫の扉が開いた。 ぎょっと扉を見ると、獣人の兵士が雪崩れ込んでくる所だった。 アリデッドは両膝を突き、手を首の後ろで組んだ。 抵抗の意思がないと示すためだ。 ややあって、ある人物が倉庫に入ってくる。「こんなこともあろうかと倉庫を見張っていました」「ぐぅ……」 ある人物――レイラが淡々と言い、アリデッドは呻いた。 呻くしかない。 神官さんがおずおずと口を開く。「ワシは帰ってもええか?」「駄目です」「ぐッ……」「ほら、やっぱりこうなった」 レイラの言葉に神官さんががっくりと肩を落とし、デネブが溜息交じりに呟いた。