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第2話:試作塩田

クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです — novelup.plus · All chapters

第2話:試作塩田

※ 例年通りであれば長い冬……十一月に冬麦の種を蒔き、保存食を作れば翌年の三月までは暇になっていたが、今年の冬は些か短く感じられた。 ハシェルの街の城塞修理や新兵舎の建設によって比較的若い村人が出稼ぎに出ていたので、居残った村人の仕事が増えたからだ。 多少の不満はあったが、久しぶりに体力面で頼られるのは悪くない経験だった。 出稼ぎに出ていた村人は少なくない金額を持ち帰っていたし、両手で抱えきれない程の土産を持ち帰った者もいた。 出稼ぎに出ていた若者が誇らしげに恋人に服や髪飾りを贈る光景は何とも微笑ましいものだ。 去年、盗賊が放棄された砦を占領し、新領主の討伐隊が来た時は殺されるのではないかと肝を冷やしたが……その盗賊も心を入れ替えて真面目に働いているようだった。 さて、と村長はイスから立ち上がった。 のんびりと構えてばかりはいられない。 やるべきことは多い。 畑を耕さなければならないし、休耕地にクローバーの種も蒔かなければならないのだ。 帝国暦四百三十一年三月、エラキス侯爵領の農村は平和だった。※ 私はクロノを見くびっていた。ま、ままさか、あんなマネをされるなんて、とティリアは我が身を掻き抱いた。 手足を拘束されたのは許し難い蛮行であるが許せる。 初陣で張り切り過ぎたり、クロノが疲れているのに押しかけてしまったので、少しくらいなら我慢してやっても良いと思う。 うん、嘘じゃないぞ。 ハーフエルフとか、女将とか、奴隷とか、双子のエルフとか、リオ・ケイロン伯爵と比べられたような気がしてムキになったんじゃない。 問題は目隠しだ。 目隠しがいけない。 特に拘束されている状態での目隠しはダメだ。 身動きが取れないのに思考が自由なのがダメダメだ。 その状態でされるとか、無言でされるとか、あり得ない。 クロノは絶対に楽しんでいた。 クロノじゃないかも知れないと不安で押し潰されそうになっている私を見て……よく分からないが、色々と楽しんでいたに違いないのだ。 昨夜の情けない自分を思い出すと、ティリアは恥ずかしさのあまり頭を抱えて床を転げ回りたくなる。 いや、これしきのことで敗北を認めていたらクロノの思う壺だ、とティリアは頭を振った。 ここは改めて情報を収集し、次の戦いに備えなければならない。 となればクロノの愛人達から弱点を聞き出すしかない。 ティリアがいつもの席に腰を下ろすと、女将は朝食の準備を整えていたらしくテーブルに料理を並べた。 エリル・サルドメリク子爵はティリアよりも早く食堂に来ていたらしく無言で料理を口に運んでいる。「女将、その……調子はどうだ?」「悪かないね」 ティリアが尋ねると、女将は即答した。「私は聞きたいのはクロノと……夜伽は上手くやっているのか?」「こ、こんな朝っぱらから何を言ってるんだい!」 もう少し突っ込んだことを尋ねると、女将は顔を真っ赤にして叫んだ。 去年は甘ったれた声を出して賃上げ要求をしていたのに。「こういう話は子どもがいない所で話すもんだよ!」「……ごちそうさま」 気を利かせたつもりなのか、エリル・サルドメリク子爵は食事を終えると、すぐに席を立った。 彼女は食堂の出入り口で足を止め、「……私は子どもではない」 ポツリと呟いて出て行った。「二人きりだな?」「参ったね、こりゃ」 女将は髪を掻き上げ、溜息を吐いた。「あ~、クロノのことなんだが……」「はいはい、クロノ様とはそれなりだよ、それなり」 そ・れ・な・り、と女将は強調するように区切って言った。「ふむ、腰を抜かすほど励むのを庶民はそれなりと表現をするのか」「そ、そんなことまで知ってるのかいっ?」 う~、と女将は苦しげに呻いた。「……そりゃあ、まあ、でも、毎回って訳じゃないんだよ。レイラ嬢ちゃんやエレナに比べりゃ、夜伽の回数も少ないしね」「で、どんな愛され方を?」「そこまで言わなきゃならないのかい? 愛され方というか、甘えさせてる感じだね」「甘えさせる?」 クロノが甘えている姿が想像できず、ティリアは首を傾げた。「あの子はあれで色々な物を背負っててね。だから、あの子が潰されちまわないように甘えさせてやってるんだよ。甘えさせてばかりだと、ダメになっちまうから、尻も引っぱたいてやるけどね」 そう言って、女将はカラカラと笑った。「……拘束されたり、目隠しをされたりしないのか?」「ああ、そんなことを言われたこともあったね。奴隷みたいに首輪を付けるとか、枷を付けるとか、四つん這いで御飯を食べさせるとか……尻の××に××して、●●を△△するとか」 女将は恥ずかしそうに頬を染めていたが、ティリアは血の気が引く音を聞いたような気がした。 ティリアが許し難い蛮行と評した行為は序の口でしかなかったのだ。 帝国一の変態……ティリアはリオ・ケイロン伯爵の言葉が正しかったことに打ちのめされながら、食堂を後にした。※ シルバが港の建設地として選んだのは昏き森の近くだった。 海岸は平地より二メートルほど低い場所にあり、丸みを帯びた小石で覆われている。 海岸から少し離れると急激に水深が深くなるらしい。 ちなみに港を造る手順はシルバが幌馬車で語った通り、直角を描く海岸線に沿って木の杭を打ち込んで海水を抜き、コンクリートで基礎を作った後、海岸を埋め立てるというものだ。 港を造る場所が決まり、労働力も集まったが……まずは港よりも家を造らなければならない。 と言う訳で、トカトントンと釘を打つリズミカルな音が海岸に響き渡っていた。 もっとも、ミノタウルスは家族で住むための家、リザードマンはシルバが編成した作業チームで住む家と大きな差があるのだが。 う~ん、う~ん、と唸り声……その発生源はシルバである。 彼はクロノがボウティーズ男爵領とエラキス侯爵領を往復している間に塩田を試作し、仲間と一緒に塩造りに挑戦しているのだ。「どう?」「やり方は間違っていないと思うんだが、あまり効率が良くない気がするな」 そう言って、シルバは試作塩田を見つめた。 試作塩田は二十メートル四方のコンクリート枠に細かな砂を敷いたものだ。「冬場だしね」「それで生産量が極端に左右されるんじゃ大量生産には向かないだろ? 俺は季節に関係なく塩を大量生産できるようにしたいんだ。今のままじゃ、効率の悪さを塩田の数でカバーする羽目になるからな」「森がなくなったりするのは勘弁して欲しいかな」 港造りや開拓のために森を切り開くのならばまだしも、塩を作るためだけに森を潰すのは後世に悪い影響を与えるような気がする。「新しい方法を考えた方が良いかも知れないな」「そうだね」 もう少し勉強をしておけば良かった、とクロノは天を仰いだ。※ 敗北を認めてどうする! とティリアは挫けそうになる自分を叱咤した。 ここで敗北を認めたらクロノの思う壺だ。 昨夜の屈辱を思い出せ! あ、あ、あのような辱めを繰り返され、軍馬のように調教されてたまるか! やはり、情報収集だ。 情報を集めて対抗策を練るのだ。「……次は奴隷だな」 経理を担当していると聞いたような気がするな、とティリアは記憶を頼りに侯爵邸を移動する。 ノックをせずに扉を開けると、舞踏会で見たような気がする少女は驚いたように目を見開いた。 それも一瞬のことだ。 少女……エレナはすぐに自分の仕事に戻った。 ティリアは無言で窓際に向かい、そこに置かれている花瓶を手に取った。「良い花瓶だな」「それ、ピクス商会で買った安物よ。花が枯れちゃって面倒臭いからそこに置いてあるだけだし」「……」 ティリアは無言で花瓶を元の位置に戻した。 サダル焼きの花瓶とか知ったかぶっていたら赤っ恥を掻く所だった。「今日は良い天気だな?」「そうね」 素っ気ない返事だな、夜伽を務めていた時は感情的だったような気がするのだが。「……お前はクロノのことが好きなのか?」「嫌いじゃないわよ。二度も命を救われてるし、待遇もそれなりに良いもの」 カリカリとペンを走らせる音が響く。「ふむ、好きなのにキスをさせないのか?」 ベキンと羽ペンが折れ、エレナは机の引き出しから新しい羽ペンを取り出した。 しばらくすると、カリカリとペンを走らせる音が響く。「口や尻でするとは……どういう意味だ?」 ベキンと羽ペンが折れる。 振り向くと、怒っているのか、恥ずかしがっているのか、エレナは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。「……の、覗いてたの?」「いや、ドアに耳を当てていただけだ」 くぅぅぅ、とエレナは両手で顔を覆った。「私の質問に答えてくれないのか?」「い、嫌よ!」 無理に聞き出してクロノに折檻されるのは可哀想だな、とティリアはエレナの部屋を後にした。「残るは双子のエルフとハーフエルフだな」 双子のエルフは口が軽そうだが、ハーフエルフに夜伽について尋ねるのは避けたい。 何と言うか、勝ち誇られそうな気がする。「……だが、クロノに勝つためだ」 そう思えばハーフエルフに勝ち誇られるくらい平気だ。 むしろ、ここで耐えなければ逆転の目はない。 く、クロノに調教されてしまう。 とにかく、練兵場に行けば会えるだろう。「エリル・サルドメリク子爵は……いないな」 監視役が仕事をサボってどうするんだ、とティリアは侯爵邸から出た。 カーン、カーンと鎚を打つ音が響く。 ドワーフの工房では武器や防具以外にも色々と作っているようだ。 農具に、調理器具、用途不明のテーブルのような物まである。「ティリア様、視察ですかな?」「まあ、似たようなものだな。ここでは色々と作っているんだな」「クロノ様のお陰ですぞ」 ドワーフは満足そうに頷いた。「あっちの工房では紙を造っているようだが、こっちの工房とは雰囲気が違うな」「紙の工房はライン……役割を分担して紙を造っております」 担当する作業の習熟度を高めれば良いのだから、一から職人を育てるよりも遙かに効率的だ。「ほぅ、お前が考えたのか?」「いいえ、クロノ様の発案で」 多分、ドワーフはクロノのアイディアを自分なりに洗練させたのだろう。 クロノの知識は凄いようで肝心な所が抜けているのだ。「うむ、これからもクロノのために頑張ってくれ」「分かりましたぞ」 ドワーフと別れ、ティリアは病院の建ち並ぶ区画を抜けて商工業区へ。「割と賑わっているんだな」「「あれ、姫様じゃん」」 物珍しさから露店を見ていると、双子のエルフに声を掛けられた。「ああ、お前達を探していたんだ」「それじゃ、友好を深めるために」「露店で適当に食事でも」 双子のエルフに腕を引かれ、ティリアは美味しそうな匂いを漂わせている露店の前に引き出された。「ここのソーセージがメチャウマなんだよね」「おっちゃん、ソーセージの串焼き三つね」「おうよ!」 双子のエルフは肉汁で輝くソーセージをティリアに差し出した。 どうやって食べれば良いのだろう、とティリアはしばらく動きを止め、双子のエルフを真似てソーセージにかぶりついた。「うむ、美味いな」「そうでしょ」「じゃ、次はドライフルーツを」「お客さん、お勘定!」 店主に呼び止められ、ティリアと双子のエルフは足を止めた。「冗談、冗談!」「姫様、支払いよろしく!」「私は金を持っていないぞ?」 え? と双子のエルフは動きを止めた。「「何で?」」「何故と言われても、持ち歩く必要があるのか?」「必要があるに決まってるじゃん!」「今までどうやって生きてきたのさ!」 双子のエルフは力なく項垂れ、懐から薄汚れた袋を取り出した。「う~、姫様を侮ってた」「ここまで世間知らずなんて思わなかったし」 ブツブツと文句を言いながら、双子のエルフは貨幣を店主に手渡した。「じゃ、あたしらは忙しいから」「非番だけど、メチャ忙しいから」「まあ、待て……次はドライフルーツを食べさせてくれるのだろう?」「「ぎゃああああああああっ!!」」 ティリアは双子のエルフの首根っこを掴んで次の露店に向かった。 こういうのは初めてだが、悪くないな。「あれは何だ? こっちのは? あれも面白そうだな!」「「ヒィィィィィッ!」」 ティリアは逃げようとする双子のエルフを捕まえ、次から次へと露店を回った。 そして、双子のエルフが抵抗するのを止めた頃、「落ち着いて話せる場所はないか?」「あ、あれだけあたしらに散財させたくせに!」「まだ、タカる気ですかっ?」 ティリアが尋ねると、双子のエルフは少しだけ元気を取り戻したようだった。「お前達はクロノの愛人なのだろう?」「……愛人だからって手当はでないし」「求めるのは愛情だけみたいな」 やたらと溜息を吐く双子のエルフに案内されたのは薄汚れた建物だった。「廃屋か?」「食堂だってば食堂!」「二階は宿だけど」 双子のエルフに先導され、ティリアは食堂に足を踏み入れた。 外も薄汚れていたが、中も同じくらい薄汚れていた。 壁際と真ん中にテーブルとイス。 奥にはL型のテーブル、その内側でエルフの男は料理をしているようだった。 薄汚い割に店は繁盛しているようだった。 ただし、客は亜人だけだ。 獣人、エルフ、ドワーフ……どうやら、この食堂は亜人の溜まり場らしい。 う~っす、と言って双子のエルフは空いている席に座った。 ズボンが汚れそうだ、と思いながらティリアもそれに倣う。「いらっしゃ~い!」「挨拶はいらないから香茶ね、香茶」「一番、安いヤツ」 エルフの給仕に適当な注文をし、双子のエルフは深々と溜息を吐いた。「……ここは?」「ここは女将の店。まあ、今は借金返済のために貸し出されてるけど」「軍を辞めたエルフがクロノ様に渡された未払い分の給料で始めた店」 そんなこともあったな、とティリアは頬杖を突いた。「どうぞ」「ちょっと薄くない?」「出涸らしじゃないの?」 給仕が運んできた香茶に文句を言いながら、双子のエルフはまたしても溜息を吐いた。「ここの客は亜人ばかりなのか?」「見ての通りだし」「他の店だと、絡まれたりするんだよね」 双子のエルフは香茶を一口飲み、カップをテーブルに置いた。「やっぱ、勉強って大事だね」「あたしらもしっかり勉強して将来のことを考えないとね」「べ、勉強?」 双子のエルフは心外と言わんばかりにティリアを睨んだ。「ここの店主だって読み書きや算術ができたから店を構えられたんだし」「もう少し早く気づいてれば……あ~、無理かも。あたしら勉強の大切さとかニコラさんに言われるまで気づいてなかったし」 双子のエルフはティリアが思っていたほど馬鹿じゃなかったらしい。 少なくとも自分の将来を考えられる程度に知恵が回るようだ。 半分ほど香茶を飲み、「そう言えば、姫様ってあたしらに何の用だったの?」「うむ、ようやく本題に入れるな」 コホンとティリアは咳払いを一つ。「夜伽の調子はどうだろう?」「どうって言われても」「どうだろう?」 双子のエルフは顔を見合わせて思案するように腕を組んだ。「それなりに楽しみつつ、楽しませてる感じ?」「クロノ様って、割とノリが良いんだよね」 ノリ……その場の勢いということだろう。 それにしても女将やエレナと反応が違うな。「お前達はクロノを愛しているのか?」「「そりゃあ、バッチリ」」 グッと親指を立てて双子のエルフは答えた。「クロノの何処を愛してるんだ?」「「バカな所」」 酷い言い様だが、そこに侮蔑するような響きはない。「バカって、温かいんだよね」「ここにいても良いんだって思えるしさ」 この繋がっている感は何なのだろう、とティリアは双子のエルフを見つめた。 まあ、それはそれだ。「あたしらがしてる間に目で楽しめる、とはどういう意味なんだ?」「そりゃあ、あたしらがこう絡み合ってる間に」「クロノ様が……昂ぶるみたいな?」 絡み? 昂ぶる? とティリアは言葉の意味が分からずに首を傾げた。 そもそも、女同士でできるものなのか?「うへへ、試してみる?」「あたしらのテクニックで姫様もメロメロだし」「興味はあるが、遠慮しておこう」 ティリアは身を乗り出す二人を手で制した。「私の純潔はクロノに捧げたのだ。興味本位で他人に体を許したら、クロノを裏切ることになってしまう」「え? 姫様ってばクロノ様としたの?」「いつ? つーか、皇女ってそれで良いの?」 それで良いのかと言われても返事に困る。いや、新貴族とのパイプを強化するという点では正当な理由があると言えるはずだ。「二週間前にクロノを押し倒して朝まで続けたのだが」「「……」」 双子のエルフは戸惑ったように顔を見合わせた。「昨夜は枷で手足を拘束され、く、屈辱的な目に……このままではいけないと思い、情報収集をしていたんだ」「「……」」 双子のエルフは残っていた香茶を飲み干し、カップをテーブルに置いた。「お前達は手足を拘束された時、どうしてるんだ?」「「いや、あたしらはクロノ様に枷を付けられたこととかないから」」 え? とティリアは思わず声を漏らした。「あれ、おか、おかしいな。クロノに枷を付けられたことがないと聞こえたんだが?」「拘束されたことなんてないし」「甘えさせてくれるし、メッチャ優しいし」 ティリアは震える手で香茶を口に運んだ。「あ、甘えさせてくれるとは?」「腕枕してくれたり」「髪とか、耳を撫でてくれたり」 姫様はして貰ってないの? と憐れむような視線を向けられ、ティリアは凹んだ。 習うより慣れろではダメだった。 何か、ダメだった。※ 一度に二百五十人分の調理をしなければならないためか、昼食は野菜と魚を適当に切って煮込んだ寄せ鍋っぽいスープだった。 クロノは適当な岩に腰を下ろし、素朴な味わいに舌鼓を打った。 醤油や味噌があったらと思うのは日本人だからだろうか。『クロノ様、味の方は?』(ぷも?)「美味しいよ」 クロノが微笑みながら答えると、耳に翻訳用のマジック・アイテムを付けたアリアは恥ずかしそうに俯いた。 副官の妹であるアリアは意外にも……というのは先入観なのだが、家庭的なことが好きなのである。 家が完成してもリザードマンには炊き出しを続けなければならないので、しばらくはミノタウルスの女性陣に炊き出しをお願いすることになるだろう。『……兄から港を造ると聞きましたが、何のためですか?』(ぷも?)「自分の領地を豊かにするのが目的だね。港ができれば人と物が集まってくるし、そうなれば力自慢のミノタウルスやリザードマンの働く場所ができる」 クロノは塩辛いスープを啜った。「もちろん、税収も上がる。税収が上がったら、バンバン公共事業をやって、救貧院の規模も大きくして……学校を造りたいな」『それは……人間の?』(ぷも?)「違う」 恐る恐るアリアに尋ねられ、クロノは頭を振った。「人間も、亜人も一緒に勉強できる場所だよ。真っ昼間から勉強に時間を費やせる人は限られてるから、夜学とか、農村の人は農作業のない冬場とか、日曜学校とか、教師を巡回させたりで柔軟に対応するけど」『……夢みたい、です』(ぷも)「今はね」 クロノは残っていたスープを飲み干し、空になった木の器をアリアに手渡した。※ 甘えたり、甘えさせたり、腕枕をされたり、髪や耳を撫でられたり……つまり、夜伽とはそういうもので、全軍突撃ィッ! みたいなノリじゃないということだ。 全軍突撃ィッ! みたいなノリでクロノを押し倒した。習うより慣れろとか訳の分からないことを考えて朝まで励んだ。 痛恨の失敗だ。愛する人と結ばれた充実感なんて吹っ飛んだ。二週間も浮かれていた自分の姿を思い出すと、悶絶してしまいそうだった。後悔と自己嫌悪が際限なく押し寄せてくる。 ああ、私は亜人以下の扱いをされても仕方のない女なのだ、とティリアはハシェルの端にある門に辿り着いた。 門の向こうには荒涼とした大地が広がっている。このまま荒野に飛び出したら、あっという間にのたれ死ぬだろう。「お母さん、あそこにいるのって皇女様?」「スノウ!」 そんな遣り取りが耳を掠め、わずかに視線を落とすと、ハーフエルフの少女がはにかむような笑みを浮かべてティリアを見上げていた。 土埃で汚れた皮鎧に身を包んでいるから兵士なのだろうが、年齢は十五歳に満たないような気がする。 髪は痛んだ茶色、瞳は青く澄んでいる。「初めまして、ボクはスノウ」「スノウ!」 声に反応して視線を上げると、褐色の肌のハーフエルフがハーフエルフの少女の肩を掴んでいた。「スノウ、貴族や皇族の方に無闇に近づいてはいけません」「でも、皇女様はクロノ様と仲が良いから大丈夫だよ」 今、小さいハーフエルフは褐色の……レイラをお母さんと呼んだな。 お母さんとは母親のことで、自分を生んだ人間のことだ。 母親がいるということは父親もいる訳で、「……グハッ!」 ティリアはその場に崩れ落ちた。「あ、あのティリア様?」「……だ、大丈夫だ。私は、うん、大丈夫だ」 ガックンガックン震える足でティリアは立ち上がって胸を張った。「い、いつの間に、く、く、クロノと子どもを作ったんだ?」「皇女様、ボクはレイラお母さんをお母さんって呼んでるだけで、ホントの親子じゃないよ」 え? とティリアはレイラとスノウを交互に見比べた。「誤解させてしまい、申し訳ありません」「そ、そうだな。クロノがエラキス侯爵領に配属されて一年も経っていないんだから、こんなに大きな子どもがいるはずないな」 ハハハッ、ハァ~、とティリアは大きな溜息を吐いた。「で、お前達は何をしているんだ?」「紙を貰いに行く所だよ」「侯爵邸で使用された紙はインクを抜く処理をされた後、再び梳き直されるのです。もっとも、紙質が劣化するため、主に走り書きや文字の練習用として使われていますが」 スノウの台詞をレイラは淡々と補足した。「お前が読み書きを教えているのか?」 はい、とレイラは恥ずかしそうに視線を逸らした。「お母さんのお陰で少しだけ文字を読み書きできるようになったし、百まで数えられるようになったんだよ!」「……そ、そうか」 このハーフエルフめ、気安いぞ! とは思うが、こうも無邪気に近寄られると、反応に困る。「スノウ、一人で工房に行けますか?」「うん、大丈夫だよ」「では、工房で紙を受け取ったら私の部屋で待っていて下さい」「うん!」 スノウは大きく頷き、勢いよく駆け出した。「……私に用があったのではないのですか?」 スノウの姿が見えなくなった頃、レイラは静かに言った。「クロノは、いや、クロノとはどうだ?」「いつもクロノ様には優しくして頂いております」 胸に手を当て、レイラは満足そうに微笑んだ。「く、クロノは、よ、夜伽の時も優しいのか?」「はい。そ、その、初めて御寵愛を頂いた時から、とても、優しく」 ティリアが尋ねると、レイラは戸惑うように、恥ずかしがるように視線を逸らしつつ答えた。 レイラの仕草には艶……女であることを押し出した色香ではなく、ちょっとした仕草から女を感じさせるような色香があった。「こ、拘束されたりしていないんだな?」「……?」 レイラは不思議そうに首を傾げ、この人は何を言っているんだろう? 的な視線をティリアに向けた。 つまり、このハーフエルフでさえも枷を付けられていないのだ。 敗北だった。 女として完膚無きまでに敗北した。 だから、「どうすれば、クロノは私に優しくしてくれるんだろう?」 ティリアは弱音を吐いた。「……私はクロノ様から様々なものを頂きました」「自慢か?」 ティリアが睨み付けると、レイラは首を横に振った。「クロノ様は私に教育を施してくれました。けれど、あの頃の私はクロノ様が勉強を教えてくれる意味を理解できず、愛して下さらないことに不満を抱いていました」 お前は……クロノにどれだけ愛されているか知らないんだ、とティリアは拳を握り締めた。 ティリアが金を渡してハーフエルフと別れろと言った時、クロノは拒絶した。 帝国の皇女が、次期女皇が命じたにも関わらず、クロノは卑しいハーフエルフ如きを愛人にしたのだ。 普通の……ティリアが今まで接してきた貴族ならば従っただろう。 次期女皇の不興を買うくらいなら追従の笑みを浮かべて従うのが普通の貴族だ。 それなのに、そこまで愛されていながら、それ以上を求めていたのか? とティリアは言葉を飲み込んだ。「ピクス商会のニコラ様から教えられ、私はクロノ様が勉強を教えて下さった意味に知ることができました。そして、ゴルディからクロノ様が私を傍に置くためにティリア様の不興を買っていたことも」 その時、レイラの瞳に浮かんだ感情は恥だろうか。「……私は獣でした。クロノ様が与えてくれたものの大きさも知らず、想像を巡らせることもせず、浅ましいと感じながらも、肉の繋がりと今以上を求めるだけの獣に過ぎなかったのです」 ああ、クロノは……クロノの愛はハーフエルフを人間に変えたのだ、とティリアはレイラを見つめた。「私はクロノ様にお仕えします。帝国の貴族だから、上官だからではなく、クロノ様に一生涯の忠誠を捧げたいのです」 またしてもティリアは打ちのめされた。 ハーフエルフの高潔さにではなく、自分の浅ましさにだ。 ティリアは近衛騎士の不忠を嘆いたが、今更ながら彼らの態度が至極真っ当なものであると気づいたのだ。 皇女という立場に甘え、彼らに報いようとしなかった。 そんな女に誰が忠誠を誓うだろう。 そんな女を誰が命懸けで助けようとするだろう。 それは先程の問いに対する答えだ。 ティリアは力なく頭を垂れた。※ 効率、効率、と呟きながらシルバは試作塩田の周りを回った。 時折、思い出したように紙に向かい、設計らしきことをするのだが、ダメだ! もっと、効率を! と絶叫して地面を転げ回るのである。 髪を掻き毟るほど効率を求めなくても、とクロノは思ったが、シルバの表情が怖くて言い出せなかった。「……何もそこまで思い詰めなくても」「私達もそう思うけど、実際にシルバの立場になったら、あんな感じになると思うな~」 視線を落とすと、ドワーフの少女が地面に座り込んでいた。 ドワーフの男性がそうであるように背は低いが、横幅は比べものにならないくらいに細い。 竈に薪をくべていたのか、少年のように短い赤銅色の髪も、肌も、ほぼ全身が煤に塗れている。 年齢は二十歳に満たないと思うが、ドワーフの外見はエルフのそれと同じくらい当てにならない。「私達が自分の工房を持てる機会なんて一生に一度もないから。かと言って、槍働きで出世するのも限界があるし、その点じゃ、ゴルディ百人隊長は上手くやったよね」「作りたい物があるなら予算を組むけど?」 ドワーフの少女はクロノを見上げ、ニヤリと笑った。「う~ん、ちょっと、違うかな? いつか私が工房を構える時にパトロンになって欲しいなって。だから、私の顔と名前を覚えて欲しいな」「ああ、なるほど」 ドワーフの少女が善意ではなく、クロノと話す機会を得て、自分の顔と名前を覚えて貰うためにシルバに協力しているのだ、とクロノはようやく気づいた。多分、他の連中も似たようなものだろう。「私の名前はポーラ、よろしくね」「よろしく」 視線を上げると、シルバは動きを止め、大きく目を見開いていた。「こ、これだ!」 クロノが振り向くと、ミノタウルスとリザードマンが藁を束ねている所だった。※ クロノが戻ってきたのは翌日の夕方だった。 気遣ってやらなければならないな、とティリアはクロノが仕事を終えるのを自分の部屋で待った。 色々と遠回りをしてしまったが、私は生まれ変わったのだ、とティリアはクロノの部屋を目指した。 優しくだ。 力ずくなんて以ての外だ。 クロノを優しく労い……疲れているだろうから添い寝だ。 ま、まあ、求められたら応じてしまうかも知れないが、そこは抑えなければならないな。 ティリアは扉を叩き、クロノが出てくるのを待った。 クロノが一向に出てこないので、ティリアはそっと扉を開けた。「……っ!」 扉を開けると、クロノが眠っていた。 それも、レイラの膝枕でだ。 ティリアが静かに部屋にはいると、レイラはすぐに気づいたらしく顔を上げた。「ティリア様、どのような御用件ですか?」「見れば分かるだろう」 レイラとティリアはクロノを起こさないように小声で会話した。「申し訳ありませんが、クロノ様は疲れていらっしゃいます」「……そ、それは分かるが」 クロノに膝枕をするのは私の役目なんじゃないか? とティリアは微笑むレイラを見つめた。 いや、気遣うと、優しく労うと決めたばかりじゃないか、とティリアは役目をレイラに譲ることにした。「ティリア様……恐れ入りますが、クロノ様の夜伽を務める際はスケジュールの調整にご協力願います」「す、スケジュールの調整?」「クロノ様はご存じありませんが、私達は愛人同士の無用な争いを避けるために誰が、何時、クロノ様の夜伽を務めるのかを話し合いで決めています。もちろん、クロノ様は留守にされることも多いので、再調整は行っていますが」 一瞬だけ呆気に取られたが、ティリアは妙に納得してしまった。「……ティリア様が枷で拘束され、目隠しをされた日は本来ならば私が夜伽を務める日でした」「ど、どうして、目隠しをされたことを知っているんだ?」「さあ、何故でしょう?」 レイラは目を凝らさなければ分からないほど小さく微笑んだ。 ぐぬぬ、とティリアは唸った。 言いたいことはあるのだが、面と向かって何をされたのか語られたり、口マネをされたりしたら、悶絶する自信がある。「分かった。次は私も協議に参加するからな、覚えておけ」「はい、感謝します」 ティリアは静かにクロノの部屋を抜け出し、固く拳を握り締めた。「……話し合いか」 クロノの寵愛を巡って殺伐とするよりも利益調整をする方が良いのだろうが、どうやって話し合うんだ? とティリアは首を傾げた。