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第12話:歯車

クロの戦記 異世界転移した僕が最強なのはベッドの上だけのようです — novelup.plus · All chapters

第12話:歯車

※「野郎ども、準備はオッケイ? みたいな!」 エルフの女が叫ぶと、イエーッ! と彼女の部下は拳を突き出した。 うえ~、とデュランは二日酔いの朝のように呻き、力なく拳を突き出した。 デュランの仲間も力なく拳を突き出している。 どうして、こんなことをしているんだ? とデュランは天を仰いだ。 青空が重なり合う枝の隙間から見えた。 自由都市国家群と神聖アルゴ王国を繋ぐ東西街道、その間道から見上げる空は狭い。 どうして、こんなことをしてるんだ? とデュランは改めて自分に問い掛けた。 答えは出ている。 爵位のため、出世のため、アンジェとの明るい未来のためだ。 デュランは自分の手首……アンジェの髪で編まれたリングを見つめ、自分を奮い立たせようとした。 だが、デュランは自分を奮い立たせることができなかった。 理由は分かっていた。 指揮官がエルフの女だからだ。 わざわざ帝都から来て、エルフの女に指揮されるなんて質の悪い冗談にしか思えなかった。 これでエルフの女が無能ならば指揮官を辞めさせてやれたのだが、エルフの女は帝都で四、五人の部下をしょっぱく纏めていたデュランよりも有能だった。 例えば、作戦に対する理解度だ。 デュランは盗賊に扮して商人を殺し、荷を奪うことが自分の役割だと考えていた。 しかし、エルフの女は自分達の役割は金や物の流れに負荷を掛けることだと言った。 だから、金と物を何割か奪うだけで十分なのだとも。「声が小さいし! あたしらの仕事は商人をビビらせて、待ち伏せチームの所に追い込むことみたいな! そんなんじゃ、ビビるものも、ビビらないみたいな!」 エルフの女は隊を二つに分けていた。 デュランの所属しているチームが東西街道を通る商人を追い立て、もう一方のチームが待ち伏せをするという役割分担だ。「野郎ども、準備はオッケイ? みたいな!」 イエーッ! とデュランは半ば自棄になって叫んだ。「殺さず、犯さず……少しばかり荷物とお金を頂くみたいな!」 そう言って、エルフの女は馬首を巡らせた。※ 景気はどうよ? とクロノは露店の店主に挨拶し、適当に商品を買いながら、街に一つしかない食堂兼酒場に向かう。 クロノが着ているのは軍服ではなく、普段着である。 食堂兼酒場は街の南にある。 時々、ゲロが店の真ん前にぶち撒けられていたりするのだが、今日は幸いにもなかった。 クロノは開け放たれた扉から食堂に入り、カウンターに座った。 店内は薄暗く、雑多な臭いが漂っている。 この食堂兼酒場は夜の営業に比重を置いているため、昼間のカウンターはクロノの指定席だ。 もっとも、この時間帯はサービスに期待できないのだが。 しばらくすると、階段の軋む音がした。 クロノが振り向くと、一人の女性が二階から降りてくる所だった。「ああ、どーも」 女性……ミレイは億劫そうに首筋を掻きながら、カウンターの内側に移動した。 ミレイは食堂兼酒場の女給だ。 顔立ちはそこそこに整っているが、時間帯が悪いせいか、いつも無愛想だ。 ブラウンの長い髪は寝癖が付いているし、服装も乱れている。「はい、どーぞ」「……」 ミレイは大欠伸をしつつ、カウンターにカップを置いた。 クロノは縁の欠けたカップを口に運び、温い香茶を啜った。「ん~、昨夜の余り物で良い?」「何でも良いよ」「じゃあ、はい」 クロノはミレイが投げたパンをキャッチした。 パンは固く、内側が灰色っぽい。 このパンは混じり物が多いのだ。 クロノはカウンターに数枚の銅貨と露店で買った鮮やかな色彩の糸で編まれたブレスレットを置いた。「プレゼント?」「まあ、そんな感じ」 ミレイは少しだけ嬉しそうにブレスレットを手首に巻いた。「もしかして、口説いてるつもり?」「街の人達と仲良くなるのに買い物をする必要があったんだよ。ま、お裾分けだと思ってよ」 お裾分けね、とミレイはブレスレットを見つめた。「どうして、街の連中と仲良くなる必要があるの?」「話し相手が欲しいんだよ」「あ~、イグニス将軍は笑顔で談笑ってタイプじゃないかも。けど、親戚に対してもそうなんだ」 クロノが街の住人と仲良くしたいのは情報収集のためだ。 食堂兼酒場を利用しているのも同じ理由だ。 ちなみに『イグニスの親戚』というのは周囲から不審がられないための肩書きである。「面白い話はない?」「面白いか分からないけど、盗賊が東西街道に出てるみたい」 ふ~ん、とクロノは頷いた。 別働隊は仕事をこなしているようだ。 もっとも、ミレイの話を聞いただけでは上手く仕事をこなしているかまでは分からない。「はい、スープ」 ミレイはカウンターに皿を置いた。 皿に入っているのは屑野菜と輪切りソーセージのスープだ。 クロノはスープを口に運んだ。 イグニスの屋敷で出された食事はそれなりに美味しかったのだが、このスープは塩気が足りない。 塩の価格がイグニスの領地に運ばれるまでに跳ね上がるため、塩を節約しているのだろう。 料理一つで分かることもあるんだよね、とクロノは何度も頷いた。 クロノはゆっくりと食事をしながら、情報を収集した。「夜に来てくれたら、サービスするけど?」「お酒は好きじゃないし、イグニス小父さんがうるさくてさ」 クロノは肩を竦め、食堂兼酒場を後にした。※ クロノは来た道を辿り、イグニスの屋敷に戻った。 途中で荷車と擦れ違ったので、販売網の開拓は順調のようだ。 木剣を打ち合わせる音が庭園の方から聞こえてきた。 クロノは生い茂る木々の隙間を縫い、音の発生源を目指した。 視界が急激に広がる。 庭園の開けた場所に出たのだ。 そこではフェイとレオンハルトが木剣を打ち合わせていた。 リオは少し離れた所で座り込んでいる。「……クロノ、情報収集はどうだったんだい?」「別働隊は仕事をこなしてるみたい」「その割に浮かない顔だね?」「やっぱり、連絡手段がないのは痛いと思って。アリデッドとデネブなら、こっちの意を汲んでくれると思うんだけど」 連絡手段がない状況ではアリデッドとデネブだけが頼りだ。 アリデッドとデネブは普段の言動こそアホっぽいが、士官として行動してくれるはずだ。「そっちは?」「こっちは朝から剣の稽古さ。ボクもそれなりに剣を使えるつもりだけど、あの二人は別格だね」 ふ~ん、とクロノは適当に相槌を打ち、フェイとレオンハルトに目を向けた。 フェイとレオンハルトはもの凄い早さで木剣を打ち合わせている。 二人とも未来を予知して動いているんじゃないかと思うようなスピードだ。「どう?」「ボクが見る限り、フェイがやや劣勢だね」 クロノはリオの説明を受けてもどちらが優勢なのか分からなかった。 理解できるのはフェイも、レオンハルトもクロノと別次元の実力の持ち主であることくらいだ。「逆転は?」「ほぼ純粋な剣術の勝負だからね」 つまり、フェイの逆転は不可能ということだ。 仮にフェイが駆け引きや奇策で逆転を狙っても、レオンハルトは平然と対応してしまいそうな感じがする。「にしても、二人とも楽しそうだな~」 フェイは堪えきれないと言うように、レオンハルトは薄く笑みを浮かべている。「自分に匹敵する実力者に出会えた喜びというヤツじゃないかな?」「そういうものかな?」「そういうものさ」 リオは訳知り顔で頷いた。「ああ、終わりそうだよ」 リオが言った直後、フェイが木剣を振り下ろした。 レオンハルトは木剣の側面を滑るように距離を詰め、フェイの首筋に木剣の切っ先を突き付けた。「参ったであります」「ふむ、これほど追い詰められたのは初めての経験だ」 レオンハルトは木剣を退き、額の汗を服の袖で拭った。「嬉しそうだね?」「私の夢はレオンハルト殿と轡を並べて戦うことだったであります。夢が叶った上、剣術の試合ができて感無量であります」 クロノが尋ねると、フェイは胸に手を当て、喜びを噛み締めるかのように目を閉じた。「ふむ、第一近衛騎士団に入団するのが夢だったのかね?」「ストップ! 引き抜き禁止!」 クロノはズザーッと地面を滑り、フェイとレオンハルトの間に割って入った。「クロノ、部下の幸せを考えるのなら、快く送り出してやるべきなんじゃないかな?」「うご!」 クロノはリオの言葉に呻いた。 リオの言うことは正しい。 差別的な待遇を受けている第十三近衛騎士団にいるよりも第一近衛騎士団に転属した方がフェイにとって幸せかも知れない。 クロノはフェイを見つめた。「……フェイ」「何でありますか?」「ふぇ、フェイが、だ、第一近衛騎士団に転属したいのなら、よ、喜んで送り出します」 クロノは震える声で言った。「もの凄い痩せ我慢でありますね」「当たり前じゃん! 僕とケインがどれだけ手間暇掛けてフェイを育てたと! それを鳶が攫っていく!」 クロノは喚いた。 出会った頃のフェイは剣術馬鹿だった。 街道の警備でケインの足を引っ張り、盗賊にフルぼっこにされたフェイをどれだけ大切に育てたと思っているのか。「お、おのれ、レオンハルト! 呪われろ! その名に呪いあれ!」 呪詛がクロノの口から漏れる。 クロノは両手を合わせ、祈りを捧げた。「凄い邪気だね。何かがホントに出てきそうだ」「並の悪魔なら叩き伏せる自信はあるがね」 庭園の木々がザワザワと揺れ、リオとレオンハルトは警戒するように腰の剣に手を伸ばした。「いあ、いあ……!」「ワシを呼んだかの!」「呼んでない! 帰れ!」 クロノは茂みから飛び出してきた神官さんに向かって叫んだ。「呼び出したくせに何たる言い草!」 神官さんはブーブー言いながら、出てきた茂みに戻っていった。「クソッ、必死で祈ったのに神官さんしか出てこない」 おかしい。コズミックでファンタジーな邪神が召喚できそうな気がしたのだが。「レオンハルト殿、アレを倒せるかい?」「アレは並でも、悪魔でもないだろう」 リオとレオンハルトは安堵したように息を吐いた。「クロノ様、そんなに心配しなくても大丈夫であります。レオンハルト殿と轡を並べて戦いたかったのは昔の話であります」「昔の話と言い切られてしまうのは切ない物があるがね」 レオンハルトはしみじみと言った。「誠に申し訳ないであります。しかしながら、今の私の望みはクロノ様の下で働くことであります」「ありがとう、フェイ」 クロノは跪いたまま、フェイにしがみついた。「……何だか、『この人は私がいないと』とか言ってる人の気持ちが分かる瞬間でありますね」 フェイは微妙な表情を浮かべた。※「はぁ、本当に疲れたわ。本当に交渉事って手間よね」 クロノが玄関の扉を開けると、エレインは文句を言いながら、近づいてきた。 そんなことをわざわざ口にするくらいだから、卸売り市場の下準備……神聖アルゴ王国の商人や貴族との交渉は順調なのだろう。 フェイも、リオも、レオンハルト殿もエレインさんの嫌みが聞きたくなくて、庭で剣術の訓練をしてたんじゃ? とクロノは今も庭園で剣術の訓練を続ける仲間の姿を思い浮かべた。「けど、私が苦労して作った流通網って、同業者に上手く利用されちゃうのよね。トータルで見ると、損してると思わない?」 損していると思うわよね? とエレインはクロノにしな垂れかかってきた。「だから、もう少し塩の価格を安くしてくれても良いんじゃないかしら?」「あ! イグニス小父さ~ん!」「誰が小父さんだ!」 クロノが呼ぶと、イグニスは凄まじいスピードでクロノに駆け寄った。「ああ、いや、お前は俺の、遠縁の親戚という設定だったな」 イグニスは気を取り直すように咳払いした。「ようやく帰ってきたか、穀潰しめ。仕事もせず、ほっつき歩くなど恥を知れ」「穀潰しって」「俺は自分の子どもでも穀潰しに成長したら、穀潰しと呼ぶつもりだ。いや、その前に家から放り出す」 本当にやりそうだ、とクロノは得意げなイグニスを見つめた。「で、何の用だ?」「首尾良く市場を開催できるようになった時、エレインさんの報酬は?」「市場のショバ代……いや、参加料だったか? を十年間免除だ」 クロノが視線を向けると、エレインはクロノから視線を逸らした。 視界に回り込もうとすると、エレインは顔を背けた。「エレインさん、エレイン・シナーさん。トータルで損しているとか?」「あら、そんなことを言ったかしら? ちょっと頭が痛いから、横になるわね」 クロノはわざとらしくこめかみを押さえるエレインを見送った。「十年分の参加料免除とか、誑し込まれた?」「十年続くか分からない市場の参加料だ。惜しむほどのものではない。逆に十年後も続くのなら、エレインは最大の功労者だ。むしろ、安いくらいだ」 イグニスはクロノの軽口に苛立たしげな口調で答えた。「おい、時間はあるか?」「あるよ」「場所を変えるぞ」 そう言って、イグニスは歩き出した。 クロノは一定距離を保ち、イグニスの後に付いていく。 イグニスは三階にある部屋……書斎か、執務室だろう……に入ると、自分のイスに座った。 肘掛けに肘を乗せ、頬杖を突く。 不機嫌そうな態度だ。「こうして、お前と話すのは初めてだな」「そりゃ、二人きりになるのを避けてたからね。命を守る意味で」 気まずい沈黙が舞い降りる。 当然と言えば当然だ。 クロノとイグニスは敵同士だったのだ。 今だって味方とは言い切れない。「俺は、お前を殺そうとは思わん」「それは、どうも」 クロノはイグニスの意図を読み切れず、曖昧に答えた。「今、俺がお前を殺してもそこに大義はない。単なる自己満足だ」 悪い人じゃないんだよな、とクロノは考えた。 イグニスは直情的な性格だが、悪い人間ではない。 むしろ、好感が持てる。 もし、出会い方が違っていれば友人になれたかも知れない。 だが、クロノは覚えている。 イグニスがエルフの女性を焼き殺した瞬間を、部下がイグニスの神威術で吹き飛ばされた瞬間を忘れられるはずがない。 だから、話はここで終わりなのだ。 クロノも、イグニスも全てを水に流すには殺しすぎている。 クロノとイグニスは友人になることなどできないのだ。「状況が許す限り、協力はするよ」 言質を取られたかな? いや、立ち位置の確認か? とクロノはイグニスの部屋を後にした。※ さて、シオンさんは何処かな? とクロノはイグニスの屋敷をほっつき歩き、一階の居間でシオンを発見した。 シオンは色褪せたソファーに座り、本を読んでいた。「シオンさん、暇?」「え? その、すみません」 シオンは申し訳なさそうに肩を落とした。 責められていると感じたのかも知れない。「ま、気にしないで。シオンさんが暇なのって、僕のせいだし」「そう言って貰えると、少し気が楽になります」 シオンさんは誰とも共通の話題がなさそうだし、気を遣えば良かったかな? とクロノはシオンの隣に座った。「こうしていると、色々なことを考えてしまいますね」「あ、うん、そうだね」 クロノは相槌を打った。「……死んだ父のこととか」 重いよ! とクロノは辛うじて突っ込むのを堪えた。「他に考えたことは?」「神様のことを」 ますます重い! とクロノは頭を抱えそうになった。「私なりに努力をしてきたつもりですけれど、いつになれば神様と仲直りできるのかと」 うぐ、とクロノは呻いた。 きっと、今のシオンさんは神様と喧嘩中なんだ。 そうでなければ、神様が冷静になるための時間をくれたんだ、とクロノはシオンに言った。 もう二年も前のことだ。「まだ、私は自分の気持ちを見つめ切れていないのでしょうか?」 シオンさんがしっかりと自分の気持ちを見つめて、神様と仲直りできたら、神威術だって使えるようになる、ともクロノは言った。 二年前、クロノはシオンを励まそうと必死だったのだが、まさか、問題が二年も解決しないとは思わなかった。 シオンさんは自信までなくしちゃってるんだ、とクロノは思った。 今のシオンは自分の正しさに確信を持てないのだ。 神威術が再び使えるようになっていれば、シオンは自分の選んだ道が間違っていなかったと信じられたはずだ。 シオンにとって神威術が使えることは神に認められたことと同義なのだから。 クロノは首飾りを握り締めた。 シオンに掛ける言葉はある。 だが、クロノが諭してもシオンは言葉の意味を実感できないような気がする。「シオンさんが今までしてきたことは間違っていないと思うよ」「そう、でしょうか?」 超ネガティブ人間と言うか、まるで親からはぐれた子どもみたいだ、とクロノはシオンを見つめた。 今回の作戦がシオンさんに悪い影響を与えなければ良いけど、とクロノは今更のように考えながら、ソファーから立ち上がった。