第1話:秋の夜長の水着大会
第1話:秋の夜長の水着大会
※ ごそごそという音が部屋の隅から聞こえてくる。 音の発生源は部屋の隅に設けられた更衣室だ。 更衣室と言っても、木材と布を組み合わせた簡素な物だ。 人影が布に映し出されている。 照明用のマジック・アイテムが更衣室の内側に設置されているのだ。 人影は女性のものだ。一見して、かなりの……否、けしからん巨乳の持ち主であると分かる。 立っている状態でもけしからん巨乳だが、彼女が前傾になると、けしからん度合いが増した。 女性……女将が更衣室から出てきた。 白い肌が眩しいが、裸ではない。 女将はセパレートタイプの水着を着ている。 水着の色はワインレッド。 トップのデザインは帯状の布というべき代物。 布の結び目は胸の谷間に位置し、左右から胸を圧迫していた。 ボトムのデザインは足首まである長いパレオで隠れているため分からない。 パレオは深いスリットが入ったスカートのようだ。 女将が足を踏み出すたびに太股が露わになる。 見事な脚線美だった。 女将はクルリと反転し、立ち止まった。「ちょいと照れちまうね」 女将は恥ずかしさを誤魔化そうとするかのように髪を掻き上げた。 女将はコックという職業柄、髪を束ねていることが多いのだが、今日は束ねていない。「……それにしても」 女将は自分の姿を確認するように体を捻る。 もちろん、それで自分の後ろ姿を確認することはできない。「これは海で着るもんなんだろ? まあ、なんだい。下着じゃなくて、わざわざ水着を着せるってのが分からないね」 女将は腕を組み、不思議そうに首を傾げた。「あ? 腕をもう少し下? もうちょい上だって?」 女将は組んだままの腕をへその上まで下ろし、胸の下まで上げる。 けしからん胸が女将の腕に支えられ、更にけしからんことになった。「はぁ~、ホントにエロガキだね。こんなオバちゃんの体を見て、何が楽しいんだか」 そう言って、女将は体ごと横を向いた。 付き合っていられないと言わんばかりの態度だが、口調は満更でもなさそうだ。 女将は夜伽の順番を決める時、一歩引いた態度を取っている。 女将は今も死んだ夫を愛している。 それは偽らざる本心だろう。 だが、満更でもない……それも女将の本心に違いない。 女将はクロノに対して好意を抱いている。 そうでなければ関係がズルズルと続くはずない。 少なからず好意を抱いている相手から女として評価される。 それは女将の自尊心を満足させるのに十分だった。 女将は様子を窺うように視線を向けてきた。「もう、ホントに仕方がないね。そんなに残念そうな顔をするんじゃないよ! で、どうすりゃ良いんだい?」 女将は柳眉を逆立てて言った。「ポーズ? 片手を腰に当てて? 体を前に?」 女将は右手を腰に当て、前傾になった。 足は軽く開いた状態で、左手は膝に当てている。 水着によって寄せられた胸が深い谷間を形作っていた。 いや、水着によって生み出された谷間はブラックホールだ。 超重力が視線を引きつける。「笑顔?」 女将は仕方がないと言わんばかりに溜息を吐き、笑顔を浮かべた。 やはり、満更でもなさそうだ。「な、なんだって、頭の上で手を打ち合わせてるんだい?」 女将はポーズを解き、ドン引きしたように後退った。「これで満足かい? は? 違うポーズ? って、自分でポーズを取るのは止めな!」 ホントに仕方がないねぇ、と女将はぼやきながら、リクエストされたポーズを取るのだった。※ 扉が勢いよく開いた。 扉を開けたのは軍服姿のティリアだった。 何故、軍服を着ているのか。 一体、軍服を何着持っているのか、疑問は尽きない。「来たぞ、クロノ」 ティリアは静かに扉を閉め、近づいてきた。「……クロノ」 ティリアは深々と溜息を吐き、弱々しく頭を振った。「そんなに水着を着て欲しいのか?」 ティリアは差し出された水着の肩紐を摘まんで持ち上げた。 白い正三角形が二つ並んでいる。 ビキニである。 奇を衒った所など一つもない普通のビキニだ。 ボトムもありきたりなデザインだ。「クロノ、どうした? ……っ!」 ティリアは息を呑んだ。「まさか、それは『どげざ』か? ど、どうして、肩を震わせているんだ? まさか、泣いているのか?」 ぐぬぬ、とティリアは呻いた。「わ、わかった。だから、泣くな……何だ! その満面の笑みは!」 ティリアは水着を握り締めた。「私は着ないぞ!」 ティリアは腕を組み、プイッと顔を背けた。「ん? 海水浴で二人きりの時に着るのは有りだと言った? 確かに言ったが……」 ティリアは腕を組むのを止め、目の高さまで水着を持ち上げた。 う~ん、とティリアは唸った。「仕方のないヤツだな、お前は」 ティリアは観念したように水着のボトムを受け取り、更衣室に入った。 人影が布に浮かび上がる。 そして、ティリアは服を脱ぎ、軍服の上着とズボンを更衣室の壁に掛けた。 更衣室はあくまで簡易型……布を張った木枠を組み合わせた代物だ。 天井など存在しない。 それにしても、実に男前な脱ぎっぷりだった。 ティリアはすぐに更衣室から出てきた。 ティリアのスタイルは素晴らしかった。 一国の皇女に相応しい見事なスタイルである。 まず、胸が大きい。 かなりの大きさにも関わらず、鍛え上げられた胸筋に支えられた胸は美しい形状を保っている。 次にウェストが細い。 キュッとくびれている。 このくびれが胸の大きさを際立たせている。 ウェストはくびれているが、腹筋は割れていない。 腹筋が割れない程度の脂肪を残しているのだ。 それが胸からへそに至るラインに色っぽさを与えていた。 これだけでも十分にエロい。 最後に足だ。 ティリアもまた美しい脚線美の持ち主だった。 女将のようにパレオで脚線美の美しさを演出することは正しい選択だ。 だが、演出しないこともまた正しい選択に違いない。 スタイルに自信があるからか、ティリアは悠然と歩いていた。 わがままな胸が今だけは控え目に揺れる。「どうだ、クロノ!」 ティリアが勢いよく反転すると、胸が揺れた。 そう、控え目に揺れていたのはこの瞬間のためだったのではないかと思うような衝撃的な揺れ方だった。「い、いんぱくと? 何を言ってるんだ、クロノ?」 ティリアは困惑したように言った。「クロノ、その筒は何だ? 水鉄砲?」 ティリアは思案するように腕を組んだ。「もしかして、この水着は透けるのか? クロノ、目が泳いだぞ? まさか、海水浴の時も……違う? 油断させるために同じデザインの水着を作った?」 ふぅぅぅぅ、とティリアは深い溜息を吐いた。「水着が透ける件は後で話し合うぞ。まあ、それはそれとして……」 ティリアはどうだ! と言わんばかりに腰に手を当てた。 ちょっと偉そうと言うか、挑発的な態度が実に様になっていた。「感想は、聞くまでもないな」 ティリアは腕を組み、眉根を寄せた。 想い人が喜んでくれたのは嬉しい。 女としてのプライドも満たされたが、乙女心は複雑なのだ。※ ギリッという音が聞こえてきそうだった。 セシリーはダース単位で苦虫を噛み潰したような、もはや、これ以上は苦りきれないという顔をしていた。 負の感情は時に醜悪さと結びつけられる。 だが、それは今のセシリーに当て嵌まらなかった。 憎悪を宿した瞳は生命力に満ち、引き結んだ桜色の唇はゾクッとするほどの色香を漂わせていた。「……これを着ろ、と仰いますの?」 セシリーは水着を見下ろし、屈辱に肩を震わせた。 セシリーは友人であるヴェルナを守るために自分の身を差し出した。 今、ヴェルナは帝都の訓練所にいる。 セシリーがヴェルナを守るために我が身を犠牲にする必要はないのだ。 もっとも、セシリーを縛る鎖はヴェルナ以外にもある。 元々、セシリーは人質として……家同士の繋がりを作るために差し出されたのだ。 差し出された相手が旧貴族であればセシリーは黙って従っただろう。 だが、差し出された相手は成り上がり者の新貴族なのだ。 旧貴族であるハマル家が成り上がり者の新貴族に膝を屈した。 それが今の状況を受け容れがたいものにしていた。「女将とティリア皇女は着てくれた? 貴方、ティリア皇女に何をさせてますの!」 セシリーは怒声を放ち、一転して黙り込んだ。 セシリーは夜伽に呼び出される頻度が極端に少ない。 これは単にセシリーが夜伽の順番を決める会議に参加していないからなのだが、会議の熾烈さを知らないセシリーはそうは考えない。 セシリーは自分の愛人としての格が低いと考えていた。 ティリア皇女に負けるのは仕方がない。 だが、ティリア皇女以外に負けるのは屈辱だった。 ましてや、『馬糞女』と罵っていたフェイに劣っているなど受け容れられるものではない。「着ますわ! 着れば良いんでしょう!」 セシリーは水着を握り締め、更衣室に入った。 衣擦れの音がすぐに聞こえてきた。 更衣室は木枠と布を組み合わせて作った簡素な代物である。 天井は存在しないので、更衣室の中が見られるように鏡を設置するのは難しくない。 セシリーはメイド服を脱ぐと、丁寧に畳んで籠に入れた。 胸や股間を覆う下着は地味の一言に尽きる。 貴族であるセシリーにとってはみすぼらしく感じられるだろう。 セシリーは水着を広げ、動きを止めた。 セシリーが手にしている水着は白のビキニである。 ただし、トップは正三角形ではなく縦に長い台形だ。 露出度はティリアが着ていたビキニよりも高い。 セシリーは籠の縁に水着を掛け、下着を脱いだ。 セシリーがメイドになってから随分と時間が過ぎているが、今も鍛錬を続けているのか、メイドの仕事が過酷なのか、見事なプロポーションを維持していた。 セシリーは水着を身に着け、胸の位置やボトムの食い込みを調整する。 そして、何度も深呼吸を繰り返した後で更衣室から出てきた。 セシリーを出迎えたのは劣情に彩られた視線ではなく水だった。「な、何をなさいますの!」 セシリーは叫んだ。「水鉄砲?」 セシリーはハッと息を呑み、水着を見下ろした。 濡れた水着が肌に張り付いていた。「お、お止めなさい!」 セシリーの叫びは当然の如く無視された。※「ひゃっは~~っ! 呼ばれて飛び出てみたり!」「ホントは呼ばれてないみたいな!」 アリデッドとデネブは元気よく部屋に飛び込んできた。「まあ、それはそれとして」「扉を閉めるみたいな」 アリデッドとデネブは反転すると、静かに扉を閉めた。「クロノ様が水着を着せたがってる、って小耳に挟んだし!」「人前は勘弁だけど、夜伽の時は喜んでみたいな!」 アリデッドとデネブはベッドに歩み寄ると、その上に置かれた水着を手に取った。「逆?」「布が胸の所に縫い付けてあるし」 アリデッドとデネブは水着を交換すると、しげしげと水着を見つめた。 水着はワンピースタイプ、色はアリデッドが白、デネブが紺である。「すくーるみずぎ?」「ひらがな?」 アリデッドとデネブは訳が分からないと言うように首を傾げた。「クロノ様、自分で縫ったのみたいな?」「何気に多才みたいな」「おおっ! 部屋の隅に着替える場所が!」「鏡を設置してるから、意味がないみたいな!」 アリデッドとデネブは更衣室がある方を向き、声を上げた。「その心は? 楽しみたい? クロノ様の趣味は意味不明みたいな」「と言いつつ、あたしらは付き合ってみたり」 アリデッドとデネブは仲良く更衣室に入っていった。 更衣室は二人だと手狭なようだ。 アリデッドとデネブは服を籠に投げ入れ、下着に手を掛けた所で動きを止めた。 二人ともエルフらしくスマートな体型だ。 胸は重量感に乏しい。 仰向けになっても、四つ這いになっても、あまり変化がない。「ここはクロノ様の趣味に合わせるべきなんじゃないかと思ったり」「細やかな気配りを忘れないあたしらは愛人の鑑みたいな」 う~ん、とアリデッドとデネブは腕を組んで唸った。「最近、胸とお尻がきつくて」「お酒の飲み過ぎだし」「一撃必殺アリデッドパンチ!」「ゲフッ!」 アリデッドの拳がデネブの鳩尾に突き刺さった。 デネブは鳩尾を押さえ、その場に蹲った。「お姉ちゃん、あんまりだし」「双子の妹だからこそ、流言は許さないみたいな」 デネブは苦しげに咳き込みながら立ち上がった。「つ、次は、あ、あたしの番だし」「姉には勝てないことを教えてやるし」 アリデッドはデネブを挑発するように手招きした。 二人の漫才はしばらく続いた。※「やはり、こうなるでありますか?」 フェイは水着を見るなり、力なく頭を垂れた。 現実になるだろうと思っていた予想がやっぱり現実のものになった故の呟きだった。 フェイは重い足取りで更衣室に入り、鏡と照明用のマジック・アイテムを更衣室の外に置いた。 ゴソ、ゴソという音が響く。 長い長い溜息も聞こえてきた。「……おっ、であります」 音が止まる。 フェイはすぐに更衣室から出てきた。 しかも、満面の笑みを浮かべて。 水着はセパレートタイプ……トップはスポーツブラ風、ボトムはホットパンツ風である。 色はネズミ色だ。 色っぽさはないが、フェイによく似合っていた。 フェイの鍛え上げられた肉体はそれだけで美しいのだ。「これで湯浴み対策はバッチリであります!」 そう言って、フェイはクルリと一回転した。「どうしたでありますか? 水着は返さないでありますよ?」 フェイは水着を奪われまいと腕を交差させた。「この水着は大切に使うであります。む、水着はもう良い? 流石、クロノ様でありますね。むむ、踊りでありますか?」 フェイは更衣室の反対側を見つめた。 そこには金属の棒があった。 長さはフェイの身長を上回っている。「この棒を使うということでありますね」 フェイは金属の棒を握り締め、台座から引っこ抜いた。 と言うか、台座を破壊した。「ハァァァァァッ!」 フェイは頭上で金属の棒を旋回させた。 金属の棒を突き出し、一閃させる。 単に金属の棒を振り回しているのではない。 それは演舞だった。 躍動する肉体、うねる筋肉、飛び散る汗……素晴らしい演舞だった。「ハッ!」 フェイは裂帛の気合いと共に金属の棒を突き出し……ゆっくりと息を吐きながら、金属の棒を立てた。「槍術の演舞を少しアレンジしてみたであります!」 フェイはどうだと言わんばかりに胸を張った。※「水着、ですか? クロノ様が着ろと仰るのなら着ますが……」 そう言って、レイラは黒い水着を受け取った。 水着はセパレートタイプ、上はチューブトップである。「あそこで着替えるのですね」 レイラは更衣室の方を見て、目を細めた。 レイラの視線の先には鏡があった。 レイラは無言だった。「……クロノ様、鏡はそのままでも構いませんが? 罪悪感が? 照明も消したのも同じ理由ですか? 分かりました。すぐに着替えてきます」 レイラは更衣室に入った。 ゴソゴソという音が聞こえてきた。 想像力を刺激する音だった。 もしかしたら、照明用のマジック・アイテムや鏡を使うことで想像力……期待感を損なっていたのかも知れない。 しばらくすると音が止み、レイラがゆっくりと更衣室から出てきた。 ハーフエルフとは言え、レイラもエルフらしいスレンダーな体型をしている。 レイラの胸は控え目だ。 その控え目な胸がチューブトップに包まれている。 褐色の肌と相俟って、踊り子のようだ。 パレオを用意すべきだったかも知れない。「一回転して、腰に手を当てる? 分かりました」 レイラはクルリと一回転し、腰に手を当てた。「挑発的な眼差しですか?」 レイラは困惑したように眉根を寄せ、伏し目がちに俯いた。「……申し訳ありません、クロノ様。私は表情を作ることが苦手で」 挑発的な眼差しをして欲しいというリクエストは表情の変化に乏しいレイラにとって難しかったようだ。「あ、はい、ベッドに上がれば良いのですね。クロノ様はベッドから降りると」 レイラは安心したように息を吐き、ベッドの上に上がった。「座って、膝を立てれば……はい、分かりました」 レイラはベッドに座り、両膝を立てた。 水着のボトムが密着し、セクシーだった。「あの、クロノ様? 息が荒いのですが……気にしなくても良い? 分かりました。次はベッドの上で四つ這いですね」 レイラはリクエストに従い、四つ這いになった。 猫チックな四つ這いだ。 両腕が逆三角形を描き、レイラの胸が控え目に自己主張をする。 谷間と呼ぶには些か物足りないが、味わい深い光景だった。「クロノ様?」 レイラは視線を動かす。 正面から斜め前、斜め前から横、横から斜め後ろ……レイラは膝立ちになり、肩越しに視線を向けた。 背中のラインが格好良い。 キュッと引き締まったお尻もだ。 しかし、お尻は引き締まりながらも、柔らかさを失っていない。 レイラのお尻は癒やし系なのだ。「……はい、次は」 クロノのリクエストはレイラがぐったりするまで続いた。※「……チッ、来なけりゃ良かったわ」 エレナは水着を見るなり、悪態を吐いた。「まあ、良いわ。どうせ、断っても、しつこく着させようとするんだから」 エレナは水着を持ち上げ、「なんで、紐なのよ!」 水着を床に叩き付けた。 床に叩き付けられた水着はセパレートタイプだ。 ただし、布地部分がない。「冗談? 本命はこっち?」 エレナは不愉快そうに眉根を止せ、新しい水着を持ち上げた。「これも紐じゃない!」 エレナは新しい水着を床に叩き付けた。「は? 紐じゃない? 似たようなもんでしょうが!」 エレナは顔を真っ赤にして言った。 二着目の水着もセパレートタイプである。 布地部分は幅三センチメートルの布だ。 当然、三センチメートルくらいの隙間が布と布の間に存在する。「今度こそ、本物……って、こっちも紐じゃない!」 エレナは水着を持ち上げきることなく、ベッドに叩き付けた。 三着目はワンピースタイプの水着だ。 ただし、幅三センチメートルの布を組み合わせて作られている。「他にもある? ……紐、紐、紐、アンタ、どれだけあたしに紐を着せたいのよ!」 エレナはベッドに並べられた水着を見ながら、叫んだ。「あ、これは比較的……無理」 エレナはベッドの端に置かれた水着を持ち上げ、すぐに手を離した。 エレナが手に取ったのは一体化型の水着……スリングショットだ。 ボトムから伸びた布が胸を隠す役割を担っている。「着ない理由? 分かるでしょ?」 エレナは腕を組み、面白くなさそうに言った。「分からない? 分からない訳ないでしょうが!」 エレナは両腕を振り下ろして吠えた。「……見れば分かるでしょ、見れば」 エレナはボソボソと呟いた。「そ、そうよ、あたしは痩せてるの。こ、こういう水着はあたしみたいに痩せてる人間に似合わないのよ」 エレナはプイッと顔を背けた。 エレナは貧にゅ……エレナの言葉を尊重するのならば痩せている。 ないな~、と口元が綻ぶような胸ではない。 ないな~、と体が傾いていく感じの胸なのだ。「何よ、その顔。言いたいことがあったら言えば……ぷろれたりあ? 言葉の意味は分からないけど、マジでムカつくわ」 プロレタリアとは資本主義社会における賃金労働者階級のことである。 今回はヒエラルキーにおける底辺的なニュアンスだ。「は? とっておき、また、紐じゃないでしょうね?」 エレナは水着を受け取り、驚いたように軽く目を見開いた。 とっておきの水着はセパレートタイプだ。 トップはキャミソールを短くしてフリルを重ねたデザイン、ボトムもフリルを重ねたデザインである。「あるじゃない。これなら着てあげても良いわ。丈が少し短いかも? 紐よりマシでしょ?」 エレナは水着を手に更衣室に向かった。 その水着が誰のために作られたかと言えば……。※「クロノ様、来たよー! ……なんで、スーとエリルがいるの?」 元気よく部屋に飛び込んできたスノウはスーとエリルが部屋にいることに気付くと、不満そうに唇を尖らせた。『オレ、嫁』「……エラキス侯爵に接待を強要された」 スーは当然と言わんばかりに胸を張り、エリルは両手でメガネの位置を直しながら答えた。「強要? でも、最近のエリルは何もしてないから……」「私は働いている」 エリルはムスッとした表情でスノウに言い返した。 だが、スノウの指摘は正鵠を射ている。 エリル……エリル・サルドメリク子爵は第十一近衛騎士団の団長だった。 書類上は今も団長かも知れないが、エリルはティリアの監視役という名目で第十一近衛騎士団を追い出されたのだ。 現在、エリルはクロノに学者として雇われている。 いや、マジック・アイテムの製造者と呼ぶべきかも知れない。 エリルは超長距離通信用マジック・アイテム、使い捨てマジック・アイテムのスタングレネードを開発したが、それ以降は晴れの日も、風の日も、雨の日も部屋で貪るように本を読んでいる。「好きなことだけをするのは仕事じゃないよ」『オレ、知ッテル、にーと、言ウ』「……」 エリルは押し黙った。 スノウは兵士として働いているし、スーは露店で妖しげな薬草や薬を売って金を稼いでいる。「今は接待が必要な時だと理解した。エラキス侯爵、何をすれば良い?」「水着を着れば良いの? スー、ここで脱いじゃダメだからね」『……分カッタ』 スーはスノウの言葉に頷いた。「あっ! 前の水着と違うんだ?」 スノウは水着を持ち上げ、嬉しそうに笑った。 三人のために用意された水着はセパレートタイプ……トップはキャミソールを短くしてフリルを重ねたデザイン、ボトムもフリルを重ねたデザインである。「エヘヘ、嬉しいな」 スノウは水着を抱き締めた。 何故だか、とても罪悪感が刺激される光景だった。「騙されてはいけない。エラキス侯爵は自分の欲望を満たそうとしているだけ」「そんなことないよ! クロノ様は良い人だもん!」 スノウはエリルに言い返した。 何故だか、とても罪悪感が刺激される台詞だった。「あそこで着替えれば良いの? 行こ、スー、エリル」 スノウとスー、エリルは更衣室に入っていった。 ごそごそという音がすぐに聞こえてきた。 更衣室は木枠と布を組み合わせて作った代物である。 広さは二人でも手狭に感じられる程度だ。 さて、三人の少女が一緒に着替えたら、どうなるだろうか?「あっ!」 スノウが短く叫んだ。 直後、エリルがケンケンをするように飛び出してきた。 エリルは水着のボトムを履こうとしていた所で更衣室から押し出されたようだ。 つまり、真っ裸だった。 悲しいかな。 エリルの胸は揺れない。 無乳……限りなく無に等しい乳故に。 しかし、エリルは無乳でありながら、ぽっちゃりしていた。 下腹部からお尻にかけてのラインの何と言うぽっちゃり加減か。 エリルは尻餅をついた。 見事なM字開脚だった。 そこには『何もない』があった。「……雷霆らん」 雷霆乱舞は雷を放つ風の上級魔術である。「ダメェェェェッ!」 スノウが更衣室から飛び出し、エリルを羽交い締めにした。 非常事態である。 スノウはボトムしか身につけていなかった。 スノウはハーフエルフである。 髪は荒野の土を思わせる色彩、肌は日に焼けている。 日に焼けているのは普段、露出している部分だ。 それ以外の部分は危ういほど白い。「スーも手伝って!」『分カッタ』 スーは全裸で更衣室から出てきた。 恥ずかしがっている様子はない。 肌を晒すことはスーにとって恥ずかしいことではないのだ。 少女達の戦いはしばらく続いた。※「これを着なきゃならんのか?」 神官さんは目の高さまで水着を持ち上げ、憂鬱そうに溜息を吐いた。 神官さんが手にしている水着はワンピースタイプだ。 ただし、センターとサイドの布地が大胆にカットされていて、露出度はかなり高い。 ちなみに色は黒だ。「何故、ワシがこんなものを……飯代と酒代? あれは寄付じゃろ?」 神官さんは真顔で寝言を言った。「これを着たら、チャラにしてくれるんじゃな? なぬ、チャラにしない? 返済期限を延ばしてやる? わ、ワシはいつの間に借金を!」 神官さんは両手で顔を覆った。「これを着れば良いんじゃな?」 神官さんはしょぼくれた様子で更衣室に向かった。 今回、鏡は設置していない。 照明用のマジック・アイテムもだ。 どうして、ワシがこんなものを、と神官さんの愚痴が更衣室から聞こえてくる。 愚痴が止み、しばらくして神官さんは更衣室から出てきた。 黒い水着が神官さんの白い肌を背徳的に彩っている。 神官さんは剥き出しの横乳を少しでも隠そうと脇を締めていた。 よほど恥ずかしいのか、耳まで真っ赤である。 だったら、露出を普段から抑えればよさそうなものだが、そこは神官さん特有の心理が働いているのだろう。「ど、どうじゃ? う、腕を組むなじゃと?」 神官さんは唸りながら、腕を下ろした。 まるで小娘のような反応だ。 きっと、口で言うほど男性経験が多くないのだろう。 少なくともエロ水着を着て欲しいと要求されたことはなかったはずだ。 ともあれ、夜は始まったばかりだ。