129話
129話
もう限界だ。
赤い実を齧ってから3階上がれたが、ここで俺の人生は終了でいいや。
人間、眠さの限界がくると他のことはどうでもよくなるんだな。生死さえも。
たぶん寝てる間に殺されるんだろうが、運が良ければ起きるまで無事だろうし、自分の強運を信じよう。
まぁそもそも自分が強運だと思ったことなんてほとんどないが、これ以上起きてるのは無理だ。
この階層で5体目の魔物を倒して、その倒れた魔物の上に被さるように寝ているが、この犬型の魔物の毛皮がもふもふし過ぎていて、余計に起きるのを困難にさせる。というか半端なく気持ちいい。
ドライガーより一回り以上大きい魔物で、顔面を殴り潰してしまったから正面から見るとグロくなってしまったが、体は無傷だから体毛に抱きついても汚れる心配はない。
倒したばかりのときは硬くて寝心地最悪だったが、徐々に柔らかくなって俺を包み込み始めたせいで睡魔に勝てそうにない。
そもそも人間の三大欲に抗おうとするのが間違いだろ。
子孫を残さなきゃ種は死ぬし、食べなきゃ体は死ぬ。そして寝なきゃ精神が死ぬ。
けっきょく死ぬなら俺のまま死にたいっていうのは今思いついた戯言だが、ここで寝る正当性を示すための自分への言い訳だから誰かに文句をいわれることではない。
なんか自分でもわけがわからなくなってきた。
なぜか薬屋の女の顔が浮かんできたよ。今あいつの顔が浮かぶ意味がわからねぇ。
そういやアリアたちは大丈夫か?
主がいなくなったら苦労するだろうが、あいつらなら大丈夫だろう。
あそこは村だから身分証がなくとも生きていけるし、いざとなったら第三王女も手を貸してくれるだろう。
全員で生きていくなら魔物や奴隷狩りに負けるようなレベルでもないしな。
第三王女がいろいろとしてきたのが俺がいるからって理由だったとしてもたぶん大丈夫だろう。
アリアは有用だ。それがわからない第三王女ではないだろうし、アリアも自分の有用性は理解しているだろうから上手く互いに利用出来るだろう。
それだけが心配ではあったが、もうどうしようもないしな。信じるしかないだろう。
おっ、今度はおっちゃんだ。
そうか。もう半分夢の中に入ってるんだな。
毛皮に包まれる心地よい感覚は残っているが、意識はほとんど夢の中にあるのだろう。
幻聴まで聞こえてきたしな。
なんか遠くで誰かが叫ぶ声とドタドタと走る音が微かに聞こえる。
夢でくらいもっと平和な感じであってくれていいと思うんだよな。
ここ最近というか、この世界に来てからなかなか過激な生活だったからな。
日本にいたときは喧嘩が楽しくて、どんどん強くなっていくのがさらに楽しくて調子に乗っていたが、こっちじゃほとんど通用しないんだもんな。
いや、強くなる楽しさを知っていたからここまで頑張れたと思えば、日本にいた頃の自分に感謝するべきか?
違うな。感謝するなら仲間たちにだろう。
脅して奴隷にしたにもかかわらず力を貸してくれてたから、今まで死なずにこれたんだし、仲間がいたから楽しいと思えることもあっただろうしな。
「…が倒れ……今なら…。」
声と音がどんどん近づいてくる。
徐々に意識が夢の中に沈んでいっているということか。
まぁ俺はもともと一度死んでるしな。
それに自分でいうのもなんだが、この世界に来てから十分頑張ったと思う。
もう休んでもいいだろ。
お疲れ俺。さよなら人生。
「早くリスタートだ!」
「1階と繋いだ!俺に続いて早く通れ!」
リスタートだと!?
これは夢じゃないんじゃねぇか!?
動け俺の体…開けよ瞼。
金縛りにあったかのように動きづらい体を根性で動かし、接着剤でくっついてんじゃないかというほど開きづらい瞼を帰れるという希望の力でこじ開ける。
なんとか確認が取れた。
俺が来たのとは逆側から冒険者パーティーっぽいのがこっちに走って来ていた。
何人かは既にリスタートで開けた空間をくぐっているのだろう。あと男2人がくぐる寸前なのとその少し離れたところで倒れている女が1人いるのが見えた。
女は犬型の魔物に踏まれて絶叫を上げた。
たいした防具をしてないっぽいし、肩が潰れたんだろう。
リスタートは生きてるパーティーメンバーが全員通るまで空間は閉まらないはずだから、あの女が死ぬ前に俺も通れば外に出れるはずだ。
外に出ればベッドで寝れるんだぞ!
死ぬ気で頑張れや!
自分に喝を入れて無理やりに体を動かす。
一度動かしてしまえばあの空間ぐらいまでなら走れそうだ。
希望が見えたおかげで少し眠気が覚めたのかもな。
だが、俺のやる気は一瞬で削がれた。
俺が走り出した直後に空間が閉じたからだ。
女に視線をズラすと、もう悲鳴を上げる元気はないみたいだが、死んではなさそうだ。
今にも魔物に食われそうではあるがな。
ってことはこいつはパーティーメンバーじゃなかったってことか?
でも、こいつも冒険者なら、こいつを助ければリスタートでダンジョンから出れる可能性もあるってことか。
今から走っても間に合わねぇか。
人差し指で魔物に標準を合わす。
『上級魔法:電』
上手い具合に魔物の脳天に直撃したっぽい。
魔物はバチバチと紫電を発しながら倒れた。
本当は上級魔法はMPを食うからあまり使いたくなかったが、これが1番速いだろうし、他じゃ間に合わなかっただろうからな。
それにこの女を助けなきゃ俺は死んでたんだ。今さらMPなんか気にする必要がねぇだろ。
女のもとに近づくと、女は泡を吹いて白目で倒れていた。
やべぇ…感電させちまったみたいだ。
ピクピクしているのが感電のせいだけでなく、生きているからだと信じたい。
『ハイヒール』
ちょっと弱かったか?肩が治ってないっぽいな。
『ハイヒール』
これで見た目的には治った。
ピクピクも治ったしな。
胸を掴むが、服のせいで心音が聞こえないな。
首筋で脈を確認するのは得意じゃないんだが、指を置いて血管を探る。
一応脈はあるみたいだ。
見栄えが悪いから瞼を閉じさせて、口の泡を流すために水をぶっかけた。
「ぶはっ!鼻がーっ!」
なんか起きたみたいだな。
「あれ?鼻は痛いけど、肩が痛くない。あれ?」
女が首を傾げたあと、俺に気づいたようだ。
「え?あっ、お恥ずかしいところをすみません。えっと…どちら様でしょうか?私のパーティーメンバーの方はどちらに?もしかしてあなたが私の怪我を治してくださったのですか?」
いきなり質問しまくられるとうぜぇな。
「お前の仲間はリスタートで逃げたよ。んで、俺がお前の怪我を治してやった。だから俺をこのダンジョンの外まで連れてけ。それで貸しはチャラにしてやる。」
「…え?」
女は間抜け面で驚いている。
裏切られたことを悟ったようだが信じられないといったところか?
まぁ俺にはどうでもいい。
「こっちは限界なんだ。早くリスタートを使ってくれ。」
「あ、あの…リスタートとはなんでしょうか?」
「は?リスタートってのはダンジョンの階層を行き来する冒険者のスキルだが、もしかしてまだ得てないのか?」
眠くてイライラする。
「今、SPで取れるスキルの確認をしましたが、ありませんでした。冒険者ジョブ固有のスキルだとしたら、私は巫女なので取れません。ごめんなさい。」
マジか…終わった。
もういいや。
俺はふらふらとさっき寝ていた犬型の魔物のところに戻り、寝る態勢をとった。
さっき殺した魔物は電気でピリピリしてそうだからな。
最後ぐらい気持ちよく寝たい。
「え!?ここで寝るのですか!?」
「うるせぇな。こっちはもう限界だったんだよ。せっかく外に出れると思ったのに当てが外れたから余計に眠くなったじゃねぇか。俺の睡眠を邪魔するなら殺すぞ。」
「…。」
今度こそ俺の人生、さよなら…。
…しなかったみたいだな。
「んーっ!」
思いっきり伸びをした。
寝床が良かったからかガッツリ寝れたみたいだな。
眠気が取れて正常な思考が出来るようになったから思うが、寝る前の俺ふざけんなよ。こんなとこで寝て死んだらどうすんだ?せめて隠れられる場所を探してから寝るなり、自分の爪を剥いででも眠気を覚ますなりしろよ。
生きてたから良かったが、そんな簡単に生を諦めるとか、睡魔って怖いな。
まぁ俺が生きてたのはたまたまではなかったみたいだが。
寝る前に会った女が頑張ってたみたいだ。
隣で顔を青ざめさせながら冷や汗を大量に流して魔力を壁に流してるみたいだ。いや、壁じゃねぇな。何かの布?
「何してんだ?」
「あっ!やっと起きてくれたのですか!今、魔物に囲まれてしまっています。なんとか攻撃を凌いではいるのですが、もうほとんどMPが残っていなかったので、手伝っていただけると助かります。」
周りを見ると、壁と布?に囲まれていて、外が見れなかった。
道の真ん中辺で寝てたはずなんだが、こいつが壁際まで動かしたのか?
俺の睡眠の邪魔をせずに魔物の死体ごと動かすとかなかなか器用なことをするな。
まぁこいつのおかげで助かったんだし、今度は俺が働くか。
「外のはさっきの魔物だろ?なら倒すからこの布をどけろ。」
「え?無理ですよ!外には5体もいるんですよ?他の冒険者が来るまで耐え凌ぐので、あなたもこれに魔力を注いでください。」
そんないつ来るかもわからない増援を待ってられるかよ。
確かに5体はキツそうだが、今はもうPPもMPも満タンだ。5体くらいならなんとかなる。
「聞こえなかったのか?なんなら俺がこの布を破壊するぞ?」
「…はい。死んでも恨まないでくださいね。」
今度は素直に布をどけた。
さすがにこの女にとっての最後の手段を壊されるのは困るのだろう。
さて、俺のベッドとなった魔物を除くと、唸っているのが5体、ちょっと離れたところで倒れてるのが1体か。
倒れてるやつは綺麗に皮を剥がされているからグロい肉の塊になってやがる。
ふと視界に入った、女の持っている布をよく見ると、これってあの魔物の毛皮じゃねぇか。
あの魔物から剥がして使ってたのか…この女、見た目によらずなかなかなサバイバーだな。
俺が周りの確認をしているというのに、魔物はかまわず飛びかかってきた。
それに合わせるようにカウンターで顔面を殴る。
ちゃんと睡眠を取ってフルパワーとなったからか、一撃で魔物の顔面が潰れて息絶えた。
やっぱり俺が徐々に疲れていってたから魔物の強さが同じくらいに感じていただけみたいだな。
スタート時にいた蛇っぽい魔物より弱いわこいつ。
でも油断はしてやらねぇけどな。
残り4体も危なげなく殴り殺した。
さて、この女はリスタートが使えないみたいだし、また上に向かうか。
「ま、待ってください!」
俺が1人で歩き始めると、女が声をかけてきた。
「あ?なんだ?寝てる間に助けてくれた分はこいつらを倒したのでチャラになったと思ったんだが?」
まぁ実際死なずにすんだのはこいつのおかげだし、金貨10枚くらいなら払ってもいいんだけどな。
「あ、いえ…そういうことではなく、私も連れてってください。」
そういやこいつはここに捨てられたんだっけか?
裏切られ仲間だから連れてってやってもいいんだが、罠の可能性もあるからな。
戦闘中に殺され…いや、だったら寝てる最中に殺すか。
識別でも大丈夫ってなってるから連れてくくらいならいいか。
「しゃーねぇから勝手について来るのはかまわないが、俺は奴隷以外とパーティーを組むつもりがない。だからお前に配慮するつもりなんてねぇ。来たきゃ勝手について来い。」
「はい。お願いします。」
だからお願いされても何もしてやる気はないんだがな。と思いながら進み始めると、女が「あの…。」とまた止めてきた。
うぜぇな。
「んだよ?」
「あ、いえ、えっと…魔物の素材は回収しないのですか?」
素材の回収。
懐かしい響きだな。
イーラが仲間になるまではわからないなりにそれっぽい物を回収していたが、今じゃほとんどイーラに食わせちまってたからな。
だから下の階で倒してきた魔物は全部放置してきていた。
「お前は使える素材がわかるのか?」
「全てではないのですが、この魔物の毛皮は売ることもさっきみたいに使うことも出来るということはパーティーメンバーの方から教わりました。あとは上の階に稀に現れる魔物の目は魔物の死後、水晶となるということも教わりました。」
確かにこの魔物の毛皮はなかなか使えてたっぽいな。
なんせこんな弱そうなやつが俺の寝てる間死なずにすんでたんだからな。
「じゃあせっかくだから回収するか。ちょうど6体だから半分ずつだ。」
「7体ですよ?」
「お前が既に手にしてるのはお前のでいい。残り3体は自分で剥げ。」
俺の分の3体は皮だけでなく牙も取っておいた。
慣れないせいかこの素材回収は地味に力仕事となったが、女は疲れた様子がない。
けっこうタフなのかもな。
それからしばらく進んで、上の階に上ったのだが、この女は一切戦わないつもりか?
勝手について来いとはいったが、何もしないってのはどうなんだ?
まぁ実際、手助けなんて必要ない程度の魔物ではあるが、俺だけ疲れるってのは納得いかない。
「お前も戦えよ。ほらっ、ちょうど魔物が来たから任せた。」
目が6つついた球体から6本の足を生やした虫のような気持ち悪い魔物がこちらに向かって来た。
既に10体くらい倒したが、球体を殴れば簡単に弾ける雑魚だ。これだけ弱くなったってことは地上が近いのかもな。
「え?あの!私は巫女だから戦えません!」
「は?意味がわからねぇぞ?巫女だから戦えないなんて制限は聞いたことがねぇ。」
「いえ、巫女は支援職という意味です。それに私は戦ったことがありません。」
何いってんだこいつ?
まぁ今回が初の冒険だったってことはわかったけど、そんなの言い訳にもならねぇよ。
「そりゃ誰だって最初は戦ったことなんてねぇだろ。でもお前はパーティーを組んでたようだし、冒険者なんだろ?そしたら自分の身は自分で護れねぇとすぐに死ぬぞ?支援職っていったって魔物からしたら関係ないどころか、頭がいい敵なら真っ先に狙われるだろうし、仲間がいつも助けてくれるとは限らねぇんだぞ?」
「…。」
そういやパーティーを組めてはなかったのか。
黙ったのは嫌なことを思い出させたせいか?まぁそれについては悪かった。
「いいからやれ。」
女はビクビクしながら俺の前に立ち、魔物を待ち構えた。
さすがに先制攻撃する勇気はねぇか。
魔物は女から5メートルほどの距離をあけて止まり、観察しているようだ。
考えることのできる魔物なのか?
そういやあれの目が素材になるんだったか?
一撃で破裂しやがるから今まで回収出来なかったが、1つくらいは回収しておくか。
そんなことを考えていたら、魔物のてっぺんに穴が空き、そこから煙のようなものが吹き出て来た。
毒ガスか!?
その煙は徐々に形が定まり、人のような形になった。
人のようなっていっても腰から上しかなく、腕は6本、指は4本、爪が鋭く顔はのっぺりだから別モンだけどな。
魔物が近づいて来て、煙人間が腕を振りかぶった。
女は杖でガードするが、簡単に吹っ飛ばされた。
弱すぎだろ。
…え?終わり?
女が壁に激突してから地面に落ち、次の動きを待ってたんだが、その後動かなくなった。
マジかよ…。
『ハイヒール』
治癒魔法をかけてから女に近づき、服の背中部分を持って持ち上げた。
「生きてるか?」
「…はい。なんとか。」
怪我は治ったみたいだが、なんか疲れ切ってんな。なんもしてねぇのに。
女の足を地面につけ、自力で立たせる。
「馬鹿正直に相手の攻撃を受けるから痛い目をみるんだ。相手の攻撃はできる限り避けろ。」
もう一度戦わせようかと思ったが、一度見本を見せてやるか。
俺が魔物に近づくと、魔物は一歩下がったが、逃げることなく攻撃して来た。
1本目の腕を避けると2本目3本目と連続で殴ってくるが、この程度の速度なら簡単に避けられる。
でも練習にはちょうど良さそうだ。
ある程度見本を見せたのち、後ろに飛んで魔物の攻撃範囲の外に逃げた。
「まぁこんな感じだ。やってみろ。」
「…え?」
「は?見てなかったのか?」
まぁ見本を見せるから見てろとはいわなかったが、敵から目をそらしてやがったのかこいつは。
「いえ、見ていましたが、もしかして今のを私にやれと?」
「当たり前だろ。他にどんな意味があるんだ?」
「無理です!私はまだ冒険者になったばかりの戦いも知らない雑魚ですよ!」
自分で雑魚とか…。
「俺だってまだ冒険者になって日の浅いFランク冒険者だぞ?」
「え!?…嘘つかないでください!仮にそれが事実だとしましょう。でも、私はあなたと違ってジョブが物理戦闘向きではないんです!」
あーいえばこーいうやつだな。
「ジョブは関係ねぇだろ。俺だって今は魔導師だから物理戦闘向きではねぇしよ。」
「魔導師!?魔導師でFランクなわけがありません!これでどちらかが確実に嘘だと証明されました!」
何も証明されてねぇと思うが…そもそも嘘じゃねぇし。
というか疲れるなこいつ。
「もういいわ。戦えないで後悔するのは俺じゃねぇし。」
「え?」
俺がすんなり引いたのが意外だったのか、女は虚をつかれたような声を出した。
なぜか俺らの会話中に攻撃せずに待ってくれてた魔物をフレアバウンドで燃やして、そのまま先に進んだ。
女は慌ててついてきたようだ。
そういや目玉の回収を忘れた。
次でいいか。