181話
181話
既に夕方というべきか、まだ日も沈みきっていないというべきか、目的地まであと少しというところで龍型のイーラの背中から綺麗な夕日を眺めていた。
さすがにここまで離れればセリナも多少はマシになっているだろう。
けっきょく俺らが旅立つまで、セリナは椅子に縛られたままだった。というより、縛られてるだけではなく、それでも暴れようとするからということで、ソフィアに魔法で動けなくされてたな。
さすがにかわいそうだったから、昼飯後にたいした別れの言葉もかけずに急いで出発となった。
まぁ同行組は既に準備は済ませていたし、俺は準備とか特にないからその時間でドライアドたちにしばらくの間の門番を頼んできたから問題ないはずだ。
いざとなれば以心伝心の指輪で連絡取れるしな。ガキどももけっこうなレベルになってるし、全員でマジックシェアして使えば大陸のどこでも繋がるだろ。たぶん。
今俺たちが向かっているのはドルテニアという国にある、ドールンという町だ。
ドルテニアはクローノストのさらに西にある国で、クルムナと同じような国だとか。技術者が多くて、鍛治もそれなりに盛んらしい。
ただ、クルムナが鍛治に特化しているとしたら、ドルテニアは人形作りに特化した国らしい。
もともとは鍛治でクルムナと競っていたらしいのだが、黒薔薇の棘とかいうグループの人形使いの出身国ということで、人形作りが盛んになり、鍛治はそこそこになったとか。
という話をイーラの背中で暇そうにしてたらアリアに聞かされた。
んで、なんで俺らが首都じゃなくてその南にあるドールンという町に向かっているかというと、国をあげて人形作りに精を出すことになる前からの職人さんが多くいる穴場らしい。
ドールンは南に海を挟んで魔族領があるからか、町の広さのわりに人口が少なく、税金も安いんだってさ。だから昔はそこまで人形が注目されていなくて儲けられなかった腕のいい人形職人が好んで住む町だったんだと。
実際は海を挟んで魔族領といっても陸路があるわけではないからそこまで危険はなさそうだけどな。むしろこれから俺らが着地しようとしている、海とドールンの間にある森の方が魔物とかの危険が高いんじゃねぇか?いや、出没する魔物なんて場所によって違うんだから、あの森に魔物が出ない可能性もなくはないのかもだけどさ。
まぁ降りてから考えればいいか。
ドールンまでカンノ村から最短距離で行くため、ガッツリと魔族領の上空を通ったのだが、特になにもなく無事に通過できた。
この世界では領空はないのかもな。まぁ飛行機とかなさそうだし当たり前か。
魔族領の上空を過ぎればもうほとんど到着で、イーラは既に下降し始めている。
…全速力のまま森に突っ込んで行くのはちょっとした恐怖だな。
大丈夫なのか?と心配していたら、森に入る直前でイーラが急ブレーキをかけ、低速で森に入っていった。
最後はゆっくりと着地し、イーラは俺らが降りやすいように少し背を低くした。
全員が地面に降りてから、イーラは人型に戻った。
「ここからは歩いて行くのか?」
「…その予定でした。森を出たら見える距離に町があるはずなので、そこまで遠くはないはずです。」
空から見た感じだと森自体がけっこう広かった気がするが、なんか地面が踏み固められた道のようになっててそこまで疲れなさそうだからいいか。
「なら日が完全に沈む前にとっとと行くぞ。」
「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」
といいつつ、俺は道がわからないから、アリアに案内を任せて歩き出した。
「ハァ…ハァ…。」
少し遠くに森の外の草原が見え始めたとき、隣にいたアリアが急に息を荒げた。いくら8歳の子どもとはいえ、アリアはレベルが高くステータスも高い。そんなアリアが疲れるほどの距離は歩いてないのにどうしたんだと思いながらアリアを見ると顔が真っ青で汗を垂らしながら、辛さを隠しきれずに表情を歪ませていた。
「おい、どうした!?」
「…危険な相手が近づいてきます。お願いします…ガントレットを装備してください。」
「は?威圧でもされたのか?だがアリア以外はなんともないぞ?」
他のやつらを見てみたが、苦しそうにしているのはアリアだけだった。
「…違います。…索敵のようなものです。お願いします…ガントレットを装備してください。」
なんでそこまで焦っているのかわからないが、俺に早くガントレットを装備させたいみたいだ。
危ない相手が近づいてきてるといわれたらお願いされなくてもガントレットはつけると思うんだが、なぜそこまで頼んでくるんだ?
…まぁいい。とりあえずいわれたとおりにガントレットを装備した。
よくよく考えたら魔物が出るかもしれない森の中で手ぶらだった方がおかしかったな。
「ガントレットはつけたけど、敵なのか?」
「…わかりません。でも、こちらからは攻撃をしないでください。イーラたちも絶対に攻撃しないでください。」
ん?意味がわからない。
もしかして神託とかいうので未来でも見たのか?だとしたらなぜこの先どうなるかをいわない?
…まぁいいか。
「全員装備を………してるみたいだな。だが、このあと何が現れても俺が指示しない限り戦闘を禁ずる。わかったか?」
どうやら森の中で手ぶらだったのは俺だけみたいだ。振り向いたら全員戦闘準備を整えていた。
「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」
ほとんどが疑問に思ってるみたいだったが、俺の命令は絶対だと理解しているからか全員が返事をした。
森を抜けると草原が広がっていた。
遠くに町だと思う外壁が見えるだけで、魔物もなにも見当たらない。強い相手だったら俺の目に反応すると思うんだけどな。
『ステアス』
『ステアミ』
『ステアラ』
アリアはしばらく歩いて呼吸が整うと、俺にだけステータスアップの魔法をかけてきた。
戦うなっていっているのになんでだ?
アリアを見ると小刻みに震えている。
俺はまだ何も感じていないし、他のやつらもいつもと変わらない。本当にどうしたんだ?
いつもと違うアリアを不思議に思いながら、あらためて町の方に視線を戻すと、怖気が走った。
なんだこれ!?
いくらこの世界にきて視力が上がったといってもさすがに距離が離れすぎたら俺には見えない。それでもスキルの力なのか、何か得体の知れないモノがこっちに向かってくるのがわかる。
アリアは森にいるときからこれがわかってたのか?
そりゃ怖くもなるわな。
「大丈夫だ。心配すんな。」
さすがにガントレットで頭を撫でたら痛いだろうから、安心させるように軽くアリアの背中を叩いた。
「…はい。」
多少の慰めにはなったのか、震えはおさまったようだ。ただ、ロッドを握る手に力が入ったような気がする。
それからしばらく歩くと、やっと得体の知れないモノが見えてきた。
大人の男が1人と女のガキが1人。
日本なら犯罪臭が半端ないが、ガキは奴隷の首輪をはめているからこの世界では犯罪ではないな。
ガキはただの奴隷だろうが、あの男はなんだ?
べつに男は俺たちに敵意を向けてるわけでも威圧してきてるわけでもないのに俺の本能がこいつを敵に回してはいけないといっている。
あぁ、あいつは圧倒的強者ってやつか。
クランが化け物だって思ってたが、本当に強いやつってのは存在するだけで勝負がついてるような気がするんだな。無敵ってこういう意味なんだと思っちまうわ。
アリアの震えは止まったが、他のやつらは大丈夫かと後ろを見ようとしたらイーラとテンコがしがみついてきた。
「なんだ?」
「「あいつ怖い。」」
2人がハモって同じ行動をとるとか珍しいな。
「俺よりか?」
「「…。」」
そこは否定しろよ。
冗談をいって和ませるつもりだったのに本気で悩んでやがる…でも逆に都合がいいか。
「なら大丈夫だ。俺がいるんだから安心しろ。ただ、間違っても攻撃をしかけるなよ。」
「「…はい。」」
2人の背中をポンポンと軽く叩きながらあらためて後ろを確認するが、他のやつらは何ともなさそうだ。イーラが怖がって他が平気ってのは珍しいパターンだな。
「リキ殿。他の者はわかっておらぬから気にせずとも平気じゃよ。」
俺の心を読んだのか、アオイから急に念話で話しかけられた。
「どういうことだ?」
「あの魔族は強すぎるからのぅ。イーラやセリナやテンコならまだしも他では強さを感じられんのじゃろ。アリアは意外じゃったがな。」
念話で聞き返したんだが、アオイのいってる意味がわからない。
「強すぎるのに強さを感じないって意味がわからないぞ。」
「たいていの人間は己に近い実力の範囲内でしか相手を測れぬのよ。もちろん敵意を向けられたり、相手を測るスキルがあれば別の話ではあるし、魔族はわからぬがな。」
人間からしたらアブラ虫とてんとう虫の強さの違いがわからない感じの逆バージョンか?
…自分で考えといて酷い例えだな。
もっとわかりやすくなんかないか…。
「子どもからしたらどの大人が強いかなど見ただけじゃわからんじゃろ?じゃが、成長したらなんとなく誰が強そうかとわかるじゃろ?そういうことよ。今この場であの魔族の強さを肌で感じられる域におるのがリキ殿とアリアとイーラとテンコ、そして妾だけということよの。でなければ隣の人族の子が生きていられるわけがなかろうて。」
そうだよな。
イーラが怖がるような相手の隣を普通の子が歩けるわけがない。
俺の感覚的には絶対に越えられない壁が迫ってきているように感じるだけで、実在するわけじゃない。だからなにも感じなければ怖いもなにもないのだろう。
だがそれはあくまであいつが俺らに敵意を向けなければだ。おかしな人間なんてどこにでもいるからな。なんとなくで威圧されただけでこっちに死人が出る可能性が…。
「今、あいつを魔族っていったか?」
「妾の感覚では魔族と思うたが、違うのか?」
「いや、俺にはわからなかったが、アオイが魔族というなら魔族だろう。ならなおさら気をつけなきゃならねぇか。」
魔族なら人間に急に攻撃してくる可能性なんていくらでもあるからな。
「アリア、精神攻撃に耐性を持たせるような魔法はねぇか?あったら念のため全員にかけといてくれないか?」
『マジックシェア』
『マジパラ』
『エスプロジェ』
「…これで精神攻撃抵抗くらいの効果はあるかと思います。」
気のせいかもしれないが、少し気持ちが落ち着いた気がする。
イーラとテンコも少し落ち着いたのか、今は俺の背中に半分隠れるような位置ではあるが、離れて歩いている。
他のやつらは何をされたかいまいちわかってないようだが、べつに問題はないだろう。
これ以上は時間的にも対策的にもなにもできないだろうしな。だってもう互いに認識できる距離まで近づいちまってるからな。
頼むから何も起きるなよ。
「ん?お主、人狼皇帝か?」
ふざけんな!
サーシャが馬鹿なのはわかってたが…コノヤロウ…。
なんでお前はいつも空気を読まねぇんだよ!ここは何事もなく通り過ぎるべきところだっていうのに、なんでこっちから声をかけてんだよ!
「あ?…お?もしかしてあの吸血鬼か?久しぶりじゃねぇか!俺の子を孕む気にでもなったのか?」
「たわけ。そんな気起こるわけがないじゃろ。それに今の我はリキ様のモノじゃからのぅ。残念じゃったな。」
「あぁ?リキ様?……お前がリキ様とやらか?」
人狼皇帝と呼ばれた男が俺を見ながら確認をとってきた。
「そうだが、あん…。」
身体が動いたのは本当に無意識の反射行動だった。
いきなり右拳で顔面を殴られそうになったのを俺は右手で外に払いながら受け流して避けたが、男はそのまま流れるように左拳で俺の脇腹を殴りにきた。体勢を崩してるせいで俺の脇腹と男の左拳の間に俺は左手を挟むしか出来ず、殴り飛ばされた。
地面を2度ほどバウンドしたあと、転がる勢いを使って立ち上がり、即座に構えるが左手が痛くて握れねぇ。…見るからにガントレットごと潰れてやがる。
脇腹もクソ痛え…。
男は追撃をせずにニヤリと笑って俺を見てやがる。
なんだこいつ。喧嘩っ早いとかいうレベルじゃねぇ。しかも笑って許せるレベルじゃねぇのに即座にやり返そうと思える相手でもないからタチが悪い。
敵は殺すべきだが、こいつは敵なのか?
どう足掻いても敵対したら死ぬしか選択肢がねぇぞ。
俺だけならそれでもいいが、俺が敵意を向けたら皆殺しにされる未来しか見えない。
殺されかけたが、男はまだ俺に敵意すら向けていねぇ。なのに俺の軽率な行動でアリアたちを死なせるわけにはいかねぇよな。
抑えろ…イラつくが、今つっかかっても無駄死にだ。もっと強くなってからやり返せばいい。強くなってから、周りの被害を気にせず殺せるように一人で殺しに行けばいい。
サーシャが知り合いみたいだからいつでも殺しに行けるはずだ。
だから今は我慢だ。
…。
「人狼皇帝!お主いきなり何をする!」
「何ってただの挨拶じゃねぇか。お前の主がどの程度か見ただけだよ。」
男は笑いながらふざけたことをいった。
ただの挨拶に対して俺はアリアにステータスアップをされてる状態でほぼ何も出来ずに殴り飛ばされたのかよ。
ガントレットをつけてなかったら1発目を受け流せたかもあやしいし、2発目は確実に殺されてたぞ。
男は俺を見て、またニヤリと笑った。
「それにしてもあの攻撃を受けてほぼ無傷かよ。なかなかやるじゃねぇか。お前は何歳だ?」
「…16歳だ。」
「まだまだ成人なりたてかよ!こりゃあエドワード以来の楽しみになるかもしれねぇな。だから殺さないでやるよ。この吸血鬼に拘らなくても今は俺の子孫を残せる個体が何体かいるからな。」
「…。」
「今は殺さないでやるがその代わり、強くなって俺に挑みに来いや。16歳なら9年待ってやる。それまでに魔族領の俺のところに来なけりゃ俺がお前とその仲間を殺しに行くからな。」
「ちょうどいい。9年もかけずに行ってやるよ。」
「ハッ。威勢がいいじゃねぇか。気に入った。久しぶりに美味いもん食いたくて人間の町に来ただけだったが、美味そうな人間も強くなりそうな人間も見つかったし、今日はいい日じゃねぇか。」
「美味そうな人間?」
男と話しながらもとの場所まで歩いて戻ったところで、ふと男の発言で気になったことが口から漏れちまった。早くこの場を去りたいっつーのに何やってんだ俺…。
「おうよ。この人間美味そうだろ?っていっても人間のお前じゃわからねぇわな。吸血鬼ならわかるだろ?人間の子どもがたまたま仕入れられててよ。本当に今日はついてるぜ。」
「確かに美味しそうよのぅ。」
男とサーシャの視線を受けたガキがビクッと肩を跳ねさせ、涙目になりながらオロオロしてから俺を見た。
「死にたく…ない。助…けて。」
「この人間は面白いことをいうんだな。俺らの食事のために出来た奴隷制度なのに助けても何もねぇだろ。」
男は本当に不思議そうにガキを見た。
「どういうことだ?」
「あ?お前も知らねぇのか?…あぁ、人間都合で本当のことは知らされてねぇってやつか。めんどくせぇな。じゃあ人魔協定も知らねぇか?」
「聞いたこともねぇな。」
「んだよ。王族どもはちゃんと仕事してねぇのか?まぁ協定を破られたわけじゃねぇからいいのか。簡単なことだ。俺らが人間を滅ぼさない代わりに食用の人間を用意するって話だよ。それが奴隷制度だ。他にも魔族が人間領で殺されても俺らは非干渉だし、人間が魔族領で殺されても国は動かないとかだな。」
「魔族と王族が繋がってるのか?」
じゃあこの前の魔族の侵攻や大災害は人為的なものなのか?
「繋がってるっていい方は違うんじゃねぇの?少なくとも人魔協定を結んでるのは俺ら魔皇帝たちと人間のいくつかの王族だけだ。俺はたまに人間を食べれて、強い人間と戦えりゃ、他はどうでもいいからな。だから協定を結んでない国を滅ぼそうとも思わねぇし。でも俺らの下についてない魔族は知らねぇけどな。そういやこの前サキュバスのやろうが魔王に昇格したからって調子に乗って人間を襲って返り討ちにあったらしいな。」
男は笑いだした。
それにしてもよく喋るやつだな。情報としてはありがたいのかもしれねぇが、左手と脇腹が痛すぎてあまり頭に入ってこねぇ。まぁもし知りたきゃ王族が知ってるみたいだから、あとでローウィンスに詳しく聞けばいいか。
視線を感じて奴隷のガキを見ると、ポロポロと涙を流しながらずっと俺を見ていた。
唇を強く噛んでいるのか、血がにじんでいる。
…。
「そのガキはいくらだ?」
「あ?なん………ハッ。お前は子どもが好きなのか。確かお前みたいなのをロ…ロリ……忘れちまったが、特殊な性癖持ちなわけか。まぁ今は気分がいいし、金貨10枚で譲ってやるぞ?今すぐ払えるならな。」
男はアリアたちを見た後に俺がロリコンだと勘違いしたみたいだ。
それにしても金貨10枚は高すぎるな。鑑定してみたがこのガキはレベルが高いわけでも特殊なジョブやスキルを持ってるわけでもないのにありえない額だ。ガキも金額を聞いてかなり驚いた顔で男を見てるしな。
でも、将来的にみればそのくらいの価値は十分にあるだろう。
アイテムボックスから金貨10枚を取り出して、男に放った。
男は少しバラけた金貨を10枚とも空中でキャッチした。
「本当に払いやがった…。よっぽど子どもが好きなんだな。まさか金貨10枚も払うとは思わなかったが、約束は守る主義だ。好きにしろ。」
ガキの譲渡申請がきたから許可をした。
「あぁ。」
「どうすっかな。…新しいのを買いに戻るのはめんどくせぇし、今日は帰るかな。この子ども以外に美味そうなやつはいなかったし。」
さっさと帰ってくれ。
左手と脇腹の痛みに耐えてるせいで冷や汗が止まらねぇんだよ。
「じゃあ俺は帰るが、9年以内にちゃんと来いよ。じゃなきゃその年の大災害の主役は俺になっちまうかもしれねぇからな。じゃあな。」
男は笑いながら手をひらひらと振り、森の方に歩いていった。
しばらくその後ろ姿を見送り、森に入ったのを確認してから左手のガントレットを外した。
「ぐっ。」
『ハイヒール』
ガントレットはサイズが変わるから指の部分が潰れてても外せるようだが、微妙に引っかかったのか激痛が走った。
すぐにハイヒールを強めにかけたから指も脇腹も治ったようで痛みも消えた。
いくら指が潰れてたとはいえ、あの男がいるのにガントレットを外したくはなかったし、ガントレットの指部分が潰れた状態でハイヒールをかけた場合にどうなるのかがわからなくて、今の今まで我慢するしかできなかった。
この世界にきて痛みに耐性が出来たのかもしれねぇが、マジでしんどかった…。
「あ、ありがとう…ございます。」
奴隷のガキが礼をいってきた。
「本当に感謝してるなら、今のうちにいろいろ学んで、大人になったら恩返しでもしてくれ。」
『超級魔法:扉』
このままガキを連れ歩くよりはカンノ村に預けちまった方が楽だろうと思って、扉をカンノ村と繋げた。
けっこう距離があるからかそこそこMPを消費したな。
「…待ってください。今サラに連絡するので、まだ開けないでください。」
俺が扉を開けようとしたら、アリアが慌てたように止めてきた。
確かにてきとうにこのガキを放り込んだらどうすればいいかわからなくて困るか。
「じゃあ先に首輪を外して奴隷紋に変えるぞ。」
「…?」
ガキはよくわかっていないみたいだが、かまわず首輪を外して、ガキの頭に左手を置いた。
奴隷契約を発動すると、左手から溢れるように出てきた黒い何かが蠢きながらガキの頭から頰、首、鎖骨と伝って、胸のところでしばらく蠢いた後、ガキの胸の中に消えていった。
ガキはよっぽど気持ち悪かったのか、完全に硬直してる。だが、契約は受け入れたみたいだ。
「俺の奴隷になったからには2つだけは絶対に守ってもらう。俺を裏切らないと俺の命令は絶対だ。わかったか?」
「はい。」
「よし。じゃあこれから俺の村で生活することになるが、村にいるやつらのいうことはちゃんと聞くんだぞ。」
「はい。」
「…準備できました。」
ガキと話しているうちに向こうの準備も終わったみたいだ。
俺はあらためて扉を開けた。
ちゃんと屋敷に繋がっていたようで、扉の前にはサラがいた。
「ニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
遠くからセリナの叫び声が聞こえた。
これはずっとなのか?それとも俺が近くにきたからか?
セリナのためにも早く要件を済ませるか。
「こいつを頼む。こいつは村人候補だから、戦闘訓練は最低限でいい。」
「はいなのです。」
「じゃあよろしく。」
「リキ様!」
俺がすぐに扉を閉めようとしたら、サラが制止をかけてきた。
「なんだ?」
「そのガントレットを修理に出しておくのです。」
アリアはガントレットのことも伝えていたみたいだ。俺自身がそこまで頭が回ってなかったというのにさすがはアリアだな。
「じゃあ頼んだ。」
「はいなのです。」
右手のガントレットも外してサラに渡してから、扉を閉めようとしたときにセリナが俺の名前を泣きながら叫んでいるのが聞こえたが、俺にはどうにもできないから聞こえなかったことにして、そのまま扉を閉めた。
…。
辛いであろうセリナには悪いが、セリナのおかげでなんかイライラが吹き飛んだわ。