204話
204話
目の前に現れた二人組の仮面に見覚えがあるなと思ったあと、男の手の甲の模様を見て俺は立ち止まった。
あの不気味な顔のマークはマルチがしていたものと同じだろう。
サーシャも気づいたのか立ち止まったんだが、イーラだけが止まらなかった。
イーラは右手を振り上げると、その右手の指がそれぞれ1メートル近くまで伸び、見た目が刃物のようになった。
「邪魔。」
「待て!」
俺が制止をかけるとイーラの指が仮面の男に当たる寸前で止まった。そしてそのままイーラは首だけで俺の方を向いた。
「敵じゃないの?」
「たぶんそいつらはマルチの仲間だ。だから敵ではないはずだ。」
敵じゃないとわかると、イーラは右手をもとに戻した。
「はい。私どもは敵ではございません。お約束の金貨をお持ちしただけでございます。」
仮面をしているから表情はわからないが、死ぬ危険があっても反撃するそぶりすら見せなかった。本当に敵対する気はないのだろう。たぶん。
「そんな約束してたか?」
「はい。マルクローネ伯爵にフルーリャ様をお渡ししたさいの達成報酬です。箱の中には金貨50枚が入っております。ご確認よろしくお願いいたします。」
男が説明を終えると、宝箱を持った女が俺のところまで歩いてきて、箱の中身を見せてきた。
そういやそんな約束してたな。こんなすぐに来るとは思わなかったから、記憶の片隅に追いやってたわ。
女が持ってる宝箱を見るが、観察眼は特に反応していない。だから気にせず手を突っ込んで金貨を受け取り、数えてアイテムボックスにしまった。
「確かに受け取った。」
俺が金貨の確認を終えると女は元の場所に戻っていった。
「ありがとうございます。それで、この件に関することでお話をしたいのですが、お時間はいただけませんでしょうか?」
こいつらは戦場の真ん中にいることを理解していないのか?しているとしたら馬鹿なのか?
「悪いが今はそんなことしている余裕はない。」
今は人形たちが襲ってきていないが、相手がいつまでも待ってくれるとは限らない。そんなことを思っていたら、仮面の男の後ろの人形たちが左右に分かれ、その間から小さな人形を抱えたゴスロリ少女が歩いてきた。
「なんでマナの邪魔するの?死にたいの?」
ゴスロリ少女が俺らに向けていたよりも強い威圧を仮面の男に放ったようで、その余波だけでも空気がさっきより重くなった気がした。
だが、仮面の男はそれを気にしたそぶりも見せずに振り返った。
「これはこれはマナドール様。お元気そうでなによりです。殺したいのであれば私程度は確認せずとも殺してかまいませんよ。ただ、私どもを殺すのであれば、それはベルローズ様の意思と判断し、今後は一切『黒バラの棘』との取引は行いませんのでご了承ください。」
男はゴスロリ少女を恐れた様子はなく、飄々とした態度で一礼した。
どうやらこいつらはもともと関係を持ってるやつらみたいだ。しかもこんな化け物相手に強気でいけるってことはこの男の方が立場が上なのか?
「…敵対する気はないからどいて。」
ゴスロリ少女がムッとした顔をして威圧を消し、男に答えた。
「それはいたしかねます。リキ・カンノさんとは友好な関係を築いていきたいというのがリーダーの意志ですので。」
「それはあとですればいい。今はマナがリキと話し合いしてる途中なの!」
なんか2人でいい合いを始めたが、そんなことより今までの戦闘はゴスロリ少女の中では話し合いだったのか!?
「少しばかり観察させていただきましたが、あれは話し合いとはいわないと思いますよ?」
「ベルは男は拳で語り合うのが好きっていってたよ?」
ゴスロリ少女はコテンと左に首を傾げた。威圧感がなければ目が怖いだけのただの少女にしか見えないな。いや、目が怖い時点でただの少女ではねぇか。
というか、ベルとかいうやつはどこぞの青春バトル漫画みたいなことを教えてやがんのかよ。確かに俺も日本にいた頃はそういうの好きだったが、この世界だと命に関わるからシャレにならねぇよ。
「そういう方もいらっしゃいますが、リキ・カンノさんは普通の話し合いができる方ですよ。むしろ、敵対行動を取るのは愚策でしかありません。」
「敵対行動なんてしてないよ。マナはリキが好きだもん。でも、悪いことをしたら反省しなきゃダメでしょ?」
今度は右側にコテンと首を傾けた。
もうわけわかんねぇな。まずこいつに好かれる理由がわからねぇし、百歩譲って好かれてるんだとしても好いてる相手の話も聞かずにボコボコにする意味がわからない。
まだ子どもだから修正可能かもしれないが、このまま育ったら強さ的な意味でも精神的な意味でも化け物になっちまいそうだな。
「そもそもの話ですが、リキ・カンノさんはこの町で悪いことは何もしていませんよ。マナドール様がどこで情報を得たのかは私どもは知りませんが、たぶんその悪者はリキ・カンノさんが捕らえた方のことだと思います。アリアローゼさんたちのところにいる男です。」
勝手に話が進んでいくなと思いながら聞いていたら、ゴスロリ少女が目を見開いてから俺を見た。
「そうなの?」
「悪いことの基準がわからねぇからなんともいえねぇが、俺らがこの町に着いたのは昨日の夜中だ。その前に俺の名前を使って好き放題やってたやつはさっき捕まえた。あとは衛兵に引き渡すだけだから、欲しいならやるぞ?」
べつにこれから拷問するつもりもねぇし、迷惑受けてたギルドが動いてないってことは報奨金が出るわけでもないだろうから、拠点への案内が終わった時点であの男にはもう用がないからな。
「ごめんなさい。」
俺の話を聞いたゴスロリ少女はいきなり謝罪とともに深く頭を下げた。
すぐに勘違いを認めて謝罪が出来るのは偉いと思うが、下手したら死んでた攻撃をしておいて謝るだけで許されると思ってるのか?
深く頭を下げたまま固まっているゴスロリ少女の右隣に黒い空間が現れ、その中から巨大なハンマーを持った人形が出てきた。
謝っているのにまた戦闘を再開する気なのかと呆れていたら、人形はその場でハンマーを振りかぶった。
何をするのかと思っていたら、人形がゴスロリ少女を横からハンマーで殴りつけた。
そこそこ離れているから聞こえないはずなのにグチャッという幻聴が聞こえるくらいにゴスロリ少女の体が曲がり、勢いよく吹っ飛んでいった。
…何してんの?
30メートルくらい飛んでから地面に落ち、その勢いのままさらに10メートルくらい転がったところで止まり、よろよろと起き上がった。
俺らが10人がかりで勝てないような相手だけあって、本体もかなり頑丈なのか二本足で立っている。ただ、右腕の向きがおかしかったり、至る所から出血してるのを見る限り、軽傷ではなさそうだ。
そんなことを考えていたら、今度はゴスロリ少女の左隣の空間が開き、中からハンマーを持った人形がまた現れた。
その人形は予想通りにゴスロリ少女を左側からハンマーで殴りつけた。
同じように吹っ飛ばされたが、さっきよりも勢いが強かったのか、最初に現れたハンマーを持った人形にぶつかって止まった。
ゴスロリ少女は折れた両腕を使って起き上がろうとするがグニャリと曲がった腕では力が入らないのか起き上がれないようだ。
起き上がるのは諦めたのか、動きが止まったところで隣の人形がハンマーを持ち上げて、ゴルフのように振り下ろした。
地面ごと抉ったせいで威力が落ちたからか、ゴスロリ少女は最初の半分くらいの位置に落下し、うつ伏せに倒れて動かない。
死んだか?と思ったら、2体目の人形がゴスロリ少女に近づいていき、直前で止まった。そして、ハンマーを上段に構えてゴスロリ少女を潰すように打ち付けた。
ドンッという音からして加減しているようには見えない。
もしかしてあの人形ってゴスロリ少女が動かしているわけじゃないのか?
血まみれのハンマーを人形が持ち上げてもゴスロリ少女はピクリとも動かない。
けっきょく何がしたかったのかわからないままだったな。
すると、最初にゴスロリ少女が抱きかかえていた小さな人形がどこかから現れて、ゴスロリ少女の服の背中部分を掴んで持ち上げ、微妙にゴスロリ少女の足を引きずりながら俺の方に向かってきた。
俺の目の前までくると止まり、ゴスロリ少女は人形に持たれて浮いたまま顔だけをゆっくりと上げた。
「ゴポ…。ごめ…んなさい。ちゃんと話しを聞か…ないでごめんな…さい。悪いこと…してないのに痛い思い…させて、ごめんなさい。」
ゴスロリ少女は一度血の塊を吐き出してから、また謝罪をしてきた。
自分で自分を痛めつけて同情を誘ってんのか?
正直こいつからもらった人形のおかげで命拾いしたこともあったから、こいつに死にかけるほどの攻撃をされてもそこまでムカついてなかったが、そういう計算をするようなやつは好きじゃねぇし、イライラしてくるわ。
「同じ思いをすれば許されるとでも思ってんのか?」
俺がイライラを隠す気もなく確認するとゴスロリ少女はコテンと首を傾げた。そして、傾げた首がグルンと落ちるように下を向いた。首に力が入らなくなったのか知らねぇがいきなりやられたから、ちょっとビックリして怒りが霧散した。
ゴスロリ少女はもう一度ゆっくりと頭を持ち上げた。
「リキが許すこと…と関係ない…わかってるよ?でも、何もしてないリキ…を4回人形で殴った。だからマナも…4回人形で殴っただけ。…リキは何したら許してくれる?嫌われたくないよ…。」
なんなんだこいつは本当に…。今までこの世界でけっこうなガキどもを見てきたが、ここまで頭がおかしいのは初めてじゃねぇか?
こいつにここまで好意を持たれるようなことなんて一切してないはずだ。
本当に同情を引くためとかでなくて自分を俺と同じ目…いや俺以上に痛めつけてただけみたいだし、なんかどうでも良くなってきたな。
だが、なにかしてくれる気はあるみたいだし、せっかくだから利用させてもらうか。
俺が右手を伸ばすと攻撃されると覚悟したのかゴスロリ少女は目を強く瞑ったが、俺は気にせず右手をゴスロリ少女の頭に置いた。
『ハイヒール』
『ハイヒール』
『ハイヒール』
ゴスロリ少女の怪我の状態を確認しながら魔法を使い、3回目で完治したように見えたからやめた。
右手をどかしてゴスロリ少女を見ると、不思議なものを見るような顔をしていた。
「なんで?マナは悪いことしたんだよ?」
「何がいけなかったかわかってんのか?」
「ちゃんと調べなかった。リキの話を聞こうとしなかった…。」
ゴスロリ少女は他にも何がいけなかったかを考えてるようだが、一つでも理解してるなら十分だろ。
「子どもは失敗から学べばいいんだよ。お前がいったように反省出来ないやつはダメだが、何が悪かったのかちゃんと考えて反省してるやつにこれ以上いうことはねぇよ。」
何が嬉しかったのか、ゴスロリ少女はニヘラとだらしなく笑った。
「やっぱりリキは他の人と違う。」
「そりゃみんな同じだったら気持ち悪いだろ。」
「そういうことじゃない!リキはマナを怖がらないし気持ち悪がらない。それにマナを子ども扱いするのはリキだけ。嬉しい。」
子どもって背伸びするものじゃないのか?子ども扱いされて喜ぶやつなんて…いや、親がいないやつならありえるかもな。甘えさせてくれるやつを欲するというか…まぁ俺はガキだからって努力しないやつを甘やかすつもりはないがな。
「確かに俺より強いみたいだが、怖くはねぇな。いや、そんなことより俺らに迷惑をかけたことの代償を払ってもらわねぇとな。」
「マナは何をすればいい?」
「戦闘訓練に付き合え。」
「わかった。」
即答だった。
考えるそぶりすらなかったな。今の返答をみるに俺がどんな願いをいっても了承するつもりだったんじゃねぇか?まぁだとしてもこれ以上頼むつもりはねぇけどさ。
これで多数の敵を相手に戦う練習ができるな。
今までは多数の敵は雑魚しか相手にしてなかったから気づけなかったが、そこそこ強い相手だとここまで何も出来ないことに驚いた。
これが敵だったら俺はもう死んでいたんだろうと思うと、その前に気づけてよかった。
しかもちょうどいい練習相手まで手に入るなんて今日はかなりついているみたいだ。
死にかけたがそれを補って余りある収穫だろう。
「お話が終わったようなので失礼いたしますが、私どもの話もさせていただいてもいいでしょうか?」
俺とゴスロリ少女の話が終わるタイミングを見計らっていたのか、仮面の男が話しかけてきた。
あぁ、ゴスロリ少女のインパクトが強すぎてすっかり忘れてたわ。