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221話

裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚【コミカライズ】 — novelba.com · All chapters

221話

昨日からユリアやクレハとは関係ない戦闘訓練になんだかんだと参加しちまってるな。

いってることとやってることが違うとか思われてるかもしれねぇが、そんなことはどうでもいいと思えるくらいに楽しみで仕方がねぇ。

俺はガントレットと指輪を全てアイテムボックスにしまい、屈伸なんかの軽い準備運動をしているが、久しぶりのステゴロにワクワクしているのか顔が自然とニヤけやがる。

もともと俺は気分で生きてるからな。いってることとやってることが変わることなんていつものことだから周りにどう思われるかなんてのはどうでもいいんだが、ここまで楽しみな気持ちは久しぶりかもしれねぇ。いや、この世界だとわりと面白いことも多かった気がするから気のせいかもな。

面倒なことも多々あったが、この数ヶ月は楽しかったし、両親や歩には悪いが異世界に来れて俺にとっては良かったのかもな。

…思考が脱線した。

ちょっと楽しみすぎて興奮してるのかもな。

準備運動はこの辺にして、そろそろ始めるか。

俺は最後に目を閉じて、体を伸ばしながら深呼吸をし、心を無理やりに落ち着けた。

「俺は準備完了だ。」

「私もです。」

カミエルは短剣やポーチを付けてたベルトとガントレットをフレドに預け、身軽な状態で既に構えていた。

構えはさっきと同じで、正面に立つと外から見てたときには感じなかった威圧感がある。

俺も構えなんてたいしたものではないが、拳を握って両手とも顎付近まで持ち上げ、左腕を少し前に出して右足を半歩下げ、体をわずかに斜めに構えた。

なんか懐かしいと思ったら、中学のときに喧嘩した空手経験者の構えとカミエルの構えが似てるのか。

あの頃の俺には初めての武術経験者との喧嘩だったからかなり苦戦したが、サポーターなしの素手での喧嘩に慣れてない相手だったみたいで、結果は勝ったんだったな。勝ったのに納得いかなかった喧嘩だったからよく覚えてる。

まさか異世界でもそんな萎える結果にならないよなとカミエルの右手を確認したが、大丈夫そうだ。

カミエルの指は細くて一見華奢にも見えるが、握られた拳は素手で殴り慣れてるかのように平らだ。これなら途中で指が痛くて殴れないなんてことはないだろう。たぶん。

「始め!」

俺がカミエルを観察していたら、フレドが開始の合図をした。

いつもなら先手必勝というように攻めるんだが、嫌な予感がしたから前には出ず、いつでも反応できるように警戒しながら様子見することにした。

観察を続けるが、カミエルはかなり集中しているようで、微動だにしない。さっきのドラとの戦いから見るにカウンター狙いなのか?

とりあえず間合いに入らないように意識しながら、カミエルを中心に円を描くように左にゆっくりと回ってみたが、カミエルは動いた様子がないのに常に俺を正面に捉えてやがる。いくら俺が横にズレてもカミエルの正面から外れないから、自分が動いているつもりでいるだけで動いてないんじゃないかと錯覚する。まぁ周りにいるフレドたちの位置がズレてるから、移動してることは間違いないだろうけど、カミエルがどうやって向きを変えているのかがよくわからない。

横移動だけ続けていても好転しなさそうだし、一発牽制いれるか?

ん?なんか今違和感があった気が……っ!?

気づけば目の前にきていたカミエルの正拳突きを体を後ろに反らしながら左手で払うようになんとか受け流した。

今カミエルが間合いを詰める動作に全く気づけなかったぞ。速いとかじゃなく、近づいてきたこと自体には気づいた。だが、一動作では詰められない間合いを確保していたはずなのに気づいたら間合いを詰められてるっていう不思議な感覚だ。

そんなことを考えながら、一度距離を取るため反らした体を戻そうとしたところで左足を払われ、浮遊感に襲われた。

この状態でもカミエルの目から視線を逸らしてなかったというのにこいつの次の攻撃が一切読めなかったぞ。普通は多少なりとも狙った場所に視線が動くもんだが、カミエルは一切俺の目から視線を逸らさず足払いをしてきやがった。

ヤバいこいつ戦闘慣れしてやがる。

俺が焦っていることなどおかまいなしにカミエルが既に戻していた右手でまた正拳突きをしてきやがった。今度は俺の顎を狙っていたのはわかっていたが、足を払われて転けかけてる俺がカミエルの正拳突きより速く防御姿勢を取れるわけもなく、なんとか避けようと顔を動かすので精一杯だった。

…。

「かはっ。」

強制的に肺から空気が抜けた。

何があった!?背中が痛え…。今って何を…。

目の前に足が見え、踏みつけられると直感した俺は咄嗟に転がって避け、その勢いで立ち上がって構えた。敵襲か!?

目の前にはカミエルが構えて立っていた…そうだ。今はカミエルと戦闘中だったな。

一度距離を取り、なんとか状況を把握しようと思ったところで思い出した。

そういや顎を殴られそうで避けようとしたんだったな。

そのあと記憶が飛んでるってことは避けきれずに意識を持ってかれたってことか。一瞬で意識を取り戻せる程度だったのか、背中を打ちつけた拍子にたまたま意識が戻っただけなのかはわからねぇが、何もできずに失神なんて無様を晒さずに済んだみたいで助かった。

戦って負けるのは仕方ない。それは相手の方が強かったってだけだからな。だが、何もできないで終わるのは流石に許容できねぇ。たしかにカミエルは最初の予想以上に強いが、手も足も出ないほどじゃねぇはずだ。なのに何もできずに負けたら本当に恥だ。油断してたなんて言い訳にもならねぇからな。

このまま待ってても俺が有利な展開になることはないだろう。回避は上手くなってると思ってたが技術を持っているやつ相手だと全く通用しねぇみたいだし。だからカウンター狙いは愚策でしかないか。

なら俺から攻めるしかねぇな。

カミエルはカウンターが得意そうだから先手を取るのに躊躇していたが、攻めないことには勝ち目がないんだから、余計なことは考えるべきじゃねぇよな。

カミエルがカウンターを狙ってるなら、カミエルが対応できない攻撃をするか、カミエルのカウンターに対応するしかねぇんだから、とりあえず攻めなきゃ意味がねぇ。

よし。様子見は終わりだ。

俺は構えを取ったまま、少しずつカミエルとの距離をつめた。

もう少しで俺の間合いに入るが、さっきのカミエルの攻撃を思い出すにここは既にカミエルの間合いの中だ。だが、カミエルは微動だにしない。

こいつはやっぱりカウンター狙いなのか?

ならまずは様子見のため左手を下げた構えに変え、間合いを詰めて軽いフックのようにカミエルの右脇腹を狙った。

カミエルの左手が肘を起点にくるりと回り、俺の左手を巻き込むようにして俺の右側へと払いやがった。流れるように攻撃を受け流しながら俺の次の攻撃まで防ぎやがったぞこいつ。

カミエルは力の流し方がうまいのか、全く抵抗できなかった俺は仕方なく後ろに下がって一度距離を取ったはずなんだが、カミエルは気持ち悪いくらいに俺の動きにピッタリとついてきやがった。

近づいてきてるのはわかるが、どうやって動いてるのかがよくわからないという気持ち悪い感覚に襲われながらも、カミエルの右手の反撃を俺は左手で思い切り弾いて、また後ろに下がって距離をとった。

今度はついてこなかったが、なんなんだこいつは。スキルでも使ってるのか?

スキルは禁止したはずだが、もし無視して使ってるんだとしたら萎えるな。

俺が訝しんでいたら、また何か違和感がと思ったときにはカミエルが近づいてきていた。

いや、今のは見えた。

こいつは姿勢をほとんど崩さずに足を動かしてやがるのか。だから動作に気づけず近づかれてたわけか。

タネがわかれば対応しようもある。

カミエルの攻撃に合わせて俺も前に出てカミエルのタイミングを強制的にずらし、俺の左脇腹を狙ってきていたカミエルの右拳を左肘で受け、カウンターとばかりに右フックでカミエルの顔を狙うが下がって避けられた。

こいつの拳、クソ硬えな。カミエルの指を折る勢いで肘打ちを合わせたはずなのに俺の左肘が痛え。

だが、相手がどうやって距離を詰めていたのかがわかれば、タイミングを合わせるのも不可能ではねぇみたいだな。

俺が構えたままもう一度近づいていくと、俺の間合いに入る前にカミエルから近づいてきた。だが、カミエルの足に注意していたからさっきみたいに不意を突かれることはなく、タイミングを合わして右回し蹴りをした。

カミエルの視線が初めて動いたかと思ったら、カミエルはその場で一度止まり、背中で俺の回し蹴りを受け止めた。いや、違う。背中で俺の右足を弾きやがった。

弾かれたせいで一瞬バランスを崩しかけた俺と違い、ほぼ万全の体勢のカミエルは再度俺に近づきながら、がら空きの腹を狙っているような突きをしてきたから、俺は咄嗟に右足を着地させつつ重心を右足にズラし、体を捻ってカミエルの拳を避けながら右フックでカミエルの顎を狙った。

カミエルの攻撃を避けるときに体が勝手に動いただけのけっこう無理やりの姿勢でのパンチだから、たいしてダメージは与えられないだろうが牽制程度にはなるだろうと思ったら、うまい具合にカミエルの顎に決まった。

カクンと強制的にクビを捻られたカミエルは突きを放った姿勢から崩れるように倒れた。

狙ったわけではないが、やられたことをやり返したみたいになっちまったな。

だが、さっきの俺みたいにすぐに復活する可能性もあるだろうから、しばらく警戒したが起き上がる様子がない。

フレドはカミエルがたいした怪我をしたわけでもないのに急に倒れたから、判断に迷ってるみたいだ。この世界じゃ素手での戦いなんて滅多にないから、脳振盪なんて知識がないんだろうな。

まぁ元の世界でも俺と喧嘩して脳振盪で倒れたやつなんていなかったけどな。

だが、日本にはテレビやネットがあったから、脳振盪というものが存在する程度の知識はある。

その程度の知識しかないから対処法は知らんがな。

念のため警戒しながら近づき、足でカミエルをひっくり返したら、白目をむいて涎を垂らしていた。

これは女の子がしていい顔じゃねぇな。

即座にアイテムボックスからタオルを出し、カミエルの顔に被せた。

審判をしていたフレドには見えちまったかもしれねぇが、どんまいだ。

フレドは俺らに巻き込まれないために少し距離をとっていたから、もしかしたら見えなかったかもしれないが、その可能性はかなり低いだろう。

一応先輩みたいだから立場ってのがあるだろうことはよくわかるし、フレド以外のやつらには見えてなかった可能性もあるから、フレドへの口止めだけはしてやるか。

「何も見てねぇよな?」

「え?あっ!はい!見てません!」

フレドを睨むようにして確認を取ると、フレドは肩を跳ねさせながら驚き、目を泳がせてから何かに気づいたように答えた。

「それなら安心だ。じゃあ試合終了の合図だけしてもらっていいか?」

「は、はい!試合終了!」

『ハイヒール』

フレドの試合終了の合図を聞いてから、俺はカミエルに『ハイヒール』をかけた。

脳振盪に効くのかは知らないが、一応な。

どうやら効果があったようで、カミエルはもぞもぞと動き出して、上体を起こした。

顔に乗せていたタオルは落ちたが、涎のあとがあるだけで、他は少しぼーっとしてるだけのカミエルだから、まあ大丈夫だろ。

ただ、せっかく出したタオルを使ってないのに地面に落ちて汚れたから洗うってのは癪だから、落ちたタオルを拾って、カミエルの涎あとを拭いてやった。

「何が起きたか思い出せるか?」

「…えっと……あ、はい。大丈夫です。完敗しました。」

完敗ではねぇと思うが、大丈夫ならいいか。

「このタオルはやる。んで、起き上がれるか?」

汚れたタオルをカミエルに渡しながら確認すると、カミエルはタオルを受け取ってからヨロヨロと立ち上がった。

「大丈夫みたいです。でもやっぱりリキさ……カンノさんは凄いですね!ぼ、私が最初にやろうとして失敗したことをやり返してくるなんて驚きました!リキさ……カンノさんならそんなことしなくても殴って倒せる力があるのにわざわざ私と同じ土俵で戦ってもらえるなんて感激です!さらに一度見た相手の技を即座に真似できるなんて…負けてしまいましたが、手合わせできて本当に幸せです。これからも経験を積んで強くなるので、そのときはまた手合わせをお願い出来ませんか?」

なんかこいつ勘違いしてるぞ?

俺はカミエルが力業で倒せないから技を使ってきてるなんて思ってもなかったし、俺はそれに合わせたわけでなく、普通にやってたらたまたまこの結果になっただけだ。真似したつもりも全くない。それにこいつの右拳と俺の左肘が当たったときの感覚的にこいつも十分相手を殴り倒せる力はあるだろ。

まぁ勘違いを正すのは面倒だからいいか。

今回のことは口止めしてるから変な噂が広まる心配もないだろうしな。

「俺としても久しぶりの素手での戦闘は楽しかったし、また機会があったらな。あと、名前で呼びたきゃ無理に名字…家名で呼ばずに名前で呼んでいいぞ。」

「本当ですか!ありがとうございます!なら私もリキ様って呼ばせてもらいます!あぁ…尊い。」

「いや、“様”はおかしいだろ。」

「そんな!リキ様を呼び捨てなんて出来ません!」

久しぶりの素手での戦闘を楽しんだせいですっかり忘れてたが、こいつの頭はわりとおかしいんだったな。

べつに今まで通りさん付けでいいじゃねぇかと思ったが、訂正させるのは面倒そうだからいいか。

そもそも奴隷じゃねぇガキどもも様付けにしてるんだし、1人増えたところでたいして変わらねぇか。そこを気にしたら、うちの教会マークが付いたネックレスをしてる時点でアウトだしな。

気にしたって疲れるだけだからやめよう。

「好きにしろ。」

「はい!」

俺は一度大きくため息をつき、面倒なことは全て忘れることにした。