224話
224話
血溜まりの上には下半分を赤く染めた、潰れて平べったくなった白い毛玉だったものがあった。
よく見ると毛の隙間から内臓のような何かが漏れ出ているようだ。
このグロい毛玉はセリナがかかと落としで叩き潰した魔物だ。
「今回ので武闘家のジョブは手に入ったみたい。爪じゃダメだけど、足技にゃらいいんだね。それとも回数とかあるのかにゃ?」
セリナがぶつぶつと呟きながら何かを考えるように首を傾げていた。
セリナがいうように一度目はジョブ取得に失敗していた。
素手での戦闘がどこまで含まれるのかを知りたいとかいう理由で、セリナは最初に見つけた魔物を爪の攻撃だけで殺していた。
セリナの手は人間の手と見た目が変わらないのに爪だけニョキッと伸びたのは不思議な感じだったし、強度もたいしてなさそうだったんだが、相手が弱い魔物だったからか一発で腹を抉った。
一発で致命傷だっただろうにトドメとして爪を頭だと思われる場所に突き刺した。
最後に手を振って血を払ったときには爪がもとの長さに戻っていたから不思議でならない。スキルなのか?…まぁスキルで手に入るとしても俺はいらねぇけどさ。
そんで失敗したから次は足だけで倒してみるねといって出来上がったのがこの目の前の死体だ。
なんでこんな検証みたいなことをしてんのかはわからねぇが、暇だからいいかとつきあっていたら意外と時間が経っていたみたいで、ダンジョンから出たら暗くなり始めていた。
もうすぐ夕飯の時間だろうし、どうやら寝ダメする時間はなさそうだな。
夕飯を食い終わり、さっそくイーラに乗って精霊樹の森とやらに行こうかと屋敷の外に出ようとしたところでアリアに呼び止められた。
今回は行くだけで探索するつもりはないからイーラだけいればいいんだが、セリナとテンコもついてくるみたいだし、アリアも一緒に来たいとかか?
「どうした?」
「…イグ車を長期使用してもいいですか?」
全然違ったみたいだ。
そういや前に村を回ったときに見かけなかったから忘れていたが、なんかに使えるかもと思って取っといたんだったな。
まぁ今の今まで忘れてたんだから好きに使ってかまわないんだが、理由は聞いとくか。もし食用にとかいわれたらちょっと嫌だしな。
「何に使うんだ?」
「…準備が整ったので行商を始めたいと思い、その移動手段です。」
たしかにイグ車をもらったときに行商なんてのも面白そうだと思いはしたが、俺が勝手に思っただけで口には出してないと思うんだが。
「アリアがやるのか?」
「…いえ、村の方々が行う予定です。」
ガキどもがやりたいと思ったのならやらせてやればいいか。
「まぁイグ車は使ってねぇし、今後使う予定も特にないから好きにしてかまわねぇよ。」
「…ありがとうございます。」
ガキだけで行商なんてさせるのは多少心配ではあるが、自衛出来るようにはなってるはずだし、どんなことになろうと自分で選んだ道なら後悔しねぇだろ。危ないと思えば護衛を雇うだろうしな。
「そういや、何を売るつもりなんだ?」
「…ガルナさんが練習で作った武器や防具とアクセサリー。あとは長期保存のできる香辛料が主な商品になると思います。」
「ガルナは武器や防具が作れんのか?」
「…はい。ただリキ様が贔屓にされている武器防具屋で作ってもらう物と比べるとまだ劣ってしまいますが、村人の訓練や学校の授業で使う用としては十分の出来だと思います。」
へぇー。ならそのうちメンテナンスとか武器の新調はガルナに頼めばよくなるかもな。まぁおっさんにはだいぶ世話になったから、珍しい素材が手に入ったらお裾分けくらいはしておこう。せっかくできた繋がりだからな。
といっても、まだしばらくは世話になると思うが。
「いつ出発するのか知らないが、気をつけるようにと伝えておいてくれ。」
「…はい。リキ様も夜の移動には気をつけて行ってきてください。」
「おう。心配ありがとな。」
どうやらアリアはついてくるつもりはないようだから、玄関で別れて、既に龍形態になって待っていたイーラに飛び乗った。
セリナとテンコは既にイーラの背中に下半身を埋めた状態になっていて、俺待ちだったみたいだ。
「待たせたな。行くぞ。」
「「「はい!」」」
新しい場所に行くからか、ヤケに元気な返事が返ってきた。
というか本当に行くだけで到着次第すぐに帰るつもりなんだが、こいつらはなんでこんなに楽しそうにしてるんだ?まぁいいけどさ。
そんなことより今回は俺が地図を見ながら道案内しなきゃだから、余計なことを考えるのはやめようと思ったところで、イーラが翼を羽ばたき始め、周りに目を向けると徐々に視線が高くなっていく。
周りの山よりも高くなったところでイーラに進む方向を指示すると急加速で進み始めた。
何かに揺さぶられる心地よい感覚を味わいながら、徐々に意識が覚醒していくのがわかる。
「リキ様〜着いたよ〜。」
耳元で聞こえる声の主を確かめるために目を開けて顔を向けると、どうやらセリナが俺をゆっくりと揺さぶって起こそうとしていたみたいだ。
「どうした?」
「精霊樹の森の端に着いたよ。」
セリナの言葉の意味が理解できずに顔をしかめたが、そういやイーラに乗って精霊樹の森とやらに向かってたんだな。
アリアがいないから俺が案内しなきゃなんて思ってたのに寝てたらしい。
「セリナがイーラに進行方向の指示をしてくれたのか?」
「そうだよ。リキ様はお疲れみたいだったから邪魔しちゃ悪いと思ったし、地図はあるから問題にゃいかにゃって。」
「セリナは地図が見れるのか?」
「え?馬鹿にされてる!?地図くらい見れるよ!」
セリナが驚いた顔をしたあとに少し不貞腐れた顔をした。
「いや、馬鹿にしたつもりはねぇよ。俺の故郷では地図が見れねぇやつがけっこういたから、少し驚いただけだ。」
ちなみに俺の母親と歩は地図だけでは目的地に行けないタイプだ。今でこそGPSが使えるから地図アプリで行きたいとこに行けるようになったみたいだが、昔は地図を見てるのに道に迷うことが何度もあったから、いつからか旅行先で地図を見るのは俺の係みたいになっていたな。
少し懐かしいことを思い出しながら遠くを見ていたら、そっちになにかあるのかと勘違いしたのかセリナとテンコも俺と同じ方を向いて目を細めていた。
俺が2人に視線を戻すと2人も俺を見た。
「まぁだから凄えなって話だ。」
「そうにゃの?カンノ村の住民はテンコ以外はみんな地図を見れるよ?」
マジか!?
でも、いわれてみれば俺らがいた世界みたいに電車やバスが勝手に目的地近くまで連れていってくれるわけじゃねぇから、この世界のやつらは地図が見れなきゃどこにも行けねぇのか。
そりゃ嫌でも見方を覚えるわな。
日本とこの世界では生活するのに必要とされる能力が違うってだけか。
そう考えたら、逆に唯一地図が見れないっていうテンコが凄えな。悪い意味で。
「テンコ、地図見れなくて、問題ない。行きたいとこ、行ける。精霊いれば、迷わない。」
俺が考えていることが顔に出てたのか、俺は何もいっていないのにテンコが言い訳を始めた。
べつに地図が読めなくてもいいとは思うが、わざわざ自分から言い訳をしたってことは覚えた方がいいことだとは思ってるのかもしれないな。なら、地図を見れなくても問題ないっていうのは地図の見方を覚えない理由にはならねぇぞといおうと口を開きかけて止まった。
そういや俺もこの世界の文字は読めなくてもアリアがいるから問題ねぇし、覚える必要はねぇかと切り捨てたんだったな。
「無理に覚える必要はねぇよ。人には得手不得手があるからな。」
俺はそれだけいって、この話を早々に終わらせるためにもイーラの背中から下半身を引き抜き、地面に飛び降りた。
セリナとテンコも少し遅れて降りてきて、イーラは人型へと戻った。
俺らは横並びのまま精霊樹の森とやらを見上げた。
「これが精霊樹の森なのか?」
「ここからだとただの森にしか見えにゃいけど、地図に載ってた精霊樹の森で間違いにゃいよ。」
そう。セリナのいう通り、木々の密度が少し高いだけのただの森にしか見えない。
木々も特別デカイわけではないし、神聖なオーラを放っているわけでもない。
強いて他との違いを上げるなら、少し不気味な雰囲気が漂っているくらいだが、それは今がまだ真っ暗だからというだけだろう。
ここには精霊が関係しているようなことを聞いたから来たんだが、ゴブキン山で見たような精霊の光すらないから、本当に真っ暗だ。
ただ、今日のメンバーは全員夜目が利くみたいだから、とくに問題はなさそうだ。
まぁイーラとセリナとテンコは夜でも視界を確保できると聞いてもとくに違和感はないんだが、俺がこんな真っ暗の中で先が見えるということに半端じゃない違和感がある。
暗いのに暗いままに見えているという今までにない見え方でうまく表現は出来ないが、影しかないのに目に力を入れれば細部までちゃんと見れる。
本当に観察眼様様だな。
「よし、じゃあ帰るか。」
「「…え!?」」
イーラとセリナが凄い勢いでこっちを向いたから少し驚いた。
「え?入るじゃにゃくて帰る?」
「セイレイジュ狩りするんじゃないの?」
セリナの勘違いはまぁわからなくもないが、イーラのはなんだ?そんなことをいった覚えはこれっぽっちもねぇぞ?
「まぁ待て、イーラ。俺はそんなことをいった覚えがないんだが、その勘違いはどっからきた?」
「違うの?わざわざセイレイジュの森にきたから、セイレイジュっていうのを狩りにきたのかと思った。」
ん?精霊樹ってそんな簡単に取れるようなものなのか?いや、イーラのいい方からすると魔物の類だったのか?
俺はてっきり精霊が宿る大きな木とかなのかと思っていたんだが。
「俺は精霊樹のことを勝手にデカい木を想像していたんだが、そもそも精霊樹ってなんだ?」
「イーラは知らないよ。精霊が美味しく食べられる魔物じゃないの?」
イーラは首を横に振ってから、確認するかのようにセリナを見た。
いや、知らないのは仕方がないが、どうしたらそんな解釈になるんだ?
「私はこの森の真ん中に精霊樹って呼ばれてる大きにゃ木があるってことしか知らにゃいよ。それがただの木にゃのか、トレントみたいにゃ魔物にゃのかは知らにゃ〜い。」
どうやらセリナも知らないようだ。ただ、俺が想像していた大きな木ってのは合ってたみたいだな。
一応テンコは知ってたりしないかと目を向けてみたが、首を傾げられたから知らないのだろう。
いつもアリア任せだったから、ほとんどなんも調べずに来ちまったな。まぁそれはそれで冒険って感じで嫌いじゃねぇが、今回はテンコへの褒美なんだし、もうちょい調べてから来るべきだったな。
今日はもともと着いたら帰る予定だったし、明日の訓練のときにでも聞いておくか。
「とりあえず帰って寝るぞ。明日も朝が早いんだからな。」
「え〜!それじゃあ私が来た意味にゃいじゃん!リキ様が私に頑張ってもらうっていってたから張り切って来たのに!」
俺が寝てる間にここまでイーラを案内してくれただけで十分助かったが、まぁそういうことじゃねぇだろうな。
「いや、今から入ったら明日の訓練に支障が出るだろ。なにより夜は魔物が強くなるらしいから、どんな魔物が出て来るのかもわからねぇところに夜行くつもりはねぇよ。それにセリナに頑張ってもらうっていったのは明日の昼飯後の話だ。」
セリナは唇を尖らせて不満そうな顔をしてやがる。
勝手に勘違いしたのはセリナだし、そもそも精霊樹の森の下見にはセリナは誘ってなかったんだが、まぁ余計なこといって拗ねられたら面倒だからいわないでおいてやるか。
「じゃあせめて最寄りの町でご飯食べて帰ろうよ。」
「賛成!!!」
なんでそんな話になるのか意味わかんねぇが、イーラが間髪いれずにセリナに賛同しやがった。
「あんま遅くなると明日に支障が出るっていってんだろ。」
「明日のクレハちゃんの訓練相手はアオイさんがメインににゃるってアリアがいってたから、私は大丈夫だよ!イーラとテンコは睡眠取らにゃくても問題にゃいし!でもリキ様が眠いにゃらあきらめる…けど……。」
セリナの言葉が尻すぼみしていった。
俺に無理をさせるのは流石に申し訳ないと思ったのかもな。まぁたぶん俺は寝てたから大丈夫でしょっていいたいのを無理やり我慢したようにも見えるが、いわなかったのは偉いと思う。
実際、さっきまで寝てたから眠くねぇし、3人とも平気だっていうなら飯くらいなら付き合ってやるか。俺も寝起きだからか小腹が空いてるしな。
「夜に森に入る気はねぇが、飯くらいならまぁいいだろ。だが、最寄りの町の場所はわかるのか?」
「地図があるから大丈夫だよ!」
セリナはそんなにお腹が空いていたのか、笑顔に戻って地図を見せつけてきた。
「ガウッ!」
イーラは既に犬型に変身していて、早く乗れとでもいっているかのように吠えた。
空を見ればまだ暗いから、朝まではけっこうな時間がありそうだ。まぁ俺は寝たから最悪寝ないで訓練に出ても大丈夫だろうし、そもそも訓練に俺は必要ねぇんだし、考える必要がねぇか。
俺がイーラに乗るとセリナ、テンコの順で俺の後ろに続いて乗り、それを重さで確認したのか、イーラがすぐに走り出した。
俺らが来た町はカテヒムロの首都らしい。
首都はどこの国もたいした差がないようで、門をくぐって目についた街並みに感じるものが特にない。
地面は石畳で整備され、ここから見える範囲は綺麗に区画整理がされているかのように建物が並んでいる。
日本では見れない風景ではあるから、ここが初めて見る異世界の町だったら感動していたのだろうが、見慣れてしまった今となっては特別思うことは何もない。
そう考えたらガンザーラの首都だけが町中に水を流し入れてたりと景観に拘っているかのようだったのがムカつく。いや、実際少し感動するくらいに綺麗な街並みだったんだが、それがガンザーラだったというのが気にくわねぇ。
見栄えばかり気にするから中身がクズだらけの国になったのかもな。いや、流石に暴論過ぎか。
気持ちを切り替えて町の中を歩きながら辺りを見渡すが、けっこうな数の飲み屋があるみたいだ。けっこうといっても数軒だが、この世界でこの時間まで開いてる飲み屋が複数あるだけでもけっこうな数といって間違いではないだろう。
あまり門から離れすぎると帰るのが面倒だなと思ったときに1番近かった店から店員の元気な声が外まで聞こえてきた。
そこそこ賑わってるみたいだし、聞こえてくる声的に店員がまともそうだから、この店に入ることにした。
「いらっしゃい!」
扉を開けて中に入ると、俺と歳の近い活発そうな女の店員が笑顔で声をかけてきた。
その後に言葉を続けることなく他の客に料理や飲み物を運び始めたから、空いてる席に勝手に座れってことなんだろう。
これだけ賑わっている店のホールを1人で頑張っている店員に手間をかけさせるのも悪いし、自分で空いてる席を探すか。
「リキ様、あそこ空いてるよ!」
セリナに腕を引かれて見てみると、4人がけのテーブルで空いてるところがあった。
他にも相席でなら4人分空いてるところはあるが、あとは4人まとまって座れるところはなさそうだ。
流石に真夜中の飲食店でこの世界基準でも成人してないやつらと別の席に座るのはまずいだろうし、迷うことなく4人がけのテーブルについた。
テーブルにはメニュー表のようなものが置いてあったが、俺はそれを開きもせずにセリナを見た。
「好きに頼め。俺は軽くつまめるものだけでいいからてきとうに頼んでくれ。」
「は〜い。」
セリナはテーブルのメニュー表っぽいものを取り、それをテーブルに広げてイーラとテンコと話し合っていた。その話を聞いてる感じだと、テンコも俺と一緒で文字が読めないっぽいな。
「すみませ〜ん!」
どうやらメニューを決めたらしく、セリナが右手を上げて近くを通った店員に声をかけた。
「は〜い。…あっ。」
「おっ、悪い。」
「あっ、リキ様!」
嫌な言葉が横から聞こえて俺が視線を向けると、どうやら急に振り返った店員が、ちょうど席を立とうとしていた隣のテーブルの客とぶつかったようで、店員が持っていたトレーの上のドリンクが宙を舞ったみたいだ。
俺が視線を向けたときには既に俺にドリンクが降りかかる寸前ではあったが、観察眼のおかげかやけにスローに見え、なりふり構わなければ避けれそうではあった。ただ、その場合、俺が座ってる椅子とテーブルは吹っ飛ばすことになるだろうから余計に被害者が増えるだけだし、上体をそらして避けたところで椅子の背もたれが邪魔なうえに液体が広がっているから微妙にかかるだろうし、隣に座ってるイーラがモロにぶっかけられることになるだろう。
イーラなら濡れたところですぐに綺麗に出来るだろうが、俺に向かってきてるのはどう見てもビールにしか見えない。アルコールをイーラに摂取させていいものかわからねぇから、ここは俺だけの被害にとどめておくか。
そこまで考えてから、俺は飛んできたジョッキだけをキャッチして、中身の液体は体の向きを変えて全身で受け取った。そのおかげで多少は跳ねてテーブルや床が汚れたが、イーラにはビールがかからずにすんだみたいだ。
俺がビールまみれになった原因である2人に視線を向けると店員が顔を青くして固まり、店員とぶつかった客も一瞬だが固まった。
「すまねぇ!」
「ごごごごごめんなさい!今すぐ拭くものを持ってきます!」
店員は青い顔のまま急いで厨房の方に走っていった。
この2人は不注意ではあったが、わざとではなさそうだし、すぐに謝罪をしてきたから特に怒りは湧いてこなかった。今の気分としてはビールまみれの状態で最悪ではあるがな。
「気にするな。飯食ったら帰るだけだからな。酒なら洗えば落ちるし問題ない。」
「だが装備類にもかかっちまったし…。」
この男は本当に申し訳なさそうに顔を歪めた。
見た目は厳ついスキンヘッドの大男なのに申し訳なさそうに頭を下げる姿に凄い違和感がある。
男と一緒にいたらしい女も椅子から立ち上がって近づいてきて頭を下げてきた。
「本当にごめんなさい。」
こっちはとんがり帽子を被った魔女ファッションの女だ。マントの下は胸元だけ露出の激しい、体にフィットした服を着ている。スタイルがかなりいいし、申し訳なさそうにしてる顔は小動物のようで悪い男を惹きつける雰囲気が滲み出てる。
仲間が失敗したら一緒に謝る姿勢は素晴らしいと思うが、そんな姿で出てきたら「悪いと思うなら体で払ってもらおうか。」なんていわれちまいそうだから、おとなしく席に座ってた方がいいと思うぞ。まぁ俺はそんなことをいうつもりはねぇけど。
「なら武器防具のメンテナンス代だけくれればいい。といっても相場がわからねぇんだよな。」
アリアがいれば確認を取れるんだが、連れてきてねぇんだよな。
「壊れたわけではないから銀貨数枚で足りると思うが、念のため銀貨10枚だ。受け取ってくれ。」
俺がどうしたもんかと考えていたら、スキンヘッドの男が銀貨10枚を渡してきたから、俺はそれを受け取った。
「これであんたと俺の今回の件は終わりだ。いいか?」
「あぁ、助かる。すまなかったな。」
「俺はメンテナンス代をちゃんともらったから、もう気にする必要はねぇ。」
男はそのままどこかに歩いていき、女はもう一度ぺこりと頭を下げて席に着いた。
女が帰らなかったってことは男はトイレにでも行ったのか?そういやちょうど席を立とうとしたところでぶつかったんだったな。
「ブワッハッハッハ!もう我慢できねぇ。何が「もう気にする必要はねぇ」だよ。本当はウェイルズが怖くて怒れないだけだってバレバレなのにかっこつけようとしてんのがウケる!」
「クックック。そういってやるなよ。ウェイルズ相手に精一杯見栄張ってんのにそんなこといったら泣いちまうだろ。」
俺らの騒動で静かになっていたせいで、2人の笑い声が店内に響いた。
笑い声のする方に目を向けると、壁際のテーブルに座っている2人の男が酒を飲みながら俺を見て笑っていた。
「ブハッ!ビールまみれで睨まれても笑えるだけなんだが。」
「あなたたち!失礼よ!」
「黙れ!このウェイルズの腰巾着が!」
さっきの魔女っぽい女が笑ってる男2人を注意したが、怒鳴り返されてシュンとしちまった。
話の流れからしてウェイルズってのはあの厳ついスキンヘッド男だろう。つまり俺はあの男にビビって怒れなかったといわれてるわけか。
あの男たちは俺に喧嘩を売ってんだよな?
ちょうどそのタイミングで店員がタオルを持ってきた。
「おおおお遅くなってごめんなさい!こここれを使ってくだひゃい!」
さっきまで青い顔をしていた店員は青を通り越して真っ白い顔になっていた。
なんでそんなに焦ってんのかと思ったが、ここはあいつらみたいなガラの悪いやつが来たりするから、必要以上にビビっちまってるのか。
「これだけタオルをくれれば十分だから、気にすんな。あんたが真面目に仕事してたのはわかってるし、この程度の失敗で怒るつもりはねぇからそんなに焦るな。さっきこぼした飲みもんはどっかの客が注文したやつだろ?先にそっちを持っていってやれ。」
「は、はい!」
店員はタオルを俺に渡したあと、慌てたように厨房に戻っていった。
俺は渡されたタオルと手に持っていたジョッキをテーブルに置き、椅子から立ち上がって、さっきからゲラゲラと笑い続けてる男たちのもとへ歩いていった。
「あ?なんだ?ウェイルズにビビってたくせになんか文句でもいいにきたのか?悪いけど俺らの方がウェイルズより強いぜ?」
「クックック。本当のこといってやるなよ。せっかく勇気だしてここまで来たのになんもいえなくなっちまうじゃねぇか。」
「何がおかしい?」
「「は?」」
男2人は何をいわれたのかをすぐに理解出来なかったらしく、呆けた顔で聞き返してきた。
「さっきからゲラゲラとうるせぇけど、何がおかしいんだ?」
やっと俺の言葉を理解したのか、男2人がニヤニヤと笑い始めた。
「お前がビールまみれにされてんのにビビって何もいえないのが面白えに決まってんだろ。」
また2人はゲラゲラと笑いだしやがった。
「そうか。」
俺は男たちの飲みかけのビールを取り、2人の頭からかけてやった。
これで2人もビールまみれだ。
俺の行動を見ていた周りがザワザワと騒めきだした。
男2人は酔っ払っているせいか一切反応できなかっただけでなく、一瞬何が起きたかわからなかったみたいだが、すぐに何をされたか気づき、怒って立ち上がろうとした。だが、俺はそのタイミングで2人だけが視界に入るようにして『威圧』を使った。
こいつらは強いらしいから、俺の威圧でどの程度の効果があるかはわからない。だから強めにかけたおかげか、1人は泡を吹いてテーブルに突っ伏し、1人は立ち上がりかけた状態からそのまま座り直した。足が震えているから立ち上がれなくなったのだろう。顔も青白くなってるし、歯がガチガチと音を立てているから『威圧』がちゃんと発動したのだろう。
こいつらは強さに自信があるみたいだったが、どう見てもたいしたことなさそうだったから『威圧』で黙らせられそうって思って使ってみたんだが、ここまでうまくいくとはな。
なんか拍子抜け過ぎて怒りが薄らいでいく。
「どうした?笑わねぇのか?」
「………え?」
怯えた顔で俺を見てくる男が気の抜けた声を発した。
「さっきお前がいっていた、ビールまみれにされてんのにビビって何もいえなくなってるやつを体験できたんだ。これ以上楽しいことがお前にあるのか?遠慮せずに笑えよ。」
「…い、いや……。」
「笑えよ。」
とうとう男は何も喋れなくなっちまったようで、歯をガチガチと嚙みあわせる音しか聞こえなくなった。
「はぁ…。笑わねぇってことはビールまみれでビビって何もいえなくなってるのが面白えってのは嘘だったんだな?つまり、お前らは俺をただただ馬鹿にしたかったと。ようするに喧嘩を売っていたってことだよな?」
男は俺から離れようとするが、椅子に座っているうえに足に力が入らないようで全く動けていない。まぁ足に力が入ったところでこいつの後ろは壁だから数センチしか退がれないけどな。
「覚悟は出来てんだよな?」
「あ、あ…あ……あ…。」
嘘だろ!?
アルコールの匂いにアンモニア臭が混じりやがった。
こいつは自分で強いとかいっていたのに喧嘩にもならずにこの醜態とかダサ過ぎんだろ。
なんかもうどうでもよくなったわ。
ただ、俺は一切悪くなかったとしても店に迷惑をかけちまったから、掃除代やら迷惑料やらはこいつらに払わせなきゃだよな。
確か前に宿屋でチンピラが汚していったときにアリアがいっていた金額は金貨10枚だったよな?今も状況はたいして変わらんし、同じで足りるだろ。
俺は『威圧』を解除して、もう一度「はぁ…。」とため息をついてから男に話しかけた。
「なんか白けたから、喧嘩は買わないでやるよ。だが、お前のせいで店が汚れたから、掃除代や迷惑料として、店に金貨10枚払え。」
「…え?」
「払わねぇつもりか?」
もしかして、半分は俺に払えっていうつもりか?
「っ!?いえ!はは払います!」
『威圧』を解除したからか喋れるようになった男が勢いよく答え、ポーチから金貨や銀貨を鷲掴みで取り出して、テーブルの上にぶちまけた。
震える手で金貨を拾おうとしているが、うまく掴めていない。
仕方ねぇから俺が金貨を10枚拾って男に見せた。
「俺が今取ったこれらは金貨10枚で間違いないよな?」
「は、はい。」
「今回は俺だったからこの程度ですんだが、弱いくせに人に喧嘩を売るのはやめておけ。死ぬぞ。」
「…え?いや、はい。」
俺は最後に警告だけして、席に戻った。
そしてなぜか俺の席にはビールが置いてあり、店員が立って待っていた。
「お、お待たせしました。」
待っていたのは店員の方だろ?と思ったら、どうやらこのビールを持ってきたことを告げる意味っぽいな。
だが、俺らはまだなんも頼んでないと思うんだが。
「セリナ、頼んだのか?」
「まだ何も頼んでにゃいよ〜。さっきのリキ様の言葉を勘違いしたんじゃにゃいかにゃ?」
俺の言葉?
…あぁ。
「店員さん、さっきのは俺にビールを持ってきてくれって意味じゃなくて、俺にかけちまったビールは誰かの注文の品だったんだろ?だから、その客にこれを早く持っていってやってくれってことだよ。」
もうテンパっちゃってる店員がちょっとかわいそうだったから、出来る限り優しく伝えた。
そのおかげか、店員はやっと理解してくれたようで、「すいません!」と告げてビールを他の客へと持っていった。
その客と目が合ったから、かるく頭を下げたんだが、その客は両手の平を前に出し、首を横にブンブンと勢いよく振った。たぶん気にするなってことだろう。いいやつで良かった。
「んで、メニューはもう決めたんだよな?」
「え?この状態でここで食べるの!?」
「決めたよ!店員さ〜ん!」
セリナは俺がずぶ濡れなのを気遣ってか、帰るつもりでいたみたいだが、イーラは遠慮なく店員を呼んだ。
「べつに飯食ってる時間くらいじゃ風邪引くこともないだろうから、気にするな。」
「そういうことじゃにゃいんだけどにゃ〜…まぁリキ様が気にしにゃいにゃら私も気にしにゃい。」
セリナは何かをあきらめた表情をしたが、あの2人のせいで無駄に時間を食ったし、早く帰って風呂入って寝たいから気にしないことにした。
「お、お待たせしました!」
店員の顔色はだいぶマシにはなったが、まだ少し青白いな。
まぁこれ以上は俺が何かをいったところで逆効果にしかならなそうだし、黙っておくか。
セリナが注文をし終えて、店員が注文の確認をして厨房に向かおうとしたから止めた。
「そういやあいつらが汚したとこの掃除代を含めた迷惑料だ。相場通りだが、備品を壊したわけじゃないから足りるはずだ。余った分はそのまま受け取ってくれ。」
俺が金貨10枚を渡すと、店員が両手で金貨を受け取り、その金貨と俺を交互に何度も見てきた。
もしかして国が違うから、迷惑料の相場がもっと高いのか?
「金貨10枚?…相場?…え?……え?」
「リキ様、どんにゃ高級料理店の相場をいってるのかわからにゃいけど、掃除代だけにゃら銀貨10枚で十分だと思うよ。それに暴れて迷惑かけたとしても金貨1枚で十分にゃんじゃにゃいかにゃ?」
俺が足りない分をまたあの男たちから回収しなきゃと思っていたら、セリナが困った顔で声をかけてきた。
どうやら足りないんじゃなくて多かったのか。なら良かった。
「国によってそんなに違うのか?」
「え?まぁ国によって多少は違うと思うけど、相場はそんにゃに変わらにゃいと思うよ。もちろん店によってすごく高い金額を請求するところはあると思うけど、相場ってのはあくまで一般的なところでの話だからさ。貴族たちが行くところってにゃったらまた相場は上がるけど、それでも金貨10枚はにゃいね。王族が行くところで何かをやらかしたらお金じゃにゃくて命での支払いににゃるから相場もにゃにもにゃいしね。」
「どういうことだ?アリアが金貨10枚っていったんだぞ?」
「アリアが?…じゃあそのときはその金額を請求するべきだと思ったんじゃにゃいかにゃ?そのとき私はいにゃかったからよくわからにゃいけど、たぶんその金額には迷惑料以外の料金が含まれてたんじゃにゃいかにゃ。」
迷惑料以外?
そういやあのときはアリアにしては珍しく、チンピラに払えないなら殺すような脅しをしてたし、そうとうムカついたから払えない額を吹っかけただけなのかもな。まぁ実際は宿屋の女将が払うことになってチンピラどもは逃げちまったけどさ。
「なんとなくだが、予想はついた。」
「たぶん違うと思うよ?」
「は?」
「にゃんでもにゃ〜い。」
セリナは俺がつけた予想を否定しようとしたみたいだが、心を読めるのか?いや、なんでもないといってるし、なんとなくいってみただけだろ。
俺はセリナから店員に視線を戻した。
店員はいまだに金貨と俺を交互に見てやがる。
「多すぎたみたいだが、俺の金じゃねぇから遠慮なく受け取ってくれ。受け取るのに躊躇しちまうなら、今店内にいるやつらの酒代にでも回してくれ。」
俺はそういって、店員の両手を無理やり握らせて、背中を押して無理やり厨房の方に向かわせた。
店員は何度もこっちを振り返ったが、そのまま厨房へと姿を消した。
それと入れ替わるようにウェイルズという名前だと思われる男が戻ってきた。
店の空気が変わってるからか、キョロキョロと周りを見ながら席に着き、相方っぽい魔女のような女に話しかけた。
「なんかあったのか?」
「なんでもないわ。今日は眠いからそろそろ帰りましょう。」
「え?お、おう。まぁ今日は疲れたしな。」
女はチラチラと俺を見てくるが、男はそのことに気づいていないのか、残ってる食べ物や飲み物をかきこんでから席を立った。
俺のせいで気まずくなったのかもな。だとしたらすまん。
2人は俺らにペコリと頭を下げてから、そのまま外へと出ていった。
俺はその後ろ姿を見送ってから、イーラたちと話しながら飯がくるのを待った。