232話
232話
何かがもぞもぞと動く感覚がして、ふと目を開けた。
意識がハッキリとしないまま、動くものをなんとなく眺めていたら、不意に目があった。
「…おはようございます。」
声をかけられ、意識が徐々に覚醒していく。
腕の中から声をかけてきたのはアリアだ。
そういや昨日は久しぶりに一緒に寝たんだったな。最近寒くなってきていて、アリアはほどよく温かくてちょうどいいからか、寝てる途中で抱き枕にしてしまってたみたいだ。
朝夜はそこそこ冷えるのに今日のアリアはオシャレを重視してか異常に薄着だったから、風邪をひかないようにと同じベッドでくっついて寝ていたせいかもな。
「おはよう。もしかして苦しかったか?」
「…いえ、とても良く眠れました。」
「なら良かった。」
俺がアリアの頭をかるく撫でてから起き上がると、アリアも起き上がり、少し震えていた。
まぁそんな格好じゃ寒いだろ。
俺がアイテムボックスからてきとうな上着を出そうかと思ったら、先にアリアが自分のアイテムボックスから服を取りだし、羽織ってベッドから降りた。
「…準備があるので、部屋に戻ります。」
「あぁ。」
外はまだ暗いが、わずかに明るくなっているからもうすぐ訓練の時間なんだろう。なんで時計もないのにちょうどいい時間に起きれるのか不思議だ。
俺がてきとうに返事をすると、アリアは会釈し扉へと向かい、お香を回収してから部屋を出ようとした。
「アリア、そのお香を俺にもくれないか?」
扉に手をかけたアリアに声をかけるとアリアは振り向いて首を傾げた。
「…これをですか?」
「それしかないならどこで売っているか教えてくれ。けっこういい匂いだったからな。」
いったことは嘘というわけではないが、実際に欲しい理由は違う。
セリナの五感が優れていることは知っていたというのに他の部屋の匂いがわかるかもしれないという可能性を失念していた。
自分でわからなくてもセリナにはわかる匂いの可能性もあるし、思春期真っ盛りの俺としては備えあれば憂いなしだ。なんのための備えかはアリアにはいうべきではないだろうから、はぐらかすことになったが。
…ん?そういやアリアはなんで今日に限ってセリナに匂いが届かなくなるお香を持ってきたんだ?
アリアは日に日に成長して、恥じらいを持つようになってきてるから、昨日の俺は勝手に納得していたが、もしかしてアリアはそういう意味で呼ばれたとでも勘違いしたのか?
それならお香を持ってきた理由もアリアが着てきたベビードールの意味合いも変わってくる。
…。
いや、俺は奴隷に手を出す気はないといつもいってるんだから、アリアに限ってそんな勘違いをするわけないよな。アリアがそんな勘違いをするはずないと確信してたから、方向性の間違ったオシャレなんだと俺は思ったんだし。
だが、昨日わかったじゃねぇか。アリアがいくら頭が良くて、俺の心を読めるのかと感じるくらいに理解しているようでも、それらは勘違いだったって。
…いや、終わった話だ。考えるのはやめよう。
さすがにこれは確認取るわけにもいかねぇしな。
「…これはわたしが作ったものなので、あまり数はありませんが、とりあえず今ある分をお持ちします。 香炉 こうろ はこのまま置いておくので、これを使ってください。」
「もらっちゃっていいのか?」
「…はい。香炉はガルネに頼めばまた作ってもらえますし、お香の材料はまだあるので大丈夫です。多めに作って数十日分を後日持ってきます。」
「ありがとう。悪いな。」
「…いえ、気に入ってもらえたのなら嬉しいです。」
アリアはお香を焚いていた壺のようなものを扉近くのテーブルに置き直してから部屋から出て、しばらくしてからまた戻ってきてテーブルに何かを置いた。
「…お香はここに置いておきます。平らな面を下にして香炉の中に入れて立て、上部に火をつけてもらえれば一晩くらいの効果があります。扉や窓が開いていると効果が短くなると思うので、個数などを調節して使ってください。ただ、このお香は時間とともに香りが強くなるので気をつけてください。」
「あぁ、ありがとう。」
アリアはお香の説明を終えると、部屋から出ていった。
俺もそろそろ準備するかな。
朝の訓練は昨日と同じだ。
俺はただただ威圧発生装置としてぼーっとしてるだけの簡単なお仕事。
微妙に違うといえば、クレハは少し慣れてきたみたいだから威圧を少し強めることになったのと、ユリアに関してはイーラが威圧を使いながらでもまだ対処できるレベルだからとニアの仕事がなくなったくらいだ。
今日もアオイが来てるからセリナの出番もない。
そのせいか、気づいたらセリナとニアが戦闘訓練を始めていた。
俺はスキルの関係上クレハから目を離せなかったから、セリナとニアの戦闘訓練をちゃんと見れたのはアオイとクレハの戦闘訓練が終わってからアリアが朝飯にしようというまでの数分だけだが、なかなか凄かった。
訓練だから互いに殺さないように意識してるっぽいから完全な本気ではなさそうだったが、それでもクレハやユリアの戦闘訓練とはレベルが違った。
セリナはムカデ製のクナイを両手に持ち、ニアは黒く変色させた素手での攻防。あの変色した腕はかなり硬いようで、セリナのクナイを素手で受け流していやがった。ただ、硬いのは黒く変色させた部分だけみたいで、ニアは身体中に切り傷を作っていた。
不思議だったのはセリナの怪我だ。ニアは素手なのにもかかわらず、セリナも数ヶ所に切り傷を作っていた。あと露出してる腹にある拳型の痣も目立ってた。
数分しか俺は見ていなかったからどういう過程を経てこの結果になっているのかはわからないが、殺さないように考慮はしつつも、手を抜かずにやり合っていたんだろことはわかる。
いつもは自主練しているローウィンスが完全に見入ってたのも納得だ。あいつらの本気なら見ているだけでためになるだろうしな。俺もちゃんと見たかった。
そういや前にニアの戦闘訓練をしてやるとかいっときながらしてなかったな。まぁもともとニアの戦闘訓練の相手を出来るやつが限られてるだろうと思っていっただけだし、今日セリナと出来てるから問題ないか。
アリアが朝食にするという声を聞いて2人は戦うのをやめ、アリアの魔法ですぐに傷を癒されていた。ただ、なぜか2人ともちょっと悔しそうな顔をしている。賭けでもしてたのか?
その後朝食を食べ、昼までの訓練も俺は威圧発生装置をしてるだけで終わった。
せめてもう少しクレハが成長してくれてれば見てて楽しいんだろうけど、まだ4日目だし、仕方ねぇよな。というか、こんなんで10日で強くなれんのか?いや、そういやクレハはついでで、ユリアをフレドくらいにするって話だったな。まぁそっちも難しそうな気もするけどな。
昼食を終え、退室しようとするアリアに声をかけた。
「急で悪いんだが、アリアも精霊樹の森に一緒に来れないか?」
「……………。」
そういや昨晩はそれどころじゃなくて確認するのをすっかり忘れていたと思い出し、今確認したんだが、アリアは口を開きかけてから唇を閉じ、なぜかニアを見た。
ニアは見られたことに気づいて、微笑んでアリアを見返した。
「まだ進展しそうにありませんし、アリアさんはリキ様と行ってきてください。自分たちが引き続き調べておきますから。」
「…ですが……。」
「アリアさんはたまには休むべきです。」
「………ありがとうございます。」
なんかよくわからないことを2人で話し合っているんだが、アリアがたまには休むべきってのには納得だ。確かに働きすぎだからな。
じゃあ今日は精霊樹の森に来てもらうのは諦めて、1日休みにしてやるべきか。
「…リキ様。わたしも行きたいです。」
ん?今休むべきだって話になってなかったか?
まぁ仕事じゃなくてテンコの褒美のための精霊樹の森の探検だから、息抜きとしてはちょうどいいのかもな。
「何があるかわからねぇ場所だから、アリアに来てもらえるのは助かるんだが、いいのか?」
「…はい。もともと急ぎの用事というわけではないので大丈夫です。」
いや、休まなくていいのかって意味だったんだが、まぁいいか。
「アリアがいいならいいんだがな。ちなみにその用事ってのはなんなんだ?手伝えそうなことなら手伝うぞ。」
進展してないとかいってるから、人手が足りないのかもしれないしな。
「………精霊樹の森から帰ってきたら話したいと思います。」
アリアが少し考えるそぶりを見せてから答えた。
今話さないってことは長くなる話なのだろうな。ならあとでの方がいいか。
その後、ガルナから俺とセリナの靴に取り付けられる棘を渡され、イーラとセリナも連れて精霊樹の森へと俺らは向かった。
『超級魔法:扉』を使って現れた大きな扉をくぐると、そこは苔むした巨木が生い茂る森の中だった。
たぶん昨日の続きの位置だと思うんだが、目印になるものがないから自信がねぇな。
「セリナ、ここが昨日帰った場所であってるかわかるか?」
「どうだろ?大きにゃ気配の方向はわかるけど、ここがどのくらいの位置かはわからにゃいんだよね。テンコに見てきてもらう?」
「一応頼んでいいか?」
「わかった。」
俺がテンコに頼むとテンコは返事をしてから巨木のてっぺんに向かって飛んでいった。
セリナは方向感覚が優れてるとか道を覚えてるわけじゃなくて、精霊樹の場所がわかってるからそれに向かって進んでたわけか。
しばらくしてテンコが下りてきたが、たぶんあってると思うという曖昧な返事だった。
まぁ精霊樹の場所がわかるなら、多少前回より手前に戻っちゃってたとしても別にいいか。
「ありがとな。」
テンコの頭をわしゃわしゃとすると、テンコは気持ちよさそうに目を細めた。
一通りなで終わったらテンコから手を離し、アイテムボックスから靴用の棘を取り出してセリナに渡した。
「今日は全力で走って行くつもりだから、セリナはこれを靴につけろ。これがあればたぶん苔で滑ることもないだろ。」
「はい。」
セリナがつけ始めたのを確認してから、俺も同じのを両足につけた。
「イーラはアリアだけを乗せられる程度のドライガーになれ。それなら小回りもきくだろ?」
「は〜い。」
イーラは返事をしてから小さい犬型の魔物になった。前足で地面を掘るような仕草で何かをしている。滑り具合でも確かめてんのか?
「アリアはイーラに乗ってくれ。けっこうな速度で進むつもりだから、振り落とされるなよ。」
「…はい。」
「テンコは飛んでついてこれるか?」
「平気。」
「ならそれで行くぞ。セリナは先頭を頼む最初はかるく走って、慣れたら速度を上げていってくれ。アリアたちは何かあったら声をかけてくれ。
「「「「はい。」」」」
全員が返事をしてから、セリナは走り始めた。
俺は少しだけ距離をあけてついていき、俺の後ろにテンコ、最後尾にアリアを乗せたイーラがついてくる。
セリナはスパイクシューズでの走り方に慣れるためか、軽い感じで走っていた。
土を蹴ったり、木の根を蹴ったり、木の幹を蹴ったり、石を蹴ろうとして踏み外したりと走りながら試していたんだが、一通り試したあとは徐々に速くなっていった。
…。
いや、ちょっと速くねぇか?
俺が頼んだことではあるが、セリナはどんどんと加速している。
まだ俺もついていけてはいるが、既に俺が予想していたよりも速い。しかもさらに加速してやがる。
進行方向にある巨木を避けるために右にズレたさいに後ろをチラ見してみたが、テンコやイーラはとくに苦もなくついてきているっぽいな。
セリナはこの速度で走りながら、進行方向にいる邪魔な魔物を斬り殺して進んでいるってのに、これで俺がキツイからもっとゆっくりとかいいづらいじゃねぇか。
奥に進むにつれて、セリナの通りすがりの一撃では魔物を倒しきれなくなってきたんだが、セリナの攻撃で魔物が怯んでいるうちに俺らは横を通り過ぎ、怪我した魔物じゃ追いつけない速度で走り続けているから、簡単に逃げ切れる。
だから止まる必要がないから、さらにセリナが加速していくという。
とうとうPPの回復より消費の方が上回り、徐々にPPが減ってきやがった。それに伴って走るのが少しずつしんどくなってきやがる。
早く精霊樹につかねぇかな。
せめて昨日出会ったカマイタチ(仮)が出てくれれば、あいつら動きが速いから対処するのに止まらなきゃならなくなるだろうし、そこで休憩できるだろうに1度も出てこない。
今のところは狼っぽい魔物とデカいカエル、人間の子どもサイズのムカデや蜘蛛のような虫系が数種類。あとは襲ってはこなかったが、鳥みたいなのを何体か見かけたくらいだ。
虫系の魔物はダンジョン以外で初めて見た気がする。もしあのムカデみたいに硬い甲殻を持っている魔物がいるならちょっと素材を持っていこうと思ったんだが、ムカデ型の魔物を鉄製のスパイクで試しに踏んでみたら、普通に踏み潰せたから、すぐに興味を失った。
ただ、虫型の魔物はしぶといみたいで、セリナが胴体を真っ二つにしても、続いて俺が一部を踏み潰したとしても即死はしないみたいだ。
だからといって止まって討伐する価値があるとは思えないから、一撃加えたらそのまま先に進んだ。死なないからといって、その状態で追ってこれるわけではないからな。
森の中が薄暗くなり始め、辺りをわずかに照らす光にオレンジ色が混じり始めた頃、だいぶ先の方に光の膜のようなものが見えた。
だいぶ先といってもこの速度だと1分もしないで着くくらいの距離だが。
まるでゲームなんかにある結界のようだが、先頭を走るセリナは何の躊躇もなく中に入ったと思ったら、すぐに急ブレーキをかけた。
最初は光の膜に警戒したが、セリナが普通に入っていったから問題ないかと思っちまったせいで、止まるのが遅れて俺も中に入っちまった。だが、とくに何もなかった。
後ろからきていたテンコとアリアとイーラも俺のそばで止まった。
近場に敵がいるようには俺には感じないが、セリナは低い姿勢で構え、鼻と耳をピクピクさせながら、キョロキョロと周りを見ている。
「どうしたんだ?」
「にゃんか急に空気が変わったみたい。精霊樹だと思ってた気配も急に濃くにゃったし、にゃにかあるかもしれにゃいから、注意した方がいいかも。」
「ここ、精霊、たくさんいる。危ない魔物、いないっていってる。」
セリナが警戒しているのとは対照的にテンコは何の警戒もしていないような声音で話し始めた。いや、テンコは常にこんな感じだな。
「どういうことだ?」
「この先、大精霊、いる。この辺り、大精霊の力で、区切ってる、らしい。だから、瘴気強い魔物、近づかない。弱い魔物、殺される、生き残れない。」
「…そんなことを大精霊は無意識に出来るのですか?」
俺は何の疑問も持たずに大精霊凄いなとしか思わなかったが、アリアにとっては何か驚く部分があったらしい。
だが、テンコは意味がわからなかったのか、コテンと首を傾げた。
「…ごめんなさい。質問の仕方を変えます。テンコさんは以前ゴブキン山を邪龍に侵食されていたとき、自分が生きるための領域を確保しなければと考えましたか?」
「考えてない。テンコ、考えた、死なないよう、強くなるだけ。」
「…他に規模はここより小さくても同じようなことをしている精霊はいましたか?」
「いない。いたら、テンコ、真似してた、思う。」
「…ありがとうございます。」
アリアは満足したのか、テンコにお礼をいって話を切り上げた。
つまりは頭のいい精霊がいるってわけか。
「…リキ様、気をつけた方がいいかもしれません。テンコさんよりもハッキリとした意志を持ち、この規模の結界を自力で作れる精霊となるとどの程度危険かわからないです。その精霊が敵意を向けてきた場合、どうなるかわかりません。」
そうか、敵になる可能性もあるのか。それは考えてなかったわ。
まぁゲームだったら普通にモンスターとして現れる場合もあるもんな。テンコがたまたま最初から友好的だっただけで、他もそうとは限らんわな。
「忠告助かる。ここからは歩くからアリアはイーラから降りて、イーラは戦いやすい形態になっておけ。ここからはさらに警戒して進むぞ。」
「「「「はい。」」」」
アリアはロッドを構えながら歩き、イーラは人型になった。今日はガントレットで戦うみたいだ。といっても、イーラのガントレットは結局自分の一部なんだから素手と変わらないと思うんだがな。
まぁこんな木々が密集しているところで大鎌を使われるよりはいいか。
俺らはセリナを先頭にしたまま、さらに奥へと進んでいった。