245話
245話
「イーラちゃん、ごめんね。」
「何が〜?」
昨日の依頼通りにマリナと早朝からダンジョン探索を始めて、今は昼休憩中なんだが、急にマリナがイーラに謝りだした。ただ、イーラは何に謝られているのかわかっていないようだ。
マリナは途中からずっと俯いていたから普通ならだいたい察しはつくが、まぁイーラだしな。
「えっと…途中から抱えてもらっちゃって…。」
「べつに大丈夫だよ〜。」
マリナは申し訳なさ半分、恥ずかしさ半分といった顔をしているが、イーラは本当に気にしていなさそうだな。
イーラからしたら1人抱えて走るくらいじゃ苦にもならないというか気にすることですらないんだろう。両手が塞がっていたところで、手が必要になれば新しく生やせばいいだけだし。
まぁマリナのあの表情から察するにイーラに迷惑かけたことというより、ダンジョンでレベル上げを始める前はマリナが戦闘時の役割確認なんかしようとしていたのに、実際はただついてくることすら出来ずに完全にお荷物と化していたからめちゃくちゃ気まずいんだろうな。
それをいったらジョブチェンジをしてレベル1になったクレハとユリアもちゃんとついてこれず、朝飯と昼飯以外にも休憩を取らざるをえなくなったから、マリナが気にする必要はないと思うけどな。
…ん?そういやマリナはファーストジョブは冒険者なんじゃねぇか?それで戦闘なしなのについてこれないんじゃ、たしかに恥ずかしいかもしれん。
まぁマリナの羞恥心はどうでもいい。
それよりもクレハやユリアの体力にあわせたせいで休憩が多くてなかなか進まなかった。だから全員イーラに担がせたかったんだが、クレハとユリアを走らせるのも訓練らしく、アリアに却下されたから、まだ地下64階までしか進めていない。本当はもうちょい進んでから昼休憩にしたかったが、クレハとユリアがわりと限界らしいから、ここで一度しっかり休憩することになった。
その代わり午後は100レベルを超えるまで休憩なしで行くらしい。
「…申し訳ありません。」
「ジョブを変えた直後ってこんなに動けなくなるんですね…。」
俺が考えてることが伝わっちまったのか、クレハとユリアが俯いた。
「…上位職は取得時の前職のステータスを一部引き継ぎますが、レベル1では同じように動くなんて出来ませんし、わたしたちと会う前に前職がある程度のレベルまで上がってしまっていたので仕方ないです。だから気にしないでください。」
俺が何かをいう前にアリアがフォローを入れた。
そのセリフを聞いて初めて知ったんだが、前職のステータスを引き継ぐとかあるんだな。だから魔王は初期からステータスが高かったわけか。
「聞き間違いでしたら申し訳ないのですが、アリアさんたちと会う前に前職のレベルが高いことで何か変わるのですか?」
「…はい。ですが、正確にはわたしたちと会うことではなく、リキ様の庇護下に入れるかどうかで変わります。村人たちで検証した結果、何もない場合とカンノ村の村民となった場合でレベル増加に伴うステータスの成長が少し変わり、さらにリキ様に庇護下にあることを認識された場合でも上がり、奴隷になれば大幅に上がることがわかりました。なので、前職の1レベル時からリキ様のもとでレベルを上げていれば上級職に変更した直後でも走ってついてくるだけなら余計な休憩を挟まず出来たかもしれません。」
「だから最初に奴隷になるかと聞いてきたわけですか…。」
「庇護下に入るかどうかで成長具合が変わるなんてことがあるんですか?」
クレハが最初のことを思い出したように呟いている隣で、ユリアが率直な質問をしていた。
俺もそんなことあんのか?と思ったが、そういや最初の頃に成長補強的なスキルを取ってたことを思い出した。
アリアたちを奴隷にしたときになぜか加護になってたし、アリアたちにも効果があったってことか。アリアが検証したなら間違いないんだろうが、村人使って検証って…。
「…加護を確認してもらえればわかると思います。今なら加護があるはずです。」
首を傾げたユリアが目を見開いた。クレハもわずかに驚いているのがわかる。
「カンノさんは加護を与えることが出来るんですか!?」
「…はい。神様ですから。」
「神様だったんですね…。」
「ちげぇよ。アリアも嘘つくんじゃねぇよ。ただのスキルだ。奴隷にしたりすると相手の加護になるってだけだ。庇護下うんぬんは初めて聞いたがな。」
ユリアがアリアの冗談を信じかけていたから即否定した。
俺はこの世界のルール内でやってるだけなのに、そんなんで神扱いされたら誰でも神になれんだろ。
「……今からカンノさんの奴隷になれば、さらに強くなれますか?」
静かになってたクレハがおかしなことをいってきた。
そのいい方だと強くなれるなら奴隷になってもかまわないように聞こえるんだが。
「…なれます。ですが、ジャンヌさんに禁止されているので、クレハさんを奴隷にすることは出来ません。」
「……余計なことをいって申し訳ありません。」
「…いえ。ですが、クレハさんなら訓練終了後にはAランク冒険者相手の一対一なら負けない程度にはなると思うので、十分強くなれているかと思います。それに 試合形式 ・・・・ なら ・・ わたしより強くなっていると思うので、これ以上はわたしでは教えられません。」
アリアよりってアリアは純粋な戦闘タイプではないだろ。しかも、ちゃっかり試合形式ならっていってるあたり、試合でなければ勝てるってことだろ。
クレハはそれに気づいているからか、微妙な顔をしていた。
「失礼を承知で聞きたいのですが、訓練終了後の私はセリナさんに勝てますか?」
「…本気のジャンヌさんを相手に命を引き換えにしたとしても剣で一撃与えられる人は限られていると思います。10日間の訓練だけではジャンヌさんに一撃与えるのはさすがに厳しいと思います。」
ずいぶん遠回りな否定をしたな。
でも、たった10日間で教えてる側より強くなるなんて普通は無理だから、気にするほどのことでもないと思うんだが。
「……今後の努力次第ということですか?」
「…努力してもセリナさんに勝てるかはわかりませんが、努力しなければ一生勝つことは出来ないと思います。」
「ありがとうございます。」
クレハが一瞬驚いた顔をしたあと、座ったままではあるが、アリアに深く頭を下げた。
戦闘センスだけでいえばアリアよりセリナの方が間違いなくいいだろうに、フォーリンミリヤのときに短時間ではあるが努力と工夫でセリナと互角に戦えていたアリアがいうと説得力が違うな。つっても、アリアの頭の良さは才能だと思うから、努力したからって誰でも真似できるものではねぇだろうけどな。
しかもちょっと前の話だから、今がどうかはわからんし。
「…それではそろそろ先に進みたいと思うのですが、大丈夫ですか?」
「「「はい。」」」
クレハとユリアだけでなく、マリナもちゃんと返事をした。
「いや、マリナはもう最後までイーラに運んでもらえよ。」
「え?いや、えっと……はい。」
マリナは何かをいおうとしていたが、けっきょく何もいわずに俯きながら返事をし、午後のダンジョン探索が始まった。
地下93階の魔物を倒しきり、地下94階に下りた目の前には大きな扉だけがあった。
嘘だろ…こんな中途半端なタイミングでダンジョン最深階に着いちまったのか!?
午後はクレハとユリアもなんとかついてきていたから休憩なしで進めはしたが、途中から俺とセリナだけでは魔物の対処が厳しくなり、マリナを降ろしたイーラにも戦闘させ、それでも魔物を倒すのに地味に時間を食ったから、もう日が落ちててもおかしくない時間だろう。だからこれからべつのダンジョンに行くのは時間的に厳しいし、そもそも面倒だから嫌だ。
「クレハ、今何レベルだ?」
「……最深階…え?あ、はい、97レベルです。」
微妙だな。
パーティーでなく、チーム設定でクレハだけべつにするべきか?だが、チーム設定を個人が出来るってのはあんまバレない方がいいんだったか?
…もう考えるのが面倒だな。
とりあえずボス部屋に入ってから考えればいいか。
最悪クレハに目隠しして、ゴブキン山のダンジョンに連れていけばいい。あそこなら近いし、下の方に行けば魔物もまだまだいっぱいいるだろ。
「扉しかない階って初めて見ました!こういう階層もあるんですね。」
ユリアはここが最深階だとわかっていないらしく、興味深そうに大きな扉を見ていた。
ユリアは少し前に100レベルを超えているからか、かなりお気楽モードだ。いや、もともとか。
ちなみにマリナはとっくにカンストしてるし、金は既にもらってるから先に帰してもいいんだが、なぜかついてきている。そんで今は扉を見てなぜか苦笑してやがる。
「ここのダンジョンはあんま難易度高くなかったから大丈夫だとは思うが、ユリアとクレハとマリナは念のため入り口付近で待機な。指示がなければ流れ弾に当たらないように回避にだけ専念して、援護はしなくていい。」
「「はい。」」
「ここっていきなりボスなんですか?……もしかして最深階だったりします?」
ユリアも最深階はボス部屋しかないってことは知っていたのか、ここが最深階だと気づいたみたいだ。
「入ってみないとわからんが、たぶんな。地下93階までの魔物の強さからしてボスも大丈夫だとは思うが、もしかしたらユリアたちを気にする余裕がなくなるかもしれないから、自分の身は自分で守るつもりでいてくれ。」
「え?……え?」
ユリアはよくわかってないみたいだが、100レベル超えてんだから流れ弾を避けるくらいはさすがに出来るだろうし、無視して扉を開けた。
ゆっくりと開く扉の隙間から中を覗くと、広いドーム型の部屋の奥の方で黒い物体が空中を漂っていた。
よく見るとローブぽいものだが、どう見ても地面から浮いている。
周りに視線を向けても他に何もいないということはあいつがボスなんだろう。飛行出来る敵ってのはまた面倒くさそうだな。
そんなことを考えながら中へと進んでいる途中でボスがゆっくりとこっちを振り向いた。
なんだろうか、このデジャヴは。
振り向いたボスの見た目はどう見てもスケルトンだ。見た目だけならこのダンジョンの隠し部屋で見たのと変わらない。ただ、雰囲気はドルテニアのダンジョンのボス部屋にいたやつの方が近い気がする。
ぱっと見そこまで強くはなさそうだし、観察眼にもとくに反応がないからと、若干俺の気が緩んだ瞬間に扉が閉まり、スケルトンが両手を上げると同時に壁から天井にかけて全体を包むように複雑な模様のような何かが浮かび上がった。
ただでさえ気が緩んだところに急な寒気にとらわれた俺は完全に出遅れた。
『パラサイティックマジック』
『マジックキャンセル』
固まってる場合じゃねぇと俺が動こうとしたときにはアリアが連続で魔法を発動して壁一面の模様を消し、セリナは既にボスに斬りかかっていて、イーラもボスに向かっていた。
セリナの連撃をくらってもバンザイポーズのままでいるスケルトンを見るに、アリアが魔法を使ってなかったら俺らは死んでたかもしれない。
壁一面が模様で埋め尽くされた瞬間に観察眼が警鐘を鳴らしたからな。
それにしてもいざというときに全く動けねぇとかダサすぎんだろ。
反省はあとだ。とりあえずボスをとっとと殺そう。
「…リキ様、ありがとうございます。」
俺が『会心の一撃』を纏おうと思ったところで、なぜかアリアにお礼をいわれた。
意味がわからずに振り向くと、アリアはクレハに指示出ししていた。
「…今日は他のダンジョンに行く時間がもうないので、クレハさんにはここで100レベルを超えてもらいたいと思っています。なので、クレハさんはそこから『ホーリーピラー』をボスに打ち続けてください。『マジックシェア』をしてあるので、MP残量は気にしないで大丈夫です。」
「はい。」
相手がアンデッドっぽいからちょうどいいわけか。クレハが戦闘に参加してれば経験値振り分けで取り分が多くなるからな。
クレハが詠唱を始めたのを確認してからアリアが振り向いた。
「…さすがリキ様です。わたしは魔法を止めることで精一杯で、あの一瞬でクレハさんのレベルのことまでは考えられませんでした。」
「何いってんだ?」
「…あの魔物はセリナさんの短剣が通りづらくなる何かを纏っているようですが、リキ様が攻撃に加わったらすぐに終わってしまううえにほとんどリキ様が経験値を得ることになってしまうので、あえて動かなかったのではないですか?」
アリアは何をいっているんだ?
俺があの一瞬でそこまで考えられるわけがねぇだろ。どんだけ過大評価してんだよ。それとも嫌味か?
「そんなんじゃねぇよ。動けなかっただけだ。」
俺は正直にいったんだが、アリアには伝わらなかったらしく、首を傾げられた。
だが、自分の失敗を事細かに口頭で伝えるなんて羞恥プレイをする気はないから、アリアにはそれ以上何もいわずにセリナたちの戦闘を観戦することにした。
結果よければ全て良しだ。
俺が勝手に反省して、今後は敵の前で油断しないように気をつければいいだけだしな。
あっ、終わったみたいだ。
最初はあんな派手な演出をしたり、セリナの持つ黒龍の短剣ですら切れないなんて感じだったからヤバいやつかと思ったりもしたが、アリアに魔法を封じられたらただのバンザイしてる骸骨の標本のように動かなくなるし、クレハの『ホーリーピラー』を食らった後は簡単にセリナに首チョンパされるし、どう考えても雑魚じゃん。
こんなのにビビって動けなくなったとか恥ずか死ぬわ。
ただ、アンデッドだから首が取れた程度じゃ死なない可能性もあるかもとちょっと期待したが、イーラのハンマーで落ちた頭蓋骨を潰され、跡形もなくなっていた。たぶん潰したフリして食ったんだろうな。
だが、頭が弱点じゃない可能性があるかもしれないとわずかな希望に縋ろうと思ったが、既に動かなくなって地面にバラバラに散らばってる骨を見るに死んでるんだろうな。
こんな雑魚にビビって俺は固まったと。
…一生の恥だな。
…ん?
「そういや今あの骸骨が魔法を使ってなかったか?」
ふと疑問に思ったことを隣のアリアに聞いてみたら、コクリと頷かれた。
「…はい。『パラサイティックマジック』で奪えたので、魔法で間違いないと思います。」
「魔物ってMPがないんじゃなかったか?」
「…基本はそうらしいですが、例外があります。人間から魔族に堕ちた場合は人間のときのステータスを引き継ぐといわれています。ただ、今の魔物は生まれながらにMPを持つ特殊な個体だったのではないかと思います。さすがはダンジョン最深階のボスです。」
なんだろう。
アリアにそんなつもりがないのはわかっているんだが、嫌味に聞こえちまう。
たしかにあの魔物が魔法を使ったのはダンジョン最深層のボスだからこその特殊性なのかもしれないが、わりと簡単に倒せちまったボスにたいしてさすがとかアリアにいわれると、動けなくなっていたことを遠回しにバカにされてるような気がしちまう。
間違いなく考えすぎだってことはわかってるんだがな。
こういうときは話題を変えるべきだろと思い、クレハを見ると苦笑いとも違う微妙な顔をしていた。
「クレハは何レベルになったんだ?」
「あ、はい。101レベルになりました。」
マジか!?一気に4レベルも上がったってことはやっぱりなかなか強い敵だったのかもしれねぇな。たまたまこのボスはアリアと相性が悪かっただけな気がしてきた。
まぁ最後は情けない終わり方になっちまったが、レベル上げはなんとかこのダンジョンだけで終われたな。
「じゃあ帰るぞ。」
「「「はい。」」」
「「「…え?」」」
さすがに少し疲れたから、とっとと帰ろうかと思ったのに、なぜか返事が半々にわかれた。
「ダンジョンコアは取らないんですか?」
あぁ、そういうことか。
「取らねぇよ。俺は貴族になんてなりたくねぇし、ここは人気のダンジョンらしいから、ダンジョン消失させて冒険者に恨まれても面倒だ。 」
「…それにここのダンジョンは売れる素材を持つ魔物が多いので、ダンジョンコアを売って一度の大金を得るより、定期的に魔物を狩りに来てお金にするか、その素材で武器や防具を作る方が長い目で見れば得になります。」
俺はただ面倒なのが嫌だっただけなんだが、アリアはこのダンジョンを有効利用する方法まで考えていたらしく、俺に続いて説明しだした。
「なるほど。拠点に近いダンジョンだとそういう活用法があるんですね。」
ユリアが感心するように答え、クレハとマリナも納得したようだ。
俺もアリアの意見を聞いてなるほどなと思ったが、よくよく考えたら魔物の死骸は基本イーラに食べさせてるから、今までほとんど素材の回収なんてしてなくねぇか?
いや、3人とも納得してるみたいだから余計なことをいうつもりはねぇけど。
「というわけだ。もう村の夕飯の時間を過ぎてるだろうし、とっとと帰るぞ。」
「「「「「「はい。」」」」」」
ユリアとクレハは奴隷でも村のガキどもでもねぇのに返事が綺麗にハモるようになってんだな。