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249話

裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚【コミカライズ】 — novelba.com · All chapters

249話

リキたちがユリアとクレハの戦闘訓練を終えた日の夜遅く、ほとんどの村人が寝ている時間。静かなカンノ村の中でガラスが触れあうような澄んだ音を響かせながら、1体の魔族が歩いていた。

月の光に照らされた黒い髪は艶やかで、腰に届くほど長いにもかかわらず、傷んだ様子が全くない。

重力に抵抗することのない柔らかそうなストレートの髪は歩く動きに合わせてサラサラと揺れている。

長い睫毛に縁取られた黒い瞳はいつまでも見ていられそうなほど綺麗で、魔族とは思えない穏やかな表情で歩く姿は貴族の令嬢といわれても信じてしまうほどだろう。

それだけ人を惹きつける姿にもかかわらず、一度目を離してしまうと夜の闇の中に消えてしまいそうな、儚げな雰囲気を醸し出している。

ただ、その印象を与えているのは“無言のときに限り”という注意書きがつくだろう。

喋らなければ多くの男の目線を集めるだろう魅力の持ち主であるヒトミはとある建物の前で止まった。

そこはほとんどソフィアランカの住居と化している、魔道具研究開発兼製作所である。

ヒトミは鍵のかかっていない門を通り、木が2本と草しか生えていない小さな庭を抜け、建物の扉の鍵を開けて中へと入っていった。

小さな庭の2本の木にはどちらも『 一条 ひとすじ の光』の魔族用のグループマークが描かれていた。

ここは村の中でも重要度の高い施設である。それにしては鍵が扉の1つだけで見張りもいないというように警備が疎かに見えなくもないが、実は入り口前の小さな庭にある木は2本ともトレントという魔物であり、さらには中庭にある3本の木もトレントである。中庭の3体のトレントの内の1体は魔族へと昇格した個体のため、Dランク程度の冒険者であれば、パーティー単位でも侵入したら生きては出られないだろう。

そんな建物にヒトミは全く警戒する様子もなく入り、ゆっくりと中へと進んで行く。

当たり前ではあるが、ヒトミが通り抜けてもトレントは一切反応をしない。ここは『一条の光』のグループメンバーであれば、誰でも通ることが出来る。それにもしトレントが間違って止めようとしたところで、リキが戦闘用に鍛えた奴隷や使い魔たちを止められる個体はいない。ただ無駄に魔物の死体が増えるだけだと知っている魔物たちは余計なことは一切しない。

ヒトミが廊下を進み、建物の中央に作られた中庭へと入っていき、一際目立つ大きな木の前で立ち止まった。

「中にニアはいるかな♪」

『一条の光』の魔族用のグループマークが描かれた大きな木、魔族に昇格しているトレントにヒトミが声をかけた。

先ほどまでの雰囲気に合わない話し方にもかかわらず、ヒトミの種族ゆえか不思議と相手に違和感を与えることはない。

「今はニアさんとサーシャさんがいます。」

樹洞 じゅどう から低く渋い声が響いた。

声や見た目だけならトレントの方が立場が上に感じるほどの威厳に満ちているが、互いの言葉遣いと態度で立場の違いは明らかだ。

「なんでサーシャが?」

「戦闘で消費した血の補給をするといっていました。」

「そういえば、サーシャは訓練に呼ばれたんだったね♪リキ様と一緒にいれて羨ましいな〜♪」

「…。」

返答に困ったトレントは樹洞を閉じた。

余計なことをいうとモーニングスターが飛んでくる場合があるからだ。

今ヒトミがしている仕事はヒトミかイーラにしか出来ない仕事だ。しかし、イーラはリキやアリアが必要とすることが多く、常にフリーにしなければならないため、必然的にヒトミがやらざるを得ない。それはとても重要な仕事だ。だからといって、本人が納得しているかは別の話である。

トレントは相手の感情を読む力がないことを自覚しているため、返答に困ったときには強制されない限り口を噤むことにしている。

「まぁいっか♪君にいっても仕方ないしね♪それじゃあ中に入るね♪」

「はい。」

トレントの根がウネウネと蠢くと、根の間から地下への階段が現れた。

人1人が通れるほどの隙間が出来たところで、ヒトミが中へと入って行く。

中は細い道になっていて、ただただ階段が下に向かって続いているだけではあるが、光が一切ないため普通の人では進むだけでも難しいだろう。

そんな道にもかかわらず、暗闇ですら目が効くヒトミは迷うことも躓くこともなく、ゆっくりと階段を下りていく。

長く続く階段が終わると、中を見渡せる程度の灯りが広がっていて、壁際に並ぶ牢屋がハッキリと見えるようになっている。

牢屋が続く道をヒトミが奥へと進んでいくと、1つだけ用意されているテーブルのところにサーシャとナルセニアが座っていた。

「待ちわびたぞ。」

ヒトミが2人に近づいたところで、サーシャが声をかけた。

偉そうな態度をとってはいるが、サーシャはとくに約束をしていたわけではない。

「あたしに何か用があったのかな♪」

「サーシャさんが血を飲みたいといっていたのですが、今は罪人の余裕がないので、これから流れる血で我慢していただくことになりました。そのため、ヒトミさんが来るのを待っていました。」

サーシャではちゃんとした説明が出来ないだろうと思ったナルセニアが代わりに答えた。

「そういうことね♪あたしはどれを真似ればいいのかな♪」

「そちらの牢屋にいる方です。」

ヒトミの質問に対し、ナルセニアは目の前の牢屋に入っている男を示した。

男は頭、首、胸、手首、足首を分厚い金属で壁に貼り付けられていた。

口には何もつけられていないが、男が自殺を試みた様子はない。

「情報は?」

「ハッピーシガーを複数の売り手に渡していたので、大元と繋がりがある可能性があります。少し探りを入れたら、迷わず自分を襲ってきたので、暴力に慣れているようです。今のところ情報は一切聞き出せていません。」

「じゃあいつも通りだね♪処分は?」

「ソフィアさんの実験用に生かしておいてさえもらえれば、壊れていても問題ないそうです。」

それぞれ見た目の年齢や雰囲気は異なるが、だいたいの男が二度見、三度見としてしまうほどの整った容姿の持ち主が3人集まっての会話とは思えない、物騒な言葉が静かな地下牢に響いている。

正確には1人と2体であり、2体はステータス上の性別がないのだが、見た目だけでそれに気づける者は少ないだろう。

彼女たち以外の声が一切しない静かな地下牢ではあるが、それは話しているのが彼女たちの他にいないというだけで、彼女たちしかこの地下牢にいないわけではない。

ここには複数の牢屋があり、半分ほどは中に罪人が収容されている。にもかかわらず、呼吸音すら耳をすまさなければ聞こえないほどに静かだ。

だが、それはこの地下牢ではなにも不思議なことではなかった。

罪人たちは知っていた。ここに下りてきた村人に目をつけられればどうなるかを。新しく入った男を除いた全員が。

だから、牢屋の外に人がいるときは息を殺して気配を消す。それがここに3日以上監禁されている罪人が全員、自然と覚えてしまう特技のようなものだ。

「了解♪それじゃあ始めるけど、サーシャはあまり期待しないでね♪あれがすぐに話したら無駄に痛めつけるつもりはないし、サーシャにもさせないから♪」

「なぜじゃ!?」

「だって、リキ様は不必要に拷問するのが嫌いだからね♪」

「確かにそんな冗談みたいなことをいっておったが…ヒトミも食べたいと思ったりせんのか?」

「あたしはもともと何も食べない種族だったからそこまで興味はないかな♪そんなことでリキ様に嫌われる方が嫌だしね♪」

「リキ様はそんなことで嫌ったりせんと思うがの。よう考えてみてほしい。本人は自覚がないようじゃが、リキ様の方が容赦がないと思わんか?」

「…。」

サーシャのいうことに思うところがあったヒトミは返事をしなかった。

それを肯定と受け取ったサーシャがニヤリと口角を上げた。

「だからヒトミは仕事をしながら我のために少し多めに血を流させてくれるだけでよいので、頼むの。」

「アレが喋らなかったらね♪」

けっきょくサーシャの説得は上手くいかなかったが、ヒトミが来る前に情報を得られていない時点で男が無傷で終わるわけがない。

男が素直に話すような人間なら、既に情報は揃っているはずなのだから。

だからサーシャの心配はほとんど必要のないものだろう。

ヒトミは不必要な拷問をしたくないだけで、リキに害のある人間を痛めつけることに罪悪感はとくにない。

もとは大人しい種族の魔物だといっても、そこはやはり魔族ということだろう。必要なら、笑顔で人を殺せるし、命乞いをされても躊躇せずにトドメをさせる側だ。

ヒトミがナルセニアから鍵を受け取ったとき、ナルセニアの視線がヒトミの左手へと流れた。

「それはなんですか?」

「ポーションだよ♪アリアが効果を試してほしいってさ♪」

ヒトミは液体の入った細い筒型のガラスが十数本刺された、木の籠のようなものを持ち上げながら答えた。

ヒトミが持ち上げたポーションは複数種類あり、色の違いで区別がつくようになっている。

「アリアさんはポーションも作り始めたんですね。」

「いや、アリアが作ったのは一種類だけだよ♪他はフェイバーさんが試作したものだよ♪」

「一種類でも凄いと自分は思うのですが、ここでは普通なのかもしれませんね。」

ナルセニアは苦笑いで答えたあと、穏やかな笑顔へと変わった。

「フェイバーさんですか。アリアさんは本当にフェイバーさんが好きですよね。あそこまでアリアさんに心を開いてもらえるのが少し羨ましいです。」

「なにいってるの?ニアだってアリアと仲良いじゃん♪」

「ありがとうございます。」

話に一区切りがついたので、ヒトミは男がいる牢屋に行き、鍵を開けて中に入った。

「こんばんは♪君のことを教えてくれるかな♪」

ヒトミがニコニコと笑いながら声をかけたが、男はチラッとヒトミを見ただけで興味を失ったように目を伏せた。

その瞬間、重たい金属同士がぶつかるような音が響いた。

いつのまにかヒトミが手にしていた、モーニングスターのトゲ付き鉄球が男の左腕を潰して壁とぶつかった音だ。

「…ぁ…ぅぁ……。」

男が呻き声を漏らしながら目を見開いてヒトミを見ているが、ヒトミは気にした様子もなく、モーニングスターを足もとに引き寄せた。

「潰れちゃったね♪先にいうのを忘れちゃったけど、すぐに答えないとこうなるよ♪嘘をついても同じだから気をつけてね♪でも、無理しないで、喋りたくなったら喋ってくれれば大丈夫だよ♪あたしは睡眠必要ないし、ポーションもたくさん持ってきてるから♪さっそくフェイバーさんのを試してみるね♪」

ヒトミは籠から1本のポーションを取り出し、蓋を開けてから男に近づき、潰れた左腕にかけた。

「これは飲むんじゃなくて傷にかければ治るポーションの試作品だよ♪あれ?けっこういい素材を使ったっていってたけど、完治しないんだね♪これは要改善っと♪じゃあ、傷は塞がったけど、潰れたままみたいだから、今度はこれを飲んでね♪」

さきほどまで余裕を見せていた男が理解できない相手を目の前にしたせいか、顔を歪めていた。

尋問も拷問も一応意味は存在する。やり方も向ける感情も最終的な結末も人や組織によって違ってはくるが、男はそちら側の経験もあるためある程度のパターンを理解しているつもりだった。

だが、そんな男でもヒトミの思考が全く理解出来なかった。本当の目的はなんなのか、笑っているのは楽しいからなのか、それとも演技なのか、選択肢によって助かる可能性があるのか、そういったことがわかりやすそうな相手に見えていたのに、ヒトミが口を開けば開くほど、わからなくなっていた。わからないという不安が男の中に広がっていき、恐怖へと変わり始めたのを表すように男の体がわずかに震えた。

しかし、ヒトミがそんなことを気にするはずもなく、男の顎を掴んで持ち上げ、飲むポーションを無理やり飲ませていた。

無理やりポーションを飲ませ終えたヒトミが離れると、すぐに男が顔を青くし、勢いよく吐き出した。

「やっぱり不味いみたいだね♪でも腕は治ってるから、一応成功かな♪だから、これは味の向上が必要っと♪ニア、この汚物燃やしてもらっていい?」

「はい。」

『フレアバウンド』

男が吐き出したものをナルセニアが炎で燃やしていく。壁に貼り付けられたまま吐いたせいで男の足もとに落ちたものを燃やしているため、男の足も一緒に燃えている。しかし、ここにいる者でその程度のことを気にする者は1人もいない。いや、1人だけいた。燃やされている本人だ。

男は絶叫を上げているが、汚物が燃え尽きるまで炎が消えることはなかった。

そのせいで炎が消えたときには男の足は炭になりつつあり、その痛みのせいで全身から汗を噴き出していた。

「あたしが模倣したらこうなると思ったからニアに任せたのに変わらなかったね♪でも大丈夫♪火傷用のポーションもあるから♪」

既に火傷の域を超えているが、ヒトミは男の真っ黒の足にポーションをかけた。

火傷用のポーションは粘性が高いようで男の黒い足に絡みつくようにゆっくりと下に向かって垂れていった。

既に息も絶え絶えといった状態だった男はまた新たな痛みのせいで歯を食いしばり、強く噛みすぎたせいで歯の一部が欠けていた。

「少し良くなったかな♪でも凄く染みるみたいだね♪これも要改良っと♪よし、じゃあ質問を再開するね♪」

男はいくら拷問されても何も話さず、交渉に持ち込むつもりでいたはずなのに、目の前のヒトミが理解不能過ぎて、既に心が折れかけていた。

いざとなれば舌を噛みちぎるという選択肢も視野に入れていたけれど、ポーションのせいで実行できなくなったせいもあるのだろう。

「君の名前を教えてくれるかな♪」

「お前らは『歩く災厄』の奴隷だろ?」

また重い金属同士がぶつかる音が鳴り響いた。

質問に質問で返した男の膝が潰れたようだ。

「そうだけど、それがどうしたの?」

ヒトミは何もなかったように男の質問に答えたが、男は呻くだけで何も答えなかった。

「質問しといて無視はないんじゃないかな♪足が1本潰れただけなのに大袈裟だよね♪まぁ、ポーションがあるからいいんだけどね♪」

ヒトミがまた先ほどとは違うポーションを男の膝にかけると、膝が徐々に膨らみ始め、人の顔ほどの大きさになったところで破裂した。

「これはダメだね♪」

『フレアバウンド』

ヒトミが模倣のスキルで男の傷口を焼いた。

本来のフレアバウンドは床や地面に炎を発生させる魔法であるが、ヒトミは模倣しているだけなので、ヒトミがそういうものだと勘違いしていれば男の傷口に発生させることも出来る。だが、魔法の模倣はMPのない魔族が使うと存在そのものを消費するため、知能のある魔族にはあまり好まれない使い方だ。ただ、今のヒトミからすればこの程度なら回復可能な消費でしかないため、気にせず使っている。

「サーシャ、その足も食べていいよ♪」

「 真 まこと か?人間の肉は久しぶりじゃが、たまには貰うとするかの。イーラもおらぬことじゃし。」

先ほどまで離れた位置で飛び散った血だけを操って引き寄せていたサーシャが、舌舐めずりをしながら男のもとへと近づいていく。

それを見たナルセニアはこのままでは男が死んでしまうと思い、2人に注意をするべく立ち上がった。

「ヒトミさん。人間は自分たちのように頑丈ではありません。」

「わかってるよ♪こんな簡単に千切れちゃうんだから、頑丈なわけないよね♪」

「そういうことではありません。人間は血を流しすぎただけでも死にますし、強いショックを受けただけでも死ぬことがあるほど脆い生物です。リキ様の周りにいる人間を基準にしていたら、死んでしまいますよ。いつものように治せる範囲でお願いします。」

ナルセニアの忠告を受けたヒトミは、それでも笑顔のままである。

「大丈夫だよ♪今日は神薬があるからね♪」

予想外の返答を受けたナルセニアは固まった。

なぜヒトミがそんな高価なものを持っているのか。そして、こんな罪人なんかのために使うつもりなのか。ナルセニアにはわからなかった。

「こんな罪人に使うくらいなら、リキ様に捧げるべきです。」

「あはは♪ニアらしいね♪でもこれはアリアが作ったもので、アリアに効果の確認を頼まれたんだよ♪だから、部位を欠損しても大丈夫♪」

ナルセニアはあらためて驚き、目を見開いた。

「アリアさんが?」

「そうだよ♪さっきいったアリアが作った一種類のポーションが神薬だよ♪リキ様に褒めてもらいたいからって神薬まで作っちゃうって凄いよね♪まぁフェイバーさんのおばあちゃんが神薬の材料を知っていて、近くに龍族のヴェルがいたから作れたってのもあるとは思うけど、それでも凄いよね♪」

「はい。本当に尊敬します。」

ナルセニアは地下牢という場所には不釣り合いなほどの穏やかな笑顔を浮かべた。

「あはは♪ニアってアリアのこと好きだよね♪」

「はい。大好きです。もちろんヒトミさんも好きですよ。」

「ありがとね♪」

「して、我はこれを食べても良いのか?」

サーシャは珍しく空気を読み、2人が話し終わるのを待ってから確認を取った。

「いいよ♪」

サーシャの質問にはヒトミが答え、ナルセニアは椅子に座り直した。

サーシャはヒトミの答えを聞き、生のまま、その場で右手に持つ男の千切れた足に噛み付いた。

一部を噛みちぎり、口もとから血を滴らせながら咀嚼を繰り返し、飲み込んだ。

男は目の前で繰り広げられた場違いな会話にも困惑していたが、目の前で自分の足を食べられたことに恐怖を超えた何かを感じ、思わず吐き出した。先ほど吐いたばかりのせいか胃液しか出ていないにもかかわらず、何度も何度もえずくのが止まらない。

サーシャは食事中に目の前で吐かれたことにしかめ面となるが、久しぶりの人肉が美味しかったのか、止まることなく食べ続けた。

サーシャが骨まで食べきった頃には男は落ち着き、死んだような目でヒトミとサーシャを眺めていた。

「お前ら狂ってやがる。」

「何をいってるのかな♪魔族が人間をいたぶるのも食べるのも普通だと思うけどね♪」

「?」

一瞬何をいわれたのかわからなかった男は呆けた顔になった。

「あたしたちは魔族だからね♪君を殺すことにも食べることにも何も思うことはないよ♪ただ、リキ様が無駄に人を痛めつけるのが好きじゃない人だから、君が素直に質問に答えるなら、痛めつけるつもりはないよ♪」

「リキ・カンノが人を痛めつけるのが好きじゃないだと?笑えない冗談だな。それに魔族まで従えて拷問官にしてやがんのか。本当に狂った野郎…っ!」

男が鼻で笑い、急に饒舌になったところで、ヒトミのモーニングスターが男の顎を潰し、首の留め金にぶつかって鈍い音を立てた。

「リキ様を貶す奴は殺すぞ。」

先ほどまでのヒトミからは想像できないほどの低い声が発せられた。口調が変わっているだけでなく、表情までもがガラリと変わり、視線で人を殺せるのではと思わせるほどに男を睨みつけている。

男は激しい痛みを感じているはずなのに、それすらもわからなくなるほどの威圧を受け、白目を向けて意識を失った。

「ヒトミよ。いくらリキ様のことをいわれたからといって、やり過ぎだと思うんじゃが。最後は殺すにしても、今は殺すなといわれとらんかったか?あれでは死んでしまったのではないか?」

「コイツが悪い。…大丈夫だよ♪そのために潰れたら困る部分に枷をつけてるからね♪」

ヒトミは笑顔へと戻り、ポーションを持って男へと近づき、潰れた口を無理やり開いて喉に直接流し込んだ。

その直後、男の潰れた顎はみるみるうちに元に戻り、失った足もすぐに新しいのが生えてきた。

その新しい足を枷にはめ直したところで、男が目を覚ました。

「起きたかな♪神薬はちゃんと出来てるみたいだね♪さすがアリア♪」

ヒトミは何事もなかったように男を笑顔で見ていた。

そのせいで、男は先ほどまでのことは夢だったのではないかと一瞬思ったが、サーシャの口から滴る血を見たことで現実だと知り、発狂しそうになった。だが、男はまだ切り札があると思っているおかげで、精神を壊さずになんとか保っていた。

「お前らがこんなことしていられるのも今のうちだけだ。既にうちの組織から何人かがお前らの村に侵入しているし、今後もまだ送り込む予定だ。あんな誰でも入れるようにしてるんじゃ組織の人間を特定するのは不可能だろう。俺も誰が同じ組織のやつかなんてわからねぇから、いくら拷問したって無駄だ。だが、俺ならカンノ村に手を出すのをやめるように上を説得することが出来る。だから、俺と契約しねぇか?」

男は震えそうになる声をなんとか抑え、余裕があるように装いながら契約を持ちかけた。

「ふ〜ん。やっぱり君はそれなりの地位にいるんだね♪でもべつに学校の生徒に紛れ込んでても問題ないよ♪むしろ好都合かな♪」

男はすぐに契約は出来なくとも、話くらいは聞こうとするだろうと思っていただけに、ヒトミのいっていることが理解出来なかった。

「好都合だと?」

「うん♪だって、変なことしたらその場で殺せるからね♪」

「何をいってやがる?」

「あれ?君はカンノ村の入り口を見たことないのかな♪」

男は情報としてカンノ村のことを知ってはいるが、直接行ったことはなかった。そのため、ヒトミがいっている意味がわからなかった。

「入り口がなんだっていうんだよ。既に組織のやつは中に入ってるんだぞ。」

「あはは♪じゃあその人たちは馬鹿なんだね♪ちゃんと入り口に大きな文字で書いてあるのにね♪中で問題を起こしたら命は保証しないってね♪」

「…は?」

男はたしかにそういった情報は得ていた。

ただそれはリキ・カンノを甘く見てはいけないという意味でいっているのかと思っていた。それはそうだろう。まさか村の入り口にそんなことが書かれているなんて想像がつくわけがない。

「まぁ君が知る必要はもうないから大丈夫だよ♪そんなことより、君のことを教えてくれるかな♪」

男はふと気づいた。

最初からヒトミは組織のことではなく、なぜか男のことを聞こうとしていたということに。

「なんで俺のことを知ろうとする?俺個人を知ったところで、何にもならないだろ。」

「何をいってるのかな♪あたしは最初から君のことを聞きに来たんだよ♪もちろんあとで組織のことも聞くつもりだったけど、1番は君のことを知りに来たんだよ♪ステータスチェックをすれば君の最低限の情報は手に入るけど、会話をしないと君のことを細かく知ることが出来ないからね♪」

ヒトミはまるで恋をしている女の子のようなことをいっているが、男は嫌な予感がして、理由を聞かずにはいられなかった。

「…なぜだ?」

「なぜって、あたしが君になるからだよ♪」

「…お前が俺になる?」

「そうだよ♪だから君は最初から助かることなんてないから、楽に死ぬか苦しんで死ぬかしかないんだよ♪なら、早く喋っちゃって楽に死んだ方がいいと思うけどね♪」

男は危険な仕事を長く続けていたおかげで身についた危険を察する感覚が警鐘を鳴らしていたため、助かる術を探そうと思考をいつも以上に回転させていた。

しかし、いくら考えても助かる道を見つけることは叶わず、それどころか男は捕まる前に得ていた情報と目の前でヒトミたちが今まで話していた情報からヒトミがいっている意味を理解してしまった。

「あぁ、あたしの種族をいってなかったからわからなかったかな♪あたしはドッペルゲンガーのヒトミだよ♪明日から君に代わって組織に潜入するから、君のことを教えてほしいな♪」

もう何をしても無駄であることを悟った男の心は完全に折れ、ヒトミの質問に対して知る限りの全てを答えた。

その代わり、ダメ元でこれ以上の苦痛を与えないでほしいと願ったところ、予想外にもその場で了承の口約束がされた。

そして、本当に約束は果たされ、死ぬまで男は痛みを感じることはなかった。

ただ、痛みを感じなくされていただけではあるが、男は実験をされている時ですら苦痛を得ることなく、最後を迎ることが出来た。