268話
268話
…おかしい。
いつも通り、アリアに起こされて朝飯食いに食堂に来たら、そこでデュセスに会った。
デュセスはまだ朝だというのに既に午後の授業の準備を終えているようで、全身タイプの革鎧を着ていた。
革鎧は俺が破壊したはずなのにちゃんとした革鎧を着ていることもおかしいかもしれないが、それに関してはタイミング的にアリアがあげるなり売るなりしたんだろうと予想がつく。革鎧の見た目が前のと違うしな。だから俺がおかしいと思ったのはそこじゃない。
俺は昨日、デュセスに友だちだといわれたはずだ。確認までしちまったし、さすがに俺の聞き間違いではなかったと思う。
なのに、なんでデュセスはアリアたちが作った宗教のシンボルマークをトップにつけたネックレスをしてるんだ?
何があったら一晩で友だちから信者に変わるんだ?
なんかこれはこれで裏切られた気分だ。ただ、裏切られたのに怒りよりも虚しさが先にくるという不思議な感覚。
いや、敵対しないならいいんだけどさ。なんだかな…。
「おはよう。どうしたの?」
今の気分が顔に出ちまっていたのか、デュセスが心配してきた。俺はデュセスの頭の方が心配だがな。
「おはよう。いや、たいしたことじゃないんだが……一応確認しておくか。デュセスにとっての俺ってなんだ?」
…質問の仕方を間違えた。これだと恋人と付き合っているのかどうか微妙な感じのときの質問みたいじゃねぇか。いや、さすがにそれは考え過ぎか?
「どういうこと?私がリキのことをどう思っているかって意味?だとしたら、リキは私の友だち。尊敬できる友だち。」
さすがに神ではなかったか。そこまで頭がおかしくなかったみたいで安心した。
俺が無意識にネックレスを見ていたせいで、デュセスは俺の質問の意味に気づいたようだ。
「これは『聖女』アリアの話を聞いて、リキ教の教えに感銘を受けただけ。べつにリキを神として崇めるつもりはない。だから、リキも友だちとして接してほしい。」
デュセスは首から下げているネックレスを軽く持ち上げながら、淡々と説明した。
「というか、デュセスはカテヒムロに雇われてる身だろ?そんなもんつけてたらまずいだろ。」
「私がこのネックレスを身につけている姿を一度リキに見せた方がいいといわれたから、今は普通につけているけど、普段はちゃんと服の内側に入れておくから安心してほしい。」
俺に一度見せるようにいわれたってことは間違いなくアリアの仕業だろう。
友だちって話だったのに、俺の庇護下として見ろってことか?友だちってのは対等な関係だと思ったんだけどな。
いや、デュセスの話ぶりからして、俺に一度見せる理由は聞いてなさそうだったな。なら、アリアが良かれと思ってやっただけかもしれねぇから、変に考えるのはやめよう。
デュセスは友だちとして接してほしいっていってんだから、対等な関係でいいはずだ。
「まぁうちの宗教はとくに決まりがないみたいだし、そんなに気にす……ちょい待て、さっきアリアのことをなんていった?」
「ん?とくに何もいっていないはず。リキ教の教えを教えてくれたと話しただけだと思う。」
ん?なにいってんだ?返答の意味がわからん。どういう意味……あぁ。
「アリアのことに対してなんていったかじゃなく。アリアの呼び名がおかしくなかったか?」
「そういうこと。『聖女』アリア。一部でいわれているけど、聖国のせいでほとんど広まっていない二つ名。昨日話をして、私は『無慈悲』より『聖女』の方が適切だと思ったから、『聖女』と呼んでいる。」
「やめろ。面倒ごとの匂いしかしない。アリアを呼ぶときは今まで通りか、普通にアリアって呼べ。二度と『聖女』と呼ぶな。」
たしか聖女はべつで存在したはずだ。しかもなんちゃら聖国から選ばれた存在だったか?そんな称号みたいなもんを二つ名にしていると知られたら、絶対なにかいってくるだろうし、それだけで済まない可能性もありそうだ。
「リキがそういうなら、これからはアリアと呼ぶ。…リキに一つ確認したいことがある。」
デュセスは胸もとの革鎧を肌着とともに引っ張り、ネックレストップを内側に入れてから、真剣な空気をまとった。
というか、男の前で服の胸もとを引っ張るな。せめて対面してる相手との身長差を考えろ。ついつい目がいっちまったじゃねぇか。
もちろんそんなことに気を使ってわざわざデュセスから目をそらすつもりはなかったが、無意識に胸に視線がいっちまったのは複雑な気分だ。
ちなみに俺の位置からは鎖骨しか見えなかった。
ヘタに見えなくて良かったという気持ちの中にどうせなら見たかったという気持ちが少なからずあることに気づかされ、余計に複雑な気分だ。
「…なんだ?」
「昨日あなたは学校ではテキーラだといった。つまり私はこれからも学校に通ってもいいの?リキがダメだというなら大人しくカテヒムロに帰る。」
どうやら俺の視線には気づかなかったようだ。羞恥心があるとかいっていたわりには気にしなさすぎだろ。まぁ、おかげでバレなかったわけだが。
「それは好きにすればいい。ここの学校は問題さえ起こさなければ、誰でも通えるんだからな。」
「私はリキを殺そうとした。」
「そうだな。だが、あれにかんしてはデュセスが謝罪して、俺がそれを受け入れた。ならもうなんの問題もない。好きにすればいい。あらためて敵対するなら容赦しねぇが、今は思うところは何もねぇからな。」
「ありがとう。あらためてごめんなさい。」
「あぁ。」
デュセスとの立ち話を終えて自分の席に移ると、まるでタイミングをはかっていたかのようにローウィンスが食堂に入ってきた。
近づいてくるローウィンスから圧力を乗せた微笑みを向けられたところで思い出した。べつに俺は何も悪くはないんだが、これは面倒なことになる気がしてならねぇ。
「おはようございます。」
「おはよう。」
俺の隣の席まできたローウィンスが挨拶してきた。
チラッと見てから挨拶を返すと、ローウィンスは微笑みながら座った。
また女とばっか仲良くなってだとかをグチグチといわれんのかねと半ば諦めていたら、ローウィンスはとくに何もいってこなかった。
やっと俺のせいじゃねぇと理解したのかとローウィンスに顔を向けたら、微笑んでいるローウィンスと目が合った。
…こいつはずっとこっちを見ていたのか?
「今日から冒険者応用の授業ですね。」
ん?俺が気にしすぎてるだけか?
そういやよくよく考えたら、こいつは常に笑顔だったな。
「そうだな。」
「詳しい内容は聞いていないのですが、もし何組かに分かれることになりましたら、また同じ組に入れていただけますか?」
「あぁ、俺も知ってるやつの方が助かるしな。」
「もしパーティーを組まなければならなくなった場合、私とパーティーを組んでいただけますか?」
そういう授業があるのか?
あんま他人とパーティーなんか組みたくないが、ローウィンスだったらいいか。味方っちゃ味方だし、かりに裏切られてもローウィンス程度なら対処可能だ。それに俺はテキーラとして、生徒として授業に出るのだから、パーティー編成が必須なら我慢しねぇとな。
昔なら「じゃあいい。」とかいって授業を受けるのをやめていただろうけど、クレハとユリアとパーティーを組んだからか、そこまでの嫌悪感は………そういやあんときアリアがよくわかんねぇこといってたな。俺が今後他人とパーティーを組むことになるかもしれないとかなんとか。
…アリアはあのときから俺が授業に参加するって思ってたわけか。
俺ですらその時はちょっと興味がある程度だったのに、アリアは俺が学校に通うだろうと半ば確信していたわけか。怖えな。
もしかしたらあのセリフの根拠は全くの別件かもしれねぇけど。
「あぁ、授業なら仕方ねぇ。」
「授業でなければ私とはパーティーを組んではいただけないのですか?」
いつも微笑んでいるローウィンスの顔が少しだけ悲しそうに歪んだ。
だが、これはたぶん演技だ。なんかそんな気がする。…違ってたらすまん。
「必要性があれば組んでもいいが、ローウィンスと組むことなんかねぇだろ。」
「拒絶されなくて良かったです。そういえば、デュセスさんととても仲良くなったそうですね。」
俺の返事を聞いて笑顔に戻ったローウィンスが、さも今思い出したかのようにデュセスを話題に出した。
「べつに仲良くなったというか、あいつが勘違いして、歩み寄ってきただけだ。」
「それでもリキ様は気に入らない相手であれば、拒絶するではないですか。」
「それは否定しないが、まぁ…デュセスとは授業で一緒だったからか、馴れ馴れしくされても嫌悪感はなかったな。」
「やっぱりそうなのですね。昨日アリアさんから聞いたのですが、デュセスさんは正式に仲間となったそうですね。」
なんかいい方が引っかかるが、まぁ否定はしない。
「そうだな。」
俺がてきとうに答えると、ローウィンスは少し離れた席に座っているデュセスを見た。
「デュセスさんって可愛いですよね。透き通るような綺麗さを持ちながら、護ってあげたくなるような可愛さを持っているなんて、女性として嫉妬してしまいます。」
こいつは何いってんだ?
「見た目の話だよな?だとしたら、たしかにデュセスは可愛いとは思うが、ローウィンスがいったら嫌味にしか聞こえないんだが。」
「どういう意味でしょうか?」
本当にわかっていないのか、ローウィンスがキョトンとした顔をして首を傾げた。
「もちろん好みはあるだろうが、一般的な意見としたら、ローウィンスの方が整った顔をしてんだろ。」
ローウィンスはわずかにだが驚いた顔をした。
そしてすぐに笑顔へと戻ったが、その微笑みからはさっきまでの圧が消えたような気がする。
「…本当はいろいろと話したいことがあり、話す順序まで決めていたのですが、どうでもよくなってしまいました。」
「は?」
「一つだけ確認したいのですが、リキ様から見ても私は可愛く見えるということですよね?」
あらたまって聞かれると否定したくなるが、こんなことで嘘をついても仕方ねぇよな。
「あぁ。」
うわっ。
ローウィンスの表情はほとんど変わってないのに、たかが肯定しただけでなんか喜んでいるオーラみたいなのがハッキリと現れやがった。
こいつが俺に好意を寄せてくれてるってわかっているだけに妙に恥ずかしく感じる。
「リキ様もかっこいいですよ。」
「いってろ。」
この流れでいわれても、社交辞令にしか聞こえねぇからなんも嬉しくねぇよ。
ローウィンスの笑顔の圧力のせいか、料理係が近づくのを躊躇していたんだが、俺らの話が終わったところで料理を持ってきてくれた。
なんかよくわかんねぇけど、可愛いってのを肯定しただけで面倒にならずにすんだみたいだから良しとするか。