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294話

裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚【コミカライズ】 — novelba.com · All chapters

294話

日が完全に落ち、通りに設置してある光だけでは影を消しきれない薄暗い通りを6歳ほどの少女が歩いていた。

夜中に6歳という幼さの少女が人通りの少ない道を歩いていたら、普通の町なら襲ってくださいといっているようなものだろう。

しかし、ここはカンノ村であり、知り合いしかいないこの村の中で襲われることなど滅多にないため、夜遅くに子どもが出歩いていることは珍しくない。

そんな村の中であっても、夜道を歩いている6歳ほどの少女の今の姿は珍しいといわざるをえないだろう。

道に設置された光をキラキラとわずかに反射させている鱗を全身に浮かべ、血まみれで意識を失っている成人男性を引きずりながら、夜道を無表情で歩く6歳の少女の姿はさすがのカンノ村でもそうそう見る機会はない。

6歳の少女サラクローサは、自身よりも大きな成人男性を引きずりつつも、その足取りには普段との違いがないというほど苦もなく進んでいる。

それだけで、彼女の力が普通ではないことがわかるだろう。

サラクローサが進む少し後ろを村の子どもたちが戸惑いながらついてきている。

この子どもたちは、今は気絶している成人男性スミノフが暴れた時のために、念のためついてきた者たちだ。

最初はスミノフが気絶をしていたわけではなかったので、村人たちも緊張しつつついてきていた。

だが、村民区画に入った直後、スミノフがことを起こす前に『先祖返り』のスキルを使ったサラクローサが躊躇なくスミノフの鳩尾に拳をめり込ませたため、スミノフは完全に気を失った。だから村人たちがついてくる必要性は既にないといってもいい。

スミノフを気絶させた際にサラクローサからももう1人で平気だといわれてはいるが、アリアローゼに頼まれたためにサラクローサから勝手に離れるわけにもいかず、どうするべきかと迷いながらついてきていた。

スミノフを気絶させてからは一切の会話もなく歩いていたサラクローサが足を止めた。

たどり着いたのは魔道具研究開発兼製作所だ。

サラクローサは迷うことなく門を開き、小さな庭を越えて建物に入ろうとしたところで振り返った。

「ここからはリキ様の奴隷以外は入るべきではないのです。」

「ですが…。」

「ここから先の世界は知らない方がいいのです。せっかく村人として生きていけるのですから、無理して嫌なことをする必要はないのです。」

「でも、今のサラさんを1人にしたくないです…。」

サラクローサについてきていた村人の中の1人の女の子が泣きそうになりながらサラクローサを見つめた。

部屋を出てから今まで無表情だったサラクローサの顔にわずかな悲しさが浮かんだ。

いつものサラクローサとは違う雰囲気を纏っていたために気を使わせてしまったことを申し訳なく思ったのだろう。

「ありがとうなのです。でも、ここから先は一度見たら二度と忘れられなくなるのです。」

「でも…。」

サラクローサと村人との会話が平行線となろうとしていたところで建物の扉が内側から開いた。

「それなら自分が付き添いますよ。」

中から出てきたのは優しげな微笑みを浮かべたナルセニアだ。

「ニアさん?ラフィリアに行っていたのではないのですか?」

「はい。ですが、もう大丈夫です。先ほどまで奴隷反対運動の件で少し地下室を利用していたのですが、元凶を確定できましたので、ちょうど暇になったところですよ。だから自分が付き添うので、皆さんにはアリアさんへの伝言をお願いしてもいいでしょうか?今は大事な話し合いの最中かと思うので、以心伝心の加護で邪魔をするのは申し訳ないですから、話し合いが終わった頃合いに伝えてもらえれば助かります。」

「それは構いませんが…。」

「ありがとうございます。それでは伝言内容ですが、「途中から便乗したのはヤイザウ侯爵と繋がりのある者で間違いないようです。」と伝えてください。これでアリアさんには伝わるかと思います。」

「はい。」

ナルセニアに伝言を任された村人たちは来た道を走って戻っていった。

その後ろ姿を眺めていたサラクローサとナルセニアは、どちらからともなく視線を向けた。

「それ、持ちますよ。階段を引きずるのは危ないですから。」

微笑みながら近づくナルセニアに対し、どうするべきか迷ったサラクローサだが、素直に任せることにした。

「ありがとうなのです。」

「気にしないでください。…これは奴隷狩り組織のスミノフですか。これがここにあるということはうまくいったのですね。」

スミノフを持ち上げたあと、建物へと入りながらナルセニアが話しかけた。

サラクローサの手伝いもしていたナルセニアは失敗するとは思っていなかったけれど、それでも成功したことを知れて安堵の息をもらした。

「炙り出しと釘さしはしたのです。あとはアリアさんに任せたので、間違いないのです。」

「よかったのですか?」

今回はサラクローサがメインとなって動いていた。

初めての大仕事だと張り切っていたサラクローサを周りも応援し、順調に進んでいたにもかかわらず、最後にリキの前で締めくくるという見せ場を譲ってしまったことに、ナルセニアは疑問とともに心配になってしまっていた。

「自分の役目は炙り出しと釘さしだけなのです。強くなる方法を見つけたり、大災害の対策を考えてるのは全部アリアさんなのだから、自分が奪ったらダメなのです。」

サラクローサはナルセニアとは目を合わせず、まるで自分にいい聞かせるかのように語気を強めた。

その姿を見たナルセニアが優しげな笑みを浮かべた。

「もっとワガママに生きてもいいとは思いますが、その真面目さもサラさんのいいところなんでしょうね。見ていて応援したくなりますから。」

「真面目なんかじゃないのです。」

「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。リキ様は今回に限らずサラさんの頑張りをちゃんと見てくれていますから。自分としましてはリキ様の伝記を書いてくださっただけでも、サラさんには感謝してもしきれませんからね。何度も楽しませていただいています。」

「ちゃんと読めるものになっているのですか?」

「はい。自分はアリアさんほどたくさんの本を読んでいるわけではないのであまり比較は出来ませんが、同じ本を何度も楽しめているのですから、ちゃんと書けていると思いますよ。続きが楽しみで仕方ありません。」

「そういってもらえると嬉しいのです。」

話題が変わったことにより、サラクローサの顔にもわずかに笑顔が浮かぶようになった。

ただ、地下へと続く光ひとつない暗闇の階段という場所には全くもって不釣り合いかもしれないが。

一度話が途切れ、静かな空間に2人の足音だけが響く時間が少しだけ続いたところで、サラクローサがナルセニアに顔を向けた。

「けっきょく全部ヤイザウ侯爵が関わっていたのですか?」

「そうですね。奴隷反対運動の始まりは、新しくリキ様の使い魔になった者たちの暇つぶしが発端だったようですが、途中からヤイザウ侯爵に雇われていた者たちが混ざっていたようでした。ハッピーシガーはもともとヤイザウ侯爵家がほぼ独占していたものなので、関わりがあるということは探るまでもなかったですね。ただ、不思議ではありますが。」

「不思議なのですか?」

「はい。奴隷反対運動を扇動したところでヤイザウ侯爵家には全く利になりませんし、ハッピーシガーにいたっては安定した収入源を自ら放棄する意味がわかりません。人を雇ってカンノ村に侵入させたことについては情報を得るためであるなら納得できますが、リキ様の逆鱗に触れかねない行動をとらせる意味がわかりません。ヤイザウ侯爵家の戦力ではリキ様を怒らせれば1日も持ちこたえることが出来ない程度でしかないというのに。」

階段を下りきり、牢の並ぶ道をさらに奥へと進みながら会話をする2人の声だけが響いていた。

「理由は全くわからなかったのですか?」

「いえ、関わっていた方々にはそれぞれの理由があったようなので、そちらは聞き出せました。ただ、全てがヤイザウ侯爵に繋がるにもかかわらず、ヤイザウ侯爵にとって利点となりそうなことが全くないため、不思議で仕方ないのです。アリアさんはいくつか仮説を立てているようでしたが、自分にはただ王都に混乱を招きたいだけの行動としか思えませんでした。ですが、侯爵という高い地位を持った方がそんな無意味なことをするとは思えないので、違うとは思いますが。」

ナルセニアの話を聞いたサラクローサが口もとに手を当て、歩きながら何かを考え始めた。

そして、何かを思い出したようにあらためてナルセニアに顔を向けた。

「この前、アリアさんが「ちょうどいいのでヤイザウ侯爵に全ての責任を取ってもらおうと思います。」といっていたのです。そのときは責任を取らせるという形で何かを請求するつもりなのかと思っていたのですが、計画した人は別にいるという意味だったのかもしれないのです。」

「…同じ情報しか持っていないはずなのに、アリアさんには違う何かが見えているのかもしれませんね。残念ながら自分たちでは答えを導き出せそうにありませんし、自分たちは出来ることをしましょうか。」

地下牢を奥へと進んだ先にある空いている牢へとたどり着き、ナルセニアがスミノフを放り込んだ。

武器は取り上げてあるけれど、防具を外すことも拘束することもなく扉を閉めようとしたところで、サラクローサがナルセニアの脇をスルリと抜けて牢の中へと入っていった。

「サラさん?」

「少し話をしたいだけなのです。扉は閉めてかまわないのです。」

「…いえ、自分はそこのテーブルにいますので、扉は開けておきます。何かあれば声をかけてください。」

「ありがとうなのです。」

「念のため確認しておきますが、引き渡しの約束の件は聞いていますか?」

「聞いているのです。アリアさんからは 生きていれば ・・・・・・ 引き渡すから考えるようにといわれているのです。」

「…そういうことであれば自分からいうことは何もありません。」

目を伏せたナルセニアがサラクローサから離れ、廊下に設置してあるテーブルのもとへと向かった。

しばらくナルセニアの後ろ姿を眺めていたサラクローサはアイテムボックスから瓶入りの水を取り出し、倒れているスミノフの顔に中身を全てかけた。

「かはっ。ゲホッゴホッ…。」

水が気管に入ったことで目が覚めたのか、スミノフは数度の咳をした後に気だるげに上体を起こし、周りを見回した。

だが、暗視のスキルを持たないスミノフにはただの暗闇でしかないが。

「ここは地下牢なのです。」

「っ!?」

スミノフが落ち着いた頃を見計らってサラクローサが声をかけたのだが、サラクローサの存在に気づいていなかったスミノフは驚きとともに警戒を強めた。

「暗闇なら攻撃されないとでも思ったか?」

スミノフは即座に体の調子を確かめ、拘束されていないと気づいてすぐに『気纏』を発動してサラクローサのいる方へと飛びかかった。

スミノフは気配でサラクローサの位置を把握しているのに対し、サラクローサは目で見て確認できている。それなのにサラクローサはその場から動くことなく、スミノフの回し蹴りを左腕をあげて防いだ。

「武器がなければ攻撃されても問題ないから、縛っていないだけなのです。」

サラクローサがスミノフの足を掴もうと手を伸ばしたところでスミノフが退がった。

そのまま壁際まで後退したスミノフは、壁にかるく踵を当てることで硬さと厚さの確認をした。

発生した音と踵に返ってくる衝撃から推測し、壁の破壊は無理だと判断したスミノフは、あらためて前方へと意識を向けた。

スミノフは人の気配ならある程度察知できるのだが、物の気配は完全には把握できていない。そのため、声の通り方からサラクローサの後ろが出口だろうと予測は出来ていても、その先がどうなっているかまでは把握できず、行動に移せずにいた。

しばらく状況把握に努めようとしていたスミノフであったが、しばらく経っても全く目が慣れることがないほどの暗闇であるため、把握するのは無理だろうと見切りをつけた。

右腕は二の腕が潰れて全く動かず、左肩には穴が空いているせいで左腕もほとんど使えない。そのうえサラクローサの後ろに控える強烈な気配のせいで、抵抗は無駄だと悟ったスミノフがスキルを解いた。

「僕をすぐに殺さないってことは、これから拷問の授業ですかね?サラ先生?」

「自分は拷問する気はないのです。スミノフさんが所属する奴隷狩り組織のことを教えてほしいだけなのです。」

スミノフの皮肉には反応せず、サラクローサは否定した。

「教えてほしいといわれて教えるやつがいると思っているのか?思っているのだとしたら、子どもにしても頭がお粗末だな。」

「タダで教えてもらえるとは思っていないのです。」

「話せば逃すとでもいうのか?そんな口約束を信じるわけないだろ。」

「逃すことは出来ないのです。」

スミノフは馬鹿にするように鼻で笑った。

拷問するわけでもなければ、見逃してもらえるわけでもないのに話す馬鹿なんていないこともわからないのかと呆れつつも会話を続けた。

「僕は自分の失敗で捕まったせいでここで終わるのかもしれないが、交換条件もなしに仲間を売るつもりなんかないよ。」

「もちろん見返りはあるのです。組織のことを全て話してくれたら、殺してあげるのです。」

サラクローサの返答が予想外だったスミノフは一瞬言葉を失い、牢屋に静寂が訪れた。

「ハハハハハッ。死が救いか。お前のような奴隷からしたら、たしかに死んだ方が楽なのかもしれないな。だが、僕は自ら死を選ぶつもりなんてないよ。殺されるならまだしも、自分から死を望むなんてことは絶対にしない。たとえ拷問されたとしてもね。」

スミノフの笑い声が静寂を破り、スミノフはサラクローサの提案をはっきりと断った。

断られたサラクローサの表情には変化はなく、淡々と言葉を続けた。

「生きていたらデニーロさんに引き渡すことになっているのです。」

「デニーロ?」

「そちらの世界では『笑う影』といった方が伝わるかもしれないのです。」

「っ!?」

スミノフは一瞬顔をしかめたあと、皮肉げに口角を上げた。

「たしかにそれなら死が救いになるかもしれないね。でも、僕は意見を変える気はないよ。残念だったね。」

「べつにいいのです。これはお礼のようなものだったので、選択は好きにすればいいのです。」

サラクローサはこれで話は終わりというように踵を返したが、スミノフはサラクローサが後ろを向いたことに気づかなかったからか、聞き返すように声をかけた。

「お礼?」

スミノフの質問に答えるためにサラクローサはまた向き直った。

「そうなのです。他の不幸になった方々からは恨まれるかもしれないのですが、自分はスミノフさんに感謝してるいるのです。」

「何の話だ?…いや、鱗族の子どもの話は最近聞いたな。……そうか、ヤイザウ侯爵のオークション用に捕まえていたけど、拠点を潰されて奪われたという報告があったやつがお前だったのか。それで僕に感謝?意味がわからない。お前を助けたのはお前らが狂信しているリキ・カンノだろ。奴隷としてあるべき生き方を出来ていないせいで、記憶までおかしくなったのか?」

「救ってくれたのはリキ様なのです。でも、スミノフさんの組織の人が自分を攫っていなければ、身分証のない自分はあの町から出ることすら出来なかったですし、リキ様に出会うことも出来なかったのです。他の奴隷狩りにあっていたら、もっと酷い扱いを受けていたと思うのです。奴隷狩りにあわなければそもそももう生きてなかったと思うのです。だから、結果論だとしても感謝しているのです。そのお礼に楽になる選択肢を用意しただけなのです。」

「本当にお前らは狂っているな。奴隷にされて感謝する意味がわからないし、お礼に殺すって発想になる意味もわからない。僕もこっちの世界にきてそこそこ経つけど、その歳でそこまでぶっ飛んでるやつは初めてだ。奴隷のくせに変に知識なんて身につけるから歪に成長したのかもしれないな。」

サラクローサはスミノフに人格を否定されても気にすることなく続きを待っていたが、スミノフがこれ以上話すつもりがないとわかったところで、今度こそ牢から外へと出た。

今日の夜に引き取りに来る予定となっているため、水もご飯も用意することなく扉の鍵を閉めた。

「ニアさん、お待たせしたのです。そろそろご飯の時間になってしまうので、帰るのです。」

「そうですね。アリアさんのお話もそろそろ終わっている頃でしょうし、ちょうどいいかもしれません。ですが、もういいのですか?」

「自分は感謝の気持ちが少しあっただけで、助けたいわけではないのでいいのです。」

「では帰りましょうか。」

サラクローサとともに外へと向かって歩き始めたナルセニアが、最後にチラッと振り返り見ると、スミノフは壁にもたれかかりながら、腕の治癒すらせずに薄笑いを浮かべていた。

ナルセニアはそこでスミノフへの興味を失い、サラクローサとともに地下牢をあとにした。

サラクローサとナルセニアがいなくなったことで、地下牢の中は耳をすまさなければ呼吸音すら聞こえないほどの静かな空間へと変わった。

「どこで間違えたんだろうな。」

静かな空間にもかかわらず、誰にも届かないほどの小さな呟きがスミノフの口から漏れでていた。

きっと無意識に溢れた言葉だったのだろう。

皮肉も演技もない呟きだったのだが、誰にも聞こえないほどに小さく漏れでた言葉だったため、その声に含まれた感情は誰にも伝わることはなかった。