295話
295話
アリアとヒトミとともに屋敷に着くと、ちょうど帰ってきたところらしいサラとニアと出くわした。
サラはけっこう前に先に帰ったと思うんだが、ニアと一緒ってことはどっかで寄り道でもしてたんだろうな。
「リキ様、アリアさん、ヒトミさん、おかえりなさい。」
「おかえりなさいなのです。」
「あぁ、ただいま。」
先にニアが俺らに気づいて声をかけてきて、続いてかけられたサラの言葉とまとめて返事をした。
俺が返事をしたあとにそのまま近づいていくと、サラが不思議そうに首を傾げた。
ちょうどいい高さにあるサラの頭を軽く撫でると、余計に不思議そうな顔をしたが、嫌がりはしなかった。
「凄かったぞ。こんな子どもしかいない村を警戒してるやつがあんなにいるとは知らなかったが、サラのおかげで今後は余計なちょっかいを出されずに済みそうだ。ありがとな。」
今日のことを褒めながら頭を撫でていたら、不思議そうな顔からわずかに笑顔へと変わった。
実際はあんなことをされたら余計に警戒されてまた面倒なことになる気がしなくもないが、こんな村を脅威と感じて強硬手段に出るようなやつらなら、どうせほっといても同じ結果になっていただろうし、ビビって手を引いてくれる可能性があるだけいい仕事をしたと思う。
「みなさんが手伝ってくれたからなのです。」
「手伝ってもらったからって普通はそんなに上手くことを進められはしねぇよ。それに結果を出せたんだ。なんか褒美でもあげたいところだが…なんか欲しいものとかあるか?」
今何かしてやっておかなければ、俺のことだからまたすぐに忘れちまいそうだからな。
今回のは村の仕事とは別物だし、何かしらの対価はやった方がいいだろう。あくまで俺が出来る範囲内でだが。
「自分だけ何かをもらうのは悪いのです。」
「遠慮すんな。今回のこともそうだが、サラが普段から頑張ってるのは知ってるからな。俺の気が変わらないうちに対価を受け取っておけ。」
俺の腕に絡みつくヒトミの力が増したが、今はサラと話しているからヒトミはあとだ。
ヒトミも今回は痛い目にあってまで手伝ってるのに、サラだけズルいと思う気持ちはわからなくないが、イーラ越しで伝わってくるほどの力を込めるのはやめろ。
人によっては腕が潰れてるぞ。
まぁ、ねだるのを我慢してるのは偉いと思うから、覚えていたらあとでなんかしてやろうとは思う。
「それなら…本を読んで欲しいのです。」
本?
寝る前に読み聞かせてほしい的な意味か?
だとしたらずいぶんと可愛らしいお願いだな。
あぁ、サラは大人顔負けの仕事ができるといっても子どもだもんな。むしろ年相応の願いなのか。
「そんなんでいいのか?」
「はいなのです。リキ様に読んでもらいたいのです。」
さっきまでなぜか元気がなさそうだったんだが、こんなことで元気が出るなら断る理由もないだろ。
「わかった。じゃあ飯食ったあとに風呂入ってから行くから、俺に読ませたい本を用意しておいてくれ。サラも寝る準備は済ませておけよ。」
「楽しみにしてるのです!」
なんで元気がなかったのかはわからねぇが、いつものサラに戻ったみたいだからいいか。
そういやスミノフはどうしたんだ?
もしかして、あのあとわざわざ町の衛兵にでも引き渡してきたのか?
だから帰ってくるのが同じくらいになったのか。そういや村人たちがアリアに何かを伝えに戻ってきてたらしく外に待機してたし、それが衛兵に届けた件とかだったんだろう。アリアに耳うちで伝えてたから内容はわからんが。
ニアとはラフィリアで会ったから一緒に帰ってきたとかなのかもな。
ニアは最近よくラフィリアに行ってるみたいだし。
あんなことがあったというのに夕食の雰囲気はいつも通りだ。
まぁ俺以外は知ってたみたいだし、驚いたのが俺だけだから、俺が気にしてなきゃ雰囲気が変わるわけねぇか。
デュセスやリスミナがいたら戸惑ってる姿を見れたかもしれんが。
そういやデュセスに挨拶もせずに置いてきちまったな。…べつにこのあと予定を組んでたわけでもないからいいか。
「本日は大変お疲れ様でした。」
ほんの少しだけデュセスに悪いと思いながら飯を食っていたら、隣のローウィンスが声をかけてきた。
「わけわかんなくてある意味疲れたが、べつに俺はなんもしてないからな。労わられても困る。」
「ご謙遜を…いえ、今回はサラさんの成果ですものね。リキ様は何もしていない。ちゃんと理解していますよ。」
意味深な返し方をしてきやがったが、なんか勘違いしてそうだな。
「本当になんもやってないから、勘違いされても困るぞ。」
「リキ様がいるだけでみなさんが安心して行動出来ているのだと思いますし、他にも…いえ、私の勘違いは口に出すべきではありませんね。失礼しました。」
見惚れかねない微笑みで返してきたローウィンスはなんか勘違いしたままっぽいが、いい返せばいい返すほど勘違いしていきそうな気がするから、気にしないのが一番だな。
「そういや、スミノフはなんだったんだ?ローウィンスは何か知っていたんだろ?」
「リキ様がご存知の通り、最近アラフミナ王国に根をはり始めていた奴隷狩り組織の一員ですよ。ラフィリアを任されていたようなので、それなりに高い地位にいたのかとは思いますが、そこまでは確証が得られていません。私が知っていたのはデニーロさんの部下の方に勝る力を持つものがいるということだけだったのですが、その方がスミノフさんだったのでしょう。」
…ん?
なんか俺は既に知ってる話のようにいわれているが、ほとんどが新情報なんだが。
「なんで俺が知ってると思ってんのか知らねぇが、とりあえずスミノフが奴隷狩り組織のやつだとして、なんで俺に敵対した?俺は関係ねぇだろ。」
「それはリキ様がこの辺りの身寄りのない子どもたちをほぼ全て保護してしまっているからだと思います。以前リキ様がカレンさんの救出の際に潰したという拠点のことも知られてはいるかと思いますが、一番の理由は商品を狩れない原因の排除が目的だったかと思います。」
「もともと奴隷狩りは犯罪なんだろ?俺を排除したところでこの国で活動なんて出来ねぇだろうに、なんでそんな無意味なことをしたんだ?」
「たしかにラフィリアでそのようなことをさせるつもりは私もデニーロさんもありません。なので、以前のように手を出し難いオークションに出されるようなことがない限りは活動はできないでしょう。ですが、他の町は少し事情が異なります。」
「奴隷狩りが犯罪にならない町でもあるのか?」
「犯罪であることに変わりはありませんが、身分証を持たない者や親のいない子どもを攫ったとしても誰も訴えてきませんので、事件として明るみに出ることはほとんどありません。それに、アラフミナ王国内ではデニーロさんが12歳以下の子どもの奴隷の買い取りをさせないように動いていますので、よほどの命知らずでもない限り、正規の奴隷商人の方々は生まれながらの奴隷以外の子どもは基本取り扱っていません。そのため、子どもを欲する貴族の方々は奴隷狩りを黙認しているのですよ。領主も奴隷狩り組織と子どもを欲する貴族の両方を相手取ろうとするほどの気骨のある方は少ないので、事件にならない限りは手を出さないといった状態です。だからこそスミノフさんが所属している組織はアラフミナに手を伸ばしたのでしょう。」
「需要に供給が間に合ってないから金になると踏んできたはいいが、現地調達がほとんど出来なかったから、その原因の俺を排除しにきたってことか。」
「今回はヤイザウ侯爵に関わる方が協力していたということと、スミノフさん自身に戦力があったということで、愚かにも勝てると勘違いしてしまったのかと思います。ですが、サラさんたちの実力を目にしたことで、スミノフさんの行動が慎重になってしまったことは少し予想外でしたね。」
あの場で俺を狙ったのはもともとの計画ではなかったのか。ってことはテキーラに協力を求めたのもいざという時の保険みたいな感じだったのかもな。
そんだけ頭が回るんなら、一度引いて立て直したりとかすればもうちょい可能性もあっただろうに。
「ん?ヤイザウ侯爵ではなく、ヤイザウ侯爵に関わるやつ?」
「はい。ヤイザウ侯爵に計画を立てる頭などありませんから、ヤイザウ侯爵を隠れ蓑にして動いている方がいるのだと思います。」
「いや、侯爵なんて爵位を持っていて考える力がないとかおかしいだろ。王族が認めてる家なんだろ?」
「先代のヤイザウ侯爵はとても素晴らしい方でしたよ。その方が優秀すぎてしまったために、現ヤイザウ侯爵ほどに残念な方でも50年は現状維持が出来てしまう体制を整えられてしまったのですよ。出来が悪くとも自身の子に継がせたいという親心は理解できますし、そのために先を考えての行動を実際に出来てしまった先代は尊敬に値しますが、その先代の力を自分の才能だと勘違いしている現ヤイザウ侯爵は無能どころか有害です。なので、計画を立てる頭がないので直接手を下している可能性が低いことはわかっていますが、今回の首謀者となっていただく予定です。責任は上の者が取るべきですからね。」
さっきは見惚れかねない微笑みだったんだが、見てるこっちの頰が引き攣るような影のある笑顔に変わりやがった。
そのヤイザウ侯爵となんかあったのかもな。
「まぁ上の者が責任を取るべきってのは理解出来るが、奴隷狩り組織とつながってたってだけで罪にできるものなのか?」
「それ以外にもいろいろとしているのですが、他のものと合わせたとしても少し弱いかもしれません。王族への反乱としてしまえば、なんとか禁固刑には出来るでしょうが、あれのために国民の税金を消費などさせたくありませんから、手は打つつもりです。といいましても、私は今回のことに関わることが出来ないのですけれど。」
「そういやもう王族じゃねぇから、貴族を裁くとか出来る立場じゃねぇのか。」
「いえ、私の方が立場が上なので、正当な理由があれば可能ですよ。ただ、今回は私以上に適任の方がやる気に満ちているといった様子でしたので、譲ることにしました。」
話をするだけでイライラを募らせてるようなローウィンスが譲るほどに適任のやつがいるのか。どんだけヤイザウ侯爵とやらは嫌われてんだっていうな。
「まぁヤイザウ侯爵は俺と直接関係ないからどうでもいいや。スミノフはけっきょくどうなるんだ?」
「生きていればデニーロさんに引き渡すと聞いています。」
デニーロってたしか奴隷商の名前だったよな?
そういや裏商業ギルドとかいってたな。裏社会を荒らしたやつを見せしめのために殺したりでもするのかね。
まぁ敵対者ではあるが、胸に穴をあけられたヒトミが気にしてなかったみたいだし、それ以外でとくに迷惑を被ったわけじゃねぇから今回は奴隷商への貸しにしとくか。
奴隷商への引き渡しってのは予想外だったが、やっぱりサラはスミノフを届けにラフィリアに行ってたみたいだな。
ローウィンスに話を聞くことでいろいろと納得しつつ、夕食が終わり、さっさと寝支度を済ませてサラの部屋へと向かった。
サラの部屋の扉をノックすると、パタパタと走って近づいてくる足音が聞こえ、扉が開かれた。
「待たせたな。」
「自分も今準備が終わったところなのです。」
そういったサラが本を渡してきた。
扉のところで本を渡されるほどに楽しみにしていたことに驚いたが、本が思ったよりもしっかりしたものだったことにも驚かされた。
てっきり絵本みたいなやつかと思っていたんだが、アリアが読んでるような革のハードカバーの本だった。
俺は平民文字とやらは覚えたが、それ以外は知らんけど読めるのか?
まぁなんとかなるかとサラの部屋に入ろうとしたら、サラがキョトンと不思議そうな顔をしながらも道を開けた。
ん?もしかして読み聞かせてくれとかではなく、俺がこの本を読んだうえで感想を聞きたかったとかか?
「悪い。読み聞かせてくれって意味かと思ってたんだが、違ったか?」
「え?あ、えっと、違わないのです!」
サラは少し慌てながらもベッドのもとへと俺を案内するように向かっていった。
サラの部屋はかなりシンプルだ。
ベッドと棚やクローゼットと1人用の机と椅子しかない。
もっとぬいぐるみとかを置いてる女の子的な部屋の方が似合いそうだけどな。まぁこの世界にぬいぐるみがあるかなんて知らないが、人形があるんだからあるだろ。たぶん。
今度見かけることがあったら買ってやるのもいいかもな。
「リキ様はベッドに座ってくださいなのです。自分は床に座るのです。」
サラに案内されるままにベッドに座ったあと、床に座ろうとするサラを抱き上げて股の間に座らせた。
「この方が一緒に本が見れるだろ。それとも横になるか?サラが眠くなるまで読み聞かせるんでもいいしな。」
「このままがいいのです。」
なぜか少し緊張しているようだから、本を読む前にサラの頭を撫でた。
「あらためていうが、今回はよく頑張ったな。前にアリアと比べる必要はないっていったが、サラならこのまま頑張ればアリアを追い越す日がくるかもな。」
「…アリアさんは遠いのです。」
「そりゃアリアは別格だからな。それにサラより2歳も年上なんだ。2年もあると差がつくのも仕方ないさ。だから、とりあえずは2年後に今のアリアを越えることを目標にすればいいんじゃねぇか?サラなら努力していけば無理なことでもないと俺は思うしな。ただ、無理はするなよ。悩みがあれば聞くくらいはいくらでもするからな。」
俺はアリアの倍近く生きているが、頭の出来で勝てる気がしないがな。
だが、ネガティブなことを今いう必要はねぇだろう。
「ありがとうなのです。頑張るのです。」
少し落ち着いてきたっぽいから、サラの前で本を開いた。
わりとギッシリと文字が書かれているが、パッと見た感じでは平民文字っぽいから大丈夫そうだ。
こうやってると妹の歩にも読み聞かせとかしてやったことを思い出すな。もちろん歩がねだってきたのは絵本だし、結構昔の話だけどな。
冒頭の文字を目で追いながら、同時にサラに聞かせるように音読をする。
「大災害とは人類を滅亡させようとする者が覚醒することであり、それまでの期間に起こる災害も含まれた総称でもある。各国の巫女長の神託により大災害の始まりを知り、アラフミナ王国でも勇者召喚の儀が執り行われた。昨今の勇者の弱体化には頭を悩ませていたが、今のアラフミナ王国ではそれに縋ることしか出来なかった。そのことを恥じながらも行われた一度目の召喚は失敗に終わったと思われた。しかし、失敗ではあってもこの世界に呼び寄せられなかったわけではなく、強大な力を持つ真の勇者を引き寄せるには召喚師の力が不足していたというだけであった。そうして、異世界より召喚されたリキ・カンノは召喚師に束縛されることなく、自由であるからこそ、世界を救うことが出来たのであった。」
…は?
まだ冒頭部分しか読んでいないが、俺の頭を疑問符が占領しやがるんだが。
最初はアラフミナの話かと思ったら、思いっきり俺の名前が出てきたぞ!?
さすがにここまで条件が一致する同姓同名ってことはないだろうし、俺のことだよな?
だが、俺は世界なんか救っちゃいないし、まだ大災害って終わってないよな?
ん?俺が大災害を終わらせる前提で話が始まってるのか?つまりは創作か?
だとしても俺の名前を勝手に使ってんのは誰だ?
俺が冒頭部分で止めて考え込んじまったからか、サラが体をひねって心配そうに顔を向けてきた。
「変だったのですか?」
「いや、変っていうか、これはどこで買ったんだ?」
「全部カンノ村で作ったのです。革はガルナさん、紙はソフィアさんの魔道具、本の形にしてくれたのはガルネさんなのです。」
違う、そうじゃない。
パーツごとに誰が作ったかとかじゃなく、内容のことを聞きたかったんだが、本自体をここで作ったのなら書いたのもここのやつだよな。アリアか?
「誰が書いたんだ?アリアか?」
「自分が書いたのです!みんなから話を聞いて、頑張ったのです!だからリキ様に読んでほしかったのです!どこかおかしかったのですか?」
途中まで自慢げにいっていたサラが最後に心配そうに確認してきた。
いや、まだ冒頭部分だけだが、本としてはべつにおかしいってわけではないと思う。
ただ、題材がおかしいだけだ。
そういやタイトルを見ていなかったなと一度本を閉じてタイトルを見たら、『英雄リキ・カンノの冒険譚 第1章』と書かれていた。
「題名は迷ったのですが、セリナさんにあまり凝らない方がいいといわれたのです。」
俺がダメ出ししようとしてると思ったのか、悲しそうな顔でサラが目を逸らした。
いや、勝手に俺を題材にするなといいたいが…。
しかもサラからいろんなやつの名前が出てくるが、誰も止めなかったのか?
もう少し読んでから判断することにし、サラの頭を軽く撫でてから続きを読むことにした。
「…突然異世界へと呼ばれたリキ・カンノは召喚師の失敗により王都ラフィリアに召喚させられていた。そこには説明をするはずの王族どころか、頼れる者は誰もいない。そんな中で初めに出会ったのは肉串屋を営む元Sランク冒険者のカザエル・アルバーノ。かつての英雄と同じ名を持つ心優しき男であった。」
おっちゃんもグルかよ!?しかも元Sランク?強そうなのは顔だけじゃなかったのか。
というか、この辺りの話はおっちゃんや武器防具屋のおっさんくらいしか知らないはずだから、間違いなく協力してるだろう。
もしおっちゃんじゃない誰かが監視していたとかであれば、始まりが噴水広場のはずだしな。
それに噴水広場の部分が端折られていたとしても、こんな初っ端から書かれてるってことはこの後の話を知る人物も協力してるはずだ。つまり、最初から仲間となっていたアリアもきっとグルだろうし、下手したら奴隷商すら加担しているかもしれねぇ。
…サラにやめろといえばやめるだろう。
だが、ここまでちゃんと書くために頑張ったんだろうと思うといいづれぇ。
また止まった俺をサラが心配そうに見つめてきた。
…どうせいろんな噂が流れてんだ。今さら本1つに文句をいうより、サラの好きなことをやらせてやるべきだろ。
もしかしたら小説家みたいなのが今の夢なのかもしれねぇしな。
もう一度サラの頭を軽く撫で、俺はいろいろと諦めることにした。
「何度も止めて悪いな。まさか俺のことが書かれた本だとは思わなくて、驚いただけだ。内容自体はちゃんと書けてるから安心しろ。」
「良かったのです。間違っているところがあったら教えてほしいのです。」
「あぁ。」
俺は曖昧な返事を返してから、俺のことが書かれている本の続きをサラに読み聞かせ始めた。