297話
297話
全く迷うことなく進むアリアの横を歩いていたら、アリアが呟いた。
「…彼らが帰ってきたのは予想外でした。」
独り言にも聞こえるが、たぶん俺に話しかけてるんだよな?
「なんの話だ?」
「…彼らが町に出かけるという情報があったので、今日この時間を選んだのですが、まさか帰ってくるとは思っていませんでした。せめてイーラを連れてきていれば…いえ、わたしの考え不足でした。」
なんか後悔がにじみ出てる声でアリアが話し始めたんだが、だからなんの話なんだよ。
「あいつらは殺しちゃいけないやつだったとかか?」
「…いえ、リキ様に敵対した時点で殺すことに反対するつもりはありません。ただ、計画では彼らが出かけている間にことを終わらせ、雇い主を失った彼らを説得して味方につける予定でした。ですが、思っていた以上に彼らがヤイザウ侯爵側に偏っていたみたいなので、それに気づけなかったわたしの失敗です。」
「味方にしたいほどに使えるやつらだったのか?そういや無詠唱スキルを使えてたしな。」
「…?彼は魔法は使っていません。彼が以前『道化師連合』から教えてもらった『御霊降ろし』のスキル持ちです。先ほどの炎もそのスキルによるもののはずです。」
「ん?じゃあなんで龍の息吹なんて叫んでたんだ?」
「…とくに意味はないと思います。」
「そ、そうか…。」
技名とかを叫びたいお年頃だったのかもしれないな。
「…現時点で特定できている唯一の『御霊降ろし』持ちだったので、敵対される可能性を考えてイーラを連れてきておくべきだったのですが………………また探すことにします。」
途中でアリアが何かを考えているようだったが、切り替えたようだ。
なんか、過ぎたことなのにどうにか出来るような雰囲気だったが、さすがにアリアでもそれは無理だよな?いや、無理だから諦めたんだろうが、さっきの考えてたときの雰囲気が後悔というよりも何かを天秤にかけてるような気がしちまった。
アリアならなんでも出来ると思っちまってるせいで変な想像しちまったわ。
「こんな身近に1人いたんだから、またそのうち見つかるさ。」
「…はい。」
俺らが話しながら歩いている後ろを仙狐が気配を薄めて無言でついてきていた。
やっぱりこいつはついてくる必要なかったんじゃねぇか?
べつに邪魔なわけじゃねぇから俺はかまわないんだが、こいつが俺らに気を使っていづらそうにしてる気がするから、無理に連れてくるべきじゃなかったんじゃね?と思っちまった。
その後も人ん家に勝手に上がってるとは思えないほどいつも通りの雑談を交わしながら廊下を歩いていたら、アリアが止まった。
アリアが示す部屋は金持ちだから扉の作りを凝ってはいるみたいだが、玉座の間や謁見の間のような雰囲気はなく、たぶん普通の部屋だ。
執務室とかだろうか?
「…普段はここにいるはずです。」
アリアもさすがに現時点でどこにいるかまではわからないみたいだな。
中の気配を探ると3人いるみたいだ。
外であれだけの騒音を立てたというのに警戒してる様子がねぇな。よっぽど私兵たちを信頼していたのかもしれねぇが、残念ながらあいつらは期待を裏切って道を譲ってくれたぞ。
邪魔してきた用心棒は変わったスキルを使えたみたいだが、あいつに屋敷を護らせるなら、スミノフに任せた方が良かったと思う。
まぁどっちにしろ俺はここまで来ただろうから関係ねぇけど。
「…リキ様、お願いします。」
どうやらここの扉を壊してほしいみたいだ。
壊さないで取り外して売った方が金になって良さそうな気がするが、まぁいい。
これは木製っぽいから大丈夫だろうとスキルを使わずに殴ったら、威力がちょうど良かったのか穴はあいたがうまい具合に扉が外れて部屋の真ん中あたりまで飛んでいった。
「誰だ!?」
ん?わりと庭で騒いだと思うんだが、なんの情報も入ってきてないのか?
「リキ・カンノだ。売られた喧嘩を買いに来てやったぞ。」
「…は?何をいっている?」
脂ギッシュなデブが本当に何もわかっていないかのように呆けた顔をした。
この顔面テッカテカのやつがヤイザウ侯爵だろう。この見た目で使用人はさすがにありえないだろうからな。
他には…メイド服ってこの世界にもあるのか。さすがは侯爵家のメイドだけあって見た目もスタイルもいいな。
いや、今はそんなことは関係ねぇか。
あとは50歳そこらの仕事ができそうな執事っぽいおっさんがいる。
このおっさんが最初に俺を見たときに一瞬顔をしかめた気がしたが、視線を向けたときには無表情になっていた。
「…リキ様、ここからはわたしが話を進めてもいいですか?」
アリアがわざわざ確認を取ってきたが、あまり詳しく事情を確認してない俺としてはむしろ助かる。
「あぁ、任せた。」
「…ありがとうございます。」
アリアは俺にペコリと頭を下げてから、ヤイザウ侯爵に向き直った。
「…ナダツ・ヤイザウ。奴隷反対運動を煽り、ハッピーシガーを用いてスラムの者に犯罪を唆し、王族への反乱を企てた罪で拘束します。」
「わけがわからんことをいうな!早くこいつらをつまみ出せ!呼び戻したはずのあいつらはどうした!」
「返事がありませんので、おそらくは…。」
「はぁ!?元勇者パーティーだろ!?勇者より強いっていうのは嘘だったのか!?」
「いえ、相手が悪かったかと…。」
「なら騎士団でも呼んでこい!この礼儀も知らん平民どもを早く追い出せ!」
これでもかと執事に喚き散らしてはいるが、逃げようとはしないんだな。
肝が座っているのか、状況を理解してないだけなのかはわからんが。
「…やはりあなたは何もわからないのですね。」
アリアがチラッと執事に目を向けたが、執事は変わらず無表情だ。
今の意味深な視線は執事が真犯人だってことか?
アリアの言葉にムカついたのか、ヤイザウ侯爵がアリアを睨んでいるが、アリアは全く気にしてないみたいだな。
「…今のはあなたのためにこういう罪を被ることも出来ると教えてあげただけです。わたしたちが来た理由は単純にカンノ村に手を出した報いを受けてもらうためです。なので、関係ないメイドのお姉さんは、もうすぐ来る騎士団の方々を玄関まで迎えに行くことをお勧めします。死にたいのであれば残っていてもかまいませんが。」
いきなり話を振られたメイドは驚いたあとにオロオロと迷った挙句、俯きながら外に出ようとした。
「私のメイドに勝手に命令するな!お前も俺以外のやつの命令なんか聞くんじゃない!」
ヤイザウ侯爵が怒鳴りつけたことでメイドが止まって顔を上げたんだが、俺と目が合ったらなぜか顔を青ざめさせて、また俯いていそいそと出ていった。
ヤイザウ侯爵家に仕えているのに主人を無視するとかなかなか度胸あるな。
まぁ、判断としては正しいと思うが。
「…それではあらためて、リキ様の 第一 ・・ 奴隷のアリアローゼと申します。またあなたとお会いすることになるとは思いませんでした。」
また?もともとの知り合いなのか?
アリアの知り合いってなると以前の主くらいしかいないと思うが、それにしてはヤイザウ侯爵は覚えがなさそうな顔をしている。
「誰だお前は?」
ヤイザウ侯爵がアリアに確認を取るとアリアはニコリと笑った。
「…覚えていないようでなによりです。あなたにとって特別な存在になんてなりたくないので良かったです。」
アリアがサラッと毒を吐き、その言葉にヤイザウが呆然としている。いや、アリアが『威圧』のようなものを使ってるっぽいな。
アリアが使えることを知らなかったが、効果はけっこうあるようで、ヤイザウ侯爵は青ざめて死にそうな顔をしてやがる。さっきまでのは肝が座っているんじゃなくて、ただ状況を理解してなかっただけみたいだな。
8歳児にビビりすぎて何もいい返せないヤイザウにたいして、アリアは言葉を続けた。
「…わたしもあなたに興味は欠片もありませんが、ただ一点だけ感謝していることがあります。」
死にそうな顔をしていたヤイザウ侯爵が希望が見えたかのように少し表情が和らいだ。
「…あなたがわたしを適度に壊してくれたおかげで、リキ様にお会いすることが出来ました。それだけには感謝します。なので、あなたにも同じことをしてあげます。あなたもそれによって素敵な方と出会えたらいいですね。」
そういってアリアはゆっくりとヤイザウに近づいていった。
ヤイザウはアリアの発言の意味に気づいたようで、顔を驚愕に変えて椅子から転げ落ちた。
「や、やめろ。」
「…わたしがあなたの命令を聞く理由があるのですか?」
「頼む!金ならやるから見逃してくれ!」
「…お金には困っていないのでけっこうです。」
アリアが取り出したロッドを横に振り、ヤイザウ侯爵とアリアの間にあった執務机を吹っ飛ばした。
机が床に固定されていなかったにしても、普通はアリアほどの子どもが出来ることじゃねぇんだが、ほぼずっと俺と一緒にレベル上げをしてきただけあって、単純な力だけでもこれぐらいは出来るようになってたんだな。
「俺をこんな目にあわせてタダで済むと思っているのか!」
「…スルウェー公爵様からの許可はいただいているので、問題ありません。」
「な!?お、俺はヤイザウ侯爵だぞ!俺がいなくなったら国が回らなくなるぞ!」
「…何か勘違いされているみたいですが、あなたの仕事はわたしですら引き継げる簡単な仕事ですよ?それもあなたのお父様が素晴らしい方だったからこそですが。それにあなたがいなくなっても喜ぶ方はいても悲しむ方はいませんよ?唯一あなたをよく思っていたあなたのお父様が亡くなられた時点で、あなたを必要とする人は1人もいません。いるだけで人に迷惑をかけ、あなたを必要とする人が誰もいないのなら、死んでもらえた方がこの世界の為になるのではないですか?ですが、わたしはあなたを殺しません。一つとはいえ感謝していることがありますから。なので、恩返しとして、同じ状態にしてあげます。」
珍しく饒舌となったアリアが話し終えたときにはヤイザウ侯爵の前まで辿り着いていた。
ヤイザウ侯爵は壁際まで退がっているのに、さらに退がろうと足を動かしている。
アリアはそんなヤイザウ侯爵を無感情に見つめながら、1枚の紙を取り出した。
なんか魔法陣のようなものが描かれてるな。
『トランスクライブ』
『エスプロジェ』
『トレース』
『マジックペイン』
「ガッ!?ぅぁ………ッ。」
アリアの声が重なって聞こえたと思った瞬間、ヤイザウ侯爵が目を見開いて、声にならない叫びをあげた。
そして蹲るようにしてわずかにもがきながら、口の端から泡を吹いてやがる。
アリアの声が重なって聞こえたせいでなんの魔法を使ったのかはわからんが、相当苦しいみたいだな。
気絶できれば楽だったかもしれんが、アリアのさっきのセリフを聞く限り、その苦しみは自業自得だから微塵も可愛そうとは思えねぇな。
俺の勘違いでなければ、アリアにあれだけの傷を与えた張本人のようだし、俺からも挨拶として指先から潰していってやろうか。
そんなことを考えた瞬間、アリアが肩を跳ねさせて振り向いた。
無意識に『威圧』を使っちまったみたいだな…。
「すまん。」
「…いえ、お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます。ですが、この場でヤイザウ侯爵を殺すつもりはありませんでした。ダメでしょうか?」
アリアがこれが妥当だとしてるなら、俺が手を出すべきじゃねぇだろ。
「いや、任せるから、好きにすればいい。」
「…ありがとうございます。」
俺が落ち着いたのを確認したアリアが再びヤイザウ侯爵に視線を戻し、床に転がるヤイザウ侯爵をしばらく眺めた後、執事へと視線を向けた。
「…それでは本題に入りたいと思います。あなたはなぜ町に混乱をもたらそうとしたのですか?」
急に話を振られた執事は片眉を上げた。
主がこんな目にあってるのに動じないとか凄えやつだな。
「おっしゃる意味がわかりません。私を恨む気持ちは理解できますが、私を今回の騒動の主犯とするのは無理があるのではないですか?」
「…たしかに証拠となるものはありません。ですが、もしもわたしの推測が当たっているのであれば、失敗したあなたが懺悔出来るのは今しかありませんが、いいのですか?」
「申し訳ありませんが、先ほどから意味がわかりません。」
正直、俺もアリアがいってる意味がよくわからない。
俺らに懺悔するメリットがあるとも思えないし。
アリアの言葉の意味を考えていたら、アリアが振り向いた。
俺ではなく、さらに後ろを見ているみたいだったから、俺も振り返ってみたら、空気と化していた仙狐がいた。
「…元の姿に戻ってください。」
なんで連れてきたのかずっとわからなかったが、この時のためだったのか。
といっても、なぜ今必要なのかがわからねぇけど。
「はい。」
仙狐が徐々に元の姿に戻っている途中で息を呑む音が聞こえて振り向いたら、執事が驚愕していた。
たしかに驚きはするが、そこまでではねぇだろ。
「セ、センコ様…。」
「私を知っているのですか?ですが私には覚えがないのですが。」
困った顔で俺をうかがうようにチラ見しながら話す仙狐に対して、いい年したおっさんが膝をついて涙を流し始めた。
忘れられていたのがそんなに悲しかったのか?
「あなたに私との子を産んでもらうために40年かけてやっとここまできたのです。こいつらさえいなければ、あと少しでセンコ様の願いを叶えられたのです!」
「40年?……もしかしてあのときのやけに好意を示してきた子どもですか?だとしたらずいぶんと老けましたね。ですが、子を産むなどという約束をした記憶がないのですが。」
さっきから仙狐が俺のことをチラチラと見てきやがる。
まぁこの流れだと本当の主犯が仙狐になっちまうから困ってるんだろうな。
「王都ラフィリアで暴動が起きれば面白いから、それを叶えられれば1人くらい産んでやってもいいといってくれたではないですか!」
仙狐が何かを思い出したのか、気まずそうな顔をし、ゆっくりとまた俺を見てきた。
いや、さすがに40年も前の約束のせいで俺らに少し迷惑がかかったからって、俺の使い魔になったやつを殺す気はねぇよ。
「そこまでお前を慕ってんだから、あとはお前がケリをつけろ。」
仙狐が俺の言葉を聞いてからアリアに確認するように視線を向けた。
「…推測が当たっていたようなので、聞きたいことももうありませんし、彼は捕まれば処刑される身ですから、リキ様がいいというのであれば好きにしてください。」
アリアの言葉を聞いた仙狐はわずかにだが口角を上げた。
王都の住民が混乱してるのを見るのが楽しいとか思ってるやつだからな。こんな惨めな人間を見るのも楽しいんだろう。
さっきまでは俺とアリアの目があったからヘタなことはできないとか思ってたんだろうが、許可が出た瞬間に少し気が緩んだか。まぁ魔族が人間をなんとも思ってないのはわりと普通のことっぽいからな。
膝をついて泣いている男に近づいた仙狐が、男の頭を包み込むように優しく抱いた。
「私のために人間にとっては長い時間をありがとうございます。ですが、私はもうリキ様のものなので、あなたとの子どもは産めません。それにあなたを助けることも出来ません。ですから…せめて私の胸で死になさい。」
ゴリッと鈍い音が地味に響いた。
胸に顔を埋もれさせてから首を折るとか天国と地獄というか飴と鞭というか、なかなか酷いことをするな。
最後はまさかの俺の仲間が主犯とかいう予想外のオチだったが、暴走したのはこのおっさんだし、とりあえずは一件落着か。
玄関の方から10人くらいの気配が近づいてきてるし、あれはたぶんアリアがいってた騎士たちだろうから、もう撤収してもよさそうだな。
「騎士に事情とかって説明した方がいいのか?」
「…ローウィンス様が伝えてくださっていると思うので、必要ないと思います。」
「じゃあ騎士たちに会っても面倒そうだし、とっとと帰るか。」
「「はい。」」
『超級魔法:扉』
カンノ村に繋げた扉を開け、最後に転がっているヤイザウ侯爵を見た。
「あれだけでいいのか?」
「…はい。魔法陣を転写したため、死ぬまであの状態なので、拘束する必要はないと思います。」
いや、そういうつもりで聞いたんじゃないが、死ぬまで苦痛を味わうような魔法を使ったなら、殺すよりも恨みを果たせてるのかもな。
「そうか。ならいい。そんで、仙狐はなんで普通にそれを持って帰ろうとしてんだ?」
「先ほどの哀れな姿を思い出しながら後で食べようかと思ったのですが、ダメですか?ダメなら捨てていきます。」
…。
余計なことはしない方がいいだろうが、ヤイザウ侯爵に罪をなすりつけるなら主犯はいない方がいいのか?
「ローウィンスとはどういう話になってんだ?」
「…主犯であることを誰にも話せない状態にしておくこと以外は決めていませんが、存在そのものがこの場にない方が都合がいいかもしれません。」
聞いといてなんだが、子どもと話す内容じゃねぇよな。
まぁ今さら気にするだけ無駄だろうけど。
「こいつらは他人を弄んできたんだから、自分がされる覚悟もあるはずだし、好きにすればいい。」
「ありがとうございます。」
話を終えたときには騎士たちがだいぶ近くまで来ていたから、さっさと扉をくぐり、アリアと仙狐が通った後に扉を閉めた。