302話
302話
緩やかに揺れる感覚で目が覚めたんだが、空が若干赤みをおび始めていた。
手が届く範囲には誰もいないところを見るにイーラが揺らして起こしてきたみたいだな。たぶんそろそろ着くのだろう。
いつも通り寝ていたからあっという間だ。
他のやつらは起きてたっぽいが、このあとは宿をとって寝るのだから、問題はねぇか。
俺がイーラの体内からズブズブと上半身を抜き出したところで、イーラが下降を始めた。
心臓が持ち上がるような不快感があるんだが、もうちょいゆっくり高度を下げた方がいいんじゃねぇか?
耳は痛くなってないから、そこまで急降下でもないのか?いや、けっこう勢いよく地面が近づいてきてる気がするんだが…。
地面まであと少しというところでイーラが減速し、木々が生い茂る森の中に入って着地した。
まだ夕方になったばかりだろうから、予定よりは早いかもしれんが、最近は日が短いからすぐに夜になるだろう。
知らない森の中を夜に彷徨うのは避けた方がいいだろうし、とっとと町へと向かうことにした。
アリアに教えられた方向に少し歩くとすぐに森を抜けることが出来、遠くに壁が見える。
たぶんあれがこれから向かう町だろう。
「ちなみにメデューサがいるってのはどの辺だ?」
「…この森の奥にいるらしいです。」
今俺らが出てきた森をアリアが指差した。
たしかに町からそこまで遠くはねぇな。まぁ奥ってのがどの程度かにもよるが。
「セリナはここからメデューサの匂いとかわかったりするか?」
「ん〜…私がわかる範囲内には何もいにゃいかにゃ〜。いや、メデューサとは関係にゃいと思う弱そうにゃ魔物にゃらけっこう奥に何体かいるね。」
耳と鼻をピクピクさせながら難しそうな顔をしていたセリナが何かに気づいたような顔に変わったが、メデューサじゃないらしい。
俺も集中して気配察知を使ってみるが、何も引っかからない。まぁセリナが最初は何もいないっていってたくらいなんだから、俺の察知範囲にいるわけねぇか。
セリナの察知範囲はそれだけ広いにもかかわらず、メデューサがいないんなら、本当にだいぶ奥まで行かなきゃなのかもな。
「まぁセリナがいれば探すのにたいした時間もかからねぇだろうし、明日の早朝に走って向かえば明日のうちにオーガキングまでイケそうだな。だから早く宿とって明日に備えるぞ。」
いうだけいって町に向かって歩き出すと、アリアたちが俺に続いた。
この町は人気のある町なのか知らんが、馬車やイグ車といったこの世界の車が行列を作っていた。
今まで町に入るために列に並ぶことなんてなかったから、驚いた。というか、これに並ばなきゃならねぇのか?
文句をいったってこれがこの町のルールなら従わなきゃだよな。
仕方なく最後尾っぽいイグ車の後ろに並んだら、積み荷のところに座っていた男に不思議そうな目で見られた。
もしかして並ぶ前に手続きとか必要なのか?と思いながら男を見返すと、男はキョロキョロと周りを見てからまた不思議そうな顔で俺を見た。
「場所取りかい?」
「ん?場所取りの意味がわからんが、町に入りたいから並んだだけだ。」
男は俺の返答を聞いてニコッと笑いかけてきた。
「商業目的でないなら直接門まで行って大丈夫だよ。この列は荷物検査と商業許可証の発行待ちだからね。」
なんだこいつ。わざわざ教えてくれるとかめっちゃいいやつじゃん。
「そうなのか。教えてもらえて助かった。ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「…リキ様、これを。」
本当に善意で教えてくれただけみたいだなと思ったら、アリアが何かを手渡してきた。
指輪?なんかの加護付きか?
たしかに感謝の気持ちとして物を渡すのはありだな。アリアがこのタイミングで渡してくるってことは無価値なものではないと思うし。ヘタに金を渡すよりも相手も受け取りやすいだろう。
「あんたのおかげで時間を無駄にせずに済んだ。これは感謝の気持ちだ。受け取ってくれ。」
俺が男に近づこうとしたら、周りにいた革鎧を着た男たちが反応した。だが、男が手を上げたことで止まった。どうやら護衛だったみたいだ。敵意を向けられていなくても警戒してるなんて真面目だな。
「そんな気にしなくていいのに。でも、せっかくだからもらっておくよ。」
「あぁ。それにしてもいい護衛を雇ってるんだな。」
「まぁね。最近、この辺りは物騒らしいからさ。ちなみにこれってもしかして加護付き?それにこの紋様どこかで…。」
男はすぐに指にははめずに指輪全体をじっくり見ていた。
そのとき見えたんだが、なぜか指輪にうちのグループマークが刻まれていた。
どういうことだ?という意味を込めてアリアを見たら頷かれた。
「…はい。身代わりの加護を付与してあります。あと、指輪が壊れたときにわたしたちのグループマークが空に浮かび上がるようになっています。呪いなどはないので安心してください。でも、不安であればちゃんと鑑定してから使うことをお勧めします。」
俺の疑問は一切伝わってなかったみたいだ。
頷いたから伝わっているんだと勘違いしたな。
「グループマークが浮かぶ意味ってあるのか?」
ふと疑問に思ったことをアリアに確認したら、コクリと頷かれた。
「…仲間や傘下の者が気づけば助けに向かうので、生存率が上がります。」
身代わりの加護付きアクセサリーが壊れるくらいだから、命の危機的状況だろうし、狼煙代わりって感じか。ただ、俺の仲間はそんなにいないから、この辺で使っても意味ないと思うけどな。
「さすがに今の情報だけで身代わりの加護付きアクセサリーはもらえないよ。」
男は指輪を返そうとしてきたが、俺が受け取ろうとしなかったら、アリアに返そうとしてきた。だが、アリアも受け取る気はないようだ。
「…わたしたちに初対面で下心なしの善意を向けてくる方はあまりいません。そういった方には出来るだけ長生きしてほしいというだけですので、気にせず受け取ってください。」
「べつに僕は善人でもなんでもないし、僕くらいならいくらでもいると思うんだけどね。でも、せっかくの厚意だ。ありがたくもらっておくよ。」
ニコリと笑った男は指輪を指にはめ、なぜか他の指輪を1つ外した。もしかしたら既に身代わりの加護つきの指輪をしていたから交換したのかもな。
というか、鑑定するのはやめたのかね。
もしかしたら俺らに気を使って目の前ではめたのかもな。まぁ、見た感じおかしな効果はなさそうだから、問題はないはずだ。
男たちにかるく別れの挨拶をしてから俺らはあらためて門へと歩きだした。
町に入ると、建物や道の作り自体はアラフミナや他の町と大差ないんだが、全体的に大きく感じる。道幅が広いからか?
道を歩く人も多いな。しかも10歳ちょっとくらいの子どもだけで歩いている姿もそこそこ見える。ここが大通りだからなのかもしれないが、衛兵っぽいやつらもちらほら見えるし、治安がいい町なのかもな。だからこそ他人に優しくできる余裕があるのかもしれん。
道幅が広いのは馬車が行き交うことができるようにするためみたいだな。
今まで外壁近くではあまり馬車なんて見かけなかったが、この町は今来たばかりなのにけっこうな頻度で見かけている。
もうすぐ夜になるというのにこれだけ人や馬車を見かけるってことはけっこう栄えてるんだろうな。
大通りに並ぶ店を遠目に見ながら、宿屋を探す。いや、探すまでもなく、宿屋を見つけた。この辺は宿屋がけっこうあるみたいだ。
べつにこだわりとかはないから、一番最初に見つけたそこそこ大きな宿屋へと入った。
一階は食堂になっているようで、けっこう席が埋まっている。だがまぁ、俺らが座る分くらいはありそうだ。
「いらっしゃい。宿泊ですか?」
女将というには若い気がする女が笑顔で近づいてきた。若いといっても俺と同じくらいだろうから、この世界では大人なのか。
「あぁ、宿泊だ。だが、飯も食いたい。」
俺の返答を聞いた女が、俺の後ろのアリアたちを見てから店内を確認し、ニコッと笑いかけてきた。
「席は空いてるので、すぐに用意できますよ。その前に帳簿に名前を書くのでついて来てもらっていいですか?」
女に誘導され、食堂とは違う場所にあるカウンターへと向かった。
今までの宿屋は金を払って鍵をもらうだけだったから、こんなこといわれんのは初めてだな。
俺が訝しむような顔をしたからか、女が思いついたような顔をして話しかけてきた。
「他の町だとあまりこういうのはないらしいですね。この町だと、庶民向けの宿屋にも貴族の方々がくることがあるので、諍いを抑制するために始めたそうですよ。貴族の方といってもくるのは学生である子どもなのですが、なぜか貴族のお子さんは名前を知られているところだと問題を起こさないようになるらしいです。私にはその感覚がよくわからないんですけどね。」
表情をコロコロと変えながら話す女とともにカウンターのところまできたら、女が小さめの水晶をカウンターの上に置き、ノートのようなものとペンを取り出した。
「では、代表者のお名前をお願いします。」
「邪魔するぜ!」
女に名前を聞かれたタイミングで、勢いよく開く扉の音とともに男の声が割り込んできた。
うるせぇなと思いつつ振り返ると、やけに爽やかな笑顔でこっちを見ている男と目が合った。だが、男は俺と目が合った瞬間に訝しむような顔へと変わり、なぜか俺の背中の方に目がいき、その後アリアたちを流し見てから俺へと視線が戻ってきた。
そのときには訝しむような顔から納得したような顔へと変わっていた。
「そういや今日は別のところに行くって話だったんだわ。また来るね!」
男はそれだけいって出ていった。
…なんだったんだ?
まぁいい。名前を聞かれたんだったな。
俺が名前を答えようと女に視線を戻すと、女は苦笑いをしていた。
「あの人は最近この町に来たらしいんですけど、ほぼ毎晩ここに食べに来るんですよね。悪い人ではないんですけど、少し自慢話がしつこいのと、ずっとチラチラと見られてる気がするので、ちょっと苦手なんですよね。忙しいときとか関係なく話しかけてきますし。でも、いつも多人数で来てくれて、暴れたりすることはないので、お店としてはありがたいんですけどね。それにこの前喧嘩を仲裁してくれたときは少しかっこよかったですし。」
なんか聞いてもいないことを話し始めた。
終始困った笑顔の女ではあるが、本当に嫌いというわけではなさそうだ。
この女はきっといいやつなんだろうな。普通に考えたら鬱陶しくてウザい客でしかないのにそれを拒絶しないんだから。
まぁそんな話を客である俺にしてくる意味はわからないが。
自分でいうのもなんだが、俺は初対面で話しやすいタイプではないと思う。それなのにこんだけ話しかけてくるのはこいつが人懐っこい性格だからだろう。まぁ、悪い気はしないが。
「たぶんだが、あんたに惚れてんじゃねぇの。あんまりしつこいならハッキリいってやった方がいいぞ。じゃなきゃ、勘違いしてさらに距離が近くなるかもな。」
どうでもいい話だったが、今は気分が良かったから、わかっていなさそうなこの女に教えてやった。それなのに伝わっていないのか、不思議そうな顔を返された。
「いやいやいやいや、それはないですよ。私なんてどこにでもいるような女ですし。」
「まぁどこにでもいるような見た目ではあるな。」
「リキ様、それは褒めてにゃいよ?」
俺が女の否定に同意したら、セリナに突っ込まれた。
女も困った顔になったし、言葉が足りなかったみたいだな。
「可愛いとはいえ、さすがにどこぞの王女みたいな絶世の美女ってわけではねぇし、どこにでもいるような可愛さだとは思うが、その人懐っこい性格ならモテるだろ。少なくとも俺は嫌いじゃない。」
今度は少し顔が赤くなった状態でフリーズした。
話がいちいち止まって面倒ではあるが、表情の変化が面白い女だな。
「…王女とはローウィンス様のことですか?」
隣のアリアに予想外の質問をされた。
べつに個人を指したわけではなく、物語のお姫様的な意味でいったんだが、ローウィンスが美女なのが否定できねぇから答えに困る。
「もしかして私のこと?いや〜嬉しいけど困っちゃうにゃ〜。」
そういやセリナも元王女だったな。それに可愛いのは間違いないからなんかムカつく。
とりあえず誤魔化すように目の前にあったアリアの頭を雑に撫でながらセリナを見た。
「個人を指した言葉じゃなくて、ただの例え話だ。だからセリナは黙ってろ。」
「酷くにゃい!?」
チラッと視界の隅に映ったんだが、前に出てこようとしたニアが何事もなかったように元の位置に戻った。
この流れで俺に可愛いとかいわせようとしたのかもしれないが、セリナへの対応を見てやめたのかもな。
「…………私が可愛いですか?」
セリナのデカい声で我にかえったのか、女が質問してきた。
俺から話を広げておいてなんだが、正直どうでもいいから、早く名前を書いて飯を食いたいんだが。
「可愛いんじゃねぇの?好みがあるとは思うが、可愛い方なはずだ。嘘だと思うなら、店にいる客にでも聞いてみろよ。」
「え?『私って可愛いですか?』って聞いて回れってことですか?……いやいや!それじゃあ変な女じゃないですか!?」
ちょっと想像したら面白かったが、たしかに聞かれる側としては関わりたくないタイプだな。
「紙一重で面白いやつって思われるかもしれないぞ。あと、俺の名前はリキ・カンノだ。」
「べつに面白いと思われたいわけじゃないから、嫌ですよ。あっ、リキ・カンノさんですね。」
女は冗談をいい合いながらも仕事はちゃんとするタイプみたいだな。
俺が話の流れでいった名前も聞き逃さずにちゃんとノートに書いていた。
「…あれ?カンノさんってこの町に来てからけっこう長かったりしますか?」
「いや、さっき来たばかりだ。」
「じゃあ勘違いですね。カンノさんの名前を最近聞いたような気がしたんですけど、来たばかりじゃ話題に上がるわけないですもんね。それとももしかして高ランクの冒険者さんだったりします?」
「しないな。冒険者ではあるが、Fランクだ。」
ノートで何かを確認していた女が一度顔を上げてからノートに視線を戻し、すぐに驚いた顔で見てきた。二度見の見本みたいな見方だな。
驚いたのは一瞬だけだったのか、女はすぐに微笑みへと戻った。
「カンノさんは強そうだったので、それはそれで予想外ですけど、Fランクでしたら、たぶん私の勘違いですね。えっと、ウチは夜朝2食付きの1人1泊銀貨2枚で、それとは別で部屋代をもらってるんですけど、部屋割りはどうしますか?1から4人部屋までしかないので、4、3、3でいいですか?1人部屋の空きがあと4部屋しかないので、全員個室はちょっと難しいです。たまに3人で1人部屋に泊まる方もいるので、べつに人数分の部屋じゃなくても大丈夫ですよ。」
変わった料金設定だな。
でもたしかに1人いくらとかだからって多人数が1人1部屋を希望してきたらウザいしな。
「部屋代っていくらなんだ?」
「1人部屋が銀貨3枚、2人部屋が銀貨5枚、3人部屋が銀貨7枚、4人部屋が銀貨9枚です。トイレとシャワー室は1部屋に1つずつありますよ。」
「じゃあ3人部屋を3部屋と1人部屋を1部屋で頼む。」
女に部屋を頼んで、すぐにアリアたちの方を振り向いた。
「俺が1人部屋であとは好きに部屋割りしろ。1人でも文句をいったら全員で野宿だからな。それと決められた部屋で寝れないなら、今後は外に連れていかない。」
セリナとイーラが何かをいおうとしていたが、俺が先に文句を受けつけないといったからか、何も発さずに口を閉じた。
それを確認してから、女の方を振り向いたら、女は苦笑いをしていた。
「えっと…3人部屋3つと1人部屋1つですね。あと最初に確認するのを忘れてしまったんですけど、念のためこの水晶に身分証をかざしてもらっていいですか?」
最初にカウンターに置いた水晶は何の意味があるのかと思っていたら、そういうことか。
いわれるがままに冒険者カードをかざしたんだが、これって専用のやつじゃないと読み取れないんじゃなかったっけか?
「はい。リキ・カンノさん。確認できました。ありがとうございます。」
女はニコッと笑いかけてから、背後の壁に設置してある鍵つきの小さな扉を開け、そこから鍵を4本取り出した。
「これが1人部屋の鍵で、こっちが3人部屋の鍵です。ご飯はすぐに食べますか?それとも寝支度を終えてからの方がいいですか?」
鍵を受け取ってから銀貨44枚を支払い、女が渡してきた鍵のうち、3人部屋の3本をアリアに渡した。
部屋番号は鍵に書いてあるようだ。
「今からで頼む。」
「はい。それではあそこの空いている大テーブルのところで待っててもらえますか?」
俺が了承してテーブルに向かっていくと、女は食堂の奥へと走っていった。
女を長く足止めしちまったせいか、客の何人かが俺に不満げな視線を向けてきている気がする。
やっぱ人気あんじゃねぇか。
その視線のうちの1人が眉間にしわを寄せて、移動している俺らをずっと目で追ってきやがった。しかもそいつは大テーブルの近くの席だから、面倒ごとになる予感がする。
睨んでいるのとはまた違うっぽいが、ガン見されていい気分じゃねぇし、喧嘩を売る気なら買うつもりだ。だが、相手は60歳くらいの爺さんなんだよな。
まだ衰えているようには見えねぇし、むしろガタイはいいが、さすがにそんな爺さんと喧嘩ってなると萎えそうだ。強いならいいが、軽く殴っただけでポックリ逝かれたら後味悪いしな。
そんなことを考えながら大テーブルまで歩いていくと、案の定、爺さんが話しかけてきた。
「もしかして、兄ちゃんはリキっていう名前の冒険者だったりするか?」
「そうだが、だったらなんだ?」
俺が威圧はせずに睨み返すと、なぜか爺さんは満面の笑みへと変わった。しかもなぜか目尻に涙っぽいのが溜まってねぇか?
「やっぱりか!話に聞いていただけだったが、一目でわかったぞ!」
爺さんが席から立ち上がって近づいてきた。
さすがに予想外な反応だったから、どうすればいいのか判断に迷う。
爺さんと一緒に飲んでたっぽいおっさんも予想外な展開らしく、口を開いてポカンとした顔をしてやがる。
「だからなん……どういうつもりだ?」
俺が話しかけてきた理由を聞こうとしたら、爺さんが急に頭を下げてきた。
「孫を助けてくれてありがとう。それと、息子夫婦が恩知らずなことをして申し訳ない。」
「意味がわからねぇ。人を助けた記憶なんかねぇし、謝罪される意味もわからん。というか、お前は誰だよ。」
爺さんは頭を上げてから、思い出したように口を開いた。
「そうだった。儂はヤウコー・コノダタ。儂はずっとこの町に住んでいるんだが、息子夫婦がクローノストの辺境に住んでいてな。命は助かったんだが、魔王の事件のせいで家を失って、急いで逃げるために所持品をわずかばかりの金と身分証だけにしたために、宿にも泊まれず死にかけていたところでご飯を分けてもらったと聞いている。それだけではなく、魔王の軍団も倒してくれたらしいじゃないか。儂は知らせが届いてすぐに迎えに行ったんだが、それでも到着するまでにけっこうな時間がかかってしまってな。きっと孫は忘れられない恐怖で泣いているだろうと心配だったんだが、いざ迎えにいったら怖い思いをしたとは思えないくらいに孫が元気で安心したよ。それも君と青髪の女の子のおかげだと聞いている。孫にとっての英雄となってくれてありがとう。それと息子夫婦が君たちの強さを恐れてお礼すらいわずに距離を取ったとも聞いている。助けてもらったのに恩知らずな真似をしてすまなかった。代理で申し訳ないが、謝らせてほしい。」
爺さんがまた頭を下げてきた。
そのせいで、食堂の空気が最悪だ。
クローノストのことは俺の中では既に終わってることだから、感謝も謝罪も必要ないんだがな。
「とりあえず頭は上げてくれ。俺は気まぐれで飯を食わせただけで、善意でもなければ、助けたつもりもない。だから感謝なんていらねぇよ。それに脅威だった相手を簡単に殺しちまうやつを怖がるのは正常だ。謝る必要がねぇ。」
「だが、それでは儂が納得できん。」
「あんたの納得云々の自己満足に付き合う気なんかねぇよ。…だけど、そうだな。今は気分がいい。仕方ねぇから感謝は受け取るし、謝罪は飲み物一杯で許してやる。」
爺さんが困った顔から驚いた顔に変わり、最後にニカっと笑った。
「ありがとう!一杯といわずに何杯でも飲んでくれ!クリティカ!儂のおごりでこの兄ちゃんにビールと他の嬢ちゃんたちに甘い飲み物を持ってきてくれ!」
俺らの料理を持ってきたっぽい女に向かって爺さんが叫んだ。
クリティカってのはこの女の名前か?
というか、勝手に酒を頼まれたんだが…まぁ飲めないわけじゃねぇし、ここでは成人だから問題ねぇか。
「え?あ、はい!えっと、とりあえず先にこの料理置いていきますね。甘い飲み物はどれにします?オススメはミックス果汁です!」
「じゃあそれでいい。」
「では先に出来上がってる料理を持ってくるので、飲み物は少々お待ちを。」
クリティカはパタパタと走りながら厨房の方へと戻っていった。
「もしかして彼らはモドーの英雄かい?」
クリティカが厨房を行ったり来たりして料理を運んでいるのをなんとなく眺めていたら、おっさんが話しに入ってきた。
このおっさんは爺さんと一緒に飲んでたやつだな。
「モドー?」
「儂の孫だよ。あぁ、彼らはモドーの英雄だ!」
「そうなのかい?なら私からも何か奢らせてほしいな。」
そういったおっさんが俺の返答を待たずに忙しそうにしているクリティカに追加注文を始めた。
いや、既にいっぱいいっぱいのところに仕事を増やすとかちょっと可哀想だろ。
「なんだなんだ?ヤウコーさんとこの恩人か!?水臭えじゃねぇか!俺からも奢らせてくれよ!」
「モドーの英雄って『歩く災厄』だろ?全然悪そうでも嫌なやつでもねぇじゃねぇか。俺からも奢らせてくれよ。あんたが早く解決してくれたおかげでウチの親父の遺体を見つけることが出来たし、生まれ故郷に墓を作ってやることもできたからな。感謝してもしきれねぇよ!」
「本当に『歩く災厄』がヤウコーさんの孫の英雄だったのか!この場に居合わせることが出来た幸運に感謝したいから俺にも奢らせてくれ!」
この爺さんってこの町の有名人なのか?
1人重い話をぶちまけてきたやつがいたが、他は関係ないっぽいのにクリティカに追加注文をし始めやがった。
クリティカが困った顔で俺を見ているが、俺のせいじゃない。
とりあえず飯は全員分届いたから、盛り上がっているやつらを無視して食べることにした。
「いただきます。アリアたちは食べ終わったら部屋に戻っていいからな。」
「…リキ様は残るのですか?」
「あぁ、せっかく善意で奢ってくれるんだ。それを断るのは悪いしな。なにより今日は気分がいいし、この雰囲気も嫌いじゃねぇから付き合うつもりだ。酒が入るからアリアたちは参加しない方がいいだろうしな。あと、悪いが明日は起こしてくれると助かる。」
たぶん自力で起きようとしたら昼過ぎになるだろうからな。
「…はい。」
俺らが飯を食い始めたら、周りがテーブルを移動させて、俺らの大テーブルにくっつけてきた。爺さんは大テーブルの空き椅子に既に座ってやがるし。
「モドーの英雄に乾杯!」
「乾杯!!!!!!」
俺らの飲み物が届いたところで、爺さんが意味不明な掛け声を発したら、食堂にいたやつらが乾杯を返してきやがった。
ノリがいいやつらだな。
それからは1人ずつ俺のところにジョッキを合わせにきて、一言二言話して交代していく。
俺の飯が冷めるんだが…。
まぁでも、なんだかんだと乾杯に付き合ってるってことは、俺も満更でもないんだろうな。
この世界で奴隷や頭のおかしいやつら以外に歓迎されたのは初めてかもしれねぇ。
ふと横を見たら、爺さんがイーラに乾杯を求め、それにイーラがよくわからないといった顔で応えていた。
今この祭りのような騒がしさの中でなんで盛り上がっているのかわからず便乗しているやつもいるだろう。
それでも全員が楽しそうに飲んでいるんだから、きっとここはノリのいい町なんだろうな。
約1人たまにジト目で俺を見つつ忙しそうに動き回ってるやつもいるが、ほぼ全員が楽しげに飲む中に混ざるっていうのもたまになら悪くねぇな。
あぁ、悪くねぇ。
「リキ様…飲みすぎだと思うよ?」
いつのまにか隣にいたセリナが心配そうに俺を見てきたが、このくらいは大丈夫だ。せっかくみんなが奢ってくれるんだから、残したら悪いしな。
それに今は気分がいいんだから止めてくれるな。
「このくらいは大丈夫だ。確かに量は飲んでるように見えるかもしれねぇが、クリアナのところで出された酒よりかなり薄いっぽいから、問題ない。」
「いや、私はその時にいにゃいから比較されてもわからにゃいよ!?それを忘れるくらいに酔ってるんじゃにゃいの!?」
「心配ありがとな。でも大丈夫だ。いざとなれば今なら魔法で治せるからな。」
心配してきたセリナを安心させるように頭を抱き寄せて、わしゃわしゃと撫でた。
「え?え?リキ様がおかしいよ!?」
「…大丈夫です。リキ様は酔うと感情や思いを表面に出してくれるようになるだけです。だからその場所を代わってください。」
アリアが何かをいいながら近づいてきた。もう飯は食い終わったみたいだ。相変わらず早いな。
「アリアは成長期なんだから、もう寝とけ。せっかく綺麗になったんだから、睡眠不足で肌荒れなんてしたらもったいないぞ。他のやつも食い終わったらもう寝ろ。俺はもうちょい爺さんたちと話してから寝るから。」
セリナの頭から手を離し、近づいてきたアリアの頭を撫で、背中を軽くポンポンと叩いて部屋へと促した。
そして、何杯目かは忘れたが、新たにクリティカが持ってきたジョッキを受け取ったら、なぜかクリティカもジョッキを持っていたから、乾杯して互いにその場で飲み干した。
クリティカもいい飲みっぷりだな。
その後も寝る前に挨拶をしなきゃいけないと思ったのか、イーラたちも一度俺のもとまできて、俺と寝る前のスキンシップを取ってから部屋へと向かっていった。
ニアだけはなぜか残ったが、ニアは俺と歳がほとんど変わらなかったはずだし、まぁいいかと楽しい気分で爺さんたちとの飲みを再開した。