304話
304話
アリアからいわれた通りに魔寄せの香とやらに火をつけ、入れ物に蓋をした。
入れ物の横に複数ある小さな穴から、薄い煙が不自然に噴出していく。
ドライアイスを水に入れたときのような勢いで出ていくが、煙出すぎじゃね?
森の外周に着いたとき、予定を変更することになり、俺とセリナとヒトミとサーシャの4人だけが先行し、残りが道を作りながら後を追うということになった。
昨日来たときに思ったより木が密集していたからと、昨日のうちにアリアたちで話し合っていたらしい。
もちろん俺は何も聞いていない。
俺らは魔物を倒しながら、セリナの指示で奥へと進んでいくだけでいいとのことだ。
倒した魔物の処理は後から来るイーラがするから放置でいいとさ。
正直、未知の敵にアリアとイーラなしで挑むのは不安だが、今回の敵の脅威は石化なんだから、それを治せるアリアは後から来た方が安全ではあるのか。もともと最初はその予定だったしな。
そんで俺らはけっこう奥まで来たところで、アリアに渡された魔寄せの香をセットしてから歩きだした。
煙が安定するまでは走らない方がいいような気がしたからだ。
それにしてもこの匂い…。
「俺の鼻がおかしいのかもしれねぇけど、ずいぶんと不快な匂いだな。」
「本当だよね。よく血の匂いにゃんて再現できるよね。そもそも魔物を誘き寄せるためにそんにゃ匂いを作ろうにゃんてするのが怖いよ。」
やっぱりこれは血の匂いなのか。
そこまで濃い匂いではないから勘違いかとも思ったが、戦闘後の匂いと似ていたから、もしかしてと思ったらその通りなのか。
慣れはしたが、不快なことに変わりはない。
「これだと魔物も魔族も関係なく寄ってきそうだが、なんで魔族に効果があんまないんだ?」
ふと思ったことを聞いちまったが、今はアリアがいないからわからねぇか。
この中で1番知ってる可能性がありそうなセリナに目を向けると、セリナはヒトミを見た。
「あたしたち魔族って、魔物のときに初めて持った意思みたいなのが昇格後に強く影響を受けるみたいなんだよね♪だから、食欲が存在理由ってくらいでもないと血の匂いのする人間にはあまり近寄らないかな♪もちろん例外もいるけど♪あたしは『死にたくない』だからわざわざ知らない人間に近づきたいと思わないし、イーラもあたしと近いけど、どちらかというと『強くなりたい』かな?どっちにしろ血の匂いがするほど弱ってる人間に興味がないだろうからさ♪それに怪我してるってことは既にその人間を狙ってる同族がいるだろうから、行っても無駄足だろうって思うしね♪」
魔族はある程度考えることが出来るからこそってことか。
考えたうえで来ないってだけで、匂いが近づいてくるってのは気づかれはするんだな。
「襲ってこない理由はわかったが、血の匂いがするやつが近づいてきたらメデューサが逃げちまう可能性とかはないのか?」
「ないとはいえないかな♪でも、魔族は基本傲慢だからね♪弱ってる人間をわざわざ襲いに行こうとは思わないけど、近づいてくる人間から逃げようとするのは少ないと思うよ♪あたしは逃げちゃうかもだけど♪」
これも魔族によるってわけか。
「ちなみにサーシャはどうだ?」
「逃げるかどうかについてか?我は吸血鬼になってから血を好むからの。他の魔族とはちと違うかもしれん。美味そうな血の匂いがすればとりあえず見に行くかもしれぬな。そこで確認して、勝てぬ相手でない限りは逃げぬな。」
まぁ人間だって人によって違うのだから、魔族によって違うのは当たり前か。
そしたら念には念をでこの香が切れるまではあまり奥まで行かない方がいいのか?
メデューサが近づいてくる分にはかまわないが、逃げられるのは面倒だ。
俺がサーシャに返事をせずにどう動くかを考えていたら、サーシャが首を傾げた。
「そっちではなく、我が魔族になるさいに望んだことの話だったかの?それなら『愛されたい』かもしれぬな。」
俺の沈黙が望んだ答えと違うせいだと勘違いしたらしいサーシャが話を続けたんだが、いきなり予想外のことをいわれたせいで、時間が止まった気がした。
サーシャが愛されたい?
こんな自由人なサーシャが?誰に?
魔族になる前の話ってことは魔族領でのことだよな。ってことは人狼皇帝か?そしたらなんで子どもを作るってのを断り続けてんだ?サーシャなのに女心とかいう気か?
「だからサーシャはアオイみたいな喋り方をしてるんだもんね♪想い人の想い人を真似てるんだよね♪」
「我は聞くことしか出来んかったからあやつが鬼族を好いておったかはわからぬが、あやつが鬼族の女の話をするときの声が好きだったのを覚えておる。我もそんな声を向けてほしいと思ってしまったからの。だが、せっかく我が魔族となったというのに、会えておらんのだがな。まぁ我らに寿命はないからの。そのうちまた会えるじゃろ。あやつが戦闘で死ぬとは思えぬし。」
「サーシャも女の子みたいにゃ心があったんだね…。」
セリナが静かに驚きながら呟いていた。
ヒトミは知ってたみたいだし、サーシャ自身が隠してる感じもないのにセリナは知らなかったんだな。
「会えるといいね♪そのために吸血鬼から種族を変えなかったんだもんね♪」
「どういうことだ?」
「サーシャもシャドウになれたんだけど、シャドウになると生殖機能を失っちゃうからさ♪」
そもそもシャドウがわからねぇが、このいい方だと吸血鬼よりも上位の種族ってことか?
その選択肢を捨ててでも子どもを作る機能を残すほどに好いてるやつがサーシャにいるのか。意外だな。
どんな相手なのかを聞こうと思ったところで、セリナの空気が変わった。
立ち止まって目を向けると、遠くを睨みながら耳と鼻をピクピクしている。
「来たみたい。外周にあまり魔物がいにゃいから平気だと思ったけど、予想より魔物の量が多いかも。」
セリナにいわれて気配察知に集中すると、遠くからこっちに向かってくる集団がいる。
まだけっこう遠いから形まではわからんが、数が多すぎねぇか?
「この香ヤバいな。かなりの数が集まってきてんじゃねぇか。」
「匂いだけじゃにゃくて魔力的作用もあるらしいからね。でも既にいる魔物を惹きつけるだけだから、まだマシだと思うよ。集まってきてる魔物もそこまで危険にゃのは混ざってにゃさそうだし。」
なぜかセリナが苦笑していた。
これでマシって、もっと酷い状況になったことでもあるのか?だとしたら俺の知らないところで何やってんだって感じだが。まぁ、セリナの性格からして無理はしないだろうし、アリアもさすがに命に関わるようなことを俺の知らないところでさせないだろうから、そこまで心配はしていないがな。
セリナと話しているうちにも魔物がどんどんと近づいてきている。
今回は俺のストレス発散のためにアリアが用意してくれたんだし、俺が前に出なきゃだよな。
この量をアリアの補助も精霊術もなしに片付けるのはしんどい気がするが、この状態でもちゃんと戦えるようにはなっておくべきだろうからちょうどいいっちゃちょうどいいか。
だが、さすがに敵の数が多すぎる。
まずは少し数を減らすべきだな。
ふと、超級魔法でまだ一度も使っていない魔法を思い出した。
名前からして使いどころを考えないとヤバいと思って試してすらいなかったんだが、これだけ距離のある敵なら使ってみても俺らにまでは被害はないんじゃねぇか?
一応セリナたちより一歩前へと出て、意味があるかはわからないが、遠くに見える魔物に向けて手を前にかざした。
『超級魔法:溶岩』
そこそこのMPを持っていかれたと思った瞬間、けっこう離れた俺の指定した位置の地面が真っ赤に染まった。いや、赤というより、かなり明るいオレンジといった方が正しいか。
わずかに遅れて、オレンジの地面に触れていた木が燃え始めた。
しかもMPがけっこうな勢いで消費されていく。
平らな地面が溶岩に変わったおかげか、流れてくる心配はなさそうだが、溶岩ってこんなに明るい色だったか?
そんなことを考えているうちに先頭の狼みたいな魔物がオレンジの地面に足を踏み入れ、前足を滑らせたらしく転けるように顔から突っ込んだ。
そして、すぐに火だるまとなってもがくように転がり始めた。
後続は避けて通ろうと進路を変えようとしたみたいだが、走る勢いが良すぎて進路変更が間に合わなかったのか、オレンジの地面へと突っ込み、次々と火だるまと化していく。
魔物たちが溶岩に突っ込むとそれを拒むかのように溶岩が跳ね、周りに飛び散り、被害を拡大させていっている。
いや、被害が魔物だけならいいんだが、森が…燃えてるんだが。
木々は水分を多く含むから燃えづらいはずなんだが、火事待ったなしだな。
魔物はかなり減らせたから悪くはないが、火事は予想外だ。いや、単純に考えが足りなかっただけなんだがな。
「うわぁ…。」
斜め後ろにいるセリナからドン引きしたような声が聞こえてきた。
溶岩に突っ込んでくる魔物がいなくなったところで魔法を切ったんだが、溶岩はなくなってはくれないみたいだな。
MPは…まだまだあるな。
『超級魔法:嵐』
空が曇り始め、雨がパラパラと降り始めた。
オレンジの地面に触れた雨が水蒸気と変わり、それを運んできているからか以前使ったときよりも生ぬるい風が吹いてきた。
常に風が吹いているおかげか視界は保てそうだな。
俺が魔物たちに向かって走り出すと、セリナたちもついてきた。
「あそこの地面の位置は覚えておけよ。俺がいいっていうまでは絶対に踏むな。あと、しばらく雨風がかなり強くなるから、飛んでくるものや滑る地面に気をつけろ。」
「「「はい!」」」
溶岩を回り込んで近づいてきたやつらが間合いに入る直前で踏み込み、先頭の熊のような魔物の胴体を殴ると、ズシリと反動を受けながらも吹っ飛ばした。
吹っ飛んだ魔物が少し濃い赤色に変わった地面に落ち、火だるまと化す。しかもそいつを追い出そうとするかのように吹き出した溶岩はまだ明るいオレンジ色だった。冷めてるのは表面だけみたいだな。
それを横目で確認しながら、次の熊みたいな魔物の足を払い、転けかけた魔物の顔面を殴りつけた。
首が270度くらい回ったから、さすがに死んだだろうと判断し、その魔物を足場にして、後ろにいた違う熊のような魔物の顔へと飛びつきながら、かかと落としを脳天に直撃させた。
この程度のやつらならスキルすら使わずとも一撃で倒せるっぽいな。
さすがに弾けたりはしねぇけど、このくらい反動があった方が戦ってる感覚はあるな。
自然と口角が上がっていることに気づいたときに視界の隅に映ったセリナが俺の顔を見て顔を引きつらせやがった。
たしかに魔物を殺して笑ってるとかヤバいやつだわな。だが、ただただ処理するように魔物を切り殺してるセリナも十分ヤバいやつだからな。
次に飛んで近づいてきた魔物に目を向けると、自力ではなく風に吹き飛ばされてるだけっぽいな。
嵐がかなり酷くなってきてやがる。俺のMPも残り半分を切ったみたいだ。
飛んできた人間の上半身ほどの大きさのテントウムシのような魔物を地面に叩きつけるように殴り殺し、少し離れたところにいた熊みたいな魔物との距離を詰め、溶岩の方にふっ飛ばすように腹を殴りつけた。
狙い通り黒く変色した溶岩の上に落下した魔物は表面を突き破り、中から吹き出した赤い溶岩に飲み込まれて燃え上がった。
まだ固まらねぇのかよ。
森の火事はあと少しでなんとかなりそうだが、溶岩はもうしばらくかかるか?
服が雨を吸って重くなってきてるし、地面が滑るし、風が強くて重心がずれるしで最悪だ。
最悪なのに、上がる口角が戻らねぇ。
「楽しそうだね♪」
近くにきたヒトミがモーニングスターで魔物を吹き飛ばしながら笑顔を向けてきた。
おかしいな。ジョブを戦闘狂にはしてねぇんだが…たしかに楽しいわ。
「そうだな。」
強風で飛んできた太めの枝を避け、その枝が当たって怯んだ魔物の顔面を殴り、後ろから近づいてきた魔物の横っ腹に後ろ回し蹴りをめり込ませた。
ちょっと魔物が密集し始めてきたと思ったら、一部の魔物が破裂した。
破裂した魔物の血が生き物のようにサーシャのもとへと流れていったから、サーシャがやったんだろう。
よく見るとセリナとヒトミは魔物を密集させないように間引いてるだけで、それ以上は手を出さないようにしてるっぽいな。
どうやらかなり気を使われているみたいだ。
それなら、最大限楽しませてもらうとするか。
俺は『気纏』と『会心の一撃』を全身に纏わせ、1番近場の魔物へと間合いを詰めた。