334話
334話
腹が減っていたから、宿に帰ってすぐに食堂で飯にしたんだが、向かいの席に座っているレガリアの様子があからさまにおかしい。
一応飯は食っているがかなり遅いし、俺でも気づけるほどに顔色が良くない。今朝はなんだかんだとアリアたちとの飯に馴染みつつあった気がするんだが、なぜかレガリアはイーラに抱かれていただけなのに疲れてたっぽいし、疲れてるときにこのテンションはキツいとかか?
それともほとんど動いてないから腹が減ってないってだけか?
レガリアを見ていたら、レガリアの隣に座ってるセリナが俺を見ていることに気づいた。
視線を向けると、セリナは促すようにレガリアへと視線を向けた。これは俺が声をかけろってことか?
「……レガリア、腹減ってないのか?」
「いえ、そんなことは………いえ、そうですね。申し訳ありません。」
「まぁ無理して食う必要はないから、食えるだけにしとけ。」
「はい。ありがとうございます。」
俺が話を終えたら、またセリナからの視線を感じて目を向けると、なぜかセリナが不満そうな顔をしていた。
そんなに気になるなら自分で声をかければいいじゃねぇか。
「……具合でも悪いのか?」
セリナがずっと見てくるから、仕方なくレガリアに続けて声をかけたんだが、レガリアは俯いているせいか自分にいわれていることに気づいていないようで、スルーされた。
まぁいいかと思ったところで顔を上げたレガリアと目が合い、レガリアがハッとした。
「私ですか?いえ、そういうわけでは…。」
…うん、俺には無理だ。
まぁわかっていたことだが、俺に人の悩みを解決する能力なんかねぇからな。
いまだに見てくるセリナに対して肩をすくめてから飯を再開した。
セリナ以外も俺がレガリアに話しかけたことで一瞬だけ静かになったが、すぐにいつも通りの飯風景へと戻った。
「………………でしょうか。」
そろそろデザートでも食べようかと思ったところでレガリアが何かをいったみたいだが、よく聞こえなかった。
「なんかいったか?」
「私はどうしたらいいのでしょうか?」
急になにかと思ったが、そういやこいつはお嬢様だし、普段は全部メイドがやってくれるのかもな。だからこの後どうすればいいかわからないとかか?
「ずいぶん眠そうだし、とりあえずそれをさっさと食って、シャワーを浴びて寝ろ。明日も早いからな。」
「違う、そうじゃにゃい!」
レガリアの質問に答えたら、なぜかセリナが口を挟んできた。
「じゃあどういう意味だよ?」
「いろんにゃことに巻き込まれて、どうしていいかわからにゃいから、相談したいんだと思うよ。」
さっきの一言でそこまで理解できるわけねぇから。
もしセリナのいう通りだったとしても、確実に相談相手を間違えてるからな。
「そうなのか?」
「……はい。もうどうすればいいのかがわからないんです。」
「俺に聞かれてもな…イデレクーダは諦めたみたいだし、もう終わったことなんだから、忘れたらいいんじゃねぇか?」
俺があまりにもてきとうに答えたせいか、レガリアが泣きそうな顔で俺を見てきた。
「魔族が去ったからといって、終わるわけではないじゃないですか…既に起きたことはなかったことになりませんし、今度は勇者様が私を狙うなんていわれてもわけがわかりません。勇者様に恨まれるようなことなんてしていないのに、なんで私ばかりこんな目にあうのですか?侯爵家に生まれたからですか?ダカーバ王子と同じ年に生まれたからですか?私がダカーバ王子の婚約者となったために今までしてきた努力は殺されるためだったのですか?こんなことなら貴族になんて生まれたくありませんでした…。」
「貴族の話を俺にされてもな。たしかに主犯がいなくなったからって即平和になるわけではねぇけど、そんなことを俺にいわれてもどうしようもねぇよ。まぁ主犯は去ったが、レガリアの父親が帰ってくるまでは約束通り護衛は続けるから、考えるのは父親が帰ってきてからにすりゃあいいんじゃねぇか?」
俺に聞かれたところで困るからと問題を一度棚上げすることを提案したら、レガリアがポロポロと泣き始めた。
泣かれたところでどうしようもねぇんだが、こんな状態のやつとあと2日も過ごすのはキツいな。
だからといって俺が話を真剣に聞いてやったとしても、アドバイスなんてできる気がしねぇから、根本的な解決にはならんしな。話をするだけで落ち着けるようなレベルの話ではねぇだろうし。
どうすっかな……ん?そういやちょうどいいやつがいるじゃねぇか。
「わかったわかった。俺自身は貴族の役割とかよくわからんから相談に乗ってはやれないが、知り合いにそういうのに詳しくて頭も回るやつがいるから、そいつを紹介してやる。だからそいつに相談してくれ。」
俺の言葉に対して、レガリアはポロポロと涙を流しながら、ただただ見つめてきた。
なんだかんだとしっかりしてるやつだと思っていたが、中身は案外歳相応だったのかもな。
まぁ、俺と出会ってから今までの出来事を考えれば、精神的に弱ってもおかしくはねぇか。
「とりあえずそれくらいはちゃんと食べた方がいい。そんで、シャワーを浴びて少しでも落ち着いておけ。その間に呼んできてやるから。」
「……はい。」
レガリアは鼻をすすりながら、完全に冷めきっている目の前の料理を食べ始めた。
ずいぶん精神的にやられているっぽいのに食事姿はさすが貴族という綺麗さだ。それだけ努力したんだろうな。
ゆっくり食べているレガリアから視線をメニューへとズラし、店員を呼んでデザートを頼んだ。
俺らがデザートを食べ終えて少しした頃にレガリアもやっと食べ終え、俺らは部屋へと戻った。
ひとまずシャワーを浴びながら、以心伝心の加護でローウィンスへと繋げた。
「今大丈夫か?」
「はい、もちろんです。どういたしました?」
いつもながら即答してきたな。
「ちょっと頼みたいことがあるんだが。」
「はい、私が出来ることであれば喜んでお受けいたします。何をしたらよろしいのでしょうか?」
まだ内容を告げていないのに快諾してきやがった。
変なことを頼む気はさらさらないが、せめて内容を確認してから答えた方がいいと思うぞ。
俺としては断らないでくれるのは助かるが。
「今護衛してるやつがだいぶまいっちまってるみたいだから、励ましてやってくれねぇか?」
「……励ます、ですか?」
「あぁ。貴族の子どもなんだが、俺には貴族社会のことなんかわからねぇから、ローウィンスが適任かと思ってな。」
「私を選んでくださったことは嬉しいのですが、励ます、でよろしいのですか?」
あらためて確認されたが、何を確認したいのかがイマイチわからん。
「べつに便宜を図ってやってくれとかじゃなく、ただ話を聞いて助言をしてやってくれればいい。もちろん話をする時間的な余裕があればでいいが。」
「時間は問題ありません。いつ呼んでいただいても問題ないように仕事は全て早めに終わらせていますから。お話はこの加護を通してでいいのでしょうか?」
「いや、出来れば直接の方がいいと思うから、もうちょいしたら迎えに行こうと思うんだが、ローウィンス的には加護越しの方がいいか?」
「いえ、私もお話をするのであれば直接の方がいいです。ただ、今は入浴中ですので、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「それは大丈夫だ。俺もレガリアもシャワーを浴びてるところだから、ゆっくりでかまわない。風呂から出たらまた連絡してくれ。」
さっきまで普通に会話をしていたのに、急に返事がこなくなった。
そういやここはカンノ村からけっこう離れているから、MPが切れたのかもなと思って指輪を見てみるが、観察眼で見た感じではまだ繋がっている気がする。
「…………………レガリア様とはレガリア・アルバート様でしょうか?レガリア様には婚約者がいらしたと思うのですが、一緒にシャワーを浴びているのですか?」
返事がないと思ったら、凄い勘違いをしてたみたいだ。
「そんなわけねぇだろ。シャワーはもちろん寝る部屋も別だ。というかレガリアを知っているのか?」
「それは良かったです。失礼な勘違いをしてしまい申し訳ありません。レガリアさんとは面識はありませんが、名前だけでしたら何度か耳にしたことがあります。とても綺麗で、優秀な方と伺っています。先日学校を卒業したばかりかと思いますが、次期王妃になることが内々で決定している程にアヤレジ王国の王や王妃に気に入られている優秀な令嬢だと聞き及んでいます。」
名前を聞いただけで当たり前のようにスラスラと情報が出てくるのは凄いな。
俺が今いる国がどこかをわかっているにしても、他国の貴族の娘なんて名前だけで思い出せないだろ普通は。
「まぁ、ぱっと見セリナくらいの年齢にしてはしっかりしてるかもしれないが、あまり過大評価せずに会った方がいいと思うぞ。ローウィンス基準で優秀だと決めつけて相談に乗ったら、レガリアの精神が余計に抉られそうな気がするしな。」
「ずいぶんレガリアさんを気にかけていらっしゃるのですね?」
「そういうわけではねぇけど、まぁ今回はちょっと同情するくらいには酷い目にあってるからな。あと数日護衛をするのにあの状態は困るし。そんじゃあ用意が出来たら連絡してくれ。」
「はい。それでは後ほど。」
ローウィンスとの連絡を終える頃には髪も体も洗い終えていたが、なんとなくもう少しだけシャワーを浴びてから出ることにした。
ローウィンスからの連絡を受け、『超級魔法:扉』を繋げた。
ローウィンスは寝巻きではなく落ち着いたドレスを着ていて、風呂上がり直後だからか頰が少し赤みを増している。
髪はセットされていなさそうだが、ただ下ろしているだけでも十分に魅力的な艶をはなっていた。それが少し濡れているせいか輝いているようにすら見える。
一言で表すなら目に毒だ。
湯上りのローウィンスは何度か見ているはずなのに、場所が変わるだけで印象もだいぶ変わるんだな。
宿屋のベッドを背景に湯上りで火照った美女とか…。
「お待たせいたしました。」
「いや、大丈夫だ。それじゃあ早速頼んでいいか?」
「もちろんです。といいたいのですが、その前にアリアさんから事の成り行きをお聞きしてもいいでしょうか?」
「ん?なんでアリアから?いや、まぁいいけど。」
「ありがとうございます。アリアさんから聞くのは1番早く情報伝達が出来るかと思ったからです。」
まぁ俺は上手くまとめて話すのが得意なわけじゃねぇから、アリアに聞いた方がたしかに早いかもな。
それに2人はよく話とかしてるみたいだし、話し慣れてる可能性もあるだろう。
「……お待たせいたしました。それではレガリアさんのところに参りましょう。」
ローウィンスがわざわざアリアを選んだことに納得したら、ローウィンスが声をかけてきた。まだ1分も経ってないと思うんだが。
「は?もう終わったのか?」
「はい。アリアさんからは言葉ではなく、既に文字に起こしていた情報をそのまま送っていただいたので、時間をかけずにすみました。まだアリアさんとしか文字での以心伝心は出来ていませんが、これが出来るようになったおかげで情報の受け渡しに時間をかけずに済むようになりました。」
なぜか嬉しそうにローウィンスが答えた。
以心伝心の加護ってのは電話みたいなものと決めつけていたが、イメージも送れたりするのかね。もしくは異常に頭がいい2人だから出来るのか…少なくとも俺にはイメージの送り方がわからん。
それにもし文字で送られたところで、俺は速読なんか出来ねぇから、言葉でいわれるより理解するのが遅くなる可能性すらあるけどな。
「まぁ状況を把握したのならよろしくな。」
「リキ様にも同席していただけないでしょうか?」
「べつにかまわないが、俺がいてもなんの役にも立たないと思うぞ?」
「隣にいていただけるだけでも、とても助かります。」
「まぁいいけど。じゃあ行くか。」
「はい。」
部屋から廊下へと出たところで、ローウィンスが声をかけてきた。
「扉を1枚隔てた先が違う国というのは不思議な感覚ですね。」
こいつはいきなりなにいってんだ?と思ったが、扉ってのは今通ったところのことではなく、超級魔法の話か。
もしかしてローウィンスを通したのは初めてだったか?
「いわれてみればたしかにそうだが、俺にとっては便利って感覚しかなかったわ。まぁ誰でも使えるようになったらそれはそれで問題になりそうだが。」
ローウィンスに返事をしたときにはもうレガリアがいる部屋の目の前だったから、これ以上話は続けずにノックをしようとしたんだが、先に扉が開いた。
扉を開けたのはセリナだ。
「レガリアはもうシャワーは浴び終えたか?」
「終わってるよ〜。やっぱりローウィンス様だったんだね。よろしくお願いします。」
セリナが姿勢を正してローウィンスに頭を下げた。
ローウィンスは微笑みながらセリナの頭を上げさせた。
「そんなにかしこまらないで大丈夫ですよ。それで、レガリア様はどちらに?」
ローウィンスの言葉に対して、セリナは苦笑いをしながら視線で答えた。視線の先には窓際に置かれた椅子に座りながら夜空を眺めているレガリアがいた。
貴族ってのは思い悩む姿すら俺らとは違うんだな。たしかに絵にはなるんだろうが、どこの物語のお姫様だよって感じだ。いや、レガリアの場合は異世界の貴族令嬢だから、そこまでおかしくもないのか?
俺が無意識に眉間に皺を寄せてレガリアを見ていたら、ローウィンスが歩いてレガリアへと近づいた。
少しだけ距離を置いてローウィンスが立ち止まると、レガリアがゆっくりとローウィンスへと顔を向けた。
「お初にお目にかかります。アラフミナ王国にて公爵の地位をいただいているローウィンス・アラ・スルウェーと申します。」
ローウィンスがドレスの一部を摘んで膝を曲げる姿をぼーっと見ていたレガリアが慌てて立ち上がった。
「ご丁寧にありがとうございます。私はアヤレジ王国アルバート侯爵家第一子、レガリア・アルバートと申します。どうぞお見知りおきください。」
レガリアは慌てていたわりには言葉が途切れることもなく綺麗な姿勢で挨拶を返した。
どこで話をしようかと思ったら、セリナが気を利かせて椅子を持ってきてくれた。
ローウィンスは慣れたようにセリナの用意した椅子に音も立てずに自然と座った。俺もセリナから受け取った椅子に腰かけ、レガリアは俺らが座ったことを確認してからスッと着席した。
自分の座り方なんて初めて意識したが、ただ座る動作だけでもずいぶんと違いが出るんだな。
どう育ったらそんな綺麗な姿勢を維持できるのかね。
「リキ様とお会いになってからの出来事は伺っております。王族に関わる立場では珍しくないこととはいえ、大変な思いをしましたようで、心中お察し申し上げます。」
「リキ様?」
馬鹿丁寧な話し合いが始まったと思ったら、レガリアがいきなり呆けた顔で俺を様付けで呼んできやがった。意味がわからん。
「はい。リキ様は貴族ではありませんが、私にとっては最上位ですので、敬称をつけるのは当たり前です。」
どうやらレガリアは俺のことを呼んだのではなく、ローウィンスの言葉に疑問を持ったみたいだ。
レガリアがローウィンスの答えを聞いて、確認するように俺に目を向けてきた。
「知らん。こいつが勘違いして俺を過大評価しているだけだ。気にするな。」
「えぇ、レガリア様もリキ様ともうしばらくともにお過ごしになられればご理解されるかと思います。」
「…お2人は婚約者なのでしょうか?」
「いえ、今はまだ違います。私はお慕いしておりますので、リキ様に振り向いていただくために努力をしているところです。」
レガリアの疑問に対してなんでそうなるんだよと呆れていたら、先にローウィンスが答えたんだが、意味がわからん。いや、言葉の意味はわかるが、そこまで俺に好意を向けてくれる意味がわからん。
レガリアも驚いて固まってるくらいだし、ローウィンスはやっぱりおかしいんだろう。
「俺のことはいいから、レガリアは悩みを聞いてもらえ。こいつは年齢もそこまで離れてないだろうし、立場も近いから俺よりはわかってくれると思うぞ。」
俺が話を進めようとしたら、レガリアがローウィンスに向き直った。レガリアに見られているローウィンスは俺のいったことに否定も肯定もせずに微笑んだ。
「既に公爵の地位を得ているローウィンス様と私が近い立場だなんて恐れ多いです。」
「そんなにかしこまらないでください。ここはアヤレジ王国なのですから。友好国とはいえ公的に訪れた訳ではありませんので、アラフミナ王国の地位など関係ありません。地位の話をするのであれば、この場ではレガリア様が上となります。」
「……申し訳ありません。たしかにローウィンス様のおっしゃる通りかと思います。ですが、私はこれからローウィンス様に相談を受けていただく立場なため、私だけ言葉を崩すような失礼を働くつもりはございません。」
「いや、話が進まねぇからどっちも普通に話せよ。そのまま馬鹿丁寧に話すせいで時間がかかるんなら俺は部屋に戻るからな。」
「それでは私も普段通りに話させていただきますので、レガリア様もあまり気負わずにお話しください。貴族言葉のせいで意味を取り違えたりしたら困りますから。」
俺が早く話を進めさせようとしたら、ローウィンスが即答した。さっきまで下手に出ようとしてたくせにあっさりと引き下がったせいで、レガリアがまた驚いた顔をしてやがる。
そういやローウィンスってその場に合わせて変わるタイプだろうから、真面目な一般人っぽい貴族のレガリアには理解が追いつかないのかもな。
「ローウィンスはこういうやつだ。べつにタメ口きいたって怒りはしねぇだろうから、俺らと接する感じで接すればいい。さっきの話し方の方が話しやすいならそれでもいいから、さっさと話を進めろ。」
「は、はい。」
戸惑っているレガリアにもう一度話を始めるように促したら、レガリアが覚悟を決めた顔でローウィンスに視線を向けた。だが、すぐに困った顔で目を逸らした。
「レガリア様のお悩みはどうしていいかわからなくなってしまったということでよろしいでしょうか?」
なかなか話し始めないレガリアにもう一度話すように声をかけようかと思ったら、ローウィンスがレガリアに話しかけた。
「……はい。」
一度ローウィンスを見てから、また目を逸らしながら俯いたレガリアだったが、絞り出すように返事をした。
俯いているレガリアに対して、ローウィンスが優しげに微笑みかけた。
「好きにすればいいと思いますよ。」
少し冷たさを込めた声色で答えたローウィンスに驚いて顔を向けたんだが、顔は微笑みのままだった。
俺の聞き間違いかと思ったが、目の前のレガリアが顔を上げて驚いているから、聞き間違いではなさそうだ。
「何をそんなに驚いているのでしょうか?民の税のおかげで恵まれた生活を13年間も送れたというのに、少し不幸が続いただけで貴族になりたくなかったとおっしゃったのでしょう?それなら、一度平民の生活を経験してみるのも良いのではありませんか?もちろん想像よりも大変だったので貴族に戻りたいと思われたとしても平民から貴族には戻れないかと思いますけれど。貴族から平民へとなることはそう難しいことではありませんので、ご希望とあらばお手伝いいたしましょう。」
ローウィンスは相変わらず微笑んではいるが、なんか声色が怒っているように聞こえる。
もしかして貴族であることの不満話はローウィンスにとっての地雷だったか?でも普通に考えたら貴族ってのは誇りでもあるんだろうから、貶されたら怒るか。まともな貴族に会うことがほとんどなかったから考えてなかったわ。すまん、レガリア。
「たしかに平民と比べれば恵まれた生活を送れていたとは思います。ですが、私は侯爵家に恥じない生き方をするために血の滲むような努力もしてきました。平民には平民の苦労があるとは思いますが、貴族には貴族の苦労があります。公爵であられるローウィンス様ならばご存知でしょう?」
「貴族が負う義務についてでしたらもちろん存じていますよ。それを苦労と取るかは人それぞれですので同意しかねますけれど。王族や貴族は民を守り導く存在なのですから、能力が足りないのであれば努力するのが当然です。」
「貴族が民を守るために努力をし続けるべきということは理解できないわけではありません。だから私も恵まれた生活に見合った以上の努力をしてきたのですから。ですが、一方的に婚約破棄をされ、地下牢に閉じ込められて、命を狙われるのが少しの不幸とおっしゃるのですか?」
「えぇ、その程度は何も珍しくないかと思います。まだ学校を卒業したばかりとのことなので、知らないのも無理はないのかもしれませんけれど、命を狙われたというのに生活に対する苦労を貴族と平民で並べているのですから、レガリア様の最近の出来事はわずかな不幸でしかなかったのだとしか思えません。」
ローウィンスはずっと微笑んでいるから、見ただけなら穏やかな話し合いともいえなくないんだが、実際はかなりヒートアップしているような気がする。
人選間違えたか?
「……それはどういう意味でしょうか?」
「命を狙われるのが貴族だけだと思っているのでしょう?それが勘違いだという意味ですよ。」
「…。」
「レガリア様は恵まれていらっしゃるので、前もって情報を得る機会もありますし、リキ様のように頼もしい護衛を雇うことが出来るため、結果的に問題なく済んだと自覚するべきです。もし平民であれば、奴隷狩りに狙われた時点でなす術なく奴隷として一生を過ごすことになりますから。奴隷が全て最悪の人生を迎えるわけではありませんが、リキ様のように優しい方は極一部ですよ。すぐに死ねるならまだいい方でしょう。最悪を知りたいのであれば、この国でしたらキスログ子爵がそういった趣味をお持ちだったかと思いますので、隠し部屋を見学させていただくと良いかと思います。」
ローウィンスが話すのを黙って聞いていたレガリアの顔が歪んだ。
「……なぜローウィンス様は他国の貴族のことをご存知なのでしょうか?」
「私も恵まれた立場にいるため、情報を集めることができるというだけですよ。なぜそんな情報を集めているのかという意味でしたら、私は子どもは育て方次第でいくらでも可能性があると思っています。だから、子どもを消耗品扱いする方を敵と認識しているため、敵の情報を集めているだけです。戦争を仕掛けるつもりがあるわけではないので、そんなに警戒しないで大丈夫ですよ。でも、よかったですね。レガリア様はお綺麗ですからキスログ子爵に好意を向けられていたようですけれど、侯爵家に生まれていたおかげで諦めてもらえていたようですから。もしその容姿で平民として生まれていましたら、キスログ子爵のお気に入りでしたでしょう。そういえば、レガリア様は平民になりたいと思っているのでしたね。それなら今からでもキスログ子爵のお気に入りにしていただけるかもしれません。」
ずっと微笑みを維持しているローウィンスをちょっと不気味に感じてきた。
真横にいる俺がそう思っているのだから、その微笑みをずっと向けられているレガリアはたまったもんじゃないだろうな。
「……申し訳ありませんでした。」
「急にどうなさったのですか?レガリア様に謝罪される理由が思い当たらないのですが。」
「…。」
「もうやめてやれよ。レガリアが泣きそうじゃねぇか。」
俺が余計な口を挟んだせいで、ローウィンスの微笑みが俺に向き、よくわからない不快感のせいで俺の顔が歪んだ。
「……わか…。」
「いや、俺が悪かった。続けてくれ。」
ローウィンスが了承するのを途中で無理やり遮った。
直感だが、止めるべきではない気がした。
たぶんローウィンスにとってはレガリアはそこまで重要人物ではないんだろう。
俺が頼んだから話しに来ているだけで、俺がやめろといえばすぐに止めるくらいのどうでもいいことなんだろうな。
それでも頼まれたからにはたぶん話の道筋やらを考えてきているんだろうから任せた方がいいはずだ。今止める方が面倒になりそうな気がしたから、レガリアには悪いがもうちょい凹まされてくれ。
「どうやら少しいい過ぎてしまったようですね。レガリア様は優秀な方と伺っていましたので、少し厳しいいい方になってしまいました。申し訳ありません。」
ローウィンスが座ったまま頭を下げたことで、泣きそうだったレガリアが驚いて余計に泣きそうな顔になりながらあたふたし始めた。軽いパニック状態だな。
「あ、いえ、あの、や…あ…え…。」
「先にいいました通り、この後どうするかはレガリア様次第です。これからも貴族としてあり続けて後始末に取り組むのも、貴族をやめて平民として生きていくのも決められる立場にあるのですから、よく考えて決めたらいいと思います。もちろん、どちらを選ぶとしても、私でよろしければお手伝いいたしますよ。」
「……あ…えっと……ん…。」
急にローウィンスからの圧が消えてかなり優しげな微笑みと口調に変化したことで、レガリアはまだ混乱しているみたいだ。
ローウィンスの顔は変わっていないのに器用なやつだな。
「ですが、もし私の意見を聞いていただけるのでしたら、もう少し貴族として頑張っていただければと思います。」
「……え?…それは……どうしてですか?」
ローウィンスが初めて微笑みを崩して悲しそうな顔をした。
「せっかくしてきた努力が報われないのは悲しいではないですか。それにレガリア様はまだ学校を卒業したばかりで成人もしていません。先程いいました通り、私は子どもにはいくらでも可能性があると思っています。子ども扱いをされるのは不快かもしれませんが、レガリア様もいくらでも可能性があるのです。それなのにこの程度のことで諦めてしまうのはもったいないかと思います。恵まれた環境にいることは悪いことではありません。その環境をどう活かすかが重要ではないでしょうか?」
話しながらいつのまにか身を乗り出していたローウィンスがレガリアの手を両手で優しく握っていた。
ここからだと顔が一部しか見えないが、微笑みでも悲しそうな顔でもなく、真剣な顔をしている気がする。
「……はい。」
「わかっていただけて嬉しいです。もうレガリア様は大丈夫そうですね。」
「……ありがとうございます。」
俺が冷めてるせいなのかはわからないが、これは茶番か何かか?
今まで一応話を聞いていたつもりなんだが、一度もイデレクーダや王子や勇者の話が出てきてない気がする。正確にいえばレガリアが受けた不幸として話には出てきたが、それだけで話がまとまったというか悩みは解決したのか?
「レガリア様でしたら先ほどまでの会話だけで、情報の大切さや平民の境遇、立場を利用した人間について理解していただけたかと思います。そして、それらを改善できるのは高位の貴族だけだということも。するべきことを理解していれば、人は強く生きられるものです。辛いときはこれからも頼ってください。微力ながら協力させていただきたく思います。」
「ありがとうございます。……なぜ、他国の、初対面の私にそこまで良くしてくださるのですか?」
「リキ様から頼まれましたからというのはもちろんありますが、私個人としてもレガリア様には期待しているからですよ。」
「……期待、ですか?」
「はい。この大陸には権力を悪用する方々が絶えません。少しずつ減らそうとしましても、私の手ではアラフミナ王国以外はどうしようもありません。なので、若くて優秀で正しい道徳を培っているレガリア様には勝手ながら期待しておりました。実際にお会いして、仲良くさせていただきたいと思うほどに素敵な方で嬉しく思っています。」
「私はローウィンス様にそんな風にいっていただけるような者ではないです。今だってお見苦しいところをお見せしてしまいました…。」
「何も見苦しくなんてありません。悩みを持つのは当たり前のことですから。悩んで乗り越えればより強くなれる。私はそう思っています。レガリア様がお嫌でなければ、これからも私と仲良くしていただけないでしょうか?」
「私からお願いしたいくらいです!」
「ありがとうございます。お恥ずかしながら、同年代の同性のお友だちが少ないので、とても嬉しいです。」
「わ、私もダカーバ王子の婚約者になってから、周りから避けられていましたので、ローウィンス様とお、お友だちになれて嬉しいです!」
何を見せられているのかよくわからなくなって、なんとなしに視線を外すとセリナと目が合った。
セリナもなんともいえない顔をしているし、俺が冷めてるからというわけではないみたいだな。
今度はなんとなしにレガリアに鑑定をかけてみたが、とくに弾かれることもなく状態の確認が出来た。どうやら魅了や洗脳はされてないみたいだから気にしなくていいか。
「レガリア様はアヤレジ王国の次期王妃となると思うので、奴隷を完全になくすことが出来ない理由を知ることになるかと思います。ですが、奴隷が子どもである必要はありません。子どもの奴隷がどういう扱いを受けているかを詳しく知りたいのであれば、情報を集めてみるといいですよ。すぐに集まりますから。あと、助けた子どもたちをどうすればいいかわからないということであれば、アラフミナ王国にあるカンノ村に足を運んでみるのもいいかもしれません。1つの理想形ですから。もし来ていただけるのであれば、私がご案内いたします。」
「ぜひ伺いたく思います。ですが、まずは自国の状況が落ち着いてからということになるかと思いますので、しばらく先の話になってしまいます。申し訳ありません。」
「いえ、これからが大変でしょうから仕方ありません。いくらでもお待ちいたします。」
「ありがとうございます。」
ずっとレガリアの手を包むように握っていたローウィンスの手が離れ、ローウィンスが椅子に座り直した。
「あっ…。」
ローウィンスの手が離れたときに無意識に声が漏れたっぽいレガリアが少し恥ずかしそうな顔をした。
「お友だちになりましたので、1つ情報を差し上げます。」
「情報、ですか?」
「えぇ。推測が混じってしまうのですが、なぜ勇者様に狙われるのかについての情報です。」
「わかるのですか!?」
レガリアが身を乗り出して確認してきた。
「あくまで推測です。でも間違いないかと思います。といいましても、とても単純な理由ですけれど。この国の勇者様はレガリア様に恋心を抱いているようですので、婚約破棄をされたレガリア様を狙っているというだけだと思います。なので、イデレクーダはリキ様に忠告したのかと思いますよ。一緒に行動することで勘違いされて攻撃されないようにと。」
「……え?」
「信じられないようでしたら、情報を集めてみるといいかと思います。勇者様がレガリア様にも恋心を抱いていることはすぐにわかりますから。なので、レガリア様の命を狙っているのはイデレクーダと第一王子だけであり、イデレクーダが去った今はひとまず安心していいかと思いますよ。勇者様に関しては今後の運用も考慮したうえで対応を考えておいた方がいいかもしれませんね。」
「…。」
せっかく話が終わりそうだったのに、ローウィンスが新たな情報を与えたせいで、レガリアがまたフリーズした。
ローウィンスはレガリアの反応を見て遊んでんのか?
「大丈夫です。レガリア様でしたら対応出来るはずです。それに、今回はリキ様が護ってくださるのですから、安心して思ったように行動するといいと思いますよ。」
「は、はい。」
ローウィンスの優しげな微笑みを向けられたレガリアが少し照れながら返事をした。
「これからはさらに大変な思いをすることになるかもしれません。どうしても1人で解決するのが難しいと思いましたら、相談してください。そのための連絡用に私の指輪と対になっている以心伝心の加護付きの指輪を差し上げます。」
「いいのですか?」
「もちろんです。お友だちですから。MPを多く消費してしまうため毎日の連絡は難しいかと思いますが、何かありましたら遠慮なくご連絡ください。」
「ありがとうございます。」
「それでは、そろそろ私は帰らなければならないので、失礼いたします。」
「あ、あの…ありがとうございました。」
最後に微笑んだローウィンスが席を立ったから、俺も席を立ち、ローウィンスとともに部屋を出た。
俺らの部屋へ戻るために足を向けようとしたら、ローウィンスが微笑みを向けてきた。
「励ますとのことでしたが、このような形でよかったでしょうか?」
あれは励ましていたのか?
最終的に奴隷の話とかになってたし、俺の予想とはだいぶ違ったが、レガリアが立ち直ってるんだから、励ましっちゃ励ましか?
「よくわからんが、レガリアはもとに戻ったみたいだから問題ないだろう。ありがとな。」
「いえ、リキ様が気をかけるお相手とのことでしたので、使える状態でこちら側に引き入れることが出来て良かったです。」
「ん?」
「どうしました?」
ローウィンスがコテンとあざとく首を傾げた。
たぶん聞けば何でも答えてくれそうだが…。
「いや、なんでもない。」
結果が良かったんだから、余計なことを聞く必要はねぇだろう。
とりあえず一件落着ということで、俺らはアリアたちがいる部屋へと入り、あらためてローウィンスにお礼をいってから、『超級魔法:扉』でカンノ村へと帰した。
それにしても勇者はそんなくだらない理由で俺と敵対する可能性があるのか。
あのときの実力が本気だったのなら殺すのは簡単だが、さすがに勇者を殺したら殺したで面倒そうだよな。
…まぁ、実際に敵対されたら考えればいいか。