351話
351話
階段を下りたところで視界に入ったものになんとなく視線を向けると、柱の陰で子どもが蹲っていた。
奴隷じゃない村人の住む場所は屋敷の外に用意したはずだから、飯時以外でこの屋敷にいる子どもは何かしらの仕事をしているやつだけのはずなんだが、堂々とサボってるのか?いや、さすがにサボるなら俺やアリアの目の届かないところでサボるだろうし、具合が悪いとかか?
よくわからんが声くらいはかけておくかと近づこうとしたら、俺の気配に気づいたのか子どもが顔を上げた。
子どもの死んだような目と目が合った。
一瞬驚いて立ち止まっちまったが、この特徴的な目でこいつが誰かわかった。こいつは盗賊のところから連れてきた、あの壊れた人形みたいだったやつか。
たしかクリスが面倒みていたはずなんだが、周りを軽く見回した感じではクリスどころか誰もいないな。
こいつの目を見る限り治ったとはいい難いだろうが、1人で出歩けるようにはなったんだな。あの状態からこんな短期間でそこまで回復するとか、クリスはだいぶ頑張ったんだろう。もちろんこいつ自身が生きようと努力したからこそだろうけど。
そういやこいつってなんて名前だっけか?
思い出そうとちょっと考えたが、そもそも知らない気がするな。
そんなことを考えていたら、子どもが急に立ち上がって近づいてきた。
とくに敵意はなさそうだから、何をするのかと思って見ていたら、足にしがみついてきた。
こいつは盗賊に慰み者にされていたはずなんだが、男の俺が怖くないのか?それともその辺の記憶は感情ごと失ってるのか?
連れてきたときは放心状態だったから俺が助けたと思ってるわけでもないだろうし、単純に村の人間は大丈夫だってわかってるだけかもな。
「どうした?」
「…………。」
俺の質問に対して子どもが顔を上げたが声が全く聞こえなかった。だが、わずかに口が動いたから何かを喋りはしたんだろうな。
仕方ないから子どもの拘束を解いてからしゃがみ、子どもの口もとに耳を近づけると、今度は二の腕を掴まれた。
「悪いな。俺はあんまり耳がよくねぇんだ。もう一度いってくれるか?」
「…………クリス……。」
けっこう耳を近づけたのにギリギリ聞こえるくらいの声量だった。
しかもこいつの世話はクリスがしてたはずだって考えていたから理解できたが、なんも考えずに聞いていたら名前だけとか意味不明な返答すぎて何度も聞き返すことになっていただろうな。
「クリスを探してるのか?」
顔を向けて確認を取ると頷かれた。
そうかといって流してもいいだろうが、べつにクリスを探すくらいは手伝ってやってもいいか。
クリスはこいつの世話係なんだし、屋敷内のどこかにはいるだろうしな。
「じゃあ探すか。」
頷いたのを確認し、立ち上がろうとしたところでボソッと「ありがとう」と返ってきた。
ギリギリ聞き取れたが、この声量だと隣を歩いてたら聞き取れねぇな。
横に並んで俺の手を握ろうとしてきた子どもの手を避け、後ろに回って腰を掴んで持ち上げた。
子どもは不思議そうに首を傾げながらこっちを向こうとしてきたが、とくに驚いてはいないみたいだから、そのまま俺の頭の上まで持ち上げて肩車をした。
「俺は耳がいいわけじゃねぇから、何かあるときは耳もとで話してくれ。」
しばらく返事を待っても何も聞こえなかったから、たぶん頷いたんだろう。
というか肩車じゃなく左腕に座らせて抱けば子どもの顔が俺の耳に近くなるし、頷いたりしても見て確認できるからそっちの方が良かったかもな。……一度肩車したのにすぐに変えるのも面倒だし、スキルの気配察知を常時使っておけば問題ないからこのままでいいか。
「高いの怖いか?」
今度は気配察知を使っていたから子どもがわずかに首を横に振ったのがわかった。
わざわざ小さな声でも聞こえるように肩車したのに喋らねぇのかよ。
まぁいいかと歩き出したら、急だったから驚いたのか俺の髪を鷲掴みしてきやがった。
「髪はやめろ。手を置くなら額辺りにしてくれ。」
一度立ち止まって指示をしたらすぐに手の位置をズラしはしたんだが、なぜか目を塞がれた。抉るような位置に指があるわけじゃないから痛くはないが、なんも見えん。
「いや、そこじゃ……まぁいいや、とりあえずキッチンに何人かいるみたいだから、そこでクリスの居場所を知ってるかを聞きに行くか。」
どうせ今は『気配察知』を発動してるから周りの把握は出来るし、スキルの練習とでも思ってこのままクリスを探すことにした。
一度で伝わらなかった相手に手を置く位置を細かく指示するのは面倒だからな。それにどうせ今手の位置を直させたところでそのうちズレるだろうし。
キッチンを覗くとけっこうな人数の子どもたちが料理をしていた。さっき昼飯終わったばっかなのにもう作り始めてるのかよ。
比較的声をかけても迷惑にならなそうなやつを探しているとアリアっぽい気配があった。まだキッチンにいたんだな。今日は料理当番なのか?
アリアも俺らに気づいたようで、近づいてきた。
「…何をしているのでしょうか?」
「クリスを探してるんだが、どこにいるか知ってるか?」
「…そういうことでは……いえ、たしかクリスさんは食材の補充組とラフィリアに向かったかと思います。」
「クリスはデザート用の果物をもらおうかなっていってたから、魔族村に行ってると思うよ!」
「クリスならリンゴがいいかなっていってたし、隣の山まで行ってるんじゃないかな?」
「え?オレンジにしようかっていってたからゴブキン山だろ?」
「オレンジはまだあるじゃん。」
「今夜はリキ様の弟子が来るから多く用意するつもりなんじゃないの?ジュースにしたらデザートには足りないだろうし。」
「ジュースでオレンジ使うならデザートは違う果物を使うと思うけど?」
「いや、でも……。」
「……だって…………。」
アリアが答えたあとに子どもたちが会話に混じってきてそれぞれの情報を教えてくれたんだが、全員いってることが違うから、けっきょくクリスがどこにいるかはわからんっていうね。しかもなんか話がずれ始めてる気がするし。
「…ごめんなさい。今、食材の補充組に連絡を取ってみたのですが、皆さんのいう通りクリスさんは山に果物を採りに行ったとのことでした。ですが、クリスさんは以心伝心の加護付きアクセサリーを持っていないので、どこにいるかまでは確認出来ませんでした。」
俺が子どもたちがいい合っているのを聞いているうちにアリアが確認を取ってくれたらしい。
「べつに謝ることではないから気にすんな。むしろ確認してくれてありがとな。ちょうどドライアドたちに会いに行くつもりだったし、クリスがここの山にいるならついでに探してみるわ。それでいなさそうなら隣の山も軽く見てくればいいだけだし。」
「…出来るだけ早くわたしと対になる以心伝心の加護付きアクセサリーを全員に配れるように急ぐことにします。」
「いや、そこまではしなくていいと思うが……まぁその方が便利ではあるだろうし任せるわ。あと、魔族村ってのがよくわからねぇんだけど、どこにあるんだ?」
「…魔族村はドライアドやトレントたちがもともと住んでいたところです。他の魔族や魔物も住めるように整えました。」
「そうなのか。魔族のやつらを見かけないと思ったら、そっちに住んでたんだな。じゃあサーシャに頼む必要なかったか。」
サーシャには休みなのに無駄に人探しをさせるとか、ちょっと悪いことしたかもしれないと思っていたら、アリアが首を傾げた。
「…サーシャに何かを頼んだのですか?」
「ん?あぁ、ドライアドやトレント以外の魔族たちを探してくれってさっき頼んだんだが、その魔族村にいるんなら無駄に休みを奪った形になっちまったと思ってな。」
まぁ無駄なことをさせちまってたとしたら、サーシャには鬼島とやらに連れて行くことで許してもらうとするか。もしくはまた血を少し吸わせてやるとかでもいいしな。まだ俺の血を欲しいと思ってるならだけど。
「…魔族村はそれなりの数の魔族や魔物が住めるように整えはしましたが、新しく入った魔族たちはラフィリアにいるかと思うので、探しに行くこと自体は無駄ではないかと思います。ただ、サーシャでは無駄になるかもしれませんが。…必要なら魔族たちを呼び出しましょうか?」
「呼び出せるのか?」
「…魔族たちには緊急招集をかけられるように以心伝心の加護付きアクセサリーを全員に持たせていますので、呼び出しや伝言なら出来ます。ただ、魔族はMPがないので、返事を求められませんが。」
そういや以心伝心の加護は受ける分にはMPの消費はなかったな。一方通行の通信のために加護付きアクセサリーを持たせるのはもったいない気がしなくもないが、実際に作ってるアリアが持たせてるんだから俺が何かをいうべきではねぇか。一方通行だとしてもかなり便利なのは間違いねぇし。
「とりあえずはサーシャに頼んじまったから、今日はサーシャに任せるわ。もし明日になってもサーシャが見つけられなかったら頼むことにするよ。」
「…はい。」
俺がいるせいで何人か作業を止めちまってるやつがいるみたいだから、さっさと行くか。クリスのだいたいの居場所はわかったし。
「じゃあ……あぁ、もし俺より先にクリスが帰ってきたら一応連絡もらっていいか?」
「…はい。」
「そんじゃ、邪魔したな。俺の知り合いのために気を使ってくれてありがとな。夕飯を楽しみにしとくよ。」
ちょうど撫でやすい位置にあったアリアの頭を撫でながら、料理を作ってる子どもたちに声をかけてからキッチンをあとにした。
村から出るまでに何人かの村人たちとすれ違ったんだが、なんかいつも以上に見られた気がする。
この世界では子どもを肩車するのって珍しいのか?それとも俺がしてることが意外なのか?そういや妹の歩以外に肩車をするのは初めてかもな。いや、小さい頃に友人を肩車したことはあった気がしなくもないな。
そんなことを思いながらとりあえずゴブキン山の山頂に向かって歩いているんだが、常時気配察知を使っているのは不思議な感覚だ。
今までは気配察知を使うと視界には映ってないのになんかわかるくらいにしか思ってなかったが、今は目を塞がれてるせいで周囲の確認を全てスキルに頼ってるからこのスキルの効果が凄くよくわかる。
自分を中心にして360度全てを立体的に把握するという感覚。ずっと視覚頼りで生きてきたから違和感が凄まじいんだが、その今までにない感覚で普通に周囲が把握できて行動できてるんだから自分のことなのに意味がわからん。
さすがにある程度離れるとぼやけた感じで正確に把握できはしないんだが、近くなら足元の草とかに隠れて見えるはずのない小石の位置や形までわかるから、慣れれば目を閉じてる方が知覚能力が高いなんてことになりそうだな。ただ、目を閉じてると色や光がわからないから、モノクロですらない立体空間みたいな感覚での把握になっちまってるけど。
これが視覚に頼らない人たちが見ている景色なのかもな。スキルも魔法もなくこの感覚で世界を見てるんだとしたら素直に凄いと思う。
肩車をしているのに会話が全くないから1人で色々考えちまったな……。
一応考え事しながらもクリスの気配を探ってはいるが、村を出てからはまだ誰にも会っていない。
黙々と山を歩きながらクリスの気配を探し続けていたら、頂上に向かう道から少し逸れたところに子どもっぽい気配をいくつか見つけた。さすがに背格好があまり変わらない子どもだとどの気配が誰かとかわからんな。まぁまだ離れてるからわからないって可能性もあるが、そもそも誰がどんな気配を纏ってるかもわからねぇんだから、近づいて直接確認するしかねぇか。
「子どもがいるからクリスがそこにいるか見に行くぞ。」
一応声をかけたら頷かれた。
だから、肩車してて頷かれても普通はわからねぇから。いや、俺はわかるから問題ないっちゃないんだが…。
「あっ、リキ様!」
「何してるの?新しい訓練?」
「リキ様もオレンジを取りに来たの?」
1人が俺に気づいたら、残りの2人も俺に気づいたようで話しかけてきた。その瞬間に俺の目を押さえる力が強くなった。太ももで首を絞める力も少し増したっぽいし、まだ人が怖いのか?いや、俺が平気なのにこいつらを怖がる意味がわからん。まぁ少し体が強張ってる程度っぽいから放置でいいか。子どもたちに近づくことは前もっていったし、本気で無理そうになったらなんかいってくるだろう。
ここにいる子どもは3人で、近づいたことで気配察知でも顔の造形を確認できるようになったが、クリスはいないっぽい。
「クリスを探してるんだが知らないか?」
「クリスたちなら魔族村にドライアドベリーをもらいに行ったよ!」
「先にリンゴを取りに行ったんじゃなかったっけ?」
「ドライアドベリーがもらえなかったらリンゴにするっていってたじゃん。」
「そうだっけ?両方取ってくるんじゃなかった?」
子どもたちがそれぞれ教えてくれるんだが、役割分担した本人たちがなんで把握してないんだよ。子どもだから仕方ないのか?
まぁキッチンで聞いた情報と同じっぽいから問題はなさそうだな。
「クリスは魔族村か隣の山のどっちかにいるってことだろ。なら魔族村に行って、いなかったらリンゴがあるって方に行ってみるよ。ありがとな。」
「「「はい!!!」」」
なぜか3人揃った元気な返事をされた。
「というか子どもだけでこの山は危ないんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。ゴブキン山の魔物は治安維持部隊がいつも駆除してるから。それに僕たちだってDランクくらいの魔物なら1人でも倒せるもん。」
「アリアさんが山に入るときは3人以上じゃないとダメっていうから3人で行動してるだけで、たまに生まれる魔物くらいならちゃんと倒せるんだよ。」
「僕たちだって戦闘訓練したんだから!」
どう見ても戦えなさそうな子どもにしか見えないが、こいつらも最低限の戦闘訓練はしてるのか。というか、こいつらはアリアより年上だろうにさん付けで呼んでるんだな、なんてどうでもいいことがちょっと気になった。
「そうか。まぁでもお前らになんかあったら悲しむやつもいるからな。念には念をで気をつけておくくらいがちょうどいいんだよ。だからこれからもアリアにいわれたことは守るようにな。」
「「「は〜い。」」」
「それじゃあ俺はもう行くわ。」
最後に3人に声をかけてから、その場を後にした。
今度は魔族村とかいう名前になったドライアドたちの住処だな。
わざわざ山を一度登ってから、村と反対側の魔族村が見えるあたりに来たところで、1人のドライアドが村から出てきた。
その瞬間にまた目と首を少し強く押さえられた。
まぁ魔族は一般的に怖いらしいからさっきの子どもたちに怖がるよりは納得出来るが、だからといってここまで来て確認しないとか意味不明だし、子どものことは無視してドライアドに近づいていった。
正直あんま覚えていないが、たぶんこいつは最初にイーラと戦ったドライアド代表のやつな気がする。
……ん?
なんかよくわからんが、今まではドライアドは服を着たら人間と区別がつかないと思っていたはずなのに、今日はなんか少し人と違う感じがするな。
このドライアドだけじゃなくて、魔族村にいるやつら全員から人とはちょっと違う気配がする気がしなくもない。
というかずっと気配察知を使い続けたおかげか、察知できる範囲がさらに広がった気がする。精度も上がった気がするし。さすがに1日でそんなに急成長するとは思えんから、もとから出来ることだったのを今出来るって知っただけかもしれんけど。
魔族村の出入口に1番近い建物の中にいるやつの形までわかるのは凄えな。もう覗きと変わらないんじゃないか?でも、色がないからか建物内のやつのプライベートを見たっていう罪悪感はとくにないけど。
お?少し離れたところにあるこの気配はアントラゴートじゃねぇか?村で見かけないと思っていたらこんなところにいたのか。まぁアントラゴートも魔物だから、ここに住んでてもおかしくはないのか。
そんなことを考えつつドライアドの前まで近づいたら、なぜかドライアドはわずかに上を見ながら首を傾げた。
「……どういった状況なのでしょうか?」
「ん?べつに何かの伝達に来たわけじゃねぇから状況とか聞かれても俺にはわかんねぇよ。俺はクリスを探しに来ただけだし。」
「…………いえ、変なことを聞いてしまい申し訳ありません。失礼ながら村人の名前はあまり覚えられていないのですが、私どもが作る実を取りに来た4人の人族の子どもたちでしたら、リンゴも取りに行くと話し合いながら少し前に帰られましたよ。」
ニアミスか…。
ここまでくるとリンゴの場所を探すより屋敷にこのまま帰った方が早くクリスに会えるんじゃないか?
というか、忘れてたがここには俺の用事もあったんだったな。
「そうか。ならクリスの件はいいとして、別件なんだが魔王を討伐したいやつってドライアドやトレントにいるか?」
「どういう意味でしょうか?魔王を討伐したいかと聞かれましても、私どもでは実力的に難しいかと思いますが。」
「あぁ、そういうことじゃない。魔族って魔王になるには他の魔王を殺す必要があるんだろ?今度魔王を討伐する予定だから、この機会に魔王になる条件を満たしておきたいやつがいるなら連れていこうと思っただけだ。戦うのが得意じゃないならトドメだけ刺したいとかでもいいぞ。まぁ俺らが討伐するついでにどうかと思っただけだから、無理する必要はねぇけど。」
こいつは最初に戦わせてくれとかいってきたくせに戦うのは得意じゃないんだな。もしかして俺になら勝てるとか思われてたのか?
「リキ様が追加戦力を求める程の相手では私どもでは返り討ちにあうだけだという意味だったのですが、手伝っていただけるのであれば是非連れていっていただきたいです。」
「ドライアドとトレントの魔族は何人いるんだ?あぁ、魔物ではなく魔族って意味でな。」
「今はドライアドが私含めて5体、トレントが3体います。」
おっと…既に定員オーバーなんだが……。サーシャに完全な無駄足を踏ませちまったな。
「今回は魔族優先で討伐に連れていくつもりだったんだが、討伐予定が6体なんだよな。だから悪いけど俺らと討伐に行く6人を選んどいてもらえるか?選び方は任せるから。」
「6体もいるのですか!?…あ、いえ、失礼しました。勝手に1体だと思い込んでいたため、私だけ行くつもりでした。そういうことでしたら、トレントは移動が難しいかと思いますので、私どもドライアド5体を連れていってはいただけないでしょうか。残り1体は新しくリキ様の使い魔となった者にお譲りいたします。」
ドライアドのトップなのかもしれないが、勝手にトレントを除外して後で文句をいわれたりしないのか?でもよくよく考えたら、トレントじゃ超級魔法の扉をくぐれないかもしれないから、そもそも連れていけないかもな。
それなら下手にトレントたちを喜ばせておいて当日にやっぱり無理だったってならないようにこいつが勝手に断ったってことにしておくか。
「そんじゃ、行く日が決まったらまた声をかけるから準備だけしておいてくれ。」
「承知しました。今の時期は畑仕事はありませんので、声をかけていただけたらすぐに出られるようにしておきます。」
「…………トイレ……。」
ドライアドとの話が終わろうとしていたところで、急に耳もとでぼそっと呟かれた。
一瞬何をいわれたのかわからなかったが、トイレに行きたいってことか?
「そこで漏らすのはマジで勘弁してくれよ。えっと、ここってトイレあるか?」
「一応人間用の家も用意してありますので、そちらにはトイレもついていたかと思います。」
そういや魔族はトイレに行かないんだったか?まぁトイレがあるならそんなことはどうでもいいか。
「1人でトイレ行けるか?」
この前まで壊れた人形状態だったから一応確認をとったが、1人で外に出歩けるくらいに回復してるんだから年齢的に問題ないかと思い直したところで首を横に振られた。
…まぁドライアドに任せればいいか。
子どもの脇の下に手を入れて一度持ち上げた後にドライアドへと差し出した。
子どもが離れたことで塞がれていた目が解放され、久しぶりに光景に色がついた。
気配察知だけであんま不自由ないとか思い始めていたが、やっぱり色のあるなしはだいぶ違うな。って今はそれどころじゃねぇわ。
「こいつのトイレを手伝ってやってくれ。」
「申し訳ありません。人間の排泄方法を知らないのですが……。」
「………………。」
「……えっと、どうしたら良いでしょうか?」
そりゃそうだよな。
だからといって俺も子どもにトイレの仕方の教え方なんて知らんし、そもそも自分の子どもでもないのに下の世話なんかあんましたくねぇ。
それにこいつにとっても異性の俺より見た目女っぽいドライアドの方が安心して用がたせるだろう。
「とりあえず急いでクリスを探して連れてくるから、下を脱がせてトイレに座らせといてくれ。さすがに出すだけなら自分で出来るだろ。」
「承知しました。では、少し失礼しますね。」
ドライアドは子どもに声をかけながら慎重に手を差し出してきて、俺から子どもを受け取って大事そうに抱えた。
子どもは体を強張らせていたが、思いのほか優しく抱きかかえられたからか、怯えは少し弱まったように見える。
というかそんな変に力入れて漏らすとかやめろよ?
「じゃあクリスを探してくるから、あとはよろしくな。」
俺はドライアドの返事も聞かずに身体強化系のスキルを使って全力で隣の山へと向かった。