352話
352話
山を登らず迂回するように進んで隣の山との境といえる部分に差し掛かったところで4つの気配を見つけた。
意外とあっさり見つけたな。といってもまだ離れていて輪郭の朧気な気配しかわからないから、クリスたちと確定したわけではないが。
まだ木々が邪魔で姿は見えていないが、4つの気配が人間の子ども4人だろうことがわかるくらいまで近づいたところで、その4人が俺の方を警戒して武器を構えているっぽいことがわかった。
俺に武器を向けるってことは村人に扮したよそ者か?
一応俺も警戒しつつ近づいて目視で確認したところ、村で見たことのある子どもたちだった。クリスもその中にいるから間違いないだろう。
じゃあなんで俺に武器を向けてんだ?と思ったら子どもたちが安堵した顔で武器を下ろした。
どうやら近づいてきてるのが何かわからなくて警戒してたっぽいな。
クリスたちの前に着くと、今度は全員が困惑した顔を向けてきた。
「武器を向けてしまってごめんなさい。……凄い勢いで強烈な気配が近づいてきて驚いてしまって…。」
べつに森の中の行動としては間違っていないのに、1番年上っぽい子どもが謝罪をしてきて、残りの3人も頭を下げてきた。
続けて申し訳なさそうに言い訳を付け加えたが、たしかにそりゃ警戒するわなと納得した。
見た目や話し方からしてこっちのクリス以外の3人はオレンジ採取をしてた子どもたちより年上っぽい。それにリーダーっぽいやつはフレドたちほどではなくてもそれなりに戦えそうな感じがするのにこっちは4人であっちは3人とか分け方間違ってないか?
この中で1番年下で弱いだろうクリスすらさっきの3人より戦えそうな気配があるしな。といっても全員子どもに変わりはないから気にするほどの偏りではないのかもしれんが。
「驚かせて悪かったな。急ぎでクリスに用があってさ。」
「私ですか?」
用件を告げようとしたところで、あの子どもの名前がわからないことに気づいた。
そのせいで一瞬言葉に詰まった俺をクリスが恐れるような顔で見てきた。怒られると勘違いさせちまったっぽいな。
「クリスが面倒みてた子がいるだろ?そ……。」
「ミルンが何かしてしまったのでしょうか!?」
焦った表情のクリスが俺のセリフに被せて質問してきたが、ミルンって誰だ?
全く聞き覚えのない名前なんだが、話の流れ的にクリスが世話してる子どもでいいんだよな?
「何かされたとかじゃないからそんな心配すんな。そいつのことで任せたいことがあったからクリスを呼びにきただけだ。4人いるし、クリスを連れていっても平気か?」
「えっと……。」
さっきの子どもたちが3人で大丈夫なら、クリスを抜いた3人で問題ないだろうと思ったんだが、クリスが困ったようにリーダーっぽい子どもの方に顔を向けた。
視線が集まった子どもは苦笑を浮かべた。
「もう帰るだけなので大丈夫です。クリスも気にしないでいいよ。この辺りで逃げられないほど速い魔物が生まれることは滅多にないからね。」
「リキ様の手伝いは最優先だから気にしないで。」
「今日はドライアドベリーをいっぱいもらえたからリンゴは今度にしてすぐに帰るし、そんなに心配しないで。」
気配からしてこいつらの方がオレンジ採取の子どもより強いだろうに反応が真逆なのが不思議だ。
「みんなありがとう。リキ様、案内してもらってもいいですか?」
「ちょっと急ぐから抱えるな。」
「え?あっ……はい……。」
一応断りを入れてからクリスの膝裏と背中に腕を通して抱えたら、クリスが恥ずかしそうな顔をして大人しくなった。
そんな反応されると俺もなんか恥ずかしくなるんだが…。
「悪いな。そんじゃあクリスは借りてくな。」
「はい。」
リーダーっぽいやつに最後に声をかけた後に踵を返し、力任せに加速をかけて出来る限り急いだ。
便器に長時間座らせて痔になったらちょっと可哀想だからな。
急激に変わる景色を視界と気配で確認しながら木に当たらないように走行していたんだが、クリスがやけに大人しい。
まだ恥ずかしいのかと思いながらチラッと見るとなぜか辛そうな顔をしていた。
具合でも悪いのか?乗り物酔い的な?
もしかしてこの程度の速度でうまく呼吸が出来なくなってるとかか?それともたまに飛んでくる小石というか砂みたいなのが痛いのか?
『上級魔法:風』
俺の少し前あたりに空気の壁を作ったら、風の抵抗が減った。そのおかげでさらに速度をあげられたんだが、一定距離に魔法を維持し続けるのはけっこうムズイな。
むしろこれだったら中級魔法の方がいいか?
『中級魔法:風』
上級魔法を解除して中級魔法を張り直したんだが、これならそもそも体から1メートル程度しか発動位置を離せないし、1番遠い前方に張り続けるだけでいいからわりと楽だ。
中級魔法は電くらいしか使い道ないと思っていたが、こんな使い道があったんだな。
もしかしたら他の中級魔法もわりと使えたりするんじゃないか?
「ありがとうございます。」
中級魔法のことを考えていたらクリスから礼をいわれた。
なんの礼だ?あぁ、風の壁を作ったことか。
「気にすんな。おかげで中級魔法の使い道に気づけたし。まぁクリスの様子に気づくのが遅かったからもう魔族村に着くんだけどな。」
「もうですか?」
クリスが少し驚いているようだが、もう魔族村の出入口前にいる2つの気配がわかる距離まで来ていた。
2つ?
さらに近づいたところで木々の隙間からチラッと見えたんだが、ドライアドとミルンが手を繋いで魔族村の前に立っていた。
トイレに行きたかったんじゃねぇのか?それともドライアドが怖いから動けなかったのか?でもさっきは抱えられていたから動けないとか関係ないしな。それに怖いなら手を繋いで立ってる意味もわからんし。
けっきょくよくわからないまま2人の前まで来て、抱えてたクリスを下ろした。
そしたらミルンがドライアドとの手を離し、走ってクリスに抱きついた。
「トイレに行きたかったんじゃないのか?」
ミルンがクリスに抱きついたままこっちに顔だけ向けてこくりと頷いたが、それだけじゃわからないからドライアドへと視線を移した。
「私は一緒に個室に入っただけで何もしていませんが、1人で出来たようです。」
「ん?1人じゃ出来ないっていってなかったか?だからわざわざクリスを連れてきたんだが。」
「ミルンはまだ狭い場所や暗い場所で1人になるのが苦手なので、そういう意味で出来ないといったのかもしれません。」
無駄足だったのかよと思ったら、クリスがフォローをいれてきた。
だとしても無駄足だったことに変わりはないが、ミルンは嘘をついたわけじゃねぇし、たいした手間でもなかったからいいか。
「そっちかよ。なら仕方ねぇな。クリスも勘違いで連れてきてすまん。あと、あいつらにも悪いことしちったか。なんか人数が減るのを渋ってたっぽかったし。」
「山のこっち側や隣の山は魔物が生まれやすいので、念のため少し戦える4人で組んでいたんですが、あの中で1番弱い私が抜けても実際はそこまで問題はないと思うので気にしないでください。」
あぁ、だからあんな偏ったチーム分けがされてたわけか。
「ドライアドもありがとな。」
「いえ、リキ様の使い魔なのでこのくらいでしたらいつでも申し付けてください。」
「それにしても正直対応の仕方が意外だったんだが、もしかして子どもが好きだったりするのか?」
「主であるリキ様から託されたものなのですから大事に扱うのは当たり前かと。とくに子どもが好きというわけではないですね。そもそも人間があまり好きではありませんし。養分という意味でも子どもではたいして得られないので、味や食感を楽しむわけではない私どもには利点がありません。もちろん『一条の光』の方々は仲間と捉えていますので、嫌いではないですよ。」
ドライアドが最後に取ってつけたようなフォローをしながらクリスに微笑みかけたが、微笑みを向けられたクリスの顔は引きつっていた。
「食用としての話はしてねぇんだけど、一応仲間だと思ってくれてんならいいか。」
「はい。主であるリキ様を最優先とし、他の村人の方々は私自身と同程度として扱っているつもりです。」
何が同程度なのかはよくわからんが、こいつなりに人間でも仲間として扱おうとしてるんだろう。…してるんだよな?
「無理に仲良くしろとは思わんし、害さえ与えあわなきゃかまわないから今まで通り頼むな。」
「はい。」
俺がドライアドに余計なことをいったせいで微妙な空気になっちまったが、あとは帰るだけだから問題ない。
「用も済んだし、帰るぞ。」
俺がクリスとミルンに声をかけるとミルンはクリスから離れ、俺の前に立って両手を上げた。肩車が気に入ったのか?まぁここから村まではそれなりに距離があるから、鍛えてないだろうこいつじゃ歩くのはキツイだろうし、判断としては間違ってないか。
手を上げて立ってるミルンの後ろに回り、脇の下に両手を入れて持ち上げてから、頭の上を通して肩に座らせた。そしたらまた目を塞がれたが、もう気配察知だけで動くのにも慣れたから問題ない。
「クリスもこっちに来い。」
「わ、私は歩けるので大丈夫です。」
「べつにクリスくらいの軽さなら問題ないから早く来い。普通に歩いてたらミルンの声が聞こえないだろ?俺に通訳させる気か?」
「…………。」
クリスが何かいいたそうな顔をしながらも俺の前まで来たから、俺は一度しゃがんで左腕をクリスの後ろに回し、腕に座らせるようにして持ち上げながら立ち上がった。
さすがにクリスの身長だと頭の位置が思ったより高い。肩車してるミルンと同じくらいになってるせいでバランス取るのが少しムズイな。でもミルンと会話するならちょうどいい位置だろう。
「バランス悪かったらてきとうな所に掴まればいい。髪以外な。」
クリスが遠慮がちに俺のコートの二の腕あたりを掴んだのを確認してから村に向かって歩きだした。
「そういやミルンはクリスを探してたんだろ?なんか用があったんじゃないのか?」
俺はミルンに話しかけたんだが、なぜかクリスが慌てだした。
「わ、私のせいでリキ様に迷惑をかけてしまっていたんですか!?ごめんなさい!」
「べつに魔族村に行くついでみたいなもんだったから迷惑じゃねぇし、気にすんな。本気で面倒なら放置してたし。そんでミルンの用はなんだったんだ?」
「…………クリス……いなかったから……。」
「今日は果物取りに行くから部屋で待っててっていったの忘れちゃった?」
クリスが困った表情でミルンに確認を取るとミルンは首を横に振った。
「……1人……嫌だったの……。」
「この前は平気だったから、もう大丈夫だと思ったけど、まだ1人でお留守番は難しい?」
「…………今日は……嫌だったの……。」
「嫌なときは最初にいってくれたら嬉しいな。最初にいってくれたら予定も変えられるから。ね?」
「……ごめんなさい。」
ミルンが泣きそうな顔で俯いた。泣くのを我慢しようとしてるのかは知らないが、俺の目を抉るように力を入れるのはやめろ。
瞼を閉じてれば案外平気そうだが、子どもの指は細くてちっちゃいから隙間からニュルッて入ってきそうで、想像するだけでゾワっとするわ。
「べつにクリスは怒ってるわけじゃねぇんだから、そんなにしょんぼりすんなよ。今日は1人が嫌で留守番出来なかったみたいだけど、見方を変えれば1人で外に出れるようになれたってことだし、むしろ成長してんじゃん。今日1日で俺ともドライアドとも仲良くなれたんだから、ミルンは凄えよ。今度からはクリスと離れるのが嫌だって思ったらすぐに伝えりゃいいだけなんだから、気にすんな。」
俺がてきとうな励ましをしたら、ミルンがこくりと頷いてから顔をクリスに向けた。
「……リキ様とお散歩した……楽しかった。」
唐突な報告だな。
しかも俺はクリス探しをしてるつもりだったんだが、ミルン的には散歩だったのか。しかもひたすら無言で肩車しながら歩いていただけなのに楽しかったのか。よくわからんやつだな。
「リキ様とお散歩出来て良かったね。リキ様もありがとうございます。」
「本当にただ歩いてただけだから、礼をいわれるようなことじゃなかったけどな。」
「……ドラァド…手、繋いでくれた…嫌な顔しなかった……優しかった。」
ドラァド?……あぁ、ドライアドか。
というかミルンはさっきのドライアドの最後のセリフは聞いてなかったみたいだな。もしくはただ理解してなかっただけなのかもしれんけど、ニュアンス的に俺に託された“物”扱いされてたっぽいうえに人間の子どもに価値を感じないくらいのことをいわれていた気がするんだが、そんな相手が優しいね……いや、俺の心が汚れてるせいで変な解釈をしてるのかもしれねぇな。
子どもは大人の機微に聡いって聞いた気がするし、子どものミルンが優しいっていってるならドライアドは優しいやつなんだよ。きっと。
「そ、そうなんだ。な、仲良くなれてよかったね。」
まだまだ子どもであるクリスが苦笑いで答えているのを見る限り、俺の解釈はそこまで間違ってなさそうだな。べつに俺の心が汚れてるせいではなかったみたいだ。
ミルンは俺と2人のときはほぼ無言だったのにクリスがいるとわりと喋るんだな。
その後もミルンが何かをボソボソと話したら、クリスがそれに答え、たまに俺も会話に混じるといった感じで歩いていたんだが、山頂に着いたあたりでミルンが寝ちまった。
ミルンは肩車のまま俺の頭の上に覆いかぶさるように寝てる。完全に脱力してるから俺の目を塞いでいた両手もだらんと下ろされているんだが、よくそんな体勢で寝れるな。苦しくないのか?ちょいちょいミルンの顎が俺の額に当たってるんだが痛くないのか?まぁ起きないってことはそこまで強くは当たってないんだろう。
念のため俺が右手でミルンの右足を持ち、クリスがミルンの背中を押さえてるから落ちはしないはずだ。
「今日は迷惑ばかりかけてしまってごめんなさい。」
「さっきもいったが迷惑とは思ってなかったから気にすんな。クリスだって子どもなんだからそんなかたくなる必要ねぇよ。」
「私がミルンの面倒をみたいっていいだしたのにちゃんと出来ていないせいなので…。」
クリスに限った話じゃねぇんだが、この村の子どもは自分に厳しすぎねぇか?
最近じゃ大人だってそんなに責任感持ってるやつは少ないと思うぞ。この世界のことはまだよく知らんけど。
「もっと上手くやろうって目指すのは偉いと思うけど、今でも十分出来てんだから、自分を責める必要はねぇよ。」
「でも……。」
「クリス。」
さらに言い訳しようとしてるクリスの名前を呼んで黙らせた。
「クリスは良くやってる。この村のやつらは出来て当たり前の基準が高すぎるから失敗ばかり目立って感じるのかもしれねぇが、クリスは間違いなくちゃんとミルンの世話が出来てるぞ。ミルンが今もこの村で生きてるのがその証拠だ。」
「……どういうことですか?」
「俺は善人でもなんでもないからな。俺の自己満足のために一度は子どもにチャンスを与えてやりはするが、何もしないやつをずっと面倒みてやるような優しさなんて持ってないし、切り捨てることに躊躇もない。チャンスを与えられたのに掴もうとしなかったやつの自業自得だからな。だから、ミルンも最初の状態のまま変わらなければ、俺は村においておくつもりはなかった。事情が事情だったから3ヶ月くらいは様子見したかもしれないが、可哀想なんていう同情で世話してやれんのは俺にはそれが限界だ。」
クリスは驚いたあとに悲しげな表情となった。
クリスの判断基準的にはまだミルンは何も出来ないの範囲に入ってるからこのままだと捨てられるとか勘違いしてるっぽいな。
「だけど、ミルンはこんな短期間でここまで変わった。それはもちろん本人が生きる気力を取り戻して頑張ったからってのもあると思うが、クリスの頑張りがなけりゃ難しかったと思う。あんな状態の子どもを世話するなんて大人にだって出来ることじゃない。だからもっと胸を張れ。クリスの努力が1人の命を救ったんだ。クリスの判断基準ではまだまだなのかもしれないが、俺は立派だと思うぞ。上を目指すのはいいことだが、上を見過ぎて自分を卑下すんな。今の自分を認めたうえで上を目指せ。クリスは良くやってる。自慢の仲間だ。俺に子どもを見殺しにさせないでくれてありがとな。」
少し大げさにいい過ぎたかもしれないが、子ども相手には強調するくらいの方が伝わるだろう。
多少の誇張はあろうと本心でもあるから問題ない。
俺としてはいいたいことはいい終わったつもりなんだが、クリスが何もいってこないから、しばらく無言で見つめ合いながら歩いている。
もしかして滑ったか?
今まで放置してきたくせに勝手なこというなとか思われてる可能性もありそうだな。
そういや気にしておこうとか思ってたはずなのに今まで完全放置だったんだよな。それなのに何ほざいてんだって話だな。
「まぁ何もしなかったやつが何いっ……どうした?」
クリスが何もいってこないから、何もしなかったやつが何いってんだよって話だよなと締めくくろうと思ったんだが、なぜかクリスが泣き始めた。
何もしてないやつにわかったようなこといわれんのが泣くほどの苦痛だったのか?
想像してみたら俺ならイラついてグーパンしてた可能性があるからなんもいえねぇな。
「……………良かった……。」
1回くらいなら頰を引っ叩かれても許そうかと思っていたら、予想外の言葉がクリスの口から呟かれた。
いまだに泣き止んでないのに何が良かったんだ?泣きながらも安堵したような顔をしているから、俺が変わらずクズでいてくれて良かったとかいう意味の皮肉ではないとは思うが、泣かれた時点で俺の予想の展開と違いすぎてわけわからん。
「大丈夫か?」
「……うん。……ずっと私のワガママでみんなに迷惑かけて…でも全然上手く出来なくて……なのにみんな何もいわないからもうわからなくて……ずっと怖かった…。私のワガママを続けていいのか…諦めなきゃダメなのか……本当は私が諦めたいって思ってるのをみんなのせいにしようとしてるのか………もう全然わからなくて…。……怖いけど…誰にもっ…いえなくて……自分でっ…考えっ…なきゃっ…いけなっ…いのにっ…わかっ…らなっ…くてっ……。」
大丈夫だっていっているが、泣きすぎてなのか途中から過呼吸気味になってて全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか。
とりあえず落ち着かせようとクリスを抱き寄せるように近づけ、ミルンの足を掴んでた右手をクリスの背中に持っていき、ポンポンと一定間隔で優しく当てた。
もう喋る事も出来ないのか、クリスはミルンごと俺の顔に抱きつくようにしてしゃくり上げながら泣き続けた。
せっかく解放されていた俺の視界は今度はクリスの腕で塞がれ、俺の頭に被さるミルンの上にさらにクリスが被さるという、側から見たらわけわからんことになってんだろうなと思いつつも、さすがに空気を読んで何もいわずにクリスが落ち着くまで背中を優しく叩きながら歩き続けた。
しばらく無言で歩き続け、ゴブキン山の頂上を越えて少し下った辺りでクリスの呼吸がやっと落ち着いてきたっぽい。
まだ俺の顔を抱いた状態から戻らないから泣き止んではいないのかもしれないが、この感じなら村に着くまでには大丈夫そうだな。
あらためてさっきのクリスがいってたことを思い出す。
その前の話の流れからして、クリスのワガママってのはミルンの世話をするってことだろう。そのせいで他の村人ほど村に関わる仕事が出来なくて迷惑かけたと思ってたり、クリスの感覚的にはミルンの世話も全然出来てないとか思ってるから余計に色々考えちまってたんだろうな。
周りが何もいわないのはいう程の不満が特にないからだと思うが、いわないだけで不満に思ってるかもしれないと不安になっちまったんだろう。もしかしたら実際に不満を持ってるやつもいたかもしれないけど。
当初の予定通り俺が気にしてやっていれば起きない問題だったっぽいが、たまに屋敷で見かける限りは問題なさそうだったから気にしてなかった。正確にいえば気にするべき事柄ってことをすっかり忘れていたんだがな。それだけ2人が自然に生活できてるように見えてたってことだ。たぶん。いや、まぁ言い訳だけどさ。
「落ち着いたか?」
「……うん。」
返事はあっても俺の顔にミルンを挟んで抱きついた状態のままだ。
クリスはしっかりしてても本当ならまだ親の温もりが必要な年齢だろうし、もうちょい落ち着くまではこのままでいいか。
さすがにミルンも苦しかったのか起きてるっぽいが、なぜかされるがままに脱力したままだからしばらくはこのままでも大丈夫だろう。
「ちゃんと見てやれなくて悪かったな。クリスは思った以上にしっかりやってたし、任せて大丈夫と思ってたから放置してたが、いわなきゃ伝わらないわな。すまん。」
「違う!リキ様のせいじゃない!私がちゃんと出来ないせいだからっ…。」
どうやらクリスは泣き止んでいたようで、急に体勢を戻して否定してきた。だが、せっかく泣き止んだのにまた泣きそうな顔になった。
「ちゃんと俺の話を聞いてなかっただろ?」
「っ!?」
俺がクリスに目を合わせて確認を取ると、クリスは肩をピクッとさせて怒られるのを怖がるような顔をした。
「クリスはちゃんと出来てるっていっただろ。だから周りに迷惑もかけてないし、クリスが気にすることはねぇんだよ。それとも俺がさっきいったばっかなのに忘れちまってたのか?」
「…ううん。覚えてる。でも…。」
「なんだ?俺の言葉が信じられないのか?」
「そんなことは!…ないけど……。」
いい方がズルイのはわかっているし、悪いとも思っているがそのまま続ける。
「じゃあたとえクリスのワガママで始めたことだとしても、俺が許可して、俺がクリスはちゃんと出来てるって認めてるんだから問題ないだろ?それとも俺の言葉より他のやつらが思ってるかもしれないっていう不確かなことの方が優先されるのか?」
「……ううん。」
「ならクリスは間違ってないんだからこれ以上悩む必要はねぇよ。それとも俺がクリスに諦めろなんていったか?」
「いってない。」
「そうだ。だから何も問題ない。俺が許可したんだからクリスのワガママだなんて引け目を感じる必要はないし、俺がクリスはちゃんと出来てるって認めてるんだから悩む必要もない。もちろんもっと上を目指すのは偉いと思うが、俺が出来てるって思ってるのに謙遜されすぎると俺に見る目がないっていってるようなもんだぞ。もしかしてそういう意味だったか?」
「違う!」
「じゃあなんの問題もねぇじゃん。俺は諦めろともいってないし、何が何でも続けろともいっていない。だからクリスが続けたいなら続ければいいし、辛かったらもうやめてもいい。クリスのおかげでこのままいけばもう少ししたら普通に過ごせるようになるだろうからな。ただ、俺の意見としてはクリスがこのまま続けてくれると嬉しいけどな。」
「……なんで?私よりもっとちゃんと出来る人はいっぱいいるよ?」
「そりゃあ自分からやりたいっていってくれたのがクリスだからな。ミルンはクリス好きか?」
脱力したままだが起きているだろうミルンに声をかけると、ミルンはゆっくりと体を起こしてからクリスの方を見た。
「……好き…。」
ボソっと呟いたような声量だったが、この距離ならクリスにも聞こえているだろう。
「ほら。やっぱりクリスで良かったってことだ。慕われてるってことはそれだけ一生懸命やったってことだからな。嫌々やるようなやつが慕われるなんて滅多にないから、それだけでクリスに任せて良かったと思う。でも既に十分頑張ってくれたのも事実だし、なんならもう1人2人増やして交代で面倒みることにするか?」
「ううん。やりたい。このままもう少し1人でやってみたい。」
「そうか。じゃあこれからもよろしく頼むな。」
「はい!ありがとう……ございます。」
口調が崩れていることに気づいたのか言葉を付け足したが、今さらな気がする。まぁ何もいわんが。
というか途中でミルンが起きちまってたっぽいから直接「ミルンの世話」という言葉を使わずボカして話したつもりだが、さすがに伝わっちまったか?
まだ幼いからそこまで理解はしてないか?
どっちかはわからないが、気にしてなさそうだから、まぁ大丈夫だろう。
『ハイヒール』
意味があるかはわからんが、気休め程度にクリスにハイヒールをかけたら、目の充血は治ったっぽいな。
「今後何かあったら遠慮せずに相談してくれていいからな。本当なら俺が気にかけてやるべきなんだろうが、出かけてることが多いし、気づけるかはわからないからな。」
「ありがとうございます。」
さっきまで泣いていたというのに礼をいってきたクリスの顔には明るさが戻っていた。
目の充血は治っても頰に残る涙跡や鼻水はそのままなんだが、なかなか悪くない笑顔だった。