353話
353話
タオルで拭いたクリスの顔には泣いた跡は既になく、ミルンの背中がクリスの涙や鼻水でカピカピになった以外に名残はない。
村に戻る前に泣き止んで良かった。
俺がいる場で誰かが泣いていたらだいたい俺のせいにされて面倒ごとになるからな。
ミルンを肩車してクリスを左腕に座らせるように抱えながら村の近くまで戻ってきたところで、村の入り口辺りにいくつかの気配があった。
まだ距離があるから気配の形まではわからないが、気配のある場所と雰囲気からして門番のやつらと木々に紛れたトレントの気配だろう。その他にはさらに離れたところから門の方に近づいてくる気配が6つくらいあるが、こっちは離れすぎていて魔族ではなさそうってくらいしかわからん。
「あっ、もうカナデさんたちが帰ってきちゃった……。」
俺の左腕に座っているクリスがボソッと呟いた。まだけっこう離れているんだが、クリスには門に近づくやつらが誰か見えたみたいだ。
やっぱり気配察知がかなり使えるスキルとはいえ、視界を塞がれてるのは不便だな。まぁいい訓練にはなったが。
「横山たちが帰ってきたらなんかマズイのか?」
視界を塞がれてるから時間はよくわからんが、いくら俺の身体能力が元よりだいぶ上がってるとはいえ昼過ぎに山を越え、同じ道を歩いて帰ってきてんだからけっこうな時間になってるのは当たり前だろう。むしろ横山たちが帰って来るのが遅いくらいなんじゃねぇの?
「……今日はリキ様のお弟子さんにご馳走を作るお手伝いをするつもりだったので…………。」
「あぁ、俺が別の仕事を任せちまったせいか。すまん。」
「違っ!…います。リキ様に喜んでもらいたくてお弟子さんを歓迎する手伝いがしたかったんです。だから、リキ様に直接仕事を任せてもらえたことは嬉しいんです。私が仕事が遅いからどっちもは出来なかっただけなんです。」
「体が一つしかないのにどっちもやろうってのは無理なんじゃねぇか?まぁここでの仕事についてはよくわかってない俺が余計なことをいうべきじゃねぇかもだけど、カリンに関してはそもそも弟子じゃねぇからそんな気にする必要ねぇよ。俺の知り合いを歓迎してくれた気持ちだけで十分だ。ドライアドベリーとかいうものまでカリンたちのためにわざわざ用意してくれたんだろ?俺を喜ばせたいってことなら、知り合いのためにそこまでしてくれたってだけで嬉しいからな。」
今日俺がミルンに会わずに出かけることがなかったら、クリスを邪魔することはなかった代わりにそこまで気を使われてることには気づかなかったんだろうな。そしたら俺は特別感謝することはなかっただろうけど、クリスとしてはそっちの方が満足出来てたわけか。
結果としては邪魔したせいでクリスを悲しませたが、おかげで俺は気づけて感謝ができたんだけど……なんだかな。そもそも俺がもっと周りを見てやっていればままならない感じにはならんかったのはわかってるけど、そこまで俺は出来た人間じゃねぇし、しゃーない。そもそもなんでみんなして俺のためにそこまで尽くそうとしてくれてんのかもよくわからんしな。
「……カリンさんたちはお弟子さんじゃないんですか?」
「あぁ、弟子じゃねぇよ。たしかにあいつが受けた冒険者ギルドの依頼に2回くらいついていって口や手をだしたりはしたが、パーティーどころかチームですらなかったうえに本人にも弟子にする気はないっていったはずだしな。たぶんカリンは思い込みが激しいやつだから勘違いしてるんだろう。まぁ敵じゃない知り合いだし、横山と今後パーティーを組むつもりらしいから出来れば歓迎してやってくれ。」
俺が答えたら、クリスが不思議そうな顔をした。
「……そのときにリキ様がカリンさんたちを助けたり、保護したりとかしたのですか?」
「カリンと初対面のときに怪我を治してやった気はするな。だが、そのすぐあとに俺があいつに命を救われたっぽいから、どちらかといえば助けられたのは俺だろう。その恩は町まで送ることですぐに返したがな。」
よくわからない質問だったが、一応ちゃんと答えてやったのにクリスの不思議そうな顔に変化はなかった。
その顔はどういう意味かと訝しんでクリスを見ていたら、クリスが慌てたように首を振った。
「い、いえ、少し気になっただけです。カリンさんたちは2ヶ月くらいかけてリキ様に会いに来たとのことだったので、私たちに負けないくらいリキ様のことが好きなんだろうって思っていたんですけど……。」
「まぁ短い付き合いの割には命がけのダンジョン脱出をしたりと濃い内容だったかもしれないが、それにしたってわざわざ俺に会うために長旅をしてたわけではないだろ。あいつらは冒険者だし、アラフミナの近くに来たときにたまたま俺のことを思い出したから寄ったとかじゃねぇか?」
「ん〜……。」
クリスが納得いっていないけど、俺の意見だから否定できないからか、よくわからん声を漏らした。
「そんなに正解が気になるなら本人に聞けばいいんじゃねぇか?」
俺がカリンの方を顎で示したところで、ちょうどカリンたちも俺たちに気づいたようだ。
既にだいぶ近づいたことでハッキリと形のわかる気配が俺たちの方を向いた。
というか予想以上に多いんだが…。
意外にも横山、カリン、ラスケルは気配だけでなんとなくわかるんだが、他の3人が誰かわからん。まぁ一緒にいるってことはこいつらもパーティーメンバーなんだろうけど、知らない気配だから会ったことないやつらだろう。気配の形からして女だろうってのと魔族ではなさそうってことしかわからん。
「リキくん、おかえり。」
「リキさん!お久しぶりです!」
「お久しぶりです。」
横山、カリン、ラスケルが順に声をかけてきたことで門番も俺たちに「おかえりなさい」と声をかけてきた。
門番はドライアドたちじゃなくて獣人たちみたいだ。ということはまだ夜ではないってことか。昼過ぎから夜になるまでに山を越えて歩いて戻ってこれるとか、自分で思っている以上に身体能力が上がってるのかもしれねぇな。
「ただいま。カリンとラスケルは久しぶりだな。後ろの3に……。」
「リキさん!リキさん!それってもしかしてカミエルさんがいってた修行ってやつですか!?」
俺が知らないやつらについて聞こうとしたところで、やけにテンションの高いカリンが小走りで俺らに近づきながら質問を被せてきやがった。
こいつってこんなやつだったか?というか、前は俺のことを名字で呼んでなかったか?まぁ今は名字は名乗らないようにしてるから、むしろカリンへの説明が省けて楽でいいか。
「修行ってなんの話だ?人生は日々修行的な意味か?」
「カミエルさんが体幹を鍛える修行で視界を塞いだうえで左右の重さを変えて重心の位置を意識するっていうのがあるっていってたんですけど、それをしてるんじゃないんですか?」
俺の目の前まで来たカリンが小首を傾げながらさらに質問してきた。そしてなぜか俺の右手を両手で握ってきやがった。自然な動きで敵意なく近づかれたからか、避けることを考える前に右手を拘束された。
相手の虚をついて行動を阻害するとか、こいつもこの短い期間でかなり成長したんだな。
まぁ力量差がありすぎて、本気でカリンに右手を掴まれたところで振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるとは思うけどな。
ただ、不覚を取られたのは間違いないから、俺から振りほどかずにカリンが離すのを待っていたんだが、離す気配がない。
「結果的に修行みたいになりはしたが、べつに修行目的じゃなくて、ただ散歩してただけだ。それより虚をついて利き手を拘束する技術はなかなかだったが、邪魔だからそろそろ離せ。」
「?…っ!?酷くないですか!?弟子が師匠に会うために長旅してきての再会だというのにもっとこう、なんかあってもいいんじゃないですか?」
文句をいいながら右手をジェスチャーのように動かしているが、なぜか左手は俺の右手を掴んだままだった。
カリンって前から人の話は聞かなかったが、性格はもっと大人しいタイプだった気がするんだが…。それとも今まで濃いやつらと出会い過ぎたせいで勘違いしてたとかか?
ここは昔からの仲間に聞いた方が早いかとラスケルの気配の方に顔を向けたら、俺が目を向けたことにラスケルはちゃんと気づいたみたいだ。
「えっと……ちょっといろいろあって、カリンはリキさんに甘えたいんだと思います。」
「違います!甘えたいんじゃなくて師弟として会うのを楽しみにしていただけです。」
ラスケルが苦笑気味に答えたのをカリンが否定したようだが、否定できてるのかわからん否定だな。
とりあえずカリンの手を振りほどき、カリンの頭にバシッと右手を置いた。
「話くらいは聞いてやるけど、飯を食ってからな。あと、俺の弟子とかいってるみたいだが、弟子にはしないっていったよな?今までいっちまったものを訂正して回れとはいわねぇけど、これからは弟子っていうのは禁止な。」
「……ぇ?」
カリンは予想外だったのか、驚いたようにかなり小さな声を漏らした。
やっぱり弟子にしないっていったことを忘れてやがったな。
カリンの頭をガシガシと撫でた。
「なにをそんなにショックを受けてんのかわかんねぇけど、師弟とか面倒くさい関係になる必要はねぇだろ。師匠だなんていえるような指導はしてねぇしな。せめて先輩後輩くらいにしといてくれ。」
「っ!リキ先輩!」
急に声に元気が戻りやがった。
「べつに先輩後輩だからって呼び方を変える必要はねぇからな。あと、ご馳走を準備してくれてるらしいから、とっとと入るぞ。」
カリンの頭から右手を離して門に向かうと、カリンは俺の右側に並んで歩きだした。
「じゃあリキさんって呼んでもいいですか?」
さっき既にそう呼んでたと思うんだが…。
「様付けじゃなきゃなんでもいい。好きに呼んでくれ。」
「リキさん!リキさん!私、もうDランクなんですよ!先輩として鼻が高くないですか?」
テンションの高さが意味不明だ。
それに俺の右手を掴みはしていないが、やけに近い。道幅が狭いわけじゃないのにちょいちょい腕が当たるっておかしいだろ。
周りも今のカリンはおかしいと感じているからか、微妙に俺らと距離を置いてついてきているみたいだ。
肩のミルンはもともとあんま喋らねぇタイプだが、クリスもダンマリだ。というか、さっきまで遠慮してたクリスが緩く肩にもたれかかってきてるんだが、眠くなってきたのか?今のカリンと顔を合わせないようにするためじゃねぇよな?
そういや、なんかの確認をカリンに直接すればいいって話をしてた気がするが……まぁクリスも忘れてるならべつにいいか。
「たしかDランクって一般的な冒険者くらいだったよな?あのカリンが短期間でそこまで成長したってのは素直に凄いな。カリンのパーティーは全員Dランクなのか?というかリーダーはカリンのままなのか?」
「リーダーは私ですよ!あと、Dランクなのは私とピリカールちゃんで、ラスケルくんとパトラちゃんはもうCランクなんですよ!まだ入ったばかりのリッシーちゃんはEランクですけど、魔法が凄いんです!」
「ぁ、ぅ……ぁぅ……。」
カリンのセリフのあとに後ろから恥ずかしげな呻き声がわずかに聞こえた。タイミングからして今のがリッシーとかいう魔法が凄いやつか?杖持ってるっぽいし、魔法メインなんだろうが、本人が否定したげだからカリンの言葉を鵜呑みにしたらダメそうだな。
「リッシー以外はフォーリンミリヤから一緒なのか?」
「っ!……フォーリンミリヤから一緒なのはラスケルくんとパトラちゃんですね。そのあとピリカールちゃんを仲間に加えて、リッシーちゃんとはガンザーラで会って仲間になりました。」
急に声のトーンが下がったな。なんなんだよ。
ラスケルがいってたいろいろあったってのはこの辺りの話なのか?
「じゃあフォーリンミリヤ組ではカリンだけDランクなんだな。」
「そうですけど、仕方ないんですよ!冒険者ギルドの昇級試験は主に戦闘だから、支援がメインの私には不利なんです!もちろん自分の身を守れるようにラスケルくんやパトラちゃんと訓練はしてますけど、身を守るのと相手を倒すのはべつだから難しいんですよ。そもそもラスケルくんとパトラちゃんが強いだけで、最初一緒だったクルルくんとハイゼちゃんはDランクになるのが私より遅かったですからね!」
「クルルとハイゼ?」
「っ!」
俺がカリンに聞き返すとカリンは言葉を詰まらせたかのように返事をしなかった。
カリンと話しているうちにもうほぼ屋敷の前だし、その話は後でいいか。もしかしたらそのクルルとハイゼって仲間が死んだとかの話かもしれんから、飯前に聞くことじゃないだろうし。
門番から連絡がいっていたのか、屋敷の前にアリアがいた。
アリアに視線を向けると、アリアの気配は微妙に俺の頭の少し上を見ている気がした。
「…おかえりなさい。…どういった状況でしょうか?」
ん?さっきも誰かにそんなことを聞かれた気がするな。
まぁ今はカリンたちと一緒に帰ってきてることについてだろうから違う話だろうけど。
「散歩して帰ってきたら門の前でカリンたちと会ったから、そのまま一緒に来ただけだ。俺は飯前にシャワーを浴びたいから、カリンたちの案内を頼んでいいか?」
「………………はい。」
なんか間があったが、不満気な声ってわけでもないし、アリアに任せて大丈夫だろう。
「私も汗を流したいです!」
隣のカリンが俺の右腕を掴みながら主張してきた。
近づいたうえでデカイ声とか嫌がらせか?
「アリアが案内してくれるから、湯船でもシャワーでも好きな方を使ってくれ。アリア、任せた。俺は左側のシャワー室を使うからよろしくな。あぁ、ラスケルはカリンたちと一緒でも俺が使う方のシャワー室でも好きなところを使わせてやってくれ。」
「…はい。」
「カリンたちとは別でお願いします。」
俺がシャワー室に誰も近づけるなっていってると勘違いされないように同性のラスケルが使うのは構わないって伝えただけなんだが、ラスケルが即答してきた。
「…はい。それでは大浴場とシャワー室を案内するので、入りたい方を教えてください。」
「ありがとうございます!」
カリンのテンションはまた高くなってるみたいだな。
まぁ一緒に冒険していた仲間が死んでしまったとかだったら、受け入れるまでに時間がかかって、そのストレスでおかしくなってもおかしくはねぇか。
実際は話を聞くまでわかんねぇけど、死別の受け入れ方だとしたらアドバイスできる気がしねぇ。
俺は家族と二度と会えないってのを普通に受け入れられちまうような薄情なやつだからな。
「リキ様?」
アリアに案内されるカリンたちを入り口で立ち止まったまま見送っていたら、抱えているクリスが声をかけてきた。
「あぁ、悪い。もう着いたから降ろすな。」
クリスを先に降ろしてから、ミルンの脇を持ち上げ、頭の上を通してクリスの隣に降ろした。
「シャワーを浴びるかどうかは好きにすればいいが、ミルンの服は着替えさせた方がいいと思うぞ。」
「…………はい。」
恥ずかしそうに俯いたクリスの頭と無表情でクリスを見てるミルンの頭を適当に撫でてから、振り返らずにシャワー室へと向かった。