365話
365話
アリアの部屋はパッと見た感じでは俺の部屋と同じ広さみたいだ。
家具類もほとんど同じっぽいし、俺の部屋との違いといえばテーブルセットがソファーセットになってるくらいか。
たぶん椅子だとアリアサイズに合わせたら他のやつらには小さいだろうし、普通サイズにしたらアリアも使えるには使えるが使いづらいだろうからとソファーとローテーブルになってるんだろうけど、それなら全部屋ソファーとローテーブルに統一してくれりゃ良かったのにな。
部屋でくつろぐなら俺も椅子よりソファーの方が好きだし。といっても部屋では基本ベッドしか使ってないからいいんだけどさ。
「…お茶を用意するので、先に座っていてください。」
アリアが俺にソファーを勧めてから、部屋を出ていった。
さっきまで食堂にいたんだから、必要なら持ってくれば良かったのに、アリアにしては珍しく段取りが悪いな。
茶を飲むほど時間がかかるようなこととは思ってなかったからとはいえ、全く気づきもしなかった俺がいえたことではねぇけど。
まぁいいかと2人掛けのソファーの真ん中に腰掛けて背もたれに身体を預けた。
座面は少し硬めだったからあまり期待はしてなかったんだが、背もたれはかなり柔らかくて驚いた。
あぁ……このまま寝れる……。
いや、さすがに人の部屋に来て一言も発する前に寝るのはねぇな。それにこのまま寝たら首が痛くなりそうだし。
特にやることもないからとあらためて部屋の中を見回してみたが、マジで何もねぇな。
俺も部屋にはほとんど何も置いてないから他人のことはいえないが、私物が1つも見当たらないってのはちょっと心配になる。
アイテムボックスがあるから部屋に置いておく必要がないのは確かだが、アリアくらいの歳の女の子は無駄に部屋を飾りたくなるもんじゃねぇのか?
そういやニータート製の装備や鑑定対策のアクセサリーは部屋に置いてるみたいだし、見えるところに置いてないだけで棚の中とかにはいろいろ入っているんだろう。
アリアは真面目な性格だし、整頓してしまっていないと落ち着かない派なのかもな。
さて、やることなくなったけど、どうすっかな。
アリアはあとどのくらいで戻ってくるのかと『気配察知』を意識的に精度を落として範囲を広げたら、もうすぐ近くまで戻ってきてるのがわかった。思ったよりも早いというか、早すぎるだろ。食堂まで行って戻ってくるだけだとしても早すぎないか?
もしかしたら待たせるのは悪いと思って行きは走ったのかもな。
まぁ早い分にはいいか。
気配に合わせて扉に目を向けるとお盆を持ったアリアが部屋に入ってきた。
アリアはそのまま俺の方に向かってきて、紅茶の入ったカップを俺の前と隣に置いた。そしてクッキーの乗った皿をテーブルに置き、お盆をアイテムボックスにしまって俺の隣に密着するように座ってきた。
……いや、普通は向かい合って座るもんじゃねぇのか?そう思って2人掛けのソファーのど真ん中に座っちまったから、隣に座ろうとしたらいくら小さいアリアでもそりゃ密着せざるを得ないわな。
これは俺が横にズレてスペースを空けるべきだよなと横に移動したらアリアも移動してきたから密着度は変わらなかった。
……は?
アリアを見るとアリアも俺を見ていたから目が合った。
「…食事係の方が用意したものなので大丈夫です。」
いや、俺が気になったのはそんなことじゃないんだが…まぁいいか。
アリアにしては珍しいなって思っただけだし。
そういや前に妹がいつも以上に甘えてくると思ったら風邪をひいていたってことがあったなと思いだし、念のためアリアの額に手を当ててみたがいつもとそんな変わらなかった。
じゃあ単に甘えたいだけなのかもな。まぁ子どもなんだからそういうこともあるだろうと、不思議そうに俺を見ているアリアの頭を撫でた。
「紅茶と菓子ありがとな。」
せっかく用意してくれたからととりあえずクッキーを1つ食べ、紅茶を飲んだ。
普通に美味い。
ぶっちゃけ誰が用意しても味の違いがわかるほど俺の舌は肥えちゃいないんだが、アリアがわざわざ食事係が用意したことを強調したんだから普通より美味しいんだろう。
俺がティーカップを置いたところで、アリアがアイテムボックスから何かを取り出した。
靴とベルトとネックレスが6つずつ。
ネックレスがリキ教のやつなのはどうかと思うが、ユリアとクレハに渡していたものと同じものだからこれらがさっき話していたものだろう。
……ん?……今、アイテムボックスから出したよな?じゃあなんで部屋まで来させたんだ?
「…靴とベルトはユリアさんとクレハさんに使用したものと同じくニータートの甲羅を使用しているので筋力を鍛えるための負荷用として使えます。ネックレスには『鑑定反撃の加護』を付与してありますので、リキ様からカリンさんたちにお渡しいただけたらと思います。」
俺が疑問を呈す前に装備類の説明が始まり、説明後にベルトとネックレスを手渡された。
まぁ話を遮ってまで確認したいことでもないからいいけどさ。
「ありがとな。ちなみに『鑑定反撃の加護』はこのネックレス以外に付与されてるアクセサリーはないのか?」
「…ありません。」
そういや村人に渡す予定のものをカリンたちに先に渡すって話だったから仕方ねぇのか。……ん?でも加護って移せるんじゃなかったっけか?
前に加護を移してもらったときは一瞬だったから簡単なことなのかと思ったが、アリアが他のアクセサリーに移すかと確認を取ってこないってことは加護によっては移せないとかあるのか?
「加護って他のアクセサリーに移せるんじゃなかったか?」
「…………出来なくはないです。」
いつもより間があったな。
正直あまりリキ教とかいう意味不明な宗教を広めたくはねぇんだが、こんなことでアリアに無理させるのは悪いから諦めるか。
「無理してでも移せってわけじゃないから大丈夫だ。せっかく用意してもらったんだし、これを渡すことはかまわないんだが、俺を崇める宗教のシンボルマークのネックレスを俺が渡すのはちょっと……どうすっかな。」
「…それでしたら、もうそろそろカリンさんたちを起こさなければいけないので、そのさいにサラに渡すように伝えます。」
「悪いな。そうしてもらえると助かる。ただ、このネックレスがなんなのかはちゃんと説明するようにサラには伝えてくれ。それでカリンたちが渋ったら、無理して渡すなよ。アリアには悪いんだが、その場合は他のアクセサリーに加護を移してほしい。宗教に無理やり入らせるような真似はしたくねぇからな。」
「…はい。サラも慣れているので大丈夫だと思いますが、どうしても無理な場合はそうします。」
慣れてるってのは説明するのがってことだろうけど、説明に慣れてるのと相手の意思は全く関係ないと思うんだが……無理なら加護を移すっていってるからいいか。
「ありがとな。じゃあ話…。」
「…今サラを呼んだので、すぐにくると思います。」
話は終わりだろうと締めくくろうとしたら、アリアのセリフと被っちまった。
「俺が…。」
「…クッキーは口に合いませんでしたか?」
俺がいても意味ないだろうからと席を立とうと思ったら、またセリフが被っちまった。
「いや、美味いよ。どこぞの宿屋の目玉焼きを思い出す味だな。」
「…はい。あの目玉焼きの生地部分のレシピを改良して作りました。お口にあったのでしたら嬉しいです。」
俺の腿に手を置いたアリアがわずかに笑みを浮かべながら見上げてきた。
「アリアが作ったのか?」
なんとなしに聞いただけなのになぜかアリアがビクッと肩を跳ねさせて目線を下げた。
「…改良したレシピは私が作りましたが、このクッキーを作ったのは食事係なので大丈夫です。」
さっきから何が大丈夫なのかわからんが、アリアの反応からしてこの話はあんま続けたくないっぽいな。
アリアからクッキーの話を振ってきたのに広げたくないってのは意味不明だが。
「そうか。」
なぜか微妙に空気が悪くなった気がするから、誤魔化すようにアリアの頭を撫でた。
「そういや、筋力を上げた方がレベルアップの影響が大きいとかよく気づいたな。」
「…フェイバーさんに教えてもらいました。」
「フェイバー?」
なんで薬屋がそんなことに詳しいんだよ。
もしかして常識なのか?
「…薬屋のフェイバー・ディバインさんです。以前、私のステータスがレベルの割に低いことを相談したさいに、もしかしたらという話になったので、実際にわたしも含めた戦闘奴隷と村の方々で試して確証を得ました。」
「あ、悪い。誰かわからなかったんじゃなく、なんであいつが知ってるんだって意味だ。もしかして普通は知ってることなのか?」
「…フェイバーさんは知っていたというわけではなく、わたしと他の方との違いを考えて、もしかしたらというアドバイスをしてくださっただけです。普通は才能の差ということで片づけられてしまうので、知られていないと思います。」
死にかけだったアリアを知ってるあいつだからこそ気づいたってところか。
そんなことを一切相談されていない俺はアリアと他のやつのステータスを見る機会があっても違和感なんて覚えなかったし、ジョブによってステータスが違うんだな程度にしか思ってなかったけどな。まぁ相談されたところで俺が気づけたとは思えないが。
「そうなのか。だとしたらよく気づいたな。ちなみにそれってレベルを上げた後じゃ手遅れなのか?」
「…一定以上レベルを上げてしまうと身体を鍛えるのが難しくなってしまうので、体を鍛えてからレベルを上げた人と同じレベルで同じ強度にはなれないかもしれません。もともと個人差があることなので、そこまでは検証できていません。ごめんなさい。」
「あぁいや、なんとなく気になったから聞いただけだし、気にしないでくれ。」
「…ごめんなさい。」
余計なことを聞いたせいで落ち込ませちまったみたいだ。
普通は知られてないことなんだから、アリアが知らないからって謝ることじゃねぇんだけどな。
クッキーのことといい今回のことといいアリアの気にするところがよくわからん。
「そういやフェイバーで思い出したんだが、薬草を集めてるんだってな。ヨクアリクサってまだ使ったりするか?」
「…はい。まだ在庫はありますが、今後調合の授業も始める予定なのでそろそろ追加で取りに行ってもらうように手配しようかと思っていたところです。」
あいつがいってたのは本当だったんだな。しかも学校の授業のためだったのか。
「じゃあこれを使ってくれ。この前なんとなく薬草採取をしてみたんだが、俺は調合はしないし、売れるような薬草でもないみたいだからな。」
俺がテーブルの上のものをどかし、アイテムボックスからこの前取ってきた薬草類を全て取り出して置いてからアリアを見たら、アリアは不思議そうに首を傾げた。
「…これだけの量があるのでしたら、ギルドに売れば常時依頼の報酬が加算されてそれなりの金額になるかと思うのですが、いただいてしまっていいのでしょうか?」
「そうなのか?この前はギルドじゃたいした金にならないって聞いたぞ?それに薬屋でも買い取れないっていわれたし。」
「…どなたから伺ったのですか?」
「リスミナだ。」
「…たしかにリスミナさんだと一食分のご飯代にすらならないかもしれませんが、リキ様でしたら銀貨10枚以上になるのではないでしょうか?…ごめんなさい。金貨にも満たない端金での買取価格ではリキ様にとっては売れないと同義ですね。」
「待て待て待て。銀貨を端金なんて思ったことねぇよ。というかなんでそんなに金額に差があるんだ?アリアが冒険者ギルドにコネでも持ってるとかか?」
俺の疑問にたいしてアリアがまた首を傾げた。
「…いえ、わたしは奴隷なのでギルドと関わることはほとんどありません。リキ様はランクを上げていないので、リスミナさんと違って常時依頼を受けられるうえに薬草自体も正規の金額で売ることができるため、この量でしたら銀貨10枚は超えるかと思います。…ランクによって報酬が変わる話をリスミナさんはしなかったのでしょうか?」
「そういやそんな話をしてたわ。そういや俺はFランクだから普通に売れるし依頼も受けられるから追加報酬までもらえるのか。ランクとか気にしてなかったから、自分がFランクってことが頭から抜けてたわ。でも今さら冒険者ギルドに売りに行く気はないから使ってくれ。」
俺のセリフに被るようなタイミングで部屋の扉をノックする音が聞こえた。
気配からしてサラだろう。
「…ありがとうございます。サラが来たようなので、カリンさんたち用の装備を渡してきます。」
アリアが俺に軽く頭を下げてから立ち上がり、小走りで扉に向かっていった。
それにしてもアリアは冒険者ギルドと関わることはほとんどないとかいっていたのに、当たり前のように冒険者ギルドの制度を知ってるんだな。
「…先ほど話した装備類です。カリンさんたちを起こしたときに渡してください。このネックレスについてはサラに任せます。サラなら大丈夫だと思いますが、それでも拒否られてしまった場合は別のアクセサリーに変えなければいけないので連絡してください。」
「はいなのです。ニータートの装備は学校に行く前につけさせた方がいいですか?」
「…今回は訓練の時だけで大丈夫です。クレハさんやユリアさんと違って普段もつけていたら耐えられない方もいると思うので。あと、今後の訓練についての確認も忘れずに。返答は明日の朝までといっておいてください。」
「はいなのです。あ、あと、リキ様にお客様が来てるのです。シュンカトー商会のドルーゴ会長なのです。」
2人の会話が普通に聞こえてくるから、なんとなく聞いていたら俺の名前が出てきた。
サラは俺の位置からは見えないから、今のは俺に話しかけたわけではないだろうが、一応顔を向けたらアリアがこっちを向いていた。
なんかちょっと不機嫌になったように見えた気がしたが、気のせいか?
「…どうしますか?」
どうといわれても商人が俺に会いにくる意味がわからねぇよ。
もしかして、俺が黒龍の素材を欲してるのをどっかで聞いて売りに来たとかか?それなら値段によっては欲しいな。
「べつに暇だから会うのはかまわんけど、何しに来たとかいってたか?」
俺が質問したら、アリアがサラの方に視線を動かし、数秒考えたあとに扉を大きく開けてサラを部屋に招き入れた。
サラは申し訳なさそうに部屋に入ってきて、アリアの隣に並んで俺にペコリと頭を下げた。
「商談をしに来たといっていたのです。あまりしつこく聞くのはよくないかと思ったので、とりあえず応接室で待たせているのです。」
商談だけじゃわからねぇな。
何を買わせるつもりなのかはわからねぇが、わざわざ商会長自らが来るってことはそうとういいものではあるんだろう。本当に黒龍の素材だったりしてな。
アリアに聞けば何か知ってたり……いや、やめとくか。アリアに聞いて普通に答えたらサラがヘコみそうだからな。
どうせ会いに行けばわかることだ。
「そうか。ありがとな。念のためアリアも一緒に来てくれるか?内容によっては俺じゃわからねぇこともあるかもだし。」
ただの買い物じゃなくて、この村の商売に関することなんかの話し合いだったら、アリアがいないと困るからな。なんせ俺は村長なのにこの村のことをあまり知らないし。
「…奴隷を嫌がる方かもしれませんがいいのですか?」
「俺にわざわざ会いに来たってことは俺のことは知ってるだろうし、それで奴隷を邪険に扱うような馬鹿なら帰らせればいいだけだから問題ねぇよ。」
「…ありがとうございます。それではせっかくの大手の商会相手なので、出来るだけ頑張りたいと思います。」
「助かる。じゃあ行くか。」
「…ごめんなさい。少しだけ待ってください。」
どうしたのかと思ったら、アリアが走って俺の方に近づいてきて、テーブルの上に山になっている薬草を急いでアイテムボックスにしまい始めた。
俺がてきとうに置いたからか草の汁でテーブルが汚れたみたいだ。すまん。
「…お待たせしました。」
アリアの準備が終わったようなので、3人で部屋を出て応接室へと向かった。