もうひとつの転生
もうひとつの転生
まさに〝禁断の果実〟……! 〝俺を食べれば若返る〟なんて事が、万が一誰かに知られたら、大変なことになるぞ……?!『お兄ちゃん、おいかけまわされて、たべられちゃう……』 グリダが、ひぃ、と息をのむ声と共に言った。 ……ああ。きっとそうなるに違いない。 これはマズいぞ。急いで逃げないと……!「フレッサ。いいか? この事は誰にも言うな」「はい。もちろん、そのつもりです」 ……え。「となると、俺のこの姿が一番の問題だな、ふむ……」 自分の姿を、フレッサに差し出された小さな手鏡と 携行照明 ( カンテラ ) の光で確認しながら、考え込んでいるホルマー。「そうですねぇ。どう考えても、ホルマーさん、カッコ良くなり過ぎですもんねぇ」「おいおい、褒められるのは嬉しいけどな。おっさんの頃の俺だって捨てたもんじゃなかっただろう?」「はいはい。そうですね」 クスクスと笑いながら、俺を見つめるフレッサ。「リンゴさん、すごく痛そうだった……あんなに痛そうにコロコロしながらも、ホルマーさんを助けてくれた。絶対に守らなきゃ!」「ああ。何が何でも、そのリンゴに恩を返す。なんたって、命の恩人だからな」 ……このふたり、最初から、俺を利用しようとか、まったく頭にない!「……よし、決めた! 俺いったん、ここで死んだ事にするわ」「ええっ! ホルマーさん?!」「だってよ、どう見たって不自然な若さじゃないか俺。この姿で〝ホルマーです〟って、町に戻ろうもんなら、絶対に大騒ぎだぜ?」 確かに。〝 面影 ( おもかげ ) は残ってるかも〟ぐらいの、すごい変化だもんな。「ギルドにも説明しなきゃならなくなるし、もちろん〝分かりません〟じゃ済まされない。特に〝若返り系〟は一番マズい気がする。下手すれば、俺まで研究材料とか実験台だぜ?」「そう……ですね。ホルマーさん自身も、大変な事になっちゃいます」 古来……と言っても、この世界の歴史は知らんが、似たような物だろう。いわゆる〝権力者たち〟が血眼になって追い求めた〝若返り〟や〝不老長寿〟だ。もし知られれば、どんな目に遭わされるか……!「というわけで〝ホルマー〟は死んだ! 証拠なんか出さなくても、この大惨事だ。問題はないと思うが、さっき切り落とされた俺の腕でも提出すれば、ギルドも死亡認定するだろうさ」「そうですね。さっき、エルミチャさんが回収して下さってましたから、そのまま〝遺品〟としてギルドに渡ると思います」「そうか。それなら墓も建つな。花でも供えるか」 ワハハと笑うホルマーと、笑い方が若者に見えないと微笑むフレッサ。 ……ホルマー。 今までの人生を、俺のためにリセットする事になってしまった。すまないなあ。「お? どうした?」 俺は、フレッサの手を離れ、ホルマーの周りと、フレッサの周りを、交互にコロコロと転がって回る。しゃべれないからな。礼のしようがない。「……ははっ! お互い様だ。助けてくれてありがとうな!」「リンゴさん……本当にありがとう。これからもよろしくねぇ?」 豪快に笑うホルマーと、涙ぐむフレッサ。俺の気持ちは分かってもらえたみたいだ。「それじゃあ、今日から俺は〝ダティル〟と名乗る」「ダティル……」「その名から〝ホルマー〟を連想できるヤツはもう、俺とお前を除いてみんなあの世だ……イヤか?」「……ううん。ダティルも喜ぶと思います」 ……何者なんだろう〝ダティル〟って。ちょっと気になるな。「おっと、お前のその〝口調〟も問題だな。俺相手にしゃべるときは〝タメ口〟で頼むぜ」「ええっ! そんな急に変えられるかなぁ……?」 大丈夫だ。一度くずし始めたら、不思議と丁寧な言葉は使わなくなる。ソースは俺が 平社員 ( ヒラ ) に降格されたあと、徐々に敬語を使わなくなっていった、会社の〝もと部下〟全員。「よし、決まりだ。俺はダティル。アリに襲われた恐怖で、記憶を無くしてしまったハンサム剣士だ」「自分でハンサムって 言っちゃうんですね……あっ、えっと。言葉のチョイスと口調に気をつけなきゃね、ダティル!」 σσσ σσ σ フレッサの提案に、俺もダティルも耳を疑う。 ……あ、俺、耳ないけど。「ここにいるアリを、やっつけるよぉ!」「フレッサ……さん? それはちょっと無茶なのでは……?」 フレッサの〝私だけ口調を変えるのは不公平だ〟という意見から、ダティルは、逆にフレッサに対して尊敬語を使う事になった。「たぶん、ここから現れた〝何か〟によって国が滅んだっていうのは、むかし本当にあった事なのぉ! このまま放っておいたら、大変な被害が出ちゃう!」 ……なかなかやるなフレッサ。まさにその通りだ。 はるか昔、ここ〝 傾国 ( けいこく ) の 大穴 ( おおあな ) 〟から 這 ( は ) い出たアリたちは、国をひとつ食い尽くした後、永い眠りについた。再び人間が〝増えた〟事を知ったヤツらが、地上の人間を食い始めるのは時間の問題だ。「しかし、フレッサ! ……さん。数が数ですよ?」「えっと……〝リンゴ魔法〟なら、なんとかなると思う」 ……いや実際、俺もそう思う。いや、自画自賛とかじゃなくてな? 俺の魔法の威力とかスゴいじゃん? で、たぶん、グリダの魔法は……もっとスゴい。『わ、わたし?』 そうだ。俺の考えが間違っていなければ、グリダの魔法なら、あんなアリが何千匹、いや何万匹居ようが敵じゃない。『そ、そうなの?』 まあ、俺の魔法だけでも、この巣ぐらいは潰せるさ。安心してくれ。「……本当に大丈夫か? この大穴にいるアリ、全滅させられるのか?」「リンゴさん、もしできるなら、私の周り、できないなら、ダティルの周りを回って?」 俺は、フレッサの周りを、コロコロと回る。 ……対処が遅れれば、それだけ被害が増えていく。そして、いますぐアリの駆除ができるのは、俺とグリダだけだ。やるしかないだろう。