お兄ちゃんにおしえてあげる
お兄ちゃんにおしえてあげる
『それでは、私は、少し失礼しますね』 ……神様はそう言い残して〝上層部〟とやらに報告に行った。 どうやら〝倉庫〟のカードの中に〝 世界樹 ( せかいじゅ ) 〟が入っていた事以上に、俺が〝世界樹〟と会話できる事の方が問題のようだ。『じゃあね、まず、からだの動かし方から……』 世界樹 ( せかいじゅ ) は、植物が自由に動く方法を教えてくれるらしい。『動物さんたちが、からだを動かすのとは、ぜんぜんちがうの。だから、前のやり方は忘れてね』 つまり、俺が今まで人間として生活してきたのとは、まったく違うやり方という事か。『えっと、お兄ちゃん、草や木には、光にむかって、のびて行く子がいるの、しってる?』 ああ、知ってるよ。太陽の光を多く受けるため……だろ? そう言えば、ひまわりとかは、ずっと太陽に向かって、花を咲かせているんだよな。『それに、水や、えいようが少なければ、根っこを、すっごくのばすの』 それも知ってるぞ。草木の根は、水と養分を求めて驚くほど深く広く伸びる。『わたしたち植物はね、すごくゆっくり生きているのよ。ゆっくりだけど、動物さんたちと同じように動いているの』 大きな木は、何十年、何百年かけて、大地に根をはり、空に向けて枝を伸ばす。動物より、はるかに遅いペースだけど、ちゃんと生活しているんだ。『でね、ここがだいじなところなの。動物さんのからだも、植物のからだも、いっぱいの〝つぶつぶ〟が集まって、できているのよ』 え、一杯のつぶつぶ……? ああ、なるほど。〝細胞〟の事か!『動物さんは、そのつぶつぶで、じぶんを動かすためのしくみを作っているみたい。植物にも、そういう子はいるけど……』 動物のように動く植物といえば、オジギソウとか、食虫植物かな? 条件付きで素早い動きをする植物はいるよな。 ……ファンタジーにありがちな、人食い花とか 人面樹 ( じんめんじゅ ) の事だったらイヤだな。『木や草は、自分がどういうふうに動くか〝つぶつぶ〟の増やし方で決めるの。すごくゆっくりだけど、右に根をのばすとか、左に枝をのばすとかを考えながら〝つぶつぶ〟を増やすのよ』 細胞分裂……で、動くのか。もしかして、俺も? そりゃまた、気の長い話だなあ。『ううん。ふつうの植物はすっごくゆっくり生きてるけど、フルツお兄ちゃんは、もともと人間だから、動物さんのはやさで考えて、動物さんのはやさで生きていける。たぶん〝つぶつぶ〟も、すごいスピードで、ふえたり、へったりするはずだよ?』 ……すごいスピード? それじゃ、細胞の増減をコントロールできれば、自分の意志で、自由に動けるようになるかもしれないな!『うん。お兄ちゃんなら、ぜったいできるよ!』 けどなあ。五感がまったく無いんじゃ、自分のどこをどう動かすとか、イメージも出来ないぞ?『うーん。じゃあ、先に、まわりのものを感じとるのを、やってみる?』 そんな事ができるのか?! よろしくお願いします、先生!『うむ。それではせつめいするぞぉ……なんちゃって、ふふ! ……えっと、動物さんは、目とか耳っていう、光や音をかんじとるための部分を持っているけど、植物には無いよね』 そうだな。リンゴにあるのは〝ヘタ〟ぐらいだ。『でもね、植物は、動物さんたちとちがって、ひとつひとつの〝つぶつぶ〟で、光とか音を感じとるのが上手なの。だから、練習すれば、目をつかうより、もっともっと、よく見えるし、耳なんかなくても、すごく聞こえるようになるよ! ただ……』 ただ?『人間だったときの、光や音の〝かんじ方〟と、すっごくちがうから、むずかしいかも……? れんしゅうを、いっぱいしなきゃだめよ?』 そうか。なんとなく分かるぞ。目で見るのに慣れてしまっている俺が〝細胞〟で〝光〟を感じ取れ、なんて言われても、できるわけないし……あれ?『どうしたの?』 いや、なんか俺の周りに、ポツポツと赤い点々が見えた様な気がしたんだ。そんなワケないよな。『……お兄ちゃん? それって、もしかして』 急に何なんだ? 今まで何も感じなかったんだけど…… 緑の物もあるな。なんだこれ? すごく不思議な感覚だ。『スゴい……! もう、動物さんの〝かんじ方〟に、バイバイできちゃったの?』 ……ん? 何がスゴいんだ?『お兄ちゃん、その〝てんてん〟は、いくつあるか、数えられる?』 おいおい、こんなに沢山あるんだ。数え切れないだろ。 ……あ、あれ? 分かるぞ? ……全部で52個だな。『あったりー! お兄ちゃんも入れて、53だよ!』 俺も入れて? ……この赤い点々、リンゴなのか?!『そうだよ。この木にいるのは、55だけど〝木のみき〟がじゃまで、お兄ちゃんには見えない子がいるから』 お兄ちゃんにはって、世界樹には見えてるのか? ……しかし驚いたな! だいたい俺、こんなにたくさんの点々を、何であんな一瞬で数えられたんだ?『目で追わなくていいからなの』 目で追わなくていい? ……そうか! そういえば、いま見えている赤い点、同時に全部見えているぞ。360度、全部見える!『動物さんは、そうじゃないんだよね?』 動物は、視線を外せば見失うし、死角の方が圧倒的に多い。印をつけずに多くの物を数えるのは不可能だ。 ……けど、今の俺なら、極端な話、細胞の数だけ同時に見る事ができるから、簡単に数えられるってわけか。なんだよ植物、超便利じゃん!『うふふ。でしょでしょ? お兄ちゃんも、れんしゅうすれば、だんだん周りがはっきり見えてくるよ? あと、たぶん、音もかんじ取れると思う。見るより、ずっとかんたんだから』 なんだか、コツが分かってきたぞ。要は、自分がひとつの生き物じゃなくて、たくさんの〝つぶつぶ〟で出来てると、自覚すればいいんだ。 ……空気が揺れている。風の流れの他に、もっと細かい振動が伝わってくる。『ひとつひとつの〝つぶつぶ〟が、そのゆれる空気をかんじとって、まわりに音がある事を教えてくれる。考えなくてもいいの。そのゆれているのが、音なのよ?』 ……これは、木の葉がザワザワと風に揺れる音だ。 水音も聞こえてきたぞ。見えてきた……! 小川が流れている。水面を跳ねる魚まで、鮮明に見えたぞ!『スゴいスゴい! お兄ちゃん、もう分かっちゃったのね!』 先生の教え方が上手だからだよ。ありがとう。『うふふ。どういたしまして!』 分かってしまえば、なんで今まで、見たり聞いたり出来なかったんだろう? って思うくらいに簡単だ。 その上、人間の頃よりも快適だぞ、これ! だって、全方位、同時に見えるし、はるか遠くの音まで、ちゃんと聞き取れるんだもんな。 例えばほら、さっきから聞こえている悲鳴とかも、それはもう鮮明に……ん?『いやああああぁ! 誰か! 誰か助けて!』「ゲヘヘヘ! ウマソウナ、ニンゲン、ニンゲン!」 ……女性が、緑色の小さいオヤジみたいなヤツに追われているな。「はぁ、はぁ、こ、来ないで! 来ないでえええっ!」「クワナイカラ、オマエ、トマレ! ウマソウナニンゲン、チョットダケ、トマレ、ナ?」 ああ、そうそう。そのイメージで、だいたい合ってるよ。こりゃ典型的なイベント、発生だな! ……いやいや、待て待て! ちょっと早くないか? 俺、まだ動く練習してないぞ?