新しい力
新しい力
女性の声が聞こえる。「いやあああっ! 誰か! 誰かあああぁ!」 続けて聞こえてきたのは、アニメでよく登場する〝ボスに 媚 ( こび ) を売る 腰巾着 ( こしぎんちゃく ) 〟っぽい声だ。「ゲヘヘヘヘ! モウ、オマエ、オワリ! ダカラ、ネ? モウ、ネ?」 距離は……まだちょっと 慣 ( な ) れてないから分からないな。いま、小川に 架 ( か ) かる小さな橋を渡っている。 こっちに向かってくるぞ。よし、やるか!『フルツお兄ちゃん、まさか……』 そうだよ、助けなきゃ!『ええ?! あぶないのよ! お兄ちゃんは、動くためのれんしゅう、してないんだよ?』 そんなの、ぶっつけ本番でなんとかするさ! ……この下まで来てくれればなあ。落っこちて、体当たりとかでいいんだけど。 あの〝緑の小さいおっさん〟が、俺に興味を持てば、ちょっとでも時間稼ぎになるだろ?『お兄ちゃん……』 という事で、俺と木を 繋 ( つな ) いでいる、このヘタの切り離し方を教えてくれないか? なんとなく、イメージは出来てるんだが…… 『えっと、そのイメージで、あってると思う。お兄ちゃんと、お母さんの間に、つぶつぶの〝さかいめ〟があるの。分かる?』 お母さん? ……あ、そうか。この木、こっちの世界で俺を生んでくれた、母親なんだな。転生初日で親離れとは、この世界も 世知辛 ( せちがら ) いなあ。「いやあああ! 来ないで! やああああっ!」「ウマイゾ! マダ、タベテナイケド、オマエ、ウマソウスギ、ナノデ、モウウマイ!」 言ってることはよく分からないけど、女性がヤバそうだ。急がなければ。 えっと〝つぶつぶの境い目〟か。自分の細胞と、母親の細胞の境界は…… お、分かるぞ。そこから先には、自分の意思が働かないからな。『スゴいね、お兄ちゃん……ほんとうに人間だったの?』 このヒトデナシ! って言われている気分だなあ。 ……まあいいや。で、この境い目をどうするんだ?『ひとつぶひとつぶ、つないでる手をはなすの』 細胞の繋がりを、切り離す……イメージの通りだ! よし、分かったぞ。「やああっ! もう……ダメ!」「ゲハアハアハ! モウダメ! オマエ、モウダメ!」 よし、いいぞ。そのまま真っすぐ、真下まで来い!『お兄ちゃん……気をつけてね? お兄ちゃんなら、きっとできるよ!』 おう! ありがとうな! よしよし、そのまま来い! 来た来た来た! 3、2、1、フルツ、行きまーす!「やあああっ! やめてえええっ!」「ゲヘヘ! ホォーラ、ツカマエ……イダァッ?!」 アガッ! よ、よし、みごとに緑のおっさんに命中! ……っててて? 〝痛み〟じゃないんだけど、今ぶつけた辺りに、それに近い〝イヤな感覚〟が……これがリンゴの痛覚なのか?「イダダダ! チ、チキショウ! ナンダ? イマノ、ナニ?!」 頭を押さえながら、キョロキョロと辺りを見回している緑のおっさん。やっぱり、あれぐらいじゃ、大して効いてないか。 ……まあ、これであの女性も、少しは遠くまで逃げ……おいおいおい!「あ……ああ……!」 女性が逃げた先には、更に二体の、緑のおっさんがいた。「ご……ゴブリンが、二匹も?!」 そうだよね。俺も〝ゴブリン〟じゃないかな、とは思ってたんだぜ? よし。これで呼びやすくなったぞ。「ひぃぃ!」 いや……〝よし〟じゃねぇな。ヤバイぞ。このままじゃあの人、食われちまう!『フルツお兄ちゃん、むりなの! いくらなんでも、あんな強そうなヤツらを三匹もあいてにするなんて!』 無理でも何でもやってやる! 俺の細胞よ! 増えろ! 増えろ! 動け! 動け! 動け! 地面に触れている辺りの形が、若干変化していくのが分かる。よし、いいぞ! 覚悟しろ、ゴブリン! うおりゃあああ!「……ナンダ? コノリンゴ、カッテニ、コロガッテイルゾ?」 コロコロコロコロ…… って、えええええ?! 俺、渾身の力で 細胞分裂 ( さいぼうぶんれつ ) してるんですけど! それでこの程度しか動けないのかよ!「モシカシテ、サッキ、オレノアタマ、イタクシタノ、コノリンゴ?」 ヤベぇ! 目立っただけだった! ゴブリンが、俺めがけて襲い掛かってくる。「フミツブス! ペシャンコ! オイ、ニゲルナ!」 コロコロコロ…… うわわわ! 不思議と目は回らないんだけど、転がる以外のアクションができねえ! コロコロコロ…… 「エエイ! リンゴメ! コロコロスルナ!」 俺だって、好きでコロコロしてる訳じゃねーよ!「オイ、ナニシテル? コイツ、クウゾ?」「いやよ! はなして! わ、わ、私、美味しくないですからぁ!」 しまった! あの人、残りのゴブリンに、もう捕まってる!「オウ! ソウダッタナ。サキニ、ソイツ、アトデ、リンゴ」 勝手に〝デザート指定〟するんじゃねえよ! しかし……クソっ! 転がるしかできないんじゃ、どうしようもないぜ!「ホレ、オマエノ、エモノ。オマエガ、サイショ」 お? あいつら意外と、順番は守るんだな……いや、感心してる場合か。「ゲヘヘヘ……アタマ、カジル」「きゃあああぁぁぁぁっ?!」 コロコロコロコロ! うおおおおっ! やめろ! やめろぉぉぉ! コロコロコロコロコロコロ! ぬおおおおっ! その汚い手を退けやがれぇぇぇ! コロコロコロコロコロコロコロコロコロ! くそおおおお! 転がるだけしかできないのか、俺は!『ピロリロリン! 〝筋力〟ではない〝未知の力〟の発動を確認しました。〝力のカード〟と関連付けます』 ……突然、アラームのような音が響き、続いて、平坦で無機質な声が聞こえてきた。 未知の力? 関連付け? ……何なんだ、今の声?!『ピロリロリン! 〝細胞分裂による運動〟を〝力のカード〟の影響下に置きました。〝成長の上限〟が取り払われ〝最大級〟の〝成長補正〟が行われます』 まただ。これは……〝運命のカード〟からのアナウンスか!『パッパラパパパパーン! おめでとうございます。〝新たな力〟の〝発見〟に対する、ボーナスが与えられます。〝急激な力の発現〟にご注意下さい』 今度はファンファーレっぽいのが聞こえてきたぞ? ボーナス? ……って、おおおお?! いきなり、身体が軽くなって、俺の全細胞に、恐ろしいほどの力が集まって行くのが分かる。スゴい……これが〝力のカード〟の効果か!『フルツ……お兄ちゃん? お兄ちゃんの力がどんどん強くなっていく……?』 うおおおおおおっ! みなぎってきたああああああああっ! ……いよぉーしッ! このパワーで体当たりブチかまして、ゴブリンどもを追い払ってやるぜ! うおりゃあああああああ! パァン! ……あ、あれ? 何だ? これ……? 妙な音が響いて、軽い衝撃と共に、一瞬にして視界が変わった。 ここ、どこ? ゴブリンは?『お兄ちゃん、下! 下!』 下? って……うわ! 何だこりゃ?!『お兄ちゃん、ゴブリンに向かってジャンプしたの』 知ってるよ? 体当たりだ。『うふふ。とびすぎよ?』 ……あー、そうか。やっぱそうだよなあ。ここ〝空〟って感じだもんなあ。『やったね、お兄ちゃん! だいしょうり!』 はるか地上には、上半身が弾け飛んだゴブリンが転がっている。『お母さんの木が、あんなに小さく見えるよ? ……スゴいねえ!』 マジでチートってスゲー! ……視界には、あわてて逃げていく二匹のゴブリンと、へたり込んでいる女性の姿が映っている。 良かった。なんとか、助ける事ができたみたいだな。