試験開始
試験開始
〝リンゴ魔法〟の使い手、フレッサちゃんに連れられ、やってきたのは町外れの宿屋。彼女はこの宿を拠点に、冒険者となるべく、魔法の修行をしているらしい。『お兄ちゃん、なんでフレッサ〝ちゃん〟ってよぶの?』 ああ。なんでかな? この子、自分のことを〝フレッサちゃん〟って言うもんだから、つい俺も呼んじまってたな…… 『……ねえ、それ、やめよう?』 ん? なんでだ?『なんか、ヤなの』 ……変なやつだな。まあ、グリダが嫌ならやめるけどさ。 さて、当の〝フレッサ〟は、 俺 ( リンゴ ) を大事そうに書棚に置いたあと、何やら荷造りを始めた。「よーし! 明日は頑張るぞぉ!」 バックパックに、薬やら携行食料やらを詰め込んでいるところを見ると、明日の試験の準備なのだろう。 初めて出会ったあの日、フレッサがなぜ、町から3日も掛かるような場所で、ゴブリンに追われていたのかというと、あの日、この子は〝見習い〟として、冒険者たちに同行していたらしい。戦闘要員としてではなく、雑用係として。「まったく! あの人たちのせいで、死んじゃう所でしたよぉ」 旅の途中で、突然、解雇を言い渡され、一人で町へ引き返している道中、ゴブリンに襲われたのだそうだ。 本人は、一方的に放り出されたと言っているが、何かしら、大きなミスでもして、追い出されたんじゃないのか?『えっと……お兄ちゃん、わたしたち、これからどうするの?』 そうだな。こっそり逃げ出してもいいんだけど…… フレッサは鼻歌まじりで、 携行照明 ( カンテラ ) を磨いている。「えへへへ。やった! やった! 冒険者ぁ!」 ……リンゴの姿でコロコロするより、コイツと一緒に冒険者をやってる方が怪しまれずに済むだろう。しばらくは、魔法のリンゴを演じてやるとするか。『お兄ちゃん、やさしいねえ』 何を言ってるんだ? 俺はコイツを利用するだけ利用してやるんだぜ?『うふふ、そうね。フルツお兄ちゃんは、血も涙もない悪〜いリンゴなのよね』 なんか嬉しそうだな、グリダ。 フレッサは荷造りを終え、別の袋をゴソゴソあさり始めた。 ……ん? 今日もやるのか?「リンゴ魔法を使えるようになっても、一応これだけはキチンとやっとかなきゃねぇ」 フレッサが取り出したのは、古びた分厚い本。彼女は、この魔導書を読んで、魔法の練習をするのが日課のようだ。「えーと……〝見知らぬ旅人、火の枷を解く。見えざるもの解き放たれ、焼け果てては、地に帰す〟」 栞 ( しおり ) が 挟 ( はさ ) まれたページを、淡々と読み続けるフレッサ。繰り返し、繰り返し、呪文をとなえる。『まいにちやってるね。フレッサさん』 そうだな。おかげで俺まで、覚えちまったぜ、呪文。『ふふ。わたしもー!』 一時間近く呪文を唱え続けたフレッサは、おもむろに魔導書を閉じた。「ふう。見知らぬ旅人……解き放たれ……よーし!」 窓を開け放つと、外に向けて両手を差し出す。「見知らぬ旅人、火の枷を解く。見えざるもの解き放たれ、焼け果てては、地に帰す。〝火の魔法!〟」 フレッサの両手に、赤い光が集まってゆく。 ……プスン。 次の瞬間、わずかな煙を残して、光は消えてしまった。「なんで……なんで駄目なの?!」 やっぱり、失敗か。『今日も、出なかったね、まほう』 ああ、そうだな。毎晩毎晩、あきらめずによくやるもんだ。「いいもん! リンゴ魔法は使えるようになったんだから、そのうち絶対、できるもん!」 涙目で、ぷうっとホッペを膨らませるフレッサ。雑に窓を閉じると、上着を脱ぎ始める。『ああっ! またフレッサさん、お兄ちゃんの前なのに、はだかに!』 ……俺の前っていうか、リンゴだしな?『もー! お兄ちゃんも、はなの下のばしちゃって! エッチ! うわきもの!』 鼻の下は伸ばせないぞ? 鼻が無いから。 ……あと、浮気者って何だよ?『むー!』 はいはい。よく分かんないけど、意識を外せばいいんだな? 俺だって、好きでのぞき行為をしてる訳じゃないんだぜ。『うそ! しってるんだから! おとこのヒトは、みんなエッチで、いやらしくて、ケダモノなのよ!』 ちがうぞ? 俺はケダモノじゃなくて、 果物 ( クダモノ ) だ。 だいたい俺は、こそこそ隠れてのぞきなどしない。見たかったら直接本人にそう言えばいいんだ。『……お兄ちゃん、ほんとにスゴいねぇ』 スゴくなんかない! 今まで一度もオッケーをもらった事ないからな! そんな事より、まだフレッサの着替えは終わらないのか? 俺はいつまで意識を外していればいいんだ。『うふふ。しんぱいして、そんしちゃった』 ……おかしな奴だ。『あ、お兄ちゃん。フレッサさんは、もうとっくに着がえて、ねてるよ?』 マジかよ! 俺が心配して損したわ! ……って、おいグリダ、よく見てみろ。フレッサ寝てないぞ? 寝付けないんだろうな……ずっと寝返りをうってる……なんで目を閉じてないの?! おまえ寝る気ないだろ!『お兄ちゃん、フレッサさん、こわいよう……』 ああ。 魚類 ( ぎょるい ) かと思うぐらい、目を見開いているな。 それほどまでに冒険者になりたいのか。 明日に備えて寝なければならないというのに、困ったもんだぜ。 σσσ σσ σ 翌朝。日が昇る頃にはもう、ギルドの建物前には大勢の人たちが集まっていた。「お、遅れて、すみません!」 まったく、言わんこっちゃない。 そもそも、なんで俺がお前を起こさなきゃならないんだ? お母さんか!「遅刻は3ポイントの減点だ。〝魔法使い〟のフレッサだな。そのまま説明を聞くように」 さっそく減点されてるし。 しょんぼりしてないで、ちゃんと話を聞けよ?「それでは、冒険者ギルド登録試験を始める。知っているとは思うが、試験科目は3つ。近接戦闘、遠隔支援、総合実技となっている」 剣と魔法って感じじゃないんだな。「それぞれの科目は、最高が140ポイント。すべての科目が40ポイント以上、かつ、合計ポイントが200ポイントで合格だ」 最高得点が中途半端だな。なんで100点満点じゃないんだ?「ちなみに本日、たった一人遅刻したフレッサは、各科目マイナス1点となる」 わははという声が聞こえてくるが、今のフレッサには、それに気づくほど余裕はない。大丈夫なのか? ……それにしても、全科目40ポイント以上は必須なんだな。それ以下は赤点か。 「まずは、近接戦闘の試験だ。全員、ついてこい」 σσσ σσ σ 「次、フレッサ! 中央へ!」「は、はいぃ!」 ギルド建屋内、地下練習場。かなりの広さだ。「試験官は〝ラナナス〟。点数は3人の試験官が付けるが異議は聞き入れない」 試験官は3人。交代で受験者を試すために戦闘する。魔法、投擲武器は使用禁止。 点数は、勝とうが負けようが、評価制のようだ。実際に戦う試験官……今回の場合は、あのヒョロっと背の高い〝ラナナス〟が60ポイント。残りの二人がそれぞれ40ポイントを加算できる。合計、140ポイントというわけか。「ちなみにフレッサ。キミは遅刻のため、そこから1ポイント減点だ」 ドッと笑いが起きる。『フレッサさん、かわいそう』 ああ。でも見てみな。そんな事、気にしてる暇もないようだぜ?「ガチガチガチガチ……」 緊張で、本当に歯がガチガチ鳴ってるヤツなんか、初めて見たよ。仕方ねぇなあ。 コロコロコロコロ…… 「おい、何だ、アレ?」 コロコロコロコロコロ…… 「ボール? にしちゃ、ちょっと 歪 ( いびつ ) じゃねぇか?」 コロコロコロコロコロコロ…… 「よく見ろよ。アレ、リンゴだぜ?! なんで転がってるんだ?」 コロコロコロコロコロコロコロ…… 「ああっ! いつの間に?! すみません、それ、私の! 私のリンゴです!」 追いかけるフレッサと逃げる俺。 ……どうだ? ちょっとは準備運動になったか?『さすがお兄ちゃん。なんだかんだで、ほっとけないのね』 へへ。俺は朝の運動がしたかっただけだぜ? ……まあ、これだけムダに恥かいたら、緊張なんかイヤでも飛んでっちまっただろ?「……フレッサ、減点1ポイント!」「ええええっ?! そんなぁ!」 ……と、とにかく、リラックスだ。頑張れフレッサ。