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ボンドとQと、とある青年

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ボンドとQと、とある青年

▼ ボンドの任務に巻き込まれる

ちょっとすけべ。

「どうしてこうなった」

バーの片隅、小さなテーブル席で青年は首を傾げていた。傍らには、久方ぶりに会ったダブルオーセブンことジェームズ・ボンド。彼の左手は青年の太腿を撫で回している。

「仕方がないだろう、そういう店だ」

「僕は酒を飲みに来ただけなのに」

「君が僕に呑気に手を振って近づいてきたのがわるい。ターゲットがフリーだったのに声をかけ損ねた」

「なら、声をかけにいけばいいでしょう」

「だめだ、向こうは相手を見つけた。盛り上がっている2人の間には入れまい」

言いなからボンドが視線を向けるのは、2人と同じくテーブル席に腰掛け親密に話し込む男たちだ。細身の男は、ピタピタのTシャツを着た筋肉質な男にメロメロで、先ほどからボディタッチが激しい。

ふとボンドの姿を見やればなるほど、彼もゲイ受けの良さそうなTシャツに革ジャンを羽織っていた。出会い頭に思わず、いつものスーツはどうしたの?と大きな声で訊ねてしまった青年の口にレモンを放り込んで黙らせたわけである。

「ターゲットはあっちの細身の優男?ていうかここゲイバーだったんだね」

「君はもう少し店構えや客層を観察することを、覚えた方がいい」

ここ、SOHO地区はロンドンきっての歓楽街で、同性愛者にもやさしいレインボーフラッグを掲げたカフェやレストランが軒を連ねている。

観光客にも人気の地域だが、この店のように裏路地にあるバーではその界隈の人々が出会いを求める場であったりするのだ。

「今日は会話が聞ければいい。僕のおごりだ。暫くつき合え」

盗聴器をターゲットのポケットに忍ばせたボンドは、青年と会話をしているふりをして、情報収集へ集中する。

その間にも、周りから怪しまれないよう、青年の手に触れたり、会話をしてみたりといい雰囲気のカップルに見えるようにつとめた。

2人が腰掛けるといっぱいになってしまう狭いソファーは、カップルに人気の席で、照明も少し暗くなっいる。顔を隠すのにももってこいだ。ボンドはグラスをゆらしつつ、空いた手は無意識の内に青年の腰のあたりを撫で回す。

イヤホンからこぼれる声は、これから美味い儲け話があることに楽しげに揺れていた。ついに核心に迫った。ボンドが身を乗り出したその時、肩口に熱い吐息が触れた。

青年が潤んだ瞳で、こちらをみあげている。

どうしたんだ、酒に酔ったか?と思えば、ボンドの手が彼の太腿の付け根をなで回していたことが原因らしい。身に付けた細身のジーンズがやや苦しそうに中心を主張しはじめている。

弱々しくボンドの手を叩いて、そこ、よわいから、だめ、だめ、とこれまたか細い息を漏らして訴えてくる。

「……すまない」

「ん、いいよ、手、はなしてくれれば」

「それと、ありがとう、目的の話はすべて聞けた」

青年が息を整えている間に、次の取引の場と時間が聞き取れた。素早くタナーにメッセージをいれて、本日の任務はこれで完了だ、と、青年に告げる。

「だから、これからはプライベートな時間だ」

「ミスタ・ボンドにプライベートなんてあるの?」

いつだって世界を飛び回っている印象がある男に、からかい混じりにいえば、その口をキスでふさがれる。

薄く開いた唇から舌を滑り込ませ、逃げ惑う薄い舌を絡め取る。上顎をつつけば、びくりと肩がゆれて感じていることがわかる。その間にも、弱いと宣言していた足の付け根を執拗になで回した。青年は、ボンドの狙い通り腰砕けである。

暫く濃厚な口づけを楽しむと、ボンドはちゅ、と音を立てて青年の唇を解放した。すっかり欲に溺れた瞳をのぞき込み、最後の一押しだ。

「プライベートな空間(僕のフラット)か、それとも、ここでお別れか、選ばせてあげよう」

するりとファスナーの上から中心をなぞられて、青年は思わずボンドに、すがりつく。

潤んだ瞳でボンドを見上げ、既視感を感じながらもボンドの家に連れて行って、と強請るのだった。

▼ Qが揶揄う

「SOHOのゲイバーに入り浸っているってききましたけど本当ですか」

「……Qサン、声が大きいよ」

ハイドパーク近くのカフェ、少し遅い昼食を取っていた青年は声をかけられた。

顔をあげれば、そこにはMI6誇る若きQuartermaster、Qがいて、彼は青年に断りもせず目の前の椅子に腰掛けて店員にダージリンティーと軽食を注文する。

青年はサーモンのサンドイッチを冷めた珈琲で流し込み、息を整えた。

全く、彼らの出現は唐突で心臓に悪い。

いくら寛容な街ロンドンといえど、昼日中に公共の場で大声で話すような事ではないと、思わず声をひそめる。

「誰に聞いたの――ああ、ミスタ・ボンド?彼、意外とお喋りだね?」

「ボンド本人からは聞いていません。あの作戦時、通信機器を管理していたんです」

ですから、貴方がボンドに絆されて甘ったるい声をだしているところも全て聞いていますよ、とQは言う。まるで昨晩見た映画のあらすじのようにスラスラと何の感情も込めずに吐き出された言葉たちに、青年は一瞬何を言われたのかと反応が遅れてしまう。

「あ、え、きかれ、てたの」

「ええ、困ったことに、Q課ではボンドに絆される貴方を『可愛い』と称した人たちまで出てしまいました」

「ひと、たち?」

ごく数名ですが、複数です、とダメ押しのように伝えられて青年は目眩を起こしそうになる。

「わ、わけがわからない…頭がいい人ってのはネジがどっか飛んでるのか」

こんな平々凡々な男の、喘ぎ声をきいて可愛いだなんて、と自分で言いながら恥ずかしくなってきて頬が真っ赤に染まっていく。

「ぼ、ぼくは、そんなに…ッ、ボンドのマイクに音が入るくらい、声だしてた?」

「ええ、まぁ、僕のつくった小型マイクロフォンの性能がとても良いということもありますが」

聞いてみます?といって携帯端末を軽く振るQに、今ここでアクセス出来るのかよ!なら消せ!と彼の右手にすがりつく。

「ああ、こちらからデリート作業は出来ませんよ」

「ならどうして教えたの?!」

「貴方の困った顔が見てみたくなって」

ふ、と目元を和らげて笑うQは、表情は穏やかであるが青年にとっては脅威でしかない。

いつの間にか耳元に置かれた携帯電話から、聞き覚えのない青年の喘ぎ声が再生される。ついで、ボンドの吐息も。

「こ、これ、が僕の声…?」

「ええ。自分の声って少し低く聞こえるものですが」

「こ、こんな声じゃない、僕、じゃない」

「もう少し音を大きくしましょうか?」

「ッ!!」

聞こえる音が大きくなって、ボンドの吐息も間近で聞こえる。青年は頬を熱くしたまま、席を立ち、乱暴にカバンを掴むとQを睨みつけ何か言いたそうにパクパクと口を開いたが何も言わずに店を出ていった。

「っく、これは、なかなか、楽しい…ふふっ」

残されたQは紅茶が運ばれてくるまで、テーブルでひとり、笑いをこぼすのだった。

▼ ボンドに膝枕

「ミスター、ボンド?」

「なんだ」

「そろそろ、僕いかないと…」

昼下がりのハイドパーク。

芝生の上に足を延ばした青年は、太腿に男の頭を乗せて困惑していた。

ウィークデーの今日は大半のサラリーマンと同じく青年も出勤日だった。昼過ぎにお得意様への配達を終え職場へ帰る道すがら、柄の悪い少年たちに絡まれ、たまたま通りかかった男に助けられた。

男は名前をジェームズ・ボンドという。彼は青年を助けた際に最後に側頭部にくらったレンチの一撃がきいてきた、と言って介抱を要求した。

万一のことがあるといけないから、と病院かしかるべき施設での診療を進めたが、ボンドは君の膝枕の方が効能がある、と滅茶苦茶なことを言った。結果、青年はこうして公園で男同士の膝枕プレイをさせられているというわけだ。

暫くの間は久しぶりの公園での休息時間に青年ものんびりしていたが、20分も過ごしているとそろそろ仕事に戻らなくてはと思い始め、30分経った今、彼に話しかけたというわけだ。

すっかり昼寝を決め込んだボンドは、寂しげに金の睫毛を瞬かせ、青年を見上げる。

美しい青い瞳が、きゅ、と歪むところをみると、女性たちが皆、彼の虜になってしまうのも頷ける。

「もう、行ってしまうのか?僕を置いて」

「ええ、助けて頂いて大変恐縮なんですけど、行かなくちゃ」

「そうか、仕方がないね。大分気分がよくなったよ、ありがとう。ところで、今夜は暇かな?」

「え?ええ、仕事が、おわれば予定はありませんけど。」

「じゃあ飲みに行こう、店まで迎えに行くよ」

「だめです」

「おっと?」

きっぱりと断られ、思わぬ反応にボンドは面食らう。そして、怒ったように睨まれて、どうしたものだろうか、と彼の言葉を待った。

「頭を打ったその日にお酒だなんて、何考えてるんですか?今日は真っ直ぐ家に帰って、安静にしてください。というか、今からでも病院にいきましょう?」

「ああ、そのことか。この程度休めばなんともない」

「でも、いくらダブルオーセブンといえど、人間なんですから…」

「僕のコードネームをなぜ知っている?」

「あ」

「Qとも親しいようだしな。君はー何者だ?」

「やだな、ただの、テイラーですよ」

ボンドは、しばし青年の顔を見つめるが、まあいい、と言って立ち上がる。青年も、それにならって腰を上げた。

「君の職場まで送ろう。新しいタイも、ほしかったんだ」

「あ、は、い。どうぞ、こちら、です」

「案内されなくとも、しってるよ」

ほら、といって差し出してきた手を不思議そうに見つめていると、ボンドは無理やり青年の手をつかみ歩き出す。

「少しふらつくんだ、介助してくれ」

「そんなしっかりした足取りで歩いてる人に言われても、説得力ないかなぁ、なんて…」

「何か言ったか?テイラーくん」

「イイエ、なんでも…」

MI6の諜報員と手を繋いで帰ってきた青年の姿を見て、キングスマンの店員たちがざわつくのはこれから数分後のことだ。