第10章 あいつはなんなんだ
第10章 あいつはなんなんだ
「団長」 訓練を終え、剣を鞘へ収めたところで声をかけられた。 振り返る。 副団長が、こちらをじっと見ていた。「なんだ」「最近、提供所行きました?」「行ってない」 答えると、副団長の眉が寄った。「最後に行ったのいつです?」「覚えてない」「覚えてないって」 カイルドは汗を拭きながら考えた。 リオを預かることになってからは、一度も行っていない。 その少し前に三人へ提供したのが最後だったはずだ。「一か月近く前か」「は?」 副団長が目を丸くした。「一か月?」「ああ」「ちょっと待ってください」 急に真顔になる。「体調は?」「問題ない」「熱は?」「ない」「身体重くないです?」「別に」 答えるたびに、副団長の顔がおかしくなっていく。「……精気、枯れました?」「なぜそうなる」「だって団長ですよ?一週間放っておいただけで身体重いって言ってた人が、一か月提供なしで平気なわけないでしょう」「提供してないとは言ってない」 副団長が止まった。「……はい?」「提供所へ行っていないだけだ」「じゃあ、どこで出してるんです?」「今、淫魔を一人預かってる」 数秒、沈黙が落ちた。「……一人?」「ああ」「団長の精気を?」「ああ」「一人で?」「そうだ」「かわいそうでしょう!?」 訓練場に声が響いた。 近くにいた騎士が何人か振り返る。 カイルドは眉を寄せた。「声が大きい」「いや、だって一人って!」「本人が必要としている」「必要としてても限度があるでしょう。今まで三人でも全部出せなかったじゃないですか」「別に全部渡しているわけじゃない」「そういう問題ですか?」「何が問題なんだ」「相手、大丈夫なんです?」「問題ない」 むしろ。 問題があるとすれば、こちらのほうだった。 カイルドは口を閉じた。 ここ最近、提供所へ行こうと思ったことがない。 行く必要がなくなったからだ。 精気が溜まりきる前に、リオから声がかかる。 夜。 仕事を終えて部屋へ戻り、本でも読んでいると。 控えめに扉が叩かれる。 開ければ、大抵リオが立っている。『団長』『なんだ』『……ちょっと、お腹減りました』 最初にそう言われたときは、夜食でも欲しいのかと思った。 違った。 精気だった。 それから何度か、似たようなことがあった。『今日も?』『だめですか?』『いや』『じゃあ、ください』 悪びれもなく部屋へ入ってくる。 それを受け入れているだけだ。 別に、自分から求めているわけではない。 必要だと言うから渡している。 研修の一環でもある。 何もおかしくない。「……団長?」「なんだ」「その子、かなり受け取れるんですか?」「ああ」「へえ。相性いいんですね」「そうらしい」 副団長が妙に納得した顔で頷いた。「じゃあ、しばらく提供所には用なしですね」「そうなるな」「団長が来なくなったら、あそこの淫魔君たち悲しむだろうなあ」「代わりにお前が行ってやればいい」「無理ですよ」「なぜだ」「俺、あそこ行ったら搾り取られて動けなくなるんで」「……そうか」「団長と一緒にしないでください」 ◇ 確かに、リオへ提供するようになってから体調はいい。 以前より明らかに身体が軽く、朝の目覚めも悪くない。 提供所では、一度に三人を相手にしても受け取る側の限界が先に来るため、体内にはかなりの精気が残っていた。 だが、リオは違う。 時間はかかるし、魅了もほとんど使えない。それでも、他の淫魔よりずっと多くの精気を受け取っていく。 そのおかげで体内に残る古い精気が減り、新しく作られる精気の割合も増えた。 身体の調子がいいのも、考えてみれば当然だった。 それだけではない。 カイルドにとっては、魅了を受けなくていいことも大きかった。 頭に薄い膜がかかったような感覚もなく、思考も意識もいつも通りで、自分が何をしているのか、何をされているのかも全部はっきり分かる。 その状態で精気だけを渡せるのだから、以前よりずっと楽だった。 だから、リオでいい。 いや、リオがいい。「……」 足が止まる。 今、何を考えた。 カイルドは眉を寄せた。 別に深い意味はない。 他の淫魔より相性がよく、かなりの量を受け取れるうえに魅了も使わない。 自分にとって都合がいい条件が揃っているだけで、それ以上の理由などあるはずがない。 そう思うのに、一つだけ説明のつかないことがあった。 魅了を使われていた頃より、頭がはっきりしている今のほうが、なぜか身体は強く反応する。 最初は適合率のせいだと思っていた。 精気の流れがいいから身体も反応しやすいのだろうと、そう考えれば一応は納得できた。 けれど最近は、扉を開けた先にリオが立っているだけで分かる。 また来た。 そう思った瞬間には、もう身体の奥がじわりと熱を持っている。『お腹減りました』 あの言葉を聞けば、熱がさらに熱くなる。 魅了など何も使われていないし、魔力が思考へ入り込んでくることもない。 意識は完全に自分のもので、判断だって鈍っていない。 それなのに、以前よりずっと欲が強い。「……意味が分からん」 カイルドは小さく呟いた。 頭が鈍っているわけでもないのに、リオが部屋へ来るだけで身体が勝手に反応する。 しかも相手は、魅了すらまともに使えない落ちこぼれ淫魔だ。 自分の身体を動かしているものが魅了ではないのなら、いったい何なのか。「……あいつはなんなんだ」 当然、答える者はいなかった。