第17章 恋人って何するの?
第17章 恋人って何するの?
恋人になった。 けれど、生活はほとんど変わらなかった。 朝になればリオは学校へ行き、カイルドは騎士団へ向かう。食堂で働く日もあれば、夕食の時間がずれる日もある。 屋敷で顔を合わせれば、今まで通り話をした。 ただ、恋人になってから、まだ一度も精気をもらっていない。 必要がないわけではなかった。 そろそろ欲しい。 なのに、以前のように「ください」と言えなくなっていた。 今までは研修だった。 今は恋人だ。 することは同じはずなのに、その違いだけが妙に大きかった。「……団長」「何」 夕食を終えたあと、リオは向かいに座るカイルドを見た。「恋人って、何するんですか」 カイルドが少し考える。「知らない」「ですよね」「お前も知らないのか」「知りませんよ」「淫魔なのに?」「……淫魔でも、恋愛は別でしょう」 身体のことなら知っている。 学校で習ってきたし、実技も散々やってきた。相手をどう気持ちよくするかなら、それなりに分かる。 けれど、恋人との過ごし方なんて授業にはなかった。「手をつなぐ、とか」「そうなのか」「たぶん」「じゃあ、つなぐか」「今ですか?」 カイルドが手を差し出した。 リオは黙ってその手を見る。「何してる」「……心の準備してます」「手をつなぐだけだろう」「分かってます」 何度も触ったことのある手だ。 それでも、恋人としてつなぐと思うと妙に緊張する。 リオがおそるおそる手を重ねると、カイルドの指がそのまま包んだ。「……」「顔赤いぞ」「言わないでください」「これよりずっと色々してるだろう」「するのとされるのは別です」「そういうものか?」「そういうものです」 自分でもよく分からない。 けれど、離したいとは思わなかった。 結局、使用人が食器を片づけに来るまで、そのまま手をつないでいた。 ◇ 数日後、珍しく二人の休みが重なった。「今日、何か予定あるか」「ないです。団長は?」「ない」「じゃあ……どこか行きます?」「どこへ」「決めてないですけど」 リオは少し考えてから付け足した。「恋人って、休みの日に一緒に出かけたりするんじゃないですか」「またそれか」「だって分からないんですよ」「俺も分からない」 結局、行き先も決めないまま王都へ出た。 市場を歩き、気になった店があれば覗く。 途中で焼き菓子を買った。 リオが食べながら歩いていると、カイルドが隣から一つ取った。「あ、それ俺の」「まだあるだろう」「食べたいなら自分の買えばよかったじゃないですか」「一つでいい」「じゃあ先に言ってくださいよ」 文句を言いながら、袋をカイルドのほうへ差し出す。「もう一個食べます?」「ああ」「結局食べるんじゃないですか」 そんなことで笑った。 昼になれば店へ入り、食事をした。 食べ終わってからまた歩く。 特別なことは何もしていない。 それでも、リオは楽しかった。 恋人になったのだから、もっと何か違うことをしなければいけないのだと思っていた。 けれど、いつものように話して、気になったものを一緒に見て、腹が減ったら食べる。 それだけでも十分らしい。「団長」「何」「これ、デートで合ってます?」「まだ気にしてたのか」「気になりますよ」「二人で出かけて楽しいなら、それでいいんじゃないか」 リオは少し驚いてカイルドを見た。「……団長のくせに、たまにそれっぽいこと言いますよね」「どういう意味だ」「そのままです」 カイルドに頭を軽く小突かれた。「痛くないです」「そうか」「もっと優しくしてください。恋人なんだから」「注文が多いな」 今度は髪を軽く撫でられた。 リオは一瞬だけ固まったが、何も言わなかった。 嫌ではない。 むしろ、少し嬉しかった。 ◇ 夕方まで歩き、屋敷へ戻った。「楽しかったです」「そうか」「団長は?」「俺も楽しかった」 カイルドはいつもの顔で答えた。 それだけなのに、リオは少し嬉しくなる。 二階へ上がり、それぞれの部屋へ戻るところで足を止めた。「じゃあ、おやすみなさい」「ああ。おやすみ」 カイルドが自室の扉へ向かう。 リオも自分の部屋へ戻ろうとして――止まった。 このまま寝るのか。 身体の奥にある空腹を意識する。 恋人になってから、まだ一度ももらっていない。「……団長」 呼び止めると、カイルドが振り返った。「何」「その……」 今までなら簡単だった。『お腹減りました』『ください』 それだけでよかった。 今日だって同じことを頼むだけなのに、なかなか言葉が出てこない。「リオ?」「……精気、そろそろ欲しいです」「ああ」 カイルドはいつも通り答えた。 それなのに、リオは動けなかった。「どうした」「いや……」 自分から言ったくせに、急に意識してしまった。「今まで何度もしてるだろう」「分かってます」「なら?」 リオは視線を逸らした。「……今日は、恋人になってから初めてだから」 口にすると、さらに恥ずかしくなる。 カイルドも少し黙った。 どうやら、そこまでは考えていなかったらしい。「……そうだな」「団長まで急に黙らないでください」「俺も今、気づいた」「もう」 少しだけ可笑しくなった。 結局、二人とも同じだった。 身体については、もう何度も知っている。 それでも恋人としては、これが初めてになる。「……団長の部屋、行ってもいいですか」「ああ」 カイルドが扉を開けた。 リオはそのあとに続く。 何度も入ったことのある部屋だった。 けれど今夜は、初めて入るような気がした。