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第9章 いい匂い

落ちこぼれ淫魔の俺、絶倫騎士団長の専属になりました — fujossy.jp · All chapters

第9章 いい匂い

翌朝、学校へ着いて教室へ入った途端だった。「リオ、なんか今日すっげえいい匂いする!」「え?」 鞄を机へ置くより先に、隣の席の淫魔が顔を寄せてきた。「何これ。めちゃくちゃいい匂い」「近い近い」 肩を押して離そうとすると、反対側から別の淫魔まで寄ってくる。「ほんとだ。甘いっていうか……なんだろ。すごい濃い」「そんなに?」「するする。昨日、提供受けた?」「あ……うん」 昨日の夜、カイルドから精気を受け取った。 言われてみれば、まだ身体の奥にはその名残がある。 けれど、自分では匂いまではよく分からなかった。 提供者の精気には、それぞれ固有の香りがある。 人間にはほとんど分からない程度のものだが、淫魔は精気に敏感だ。 提供を受けたあとは、その香りがしばらく身体に残る。 受け取った量が多ければ、それだけ強く残ることもあるらしい。「誰から?」「研修先の人」「だから誰?」「別に誰でもいいだろ」「なんで隠すんだよ」「隠してないって」 単に、わざわざ言うほどのことでもないと思っていただけだ。 リオが椅子へ座ると、二人もようやく離れていった。「でもいいなあ、その匂い」「精気も美味そう」「匂いでそこまで分かる?」「なんとなく」「適当じゃん」 くだらない話をしていると、少し離れた席から声がした。「何の話?」 振り向く。 声をかけてきたのは、クラスでも特に成績のいい淫魔だった。 魅了も得意。 誘引香も強い。 淫紋も濃く、実技の成績もいつも上位。 教官から褒められているところは何度も見たが、叱られているところはほとんど見たことがない。「リオから、すっげえいい匂いするんだよ」「へえ」 その淫魔がこちらへやってくる。「嗅いでいい?」「もう勝手にして」 朝から何人に嗅がれるんだ。 半分諦めながらじっとしていると、相手がリオの肩口へ少しだけ顔を寄せた。 ほんの一瞬。「あ」 顔が上がる。「これ、カイルド様じゃん」 リオは瞬きをした。「……分かるの?」「うん」 あっさり頷かれる。「前に一回、提供してもらったことあるから」「え」 思わず声が出た。「提供所で?」「そうそう。結構前だけど」 さっきまでリオを嗅いでいた淫魔が目を丸くした。「カイルド様って、騎士団長の?」「そう」「え、じゃあリオの研修先って騎士団長なの!?」「声でかいって」「なんで言わなかったんだよ!」「別に言う必要ないだろ」「あるだろ!」 周囲までざわつき始める。 リオは机に肘をつき、額を押さえた。 こうなるから言いたくなかったのだ。「いいなあ」 成績のいい淫魔が、懐かしそうに笑った。「俺もまた当たりたい」 リオは顔を上げた。 興味津々に他の淫魔が尋ねる。「そんなによかったの?」「よかったよ」「へえ」「まず身体がすごい」「身体?」「めちゃくちゃ鍛えてるじゃん。肩も腕もすごいし、腹も硬いし」 楽しそうに身振りまでつける。「あの筋肉、ほんとたまらなかった」「うわ、やばいな!」 知っている。 カイルドは毎日鍛えている。 服を着ていても体格がいいことは分かるが、脱げばもっとはっきりする。 肩も。 腕も。 腹も。 それより下も全部、知っている。「あと精気もすごかった」 相手はそのまま続けた。「俺、途中でもうお腹いっぱいになっちゃったもん」 周囲から驚きの声が上がる。「すげえ」「さすが騎士団長」「しかも美味しいんだよ。あれは人気出るって」「またもらいたい?」「そりゃもらいたい」 即答だった。 周りが笑う。 リオも一緒になって笑った。 けれど。 なんとなく、さっきまでと同じ気分ではなくなっていた。     ◇ 授業が始まった。 教官が前で話している。 リオも教科書を開き、ノートを取る。 けれど、時々どうでもいいことが頭へ浮かんだ。 ――あの筋肉、ほんとたまらなかった。「……」 ペン先が止まる。 別に、何もおかしくない。 カイルドが以前から提供所を利用していることは知っている。 一人では受け取りきれないから、複数の淫魔を相手にすることもある。 本人から聞いていた。 だから、同じ学校にカイルドから精気をもらったことのある淫魔がいても、不思議ではない。 ないのだが。 リオは斜め前の席を見た。 さっきの淫魔が、教官の質問に手を挙げる。 指名されると、迷うことなく答えた。「正解」 教官が頷く。 やっぱり優秀だ。 魅了も使える。 誘引香も強い。 淫紋も濃い。 実技だって上手い。 自分より、ずっとちゃんとした淫魔だった。「……」 なんだか少し落ち込んだ。 理由は自分でもよく分からない。 別に、あいつが悪いわけではない。 嫌なことを言われたわけでもない。 むしろ普段から普通に話す相手だ。 なのに。 カイルドの身体に触ったことがある。 カイルドから精気をもらったことがある。 またもらいたいと思っている。 そう考えると、なんとなく面白くなかった。 リオは頬杖をついた。 自分よりずっと優秀な淫魔なのも、なんとなく面白くない。 教科書へ視線を戻す。 数行読んだ。 全然頭に入ってこない。「……はあ」 小さく息を吐いた。 もっと頑張ろう。 とりあえず、それしか思いつかなかった。     ◇ 放課後。 リオはまっすぐ寮へ帰らず、実技棟へ向かった。 一階の奥には、生徒向けの購買がある。 教科書や筆記用具だけではない。 実習用のローション。 香油。 魔力測定器。 淫紋の保護剤。 それから、実技練習に使う大小さまざまな淫具。 リオは棚の前に立った。「……」 普段使っているものと同じ型を見つける。 手に取ってみた。 見慣れた大きさだ。 これまで家で練習するときは、だいたいこれを使っていた。 けれど。 リオはそれを棚へ戻した。 一つ隣を見る。 少し太い。 その隣。 さらに大きい。「……これくらい?」 手に取って眺める。 少し迷った。 カイルドを思い出す。「……」 戻した。 そして、その隣を取った。「こっちかな」 さすがに店頭には見本しか置かれていない大きさだった。 欲しい場合は注文票へ商品番号を書き、後日受け取ることになっている。 リオはカウンター横から注文票を一枚取った。 商品番号を書く。 一度ペンを止める。 もう一度棚を見る。「……」 少し考えて。 今書いた番号を二重線で消した。 その下へ、さらに一つ上の番号を書き直す。「よし」 これなら、練習になるだろう。 注文票を持って、リオは満足げにカウンターへ向かった。