第33話 眠りに堕ちるまで
第33話 眠りに堕ちるまで
主寝室のバスルームは広かった。ガラスで仕切られたシャワー室では、レインがすでに身体を水に濡らしている。窓辺に置かれたランタンにキャンドルが灯され、ゆっくりと動く肩から背中への筋肉を照らし出す。そこには幾つもの傷跡があった。ルカは、水流が走るそれらを、とても美しいと思った。誰かを守り、助けた証だ。触れてもいいのだろうか、と手を伸ばしかけた時、レインが振り返る。僅かに下がった目尻と、柔らかく上がった口角。唇はなにか言いた気に薄く開いている。視線がゆっくりとルカの全身を辿り、それに誘発されたかようにルカの身体を猛烈な熱が駆け上がった。指先が震えて、着慣れた自分のシャツのボタンが外せない。戸惑いではない。焦りだ。早く、身体を合わせたいのに。もどかしく立ち尽くすだけで。その時、身体が強く水流の下へと引き込まれた。両肩が大きな手で包まれ、額に、そっとキスが落とされる。それがまるで子犬か子猫にするような、暖かくて、少し遠慮したような小さなキスで——ルカから短い吐息が漏れ、両肩からじんわりとこわばりが解ける。レインの手が腕を滑り、ボタンに掛かったルカの指を包み込む。降り注ぐ湯で重くなった布は、ガラス戸の向こうに無造作に投げられる。すべてが、静かに、確実に剥がされていく。全て晒された身体が重なった瞬間、ルカは息を止めた。胸の奥で、何かが軋むようにして動き出す。抑えようとしても、抑えきれない。分厚く熱い胸。濡れた腹が密着し、呼吸のたびにレインの硬さが自分の柔らかい部分へ食い込んだ。隠しようもない熱。形を持った欲求。それが、湯の膜越しに強く伝わってくる。顎が掌で包まれた瞬間、もう唇が塞がれていた。深くて、容赦がない。広い舌が口の中を埋め、上顎をゆっくりと撫で、逃げる息を根元から奪う。水の味と、唾液の熱と、レインの匂いが喉の奥まで満たしてゆく。飲み込めば、それごと身体の内側へ入ってくる気がした。「ん……っ」甘い声が、唇の隙間から漏れる。レインがさらに深く口を重ね、漏れかけた音ごと含んだ。熱い手が、濡れた背を下降する。肩甲骨の窪みを指で拾い、脊柱を一本ずつ確かめるように辿り、腰の最も細いところへ沈む。掌が濡れた肌に吸い付き、親指が骨盤の内側へ食い込んだ。そのまま全身が密着するまで引き寄せられる。下腹が、強く擦れた。レインの熱が、自分の敏感な箇所を湯とともに擦り上げる。皮膚と皮膚。硬さと柔らかさ。その摩擦だけで、内側がきゅう、と締まった。腰が勝手に相手のリズムへ合わせて沈む。羞恥すら疼きに変わっていく。背中を撫でる手が、一度、愛おしむように緩む。その刺激だけで膝がカクリと抜けてしまう。レインの両腕に筋肉の筋が浮かび、腰を抱え直す。落とさないための力。所有するための力。口づけは、ますます深く、熱くなる。 唇の端から糸を引き、また吸われる。舌が絡み、歯が下唇を浅く捉え、痛みより先に甘い痺れが走った。ルカの指先がレインの腕に食い込む。支える力はもうない。ただ、溶けて流されないためのしがみつき。「んあっ……レイン……っ」声がとろける。 腰を掴む手が、密着した二人の硬い熱を揺らし続ける。同じ場所を何度も執拗に擦られ、ルカは全身で快感を受け入れる。湯が二人の間を伝い、その水さえ潤滑になって、感度を上げていく。もう限界の手前でひたひたと満ちていた。奥が疼き、先端が熱く脈打ち、次の刺激を待ってしまう。つま先が床を掴み、腹が板のように硬くなる。なのに口は開いたままで、舌を受け入れ、甘い唾液を交わす。快楽が腰の芯から一気にせり上がり、視界の奥で白く弾ける。声にならない吐息を、レインが舌ごと受け止めた。腰が小さく、抑えきれず、何度も跳ねる。密着した熱に擦られながら、余韻まで搾られるように溢れ、膝が完全に折れた。果てたあとの身体は敏感すぎて、ただ抱かれているだけでひくりと収縮する。恥ずかしいほどに、素直に。湯音が、遠くから戻ってくる。ルカは額をレインの鎖骨へ落とし、荒い息をその皮膚に預けた。大きく強い脈が、レインの分厚い胸を通して大きく響いてくる。視線を落とすと、赤く艶めくレインの先端から、白い雫が溢れていた。彼もまた、自分と同じように果てたのだと思うと、ぞくりとした快感が戻ってくる。レインに首筋を吸われ、自分の甘い喘ぎが幻聴のように聞こえる。(こんなに感じるなんて……)息を整えることも許されない。レインの唇は鎖骨へと降りて、胸から腹へとゆっくりと滑り落ちてゆく。「レイン……?」答えはない。代わりに、熱い口が、果てたばかりで甘く痺れる先端をゆっくりと含んだ。「っ……!」背中が壁に押しつけられ、腰をがっちりと固定される。身動きを許さないその強さに、ルカは一瞬目が眩んだ。レインの舌が、敏感な部分をなぞり、吸い上げる。熱と湿り気だけで責め立てられる。いつも淡々とした態度でルカを遠ざけがちな男の口とは思えないほどに、貪欲で、深い。ルカは天井を仰いだ。視界が揺れる。レインが——ずっと欲していた男が——今、跪いて、自分を口で貪っている。その事実だけで、胸の奥が熱く焼ける。快楽が激しく背筋を駆け上がる。指先がレインの濡れた髪を掴む。強く握りすぎないように、それでも離したくなくて、髪の間に指が沈んでゆく。「レイン……待っ、」信じられないほどの刺激に、自分でも恥ずかしいくらいに甘い声が出てしまう。レインは構わずに、深く含んだまま、喉の奥を柔らかく収縮させた。ルカの腰が、再び大きくびくりと跳ねる。頭の中が真っ白になる。 快楽と、幸福感が、同時に溢れてきた。一方的に想いを隠して、せめて友達でいられたらと思っていた。そのレインに、いまこんなにも欲せられている。 身体で、口で、熱で、確かに繋がっている。その実感が、射精の瞬間よりも先に、胸を満たした。「レイン……僕、また……」掠れた声で告げる。レインは離れなかった。抱きかかえるようにルカの腿を支え、最後まで飲み干そうとするように深く咥え込んだ。ルカはレインに支えられながら、長く、甘く、果てた。 幸福感が、身体の芯からゆっくりと広がっていく。しばらくして、レインがゆっくりと立ち上がる。唇の端を親指で拭い、目は暗く光っている。ルカは、力のない腕でレインの首に腕を回した。腰が砕けたように痺れ、膝から完全に力が抜けている。ルカは抱かれるままに、額をレインの首筋に寄せた。「もう……歩けない、かも」レインは低く笑い、ルカを抱き上げた。濡れた身体のまま寝室へ向かう。ベッドに下ろされると、両腕がベッドに押さえ付けられ、上からレインが覆い被さる。均整の取れた厚い胸、大きく盛り上がる上腕の筋肉には太い血管が浮いている。湿った髪が細い束になり、すっきりとした顔の輪郭に張り付いている。そして、ルカに注がれる欲望で黒く染まった瞳。細い鼻梁がルカの首筋を撫で、軽く吸う。それだけでルカの先端から、再びじわりと先走りが滲む。レインは額を寄せ、息が混じる距離で囁く。「……もう少し、触れても?」呼吸で大きく肩を上下させているくせに、自分の欲よりルカの気持ちを優先する。レインの優しさは、時に残酷だ。ルカは全身でレインを抱きしめ、答えた。「もっと」レインの瞳孔がさらに開く。その言葉が、最後の枷を外したに違いなかった。ルカの額に唇が落とされる。次にまぶた。頬。そして、ゆっくりと唇へ。 深く攻め込むようなキスではなく、確かめるような、丁寧なものだった。手が、ルカの鎖骨から胸へ滑る。指の腹で乳首をやさしく転がされ、ルカが小さく息を詰めると、レインはそこを親指で円を描くように撫で続けた。急がない。焦らない。一つ一つの感度を、まるで精密に診断するように拾っていく。「……ん」乳首を唇でついばまれ、ルカの喉から、甘い吐息が漏れる。同時に強く吸われて、腰が浮く。そして敏感になったそこを、再び指の腹でやさしく潰すように転がされる。左右で強さを変え、片方を摘まみながら、もう片方を舌でゆっくりと円を描く。ルカが背中を反らすと、すぐに力を弱め、今度は歯を立てずに、熱い舌の表面だけで何度も舐め上げられる。両の乳首が硬く尖り、赤く腫れるまで責めは続く。そしてようやく離れた舌はへそをくすぐり、そこから下へ一本の線を引くように舐め降ろされる。そして、脚が大きく開かされた。太腿の内側を、膝の近くから付け根まで、舌がゆっくりと這い上がる。敏感な筋に唇が押し当てられ、内ももが震えるとそこがきつく吸われる。そうして幾つもの赤い痕を残してから、ようやく中央へ。指が、裏筋を下から上へゆっくりと擦り上げる。特に弱い部分は指の腹で円を描くように柔らかく刺激される。ルカの腰が跳ねると、レインはすぐに動きを止め、今度は舌でそこを丁寧に舐め直す。「ん……あっ……」甘い声が漏れるたびに、レインは同じ場所を、より慎重に、しかし執拗に責めた。片方の手で陰嚢を持ち上げ、下から優しく揉む。もう片方の手の中指で、会陰をゆっくりと圧し込む。まだ、入り口には触れない。ただ、その手前の、内部に響く位置を、リズムを変えて押し続ける。ルカの内側が熱を持ち、筋肉が緩んでいく感触を、掌で測りながら。優しく執拗な責めに、ルカの硬く立ち直った先端から、透明な露が溢れてくる。レインはそれを舌で丁寧に舐め取り、かぷりと浅く含み、舌先で先端を小さく突く。吸わずに、ただ熱と湿り気で包み、離す。また包む。ルカの声が、次第にとろけていく。 強く吸って奥まで咥え込み、喉の入り口で柔らかく収縮させたかと思えば、すぐに離して、今度は舌だけで裏側を丁寧に磨き上げる。強弱をつけ、リズムを崩し、ルカの腰が大きく震え始める寸前で、必ず刺激を弱めた。何度も、何度も。快感の絶頂に乗せ、下ろし、また乗せる。ルカの身体を、強烈な強張りが波のように襲う。自重か重力か分からない。上も下も分からない。ただ、もう言葉にならない吐息だけが自分のものだと分かる。レインは、ただ黙々と、丁寧に、ルカを愛し続けた。戦場で人を生かし続けてきた男の手は、欲望に駆られても、どこかで「壊さない」ことを優先している。力の入れ方、触れる角度、反応を待つ間の長さ。すべてが、あまりにも慎重だった。それが、ルカを堪らなく壊していく。視界が白くかすみ、意識が一瞬途切れるほどに強烈な快感が全身を震わせる。レインは、果てて弛緩したルカの脚を、これ以上ないほどに大きく開かせた。力は強くない。太腿の裏を支える指が、微かに、慈しむように撫でている。開かせながら、同時に安心させようとしているかのように。すでに何度も果てた身体は、敏感さのピークを超えて、触れるだけで甘い痙攣を起こす。レインの指が、会陰をゆっくりと圧しながら、ようやくその奥——まだ誰にも拓かれたことのない入り口に、指の腹を押し当てた。ルカの全身が、びくりと跳ねる。「……んっ」声が、喉の奥で詰まる。レインはすぐに動きを止めた。ルカの顔を、真上から見つめる。そこの硬さが、全てを物語っていた。汗で張り付いた前髪を、空いている方の手で優しく掻き上げ、親指で目尻をそっと拭った。「初めて……か」低く、ほとんど囁くような声だったが、確信しているのは明白だった。ルカは素直に首を縦に振る。誤魔化したところで、医者のレインにはどうせ見破られるだろう。「……わかった」レインは短い吐息を一つ漏らし、額をルカの額に寄せた。 「今夜はここまで」「でもっ……」ルカはレインの首に腕を回してしがみついた。幾度も頂点まで導かれ、もう指先すら動かすことができないというのに——何かが足りない。レインをもっと近くに感じたい。身体にこの男を刻みつけてしまいたい。掌に触れる無数の傷跡のように、レインの身体に自分を残したい。ルカは広く硬い背をなで上げた。「僕は……レインのものになりたい」レインの呼吸が一瞬止まる。ルカに望まれているという事実が、喜びとなり身体を駆け抜けたのだ。レインは膝でルカの両足を開き、身体を割り入れた。そのまま膝裏を両手で抑え、マットレスに押し付ける。唇が膝裏から内ももを這い上がる。ほんのり色づき濡れて光るルカの先端が軽く吸われたかと思うと、すぐに根本の方へ舌先が滑ってゆく。確実に、中心に近づいてくる熱い吐息。ルカは天井に視線を泳がせる。何もかも見られているのに、そこにあるのは、強い安心感だった。全てを暴かれているのに、守られていた。「……とても綺麗だ」低い声が、太腿の内側に落ちる。その吐息だけで皮膚の産毛が震える。「ん……」声が、喉の奥で溶ける。柔らかい唇が、敏感な筋をゆっくりとなぞる。同時に、すでに疼いていた部分を掌が包んだ。根元からゆっくりと擦り上げる。裏筋を指が拾い、先端の弱い場所を円で撫でる。後ろを舌でほどき、前を手で甘やかす。二つの愛撫が、同じ呼吸で重なった。「っ……レインっ……」呼ばずにはいられなかった。舌が、わずかに内部へ沈む。浅く、啄くように。なのに内側は、その熱を咥え込むように収縮した。経験のない身体が、戸惑いながらも欲しがってしまう。頭の奥で、同じ言葉が静かに、執拗に繰り返される。——中に欲しい。レインが欲しい。舌はルカを丁寧にほぐしてゆく。熱で緩め、濡らし、疼きだけを残す。一方で手は、逃がさない速度で扱き続けている。正確で、優しくて、ひどく執拗だった。つま先が無意識にシーツを掴む。腹が強張り、同時に腰が沈む。後ろの柔らかい辱めと、前の容赦のない愛撫が、これまでルカが経験したことのない高みへと押し上げていく。羞恥と幸福が、もう区別できない。見られて、ほどかれて、それでも壊されない。その全部が、同時にきていた。「んあっ……だめ、レイン、もう出な……」言葉が崩れる。 レインは答えず、そこに唇をつけたまま名を呼んだ。「……ルカ」その声で、ルカの頭の中で火花が弾けた。視界の奥が白く滲み、背筋を熱が駆け上がる。舌が入り口を含んだまま、手が先端を丁寧に絞る。身体が弓なりに強張り、次の瞬間、甘い痙攣が腰の芯から溢れた。声にならない息を枕へ吐き、熱い液体を、そのままレインの掌の中へ預けてしまう。果てるというより、委ねるに近かった。快楽が引き潮のように退いたあと、身体の芯から鉛を流し込まれたような重さが来る。指一本、動かせない。瞼が落ちる。呼吸だけが、浅く、遅く残った。あれほど強く感じたのに、残るのは脱力と、胸の奥の奇妙なほど澄んだ幸福感。舌が離れ、代わりに柔らかい布で優しく拭われる。腰を覆う心地の良いブランケット。額に落ちる、短い口づけ。髪の毛を漉く、あまりに静かな手つき。「……おやすみ、ルカ」遠くで、低い声がする。 答えられなかった。 幸福の残像と、鉛のような倦怠のあいだで、意識が静かに沈んでいく。最後に残ったのは、背中を撫でる掌の温度だけだった。