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365.帰国と竜巻見舞

魔導具師ダリヤはうつむかない — ncode.syosetu.com · All chapters

365.帰国と竜巻見舞

「ありがとう、ございました。ロセッティ会長」

商業ギルドのロセッティ商会の部屋には、ハルダード商会長であるユーセフ、そしてミトナが訪れていた。

ユーセフが倒れた日から三週間近くが経っている。

神殿から出た彼は自らロセッティ商会へお礼に来てくれた。

「ご回復なさって本当によかったです」

テーブルをはさみ、顔色のいいユーセフに、ダリヤは笑んで答える。

彼と会うのは倒れた日以来だ。

イシュラナでは未婚女性が男性のお見舞いに行くには一族の男性が同行するのが一般的なのだという。

家族のいない自分にはそれもできず、イヴァーノにお願いすることになった。

だから、こうして回復したユーセフを目の前にし、心から安心する。

隣のミトナがずっと笑顔なのにも安堵した。

回復後も過保護に一週間神殿に留め置かれたと聞くが、きっとミトナを含め、ハルダード商会員達の心配故だろう。

「今回はお取引の件をありがとうございます。過分な条件を頂き、感謝の念に堪えません」

先日、イヴァーノが珍しく顔を青ざめさせて報告してきたのは、ハルダード商会の御礼。

ロセッティ商会の魔導具を各国支店に一つ二つ置いてもらうはずが、正式な取引の申込。

輸送、保管、管理は任せられる上、利益率はロセッティ商会三、ハルダード商会一。

商売に関して素人同然のダリヤでも、有利すぎないかと首を傾げた内容だ。

イヴァーノにどのぐらいのことなのか具体的になるか尋ねたところ、彼は眉間に深い皺を寄せてしばらく黙り、ようやく答えてくれた。

『ワイバーンの 番 ( つがい ) よりは、重いです』

完全にだめだと思った。

とはいえ、断るのも難しいらしい。

ハルダード商会は、お礼は『ユーセフの代価』と思っている節がある。

イシュラナの男性は誇り高いという。

軽んじられたと思われては、それはそれでまずい。

そうして本日、ここで取引契約をまとめようと、胃痛を抑えているのが今である。

「過分ではありません。ハルダード商会をお救い頂いたのですから」

ミトナにそう言われ、契約書を二枚差し出される。

イヴァーノがそれを受け取ると、同じく契約書を二枚机に載せた。

取引条件は同じだが、イシュラナ語とオルディネ語の二枚、すでに中身は確認済である。

あとはこの場で商会長のユーセフとダリヤが署名し、それぞれに持つ形だ。

緊張しつつ名前を書き入れると、互いにそれを確認する。

「どうぞ、よいお取引、よい商売をお願いします」

「末永く、よいお取引、よい商売をお願い致します」

ユーセフと定型の挨拶を終えたとき、強めのノックの音がした。

イヴァーノが了承を告げると、砂色の長衣に黒の飾り帯の者が早足で入ってきた。

ハルダード商会員の彼は、目礼と同時に言葉を告げる。

「お話の所、申し訳ありません! ユーセフ様、 魔鳩 ( まばと ) での緊急連絡が入りました」

緊急連絡の言葉に、ダリヤは思わず構えた。

魔鳩 ( まばと ) は鳥型の魔物だが、前世と同じく、鳩と共に連絡手段の一つとなっている。

速度がかなりあり、二カ所の往復を教えられるので、遠距離で連絡を取り合うのに向いているのだ。

しかし、飼育と調教には手間と時間がかなりかかるので、庶民には馴染みの少ないものである。

「かまわない、ここで、話す」

時間はないと判断したのだろう。ユーセフが入ってきた部下に答えた。

「イシュラナにて大竜巻が複数発生、都は復旧中、砂漠地域では現在も連絡の取れぬ集落があり、魔物の移動も確認されているとのことです」

「わかった。急ぎ、国、戻る」

かなりの災害だ、戻らなければいけないのもわかる。

だが、ユーセフは病み上がりである。

できるだけ安全な移動となると、船だろうか、それとも馬車にイエロースライムの衝撃吸収材を敷いて――そう考えている向かい、彼が部下に続けて指示を出す。

「王城へ使い、エリルキアに 魔鳩 ( まばと ) で連絡。港の沖、ワイバーンを。イシュラナへ戻る」

「ユーセフ様、お待ちください! 私どもが代わりに参ります!」

「せめてワイバーンはおやめください! 快速船で帰国を!」

ユーセフの言葉通りに受け取るなら、港の沖にワイバーンを呼び、それに乗って帰るということだ。

脳の血管を一度つまらせたのだ。

回復したとはいえ、高所を飛ぶワイバーンでの移動を部下達が止めるのは当然だろう。

だが、ユーセフは首を横に振る。

それまで優しく見えた男の顔が、まるで別人のように厳しくなった。

「ハルダード商会、イシュラナの商会。皇帝との、盟約。国、困ったら、私が助ける」

部下二人は拳をきつく握ったが、反論の声は上がらない。

続いたのはユーセフのすらすらとしたイシュラナ語だった。

「『商会のすべてのワイバーンで集落と人を探し、角駱駝と 八本脚馬 ( スレイプニル ) で食料と物資を届ける。快速船、魔物と戦える冒険者・傭兵を集めよ。 値 ( あたい ) 交渉は要らぬ、早さを重んじよ。各支店の判断は支店長に任せる』」

ダリヤのまるでわからぬそれを、イヴァーノが手帳に書いて教えてくれた。

砂漠に避難している者達を助け、援助物資を届けるのは並大抵のことではない。

きっと、ここからは時間との戦いだ。

すぐにユーセフの命令を実行するため、黒い飾り帯の部下が早足で部屋を出て行った。

「ロセッティ会長、メルカダンテ殿、ありがとう、ございました。今年、オルディネ来る、よかった」

ユーセフが曇りのない笑顔で言う。

危ない移動だと思えても、ダリヤに止める権利はない。

「急なご挨拶になって申し訳ありません。いずれまた、お目にかかりましょう」

自分よりはるかにユーセフを止めたいであろうミトナに、 堪 ( こら ) えた笑みを向けられる。

二人が立ち上がる中、一人の男の横顔がくっきりと思い出された。

「ヨナス先生にお知らせは?」

「ヨナス、別れ、済んでいる――手紙、書く」

「今は庶民の方のところにお住まいと伺っております。何かとご迷惑になるかもしれませんので……」

今、ヨナスがいるのはルチアの家だ。

おそらく、行く前に挨拶はしたのだろう。

それに、ミトナが濁した通り、いろいろな関係でファーノ家に迷惑がかかるかもしれないというのもわかる。

だから、思うことがあっても口にすることはできず――

少しでも自分にできることはないか、ダリヤはそれだけを懸命に考える。

「あの! 夜の捜索用に魔導ランタンと火の魔石、休む場として防水布のテントと毛布などはお使いになられますか?」

「願ってもないことです」

「イヴァーノ、商会の在庫でお渡しできるものをお願いします。私が全部――」

「はい、『うちの商会』で全部出しますね。他にも使えそうなものはあると思いますので、そちらもよろしいですか?」

流石、頼れる部下である。

ダリヤは思いきりうなずいた。

「あと、水の魔石もできるだけ多くあった方がいいですよね。グイード様のところへお願いしてきます」

「ヨナス様は今、スカルファロット様の隣におられません。当方の王都支店長よりお願いにあがりますので」

「私で大丈夫です。グイード様とは胃薬を勧め合う仲ですから」

いつの間にか、イヴァーノはグイードととても親しくなっていたらしい。

胃薬については自分も新しいものを紹介してほしいところだ。

グイードに会うのは時間がかかるかもしれない。

イヴァーノにはすぐ動いてもらうことにした。

「ありがとうございます。お支払いは王都の商会よりすぐに行わせますので」

イヴァーノの背を見送った後、ミトナにそう言われた。

ダリヤは売り込むつもりで申し出たのではないが、通じていなかったらしい。

大規模災害なのだ。

食料に援助物資、それを運ぶのも船に、魔物と戦える冒険者や傭兵――ハルダード商会の出費は莫大なものになる。

それでも足りるかどうかなどわからない。

「いえ、売り込みではなく、ええと、災害お見舞い――竜巻お見舞いです!」

前世、地震や水害で親戚へ災害お見舞いを出したことがある。

ダリヤはそれを思い出して言った。

少し声が強くなってしまったせいか、ミトナが黒い目を丸くする。

「失礼ですが、ロセッティ会長、イシュラナの『竜巻見舞』はお返しを認めないもので――」

なんとちょうどいいものだろう!

もうもらいすぎるぐらいもらうことになっているのだ、ここで返さずにおくものか。

ミトナの言葉に声をかぶせ、そのまま続ける。

「はい! ここから末永くお付き合いをして頂きたいので、『竜巻見舞』も当然のことです」

自分をじっと見ていたユーセフが、隣に何事かをささやいた。

ミトナは手帳に何事かを書くと、ユーセフがそれを見てから自分に向き直る。

「『竜巻見舞』に、ハルダードが 長 ( おさ ) 、ユーセフ・ハルダードとして感謝申し上げます。ロセッティ一族が 長 ( おさ ) 、ダリヤ・ロセッティ殿、末永きお付き合いをお願い致します」

どうやら『竜巻見舞』のお礼の口上を、ミトナが訳して教えたらしい。

ちょっとだけ発音の違う言葉の後、右手を差し出された。どうやら握手らしい。

イシュラナでは女性と距離をとるのが普通と聞いていたが、これはどうなのか。

しかし、満面の笑みを浮かべる二人に断るという選択肢も浮かばず――ユーセフと握手をする。

あたたかく、しっかりした手だった。

「どうかお気を付けて」

「ありがとう、また、いつか」

「何かとありがとうございました。またお目にかかるのを楽しみにしております」

挨拶を交わし、部屋の前の廊下で別れる。

遠ざかっていく背中に、ただ無事を祈った。

親しい間柄とは言えないけれど、ちょっとさみしくはある――そう思いつつ商会の部屋に戻ると、棚の中、赤いリボンのかけられた白い紙袋が目に入る。

中に入っているのはバター飴。

ミトナがバター味が好きだと聞いたので、渡そうと準備していたものだ。

「いけない、ミトナさんに渡すの忘れてた!」

ダリヤは紙袋を手に、廊下へ出た二人をあわてて追いかける。

階段で追いついたが、なんともしまらない見送りとなった。

イシュラナの『竜巻見舞』――

それは同じ一族ではないが、それに準じる『連なりの一族』が行う。

一切のお返しは不要。代わりに、相手一族が『何かに巻き込まれて困ったとき』は、できるかぎり力を貸す――そんな同盟にも等しいもの。

ダリヤがそう知るのは、まだ先の話である。

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