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614.クリームシチューと給湯器

魔導具師ダリヤはうつむかない — ncode.syosetu.com · All chapters

614.クリームシチューと給湯器

・公式Xにて、読者アンケートの結果発表、イラストとSSが公開

https://x.com/DAHLIYAinBLOOM/status/2116470240850960814

・魔導具師ダリヤ15巻通常版・特装版 発売

・オーディオブック13巻 配信

・コミック『魔導具師ダリヤはうつむかない』最新話更新

・駒田ハチ先生、ファイングラフ予約開始

どうぞよろしくお願いします!

ダリヤ達が食堂へ着いたときには、複数のテーブルの上、お弁当とカトラリーがきれいに並べられていた。

年齢が上の子供達が準備をしてくれていたようだ。

そこへとソーセージやチーズの入った皿、シチューの入った深皿を追加で並べていく。

大きなテーブルはたちまち皿でいっぱいになった。

「皿、パン 籠 ( かご ) 、スプーン、フォーク、よしっと!」

メーナが指差し確認をすると、ドアが開け放たれたままになる。

そこから、子供達が早足で入ってきた。

風呂上がりのせいか、髪が少し湿っているように見える者、頬が赤い者も混じっている。

「うわ! お弁当とシチューに、おかずの皿もある!」

「シチュー、すごく白いね。牛乳で煮たのかな?」

「お肉が四つも入ってる!」

「くっ、ニンジンが三つも……」

多くの子供が笑顔を見せる中、一部、苦悩する姿があったが口は閉じておく。

子供達が座り終えると、モルテードが入ってきた。

彼はダリヤ達を呼び、共にテーブルにつくよう勧める。

ダリヤはモルテードの向かいに座り、二度勧められたメーナがモルテードの隣に座った。

廊下の待機を希望したドナだが、モルテードに椅子を引かれ、ダリヤの隣に座った。

自分の前にもお弁当が置かれる。

数が間に合うか心配したが、今日来る予定だった卒院生の分だからとメーナに説明された。

子供達はにぎやかだったが、院長先生が片手を上げると、たちまち静かになった。

モルテードはそこで、ロセッティ商会から食料を頂いたこと、卒院生のメーナがお世話になっており、本日はこちらのテーブルにいる三人でシチューを作ってくれたと、細かく説明してくれた。

「今日の食事に感謝を、そして、あなた方の応援をしてくださったこちらの方々に感謝をして頂きましょう」

「「 糧 ( かて ) と恵みに感謝を!」」

全員で声を揃えたそれは『いただきます』の代わりであったらしい。

子供達とスプーンが一斉に動きはじめた。

「おいしい! お肉、すごく柔らかい!」

「ニンジンもおいしい……」

「チーズもドライフルーツもある! 今日すごく豪華!」

あちこちから上がる歓声に、ダリヤはそっと胸を撫で下ろしかけ――向かいのモルテードを見る。

彼はちょうどスプーンを皿に戻したところだった。

「とてもおいしいですね。心まで温まります」

「お言葉をありがとうございます」

院長先生の口にも合ったようだ。今度こそほっとした。

自分の隣では、ドナが笑顔でシチューを口にしている。

「このためにここに存在している……」

そのつぶやきは拾わないことにする。

「皆、あんなに喜んで――会長、大成功ですね」

ここまで子供達を見ていたメーナが視線を戻し、自分へ言う。

ダリヤはええ、とうなずき、ようやくスプーンを手にした。

そして、自分の皿のシチューをすくい、口へ運ぶ。

肉のうまみと玉ネギの甘み、牛乳とバターのコク、それらが口いっぱいに広がる。

緊張がじんわりとほどける、そんな味に思えた。

「ロセッティ殿、お弁当も召し上がってください。こちらも卒院生がいる店のものなのです」

モルテードが勧めてくれたので、ありがたく蓋を開ける。

中には肉とキャベツと青菜の炒めもの、ゆで卵、蒸し芋、そしてカットされたリンゴが入っていた。

テーブル中央にはパン籠があり、そこから丸パンを食べられる分だけ手にする形である。

ダリヤはありがたく頂くことにした。

多くの子供達との食事は、ちょっと不思議な感覚だ。

一人だけの食事の静かさとも、ヴォルフと二人の食事で話が止まらないときとも違う。

シチューやお弁当をおいしそうに食べ、今日あったことを話す子、明日の学校のことを話す子、読んだ本の感想に身長がどれだけ伸びたか――

話し声と笑い声がさざめく中、胸が温まるような思いでシチューを味わった。

食事が終わると、ダリヤは椅子を立つ。

片付けるまでが料理である。

ワゴンに皿を戻そうと手を伸ばしたとき、メーナに止められた。

「会長、そこまでで。洗い物は俺がやります」

「自分もシチューに 報 ( むく ) います!」

ドナにも続けられたが、それを止める声が響く。

「私達がやります! ロセッティ会長様も、お付きの人も、あと、今日はメーナお兄ちゃんもお客様ですから!」

「片付けは僕達の仕事です!」

年齢が低い子供達が皿を集め、上の子供達がワゴンを整理している。

慣れた手つきはいつもやっていることだからだろう。

「俺が、『お客様』……とうとう他人行儀にされる日が……」

「あ、メーナ兄ちゃん、もうすぐ試験だから算数の先生よろしく!」

「ちょっと待って、歴史のほうが試験日が早いんだもの、私が先にお願いするの! ね、メーナお兄ちゃん!」

メーナの感慨は三秒ほどか。

ダリヤは微笑ましくそれを眺め、ドナは肩を震わせて耐えている。

そこへ、モルテードがゆっくりと歩み寄ってきた。

「ロセッティ男爵、よろしければ少しお話でもいかがでしょう? ワインも頂いておりますから」

「はい、喜んで」

ダリヤはすぐ了承した。

子爵当主に誘われた形で、二名以上の付き添いもいる、この場合は貴族の礼儀的に受けたほうがいい。

また、モルテードとは話してみたいとも思える。

片付けを進める子供達に見送られ、ダリヤ達は食堂を出た。

廊下を進む中、ワゴンを押す子供達の声が聞こえてくる。

「最近、お水が冷たくなってきたね」

「うん、お湯が出るまで時間がかかるよね。今年は冬が遅くなればいいのに……」

彼らはすでに季節の移ろいを感じているようだ、そう思いつつ、歩みを進めた。

通された客室は、それほど広くない。

それでも、飴色の木製のテーブル、擦れがあるが織りのしっかりしたソファー、古びても手入れは行き届き、埃の一切ない調度――古さと品の良さを同時に感じさせるものばかりだった。

一人掛けの二つのソファーにモルテードとダリヤ、三人掛けのソファーにメーナとドナが腰を下ろす。

モルテードはテーブルにワインの瓶を載せた。

「お出しできるものもかぎられておりまして、ロセッティ男爵から頂いたこのワインを開けても?」

「もちろんです」

確認したモルテードが、手際よくコルクを引き抜く。

そうして、四つのグラスにぴたりと同量を注いだ。

全員の手元にグラスが行き渡ると、彼がグラスを掲げる。

「王国の栄えを祈り、モルテード救護院へのご支援に感謝を――乾杯」

「「「乾杯」」」

グラスを合わせ、モルテードが口を付けたのを見てから、ワインを一口含む。

人気のワインということで購入したが、少しの酸味とほどよい渋みで、口の通りがいい。

喉を通した後に残る甘い香りも心地よかった。

「ふむ……若いながらも芯があり、心地よい、いい味ですね」

「――お口に合えば、何よりです」

ダリヤは貴族の礼儀作法本を思い出しつつ答えた。

子爵当主、メーナの保護者であった方に失礼があってはならないので、懸命である。

と、グラスの赤を眺めていたモルテードが、視線を移した。

「ロセッティ殿、まだ肩に力が入っているように見受けられますが」

完全に見抜かれているので、ダリヤはそっと白旗を挙げる。

「申し訳ありません。失礼があってはならないと思いまして――」

「新しく貴族となった者が学ぶ時間は必要でしょう。それに、あなたは卒院生であるメッツェナの雇い手でもあります。むしろ私が失礼にならぬよう心がけるべきでしょう。ところで――ここだけの話、メッツェナの働きはいかがですか?」

院長先生は気遣い深い上、話題の転換がうまい。

メーナが苦笑しているが、ダリヤはありがたくそれに答える。

「とてもよく働いてくださっています。仕事が早く、客先も安心して任せられ、気配りがあって、字もとてもきれいで――ロセッティ商会になくてはならない方です」

「か、会長、そのへんで! その――」

「ありがたく褒められなさい、メッツェナ」

慌てるメーナに対し、モルテードがにこやかに言い切った。

しかし、さらに続けようとしたダリヤの言葉は、部下に先を越される。

「ロセッティ商会は、商会員をとても気遣ってくださるんです!」

「メーナ……?」

「お給金は十分すぎるほど頂いていますし、仕事はとても楽しいです! 残業も少なく、あっても手当が出ますし、休暇もしっかりあります。それに商業の勉強までさせてもらえて。救護院の出身だからと困ったことは一度もありません。俺にとっては最高の職場です!」

「メ、メーナ!」

自分が褒め返されてどうするのか。

メーナの対人スキルと褒め言葉のうまさを失念していたダリヤは、止めるに止められずにおろりとする。

そんな自分の隣、院長先生は深々とうなずいた。

「良い方に仕えられて、本当に良かったですね、メッツェナ」

「はい!」

このまま話が続いてはたまらない。

ダリヤが話を変えようと考えていると、ドナが口を開いた。

「こちらでは多くの優秀な卒院生がおられると伺っております。モルテード子爵の無私のご指導があってのことだと感心いたしました」

騎士言葉のようなそれに、ちょっとだけ驚く。

だが、ドナもスカルファロット家に仕えているのだ、こういった話し方も学んでいるのだろう。

モルテードはドナに向くと、グラスをテーブルに置いた。

「いいえ、無私などではありませんよ。私とて貴族です、代価なく動くことはありません」

それまでの柔らかな気配が、貴族の硬質なものに変わった――

つい身構えそうになる自分の隣、声は続く。

「子供達は、我が家の未来そのものなのです。丹精込めて育てた苗が、いずれ王国中に根を張り、多くの花を咲かせる――その恩恵は、巡り巡ってここに返ってきますから」

モルテードの右手は、己の胸に当てられていた。

未来を考えて子供を育てて送り出し、その功を胸に刻むということなのだろう。

それが代価とは、何と誇り高きことか!

彼は芯から本物の貴族なのだ、そう思えた。

ダリヤが感動で両の手を合わせ握ったとき、強いノックの音がした。

モルテードが了承を返すと、勢いよくドアが開かれる。

「院長先生、浴室の給湯器から水しか出なくなりました!」

「怪我をした人はいませんか?」

「大丈夫です! バスタオルにくるまっている子がいますが、元気です」

「そうですか。風邪をひかないように着替えを、それと、明日、業者を――」

モルテードの言葉が終わらぬうち、ダリヤは立ち上がっていた。

「あの、業者です!」

慌てるのも大概にしたい。

ダリヤは必死に 表情 ( かお ) を整えて言い直す。

「私は魔導具師で給湯器も作っておりますので、お役に立てるかもしれません。拝見させてください」

給湯器は父カルロの作である。

魔石押さえのずれや魔導回路の簡単な修理であれば、自分もすぐ直せるはずだ。

「ロセッティ殿、お言葉に甘えさせてください」

モルテードの言葉に、ダリヤは大きくうなずいた。

その後、少女の案内で浴室へ向かう。

設置されていた給湯器は、大人の背丈ほどもある、大型のものだった。

表面の金属板には細かな傷、管にも錆があるので、それなりの年数を経ているのだろう。

この大きさのものは、父の作ではない。

「出るのは水だけ……温度調節も一切利かないから、火の魔石が外れているか、魔導回路が切れているか……」

実際に動かして確かめた後、その場に来てくれた子供達に聞き取る。

帰りの時間の関係などで、一部の子が夕食後の入浴となった、その時に水しか出なくなっていたのだという。

聞き取っていくと、最近、お湯になるまで時間がかかったり、ぬるかったりしたことがあったという話も出た。

どうやら、季節のせいばかりではなかったらしい。

そこからは、メーナとドナを助手に、給湯器を点検することになった。

水をかぶったりする可能性もゼロではないので、子供達には部屋に戻ってもらうことにする。

左側の蓋を開けると、魔石の交換部が見えた。

大人数の救護院のため、火と水の魔石が直列つなぎで三つ、それが三段ある。

こちらは特におかしいところは見つけられず、魔石もしっかり止まっていた。

となると、右側に魔導回路があるはずだ。

そう思って蓋を見ればネジ止めがあった。

メーナに工具を持ってきてもらい、ネジを外すが開かない。

結局、ドナに力ずくで蓋を開けてもらうことになった。

ギシギシと高く鳴くあたり、どれだけ点検をしていなかったのか、子供達がいるのに危なすぎるだろう、その思いで、つい質問してしまう。

「モルテード様、点検業者はどちらでしょうか?」

「こちらは中古で下げ渡していただいたものなので、特に……ロセッティ殿?」

申し訳ないが、貴族の二分の笑みどころではない。

表情 ( かお ) が作れない。

それでもなんとか表情筋を整えて願う。

「給湯器は一年一度の内部点検が推奨されています。多くの子供達がいるところでしたら、安全のために業者へ依頼をお願いできればと思います」

「わかりました。来期の予算に必ず組み入れます」

話がわかる方でよかった、そう思ったとき、ガコン! と、大きな音が響いた。

「ロセッティ会長、開きました」

ドナに礼を言って、ダリヤは内部の魔導回路を見る。

救護院の魔導ランタンを借り、火の魔石につながる部分を辿ろうとし、その途中で目が留まった。

あと、動きも止めてしまった。

中央で黒く焦げついた線――

一度、二度、三度見て、唸りそうになる。

けれど、何とか言葉に変換した。

「なんて適当なことを……」

太く、まっすぐ、それこそが効率! そう思って、いや、それしか考えずに設計したとしか思えない。

引き出した魔力を一本の回路へ流し込み、ゆとりもなければ、過負荷時の迂回線もない。

魔石は必ずしも一定の魔力を供給するとは限らない。

魔力が満タンの魔石とぎりぎりしかない魔石では違う。

しかも、一緒に使う魔石なので干渉する。

だから、安全のためにゆとりや迂回線を組むべきなのに、それを解決しようとして、厚みのあるミスリル板を使用したのだろう。

これが銀や鋼ならとっくに駄目になっていたはずだ。

さらに目で回路を追ううちに、胸の奥、苛立ちがスライムの分離のごとく増える。

魔石は三段別なのだから、魔導回路を一本ではなく三本にすれば負担の問題はなかったものを。

いや、もしかしたら短い納期などの制約があったのかもしれないが、せめて二本にするぐらい――

「あの、会長、もしかして、もう使えませんか……?」

「いえ! 直せます、直します!」

小型の給湯器なら何百台も作ってきた。

こちらは大型とはいえ、回路は読みやすいし、ミスリルの台である。

不要回路を引き剥がして、ゆとりと過負荷時の迂回線を入れて再度引けばいい。

頭の中で回路図を組み上げつつ、ダリヤはモルテードへ願う。

「私の学びのため、こちらの給湯器の修理をさせてください」