615.給湯器の修理
615.給湯器の修理
・魔導具師ダリヤ15巻通常版・特装版 発売
・オーディオブック13巻 配信
・駒田ハチ先生、ファイングラフ予約中
・コミック『服飾師ルチアはあきらめない 7』12月18日発売予定
どうぞよろしくお願いします!
メーナが浴室へ机と椅子を運んできてくれたので、ダリヤはありがたく使わせてもらうことにした。
スケッチブックを広げ、仕様を確認、安全計算を始める。
院長先生は子供達の監督があるので、こちらは任せてもらうことにした。
「ドナさん、水と火の魔石を全部外してもらえますか?」
「任せてください。それなら俺にもできますから」
作業の助手を引き受けてくれたのはドナである。
スカルファロット家で、魔導具師であるコルンの手伝いをすることがあるので、魔石や素材の扱い方もある程度わかるそうだ。
今日、彼がいてくれてよかった、ダリヤはそう思いつつ、金属ペンを進める。
給湯器の魔導回路は目を閉じてもわかるほど見慣れているが、今回の設計は別である。
油断はできない。
「会長、お持ちしました!」
「ありがとうございます、メーナ」
彼は机の準備を終えた足で、馬車へ工具箱を取りに行ってくれた。
そこからは三人で作業を始める。
「次は――右の蓋を外していいんですよね?」
「はい。丁番も錆びていますから、一度外したいです」
蓋を完全に外してもらうと、魔導回路がはっきりとよく見えた。
魔導回路用のミスリル板は、左右二枚をぴったり合わせた形。
左には火と水の魔石が直列つなぎで三つ、それが三段並ぶ。
火と水の魔力はまとめて一本ずつ、太くまっすぐに引かれ、右の板につながる。
じつに無駄がなく、わかりやすく――危ない。
実際に右の板の中央、魔導回路の一本が黒く焦げついている。
負荷がかかっても、魔力の逃がしがなかったからだ。
この線が火の魔石からのものだから、まだよかった。
もし、水の魔石からのものが止まり、必要以上に熱いお湯が子供達にかかっていたら――考えるだけで恐ろしい。
近くにこの魔導回路の設計者がいたら、たとえ年上であろうと抗議するくらいはしていたと思う。
給湯器男爵――それが父カルロの二つ名であり、その開発の思い出もたくさんあるのだ。
「会長、やっぱり直すのは難しいですか……?」
メーナに恐る恐る尋ねられた。
自分がいろいろと考えてしまっていたからだろう。
部下を心配させるわけにはいかないし、子供達にはしっかりお風呂に入ってほしい。
ここはきっぱり切り換えよう。
「大丈夫です、メーナ」
ダリヤは笑って答えると、袖をまくった。
ドナがすかさず隣に来て、工具箱を開いてくれる。
「ロセッティ会長、この黒いところを直すんですよね?」
「はい。でも、ここだけ直しても、また同じ場所か、近くで同じように傷みます。魔力負荷がかかってしまいますから」
火の魔石と水の魔石から伸びる回路が一本では、一か所へ負担が集中したときに危険だ。
魔石から流れ出す魔力はいつも同じ量ではない。
新しい魔石と使い込んで残りが減った魔石では、流れに差が出る。
複数の魔石を使う魔導具では、なおさらだ。
「次は、左の板は外さないで、右だけ外す、で、いいんですよね?」
「はい。こちらの板の回路だけ、全部引き直したいので」
魔石を置いている板の方は問題ない。
本音で言えば心配なのでそちらの部分も引き直したいが、己の魔力では足りない。
よって、右だけでの調整だ。
ダリヤは工具箱の底から薄いミスリル板を取り出す。
先日、セラフィノから余り素材だともらったものだ。
試作にでも使ってくださいと言われたが、ちょうどよかった。
「会長、それ、薄くないです?」
「魔力の流れを一カ所に集中させませんから、この厚さで大丈夫です」
ダリヤはスケッチブックの上で、左から一本で流れてくる回路を三本へ分ける。
その上で、火の魔石につながるものは、さらに三本に分ける。
本数は増えるが、単純な作りだ。
「ずいぶん細くなりますね……」
ドナがスケッチブックの設計図とミスリル板を交互に見る。
魔導回路はあまり見慣れていないのだろう。
「普通ですよ。遠征用コンロと同じくらいです」
「会長、細い線を増やすと安全になるんですか?」
「ええ、火の魔石から予定以上の魔力が流れたら、ここが先に切れます」
「切れたらまずいんじゃないです?」
怪訝そうに尋ねるメーナに、ダリヤは細い回路を指し示す。
「この三本のどれかが切れれば、火の魔石からの熱が弱まるので、お湯がぬるくなります。それで修理が必要だとわかります。魔石や魔導回路に問題が起きても、熱いお湯で火傷をするようなことはありませんし、突然水になることもありません。そうすれば、火傷も風邪も避けられるかと思います」
「なるほど!」
壊れづらい魔導具はあっても、壊れない魔導具はない。
壊れるときの危険を抑えるのも、魔導具師の仕事である。
「あと、三本にすると、湯量を増やしたときにぬるくなりづらいです。皆が一斉にお湯を使い、シャワーを浴びても、温度が変わりづらくなります。限界はありますが――」
「それ、子供達がとても喜ぶと思います! 熱くなったりぬるくなったりのお湯は当たり前だと思ってましたから」
目を輝かせたメーナにうなずき、ダリヤは椅子に戻った。
あとは新しいミスリル板へ回路を刻むだけである。
「ん?」
メーナが入り口を振り返る。
いつからいたのか、脱衣所のドアの隙間から、子供達がこちらを覗いていた。
修理まで待ちきれなかったのだろう、時間がかかって申し訳ない。
「皆、邪魔しちゃ駄目だぞ」
メーナの言葉に対し、三人の子供達はおずおずと答える。
「ここから見てちゃ駄目? 給湯器が直るのが見たくて……」
「私も魔導具が直るとこ、見たい……」
「給湯器の中身が知りたい……」
その目は真剣である。
もしかしたら未来の魔導具師や職人達かもしれない。
ダリヤは作業前の緊張を抑え、笑んで答える。
「安全確保が大事なので、そこからならドアを開けて見ていいですよ。メーナ、付き添ってあげてください」
「ありがとうございます、会長!」
メーナが彼らの横についたので、魔導回路を引きはじめる。
右手の人差し指と中指で魔力を練り、左から右へ、一本、二本、三本。
回路線同士が近づきすぎないよう等間隔が基本、ただし、火の魔力の方が水の魔力よりやや間を開けて、線はすべて均一に。
地味ではあるが、魔力の強弱なく魔導回路を引くのは、魔導具の安全には大切なこと。
父の教えを思い出しながら、ゆっくりと引き続けた。
ひたすらに作業をしていると、時間が飛ぶ。
ようやく終え、二度確認し、問題ないと判断したとき、こめかみから汗が流れた。
魔石の数が多いので、ダリヤには余裕のない付与だ。
子供達の手前、もっとスマートに仕上げたいところだが、安全性のほうが大切である。
「できました。ドナさん、設置をお願いできますか?」
「お任せを、ロセッティ男爵」
子供達がいるせいか、ドナは神妙な 表情 ( かお ) で手伝ってくれた。
右側に魔導回路の板をはめこむと、左側に外していた魔石を戻す。
それを見ながら、ふと、お湯を送り出す管との接続部が目に入った。
ちょっと角度が付きすぎている気がする。
「もしかすると、管も変えたほうがいいのかも……」
「こっちも変えます?」
「いえ、管は専門外ですから、後で職人さんに相談します」
幸い、職人にアテはある、そう考えていると、強い視線を感じた。
いや、ずっと注がれていたので、気づいたと言うべきだろう。
子供達が、思いきりきらきらした目をこちらに向けている。
あと、メーナもかつてないほど目を輝かせている。なぜだ。
彼の手が少し上がっているのは、自分も作業をしてみたいからかもしれない。
「ええと……ここからは、メーナと皆さんにも手伝ってほしいです。この蓋を磨いてもらえますか?」
「「はいっ!」」
一気に増えた助手達が、中に入ってきて、丁寧に蓋を磨きだす。
それを横に、ドナがそれまで付いていた厚いミスリル板を手にした。
「ロセッティ会長、これはどうします?」
「救護院のものですから、このままモルテード様へお渡ししましょう」
魔導回路を引き剥がすのに魔力はいるが、ミスリルはお高いので、それなりの金額にはなるはずだ。
「磨きました!」
蓋はピカピカになったので、こちらも取り付けてもらう。
そして、子供達には申し訳ないが、安全のため、再度、脱衣所まで下がってもらった。
「試します――」
ダリヤがそっと蛇口を開くと、管を通る液体の音がし、すぐにお湯が流れてくる。
ぬるめから適温までは、ほとんど時間がかからない。
「しばらく出しておきますね」
蛇口を全開にし、浴槽に湯を張りはじめる。
手を伸ばして確認するが、温度は安定しているようだ。
浴室はたちまちに白い湯気で満たされていく。
湯を出したまま、壁際のシャワー四台も試す。
こちらも問題なくお湯が出た。
急に熱くなったりぬるくなったりもしない。
ただし、これで安心してはいけない。
シャワーと蛇口はしばらく全開にして待つ。
そして、浴槽がいっぱいになったところでお湯を止め、魔導回路の板を外して両面確認、異常がないことを確かめた。
「これで修理完了です」
そう言ったダリヤは肩の力を抜こうとし――歓声に耳を打たれた。
「すごい! 直しちゃった! お姉ちゃん、かっこいい!」
「魔法、とってもきれいだった!」
「給湯器の中身ってああなってるんだ、すっごく面白い!」
「僕も最初から見たかったっ!」
脱衣所に子供達がみっちりと増えていた。
ダリヤは気恥ずかしく、それでもちょっと誇らしくもある。
無事直せて、本当によかった。
「メーナ兄ちゃん! やっぱりその人を捕まえないと!」
「そうだよ! ここは本気で!」
「お前達! 次に言ったら口に梱包用テープを貼るぞ!」
わあわあと騒がしくなる中、ドナが歩み寄ってくる。
白い湯気で見づらかったせいか、自分の近くに来ると慌てて口を開いた。
「うわ、すぐ着替えを届けさせますので! 風邪をひかないように――」
上着の袖先とスカートの裾、長靴下、あと、おそらく髪も少し濡れている。
確認中に水が跳ねたからだ。
けれど、それほどの量でもない。
「少しだけです。すぐ乾きますよ」
ダリヤは自分のハンカチを髪に当て、笑って答えた。
・・・・・・・
子供達が入浴を再開するので、ダリヤ達は客室へ戻る。
そこでは、モルテードが熱い紅茶を用意して待っていてくれた。
「ロセッティ殿、このたびはありがとうございました」
「いえ、無事に動いてよかったです」
そう答えた後、勧められた紅茶に口をつける。
じんわりとした熱が内に通るのを感じながら、ようやく一息つく。
そこで、給湯器の魔導回路の焦げ跡を思い返した。
人様の家の備品に物申すのは申し訳ないが、どうしても気になる。
何より、もし他にも同じ給湯器があり、事故が起きてからでは遅い。
「モルテード様、失礼とは存じますが、あの給湯器はどちらで購入なさったものでしょうか? 安全確認のため、お教え願えませんか?」
彼は特にためらう様子もなく答えた。
「購入したものではありません。ザナルディ公爵家から下げ渡されたもので、もう十年近くになりますでしょうか。以前使っていたものが壊れた際、新しく購入するには納期も予算も合わず、そこへあの給湯器を頂いたのです」
「その時に、点検の説明などはありませんでしたか?」
「特になかったかと思います」
ダリヤはそこで質問を打ち切った。
子供達のために今すぐ給湯器を必要としていた救護院。
使わなくなった給湯器を譲ったザナルディ公爵家。
親切であり、美談である。
もしかすると、譲った方は魔導具には詳しくなかったのかもしれない。
ザナルディ家当主のセラフィノは、この件を知っているだろうか。
一族の誰かが行ったことで、王城住みの彼が知らないということもありえる。
失礼は承知だが、面会をお願いして尋ねてみよう、そこまで考えたとき、モルテードが自分の名を呼んだ。
「ロセッティ会長。本日の修理代について、まず金貨一枚をお支払いさせてください。失礼ながら、不足額については、外したミスリルの板を店で買い取りに出してから、それでも足りない分は分割でお願いできればと考えております」
「いえ――」
無償でいい、と言いかけ、喉で止めた。
子供達の生活費、備品、建物の補修費用など、救護院での経費は多い。
寄付に頼っている面も大きいのだ、そこから修理代を受け取りたくはない。
だが、魔導具師として正規の仕事をした以上、対価を受け取らないのは駄目なことも学んだ。
まして、相手は誇り高い子爵である。
イヴァーノから、寄付に関しては会長の自由でいいと言われているが、ここでそうしたら気を使わせそうだ。
ダリヤは必死に考える。
自分は魔導具師だが商会長。
そしてここは救護院だが、メーナの実家でもある。
それをつなぎ合わせ、寄付の理由を作ればいい。
「モルテード様、本日の修理はあくまで応急処置です。ですから、改めて、当商会で大型の給湯器を作らせてください。今日の修理代も含め、その大型給湯器をこちらへ寄付させていただきます。その代わり、年末の寄付金名簿に、ロセッティ商会とメーナ、いえ、メッツェナ・グリーヴの名前を載せて頂けないでしょうか?」
モルテードが薄茶の目を見開いた。
『会長っ!』というメーナの叫びは聞こえなかったことにする。
「しかし、それではロセッティ殿の負担が大きいでしょう。それにメッツェナの名とは?」
そう言われるのは織り込み済みである。
ダリヤはきっちり背筋を伸ばし、貴族の二分の笑みを浮かべた。
「モルテード様、これは宣伝です」
「宣伝、ですか?」
「はい。ロセッティ商会は昨年立ち上げたばかりです。モルテード救護院へ大型給湯器を寄付したとなれば、商会と大型給湯器の良い宣伝になります。それに、商会が商会員のメッツェナと共に『家』を応援する形です。我が商会に若くして活躍している商会員がいる、商会はその家も応援するとなれば、今後、いい人材が集められます。ですから十分な利益があります」
最後のほうは声が上ずってしまう。
しかし、気合いで二分の笑みで言い切った。
商会員は第二の家族、この救護院はメーナの実家、いわば親戚。
こじつけとも言えるが、親戚への助力ならおかしくはないはずだ。
「会長……いや、会長らしいんですけど、とてもありがたいですけど……」
向かいのソファーから、いろいろと混ざったメーナの声が聞こえる。
反論はないようなので、このまま押し切らせてもらうことにする。
あと、ダリヤは視線をモルテードに固定したままである。
でないと二分の笑みが崩れそうなのだ。
「わかりました。ありがたくお受け取りいたしましょう」
モルテードが浅くうなずき、同じ貴族の二分の笑みで答える。
ダリヤは、内でほっとしつつも、自分からも感謝の言葉を告げた。
これで無事に乗り切った!
自分も少しは貴族らしい対応ができたのではないか、そんな安堵を隠しつつ、再び紅茶に口をつける。
向かいのドナが両目を片手で押さえていたが、ダリヤの気づくところではなかった。
「ロセッティ殿」
帰り支度を整え、玄関まで来たところで、モルテードに呼び止められた。
すでに夜、その後ろに子供達の姿はない。
「はい、何でしょうか?」
「メッツェナを、どうぞよろしくお願いいたします」
子爵家当主である彼が、父親のように頭を下げる。
ダリヤは一瞬固まり、ついメーナを見てしまう。
彼は慌てつつも、家庭訪問を受ける生徒のよう、なんともいえない 表情 ( かお ) をしていた。
「はい。メッツェナをお預かりすることを—――」
モルテードにまっすぐに向き、返事をしようとする。
貴族の礼儀を考えれば、『お預かりすることを光栄に思う』、そう続けるべきだろう。
けれど、その言い方はどうにも馴染まず――必死に探した言葉で言い替える。
「いえ、メッツェナと仲間として働けることを、うれしく思っております」
モルテードは一瞬だけ目を細め、整った貴族の笑みで応えた。
・・・・・・・
帰りの馬車はスカルファロット家の御者ソティリスによる運転、乗客はダリヤとメーナ、ドナの三人となった。
しばらく進んだところで、向かいのメーナが口を開く。
「会長、今日は本当にありがとうございました。何かお礼をさせてください。俺が渡せるものなんて、限られてますけど」
「メーナにはしっかり働いてもらっていますから、それで十分です」
心からそう答えたが、部下は不満そうに返す。
「うれしいお言葉ですけど、それはそれ、こちらはこちらなので……あ! そのうち下町の飲み屋で酒をおごらせてくれませんか? もちろん、ヴォルフ様も一緒に。最近、マルチェラさんと飲みに行けないんで」
マルチェラは子育てで忙しい。
ヴォルフも下町に飲みには行けていないだろう。
ここはメーナの提案に乗るのがよいかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
「俺も混ぜてください!」
メーナの隣、ドナが勢いよく右手を挙げた。
「話の邪魔はしませんし、店探しでも荷物持ちでも、何でもしますから!」
いつもながらの彼の勢いに、ダリヤはどうしても笑ってしまう。
メーナも深くうなずいた。
「もちろんです! ドナ様にもしっかりおごれるように、貯めておきます」
「あ、俺は払いますよ! 酒の席に混ざりたいだけなんで」
「いえ、ドナさんにもお世話になっているので、ぜひおごらせてください」
「うわー! うちにこんなかわいい後輩欲しいわー! 譲ってくれませんか、ロセッティ会長」
「譲りませんからね、ドナさん」
「時々でいいから貸してくださいよー」
軽口を交わしあった後、二人が下町の店について話しはじめる。
ダリヤはその会話を聞きながら考えた。
メーナに酒をおごってもらうとしても、最初の一杯だけにしておこう。
ヴォルフもドナも一緒なら、なおさらだ。
三人分を払わせたら、メーナの財布が軽くなりすぎる。
と、向かいの彼が水色の目で自分を見た。
言わずとも気づかれたらしい、その口角がきれいに吊り上がる。
「皆さん、いけるクチなのは知ってますから、しっかり貯めておきます!」