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138.市役所攻防戦 その6

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138.市役所攻防戦 その6

「そう言えばニッシー、よかったの? おにーさんを先に行かせて」

「構わないよ、元々ティタンが現れた場合、クドウさんにはそっちを優先して貰うつもりだったからな」

殺虫剤を構え、西野は引き金を引く。

目の前に居た十を超える蟻たちが苦痛に呻く。

「いや、でもさー、こっちを片付けてからでも良かったんじゃない?」

だってほら、と六花は鉈を振り回しながら続ける。

「 偶然 ( ・・ ) 中央の天井が崩れて、蟻の半分近くが潰れたんだよ。女王蟻もなんか動きが鈍くなってるし、これならこっちを先に仕留めてちゃってからでも……」

「……そうだな。そうかもしれない」

「……?」

歯切れの悪い西野の物言いに、六花は違和感を覚える。

確かに突撃の前に『偶然』にも天井が――しかも中央部分だけが崩壊し、大多数の蟻達がそれに巻き込まれて死んだ。

おまけに中央に居た女王蟻アルパは、天井から漏れてきた『謎の液体』を浴びて瀕死の重傷。

自分達にとってこれ以上ない程の『幸運』が重なっていると言えるだろう。

「―――本当にそれが偶然ならな」

「えっ?」

西野は手に持った槍で迫りくる蟻を刺し殺す。

レベルアップを告げるアナウンスが鳴り響く。

「……ったく、なんて不器用な人だ」

『偶然』天井が崩壊し蟻が巻き込まれ、『偶然』にも『殺虫剤の原液』が女王蟻に降り注いでダメージを負わせるだって?

(そんな偶然、あるわけないだろうが)

上手く誤魔化してたようだが、彼は見た。

崩落の寸前、カズトがじっと天井を眺めていた事を。

都合よくガチャで当てたと言っていた大量の殺虫剤、それにこれまでの行動。

そこから彼がどんなスキルを隠しているのかは想像がつく。……隠しておきたい理由も。

「……根こそぎ野郎、か」

ふっと西野は笑う。

「えっ? 何か言ったニッシー?」

「何でもない。ただ……何がどこでどう転ぶかなんて誰にもわからないと思っただけだ」

少しだけゆるんだ表情を引き締め、西野は前を見つめる。

「ともかく早く片付けるぞ。お前だって本当は早く 彼女 ( イチノセ ) の下に向かいたいんだろ?」

「ッ……あ、あったり前じゃんっ!」

六花の瞳が赤く染まり、纏う雰囲気が変わる。

彼女のスキル『狂化』だ。

「行っくよおおおおおおおおおお!」

何の恐怖も無く、彼女は蟻の群れへ飛び込んだ。

そして同時刻、市役所付近――。

(よしっ! 奇襲は成功だ!)

内心ほくそ笑みながら、俺はティタンを見つめる。

その額には巨大な『穴』が開いていた。

今しがた、俺が 破城鎚 ( パイルバンカー ) で開けたものだ。

そこから大きくヒビが広がり、顔全体を覆っている。

(しかし……とんでもない威力だな)

無意識に、俺は右手に備え付けた 破城鎚 ( パイルバンカー ) を撫でる。

ごつごつとした無骨なデザインに、先端部分から覗く直径一メートル近くある極太の『釘』

―――『一之瀬スペシャルver00改 漢浪漫号』

正直、ネーミングセンスは壊滅的だが、その威力は本物であった。

二日前、一之瀬さんはガチャで『武器職人』を当て、一番最初に創り上げたのがこの 破城鎚 ( パイルバンカー ) だった。

造れる武器の中で一番強力で、且つ俺がアイテムボックスに持っていた素材で作る事が出来る武器だったからだ。

一発撃つごとに極小魔石×10、MP20を消費するという、とんでもなく燃費が悪い武装だが、その分威力はご覧のとおり。

では、そんな強力な武器をなぜ今まで使わなかったのか?

その理由は至って単純だ。

――反動があり得ないくらいに凄まじいから。

一発撃つだけで凄まじい反動が全身を襲うのだ。

それこそ全身を引き千切られるくらいの。

分身を使って試したのだが、打った瞬間分身が破裂した。

つまり俺が使えばそうなってしまうという事だ。

おまけに『影』や他のスキルによる補正が出来ない分身では碌に狙いもつけられず見当違いの方向に当たってしまうため自爆特攻としても使えない始末。

せっかく作ったのにアイテムボックスの肥やしとなり、一之瀬さんもしょんぼりしていた。

それを解決したのが、キキの『反射』だ。

キキの反射を事前に肉体にかけて撃てば、 破城鎚 ( パイルバンカー ) の反動も反射してくれるのだ。

もっと正確に言えば、その反動も威力に上乗せされて撃ち出す事が出来る。

ノーリスク、超高出力。

キキの加入は、正しく俺たちにとっての光だった。

「手は緩めない……キキ、頼むっ!」

「きゅー」

モモの『影』を伝い、俺の方に移動したキキは即座に『反射』と『 支援魔法 ( バフ ) 』を俺にかける。

淡い光が包み込むと同時に、俺はアイテムボックスに武装を収納し走った。

走る時はこっちの方が速いからな。

ゴーレムの脚の下を潜り抜け、真後ろに。

「――『壁面歩行の術』」

ゴーレムの体を走り、その後頭部へ。

即座に 破城鎚 ( パイルバンカー ) を再武装。

「発射ッッ!」

ティタンの後頭部に巨大な釘が打ちこまれる。

反射の膜が光り、破城鎚の反動がそのまま加算され、凄まじい威力となって発射される。

「ルォォ……ォォオオオオオオオオオオンンンンッッ!!」

苦痛にのたうつティタン。

「モモッ! 今だッッ!」

「わんっ」

『影』を伝い、モモが姿を現す。

そして、思いっきり息を吸い込み――『吠えた』。

「ワォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」

ビリビリと大気を揺るがす咆哮が周囲一帯を覆い尽くす。

レベルアップを経てパワーアップしたのは『影』の性能だけじゃない。

モモの『叫び』も以前よりも威力を増しているのだ。

そしてこの『叫び』が最後の仕上げだ。

ビキビキとティタンの全身にひび割れが広がる。

一之瀬さんはただ闇雲に撃っていたわけではない。

事前に俺が『急所突き』で見極め、綿密に『予測』を行った衝撃の伝わりやすい箇所を狙って撃ってもらってたんだ。

一箇所、一箇所では特に致命傷には成りえない。

だが 破城鎚 ( パイルバンカー ) による前後からの攻撃と、モモの叫びによって蓄積されたダメージは加速度的に増幅する。

バラバラだった亀裂同士が繋がり大きな波紋を生み――それはやがて巨大な岩を崩壊させる。

「ルゥォォオ……オ、ォォオオ……」

もはやボロボロとなったティタンが最後の力を振り絞り拳を振り上げる。

だが、その瞬間、腕が折れた。

次に右足。

バランスが取れなくなり、ティタンは前のめりに倒れる。

顔の部分がボロボロと崩壊し、口の奥底にあった『ソレ』をのぞかせる。

それはスイカほどの大きさもある巨大な丸い岩だ。

おそらくはアレがティタンの『核』だ。

「……ルゥゥオオオ……」

忌々しげにティタンは俺たちを睨み付ける。

その迫力は凄まじいが、感じる力はもう殆ど残ってはいない筈だ。

先程倒れた瞬間、ヤツの力が急激に減少するのを感じた。

だが、念には念を。俺は片手を上げる。

その瞬間、ティタンの『核』が砕け散った。

一之瀬さんによる狙撃だ。

その瞬間、ティタンの全身が完全に崩れ落ちる。

岩の山、その中心部には拳大の紫色の魔石が残された。

「ぷはぁー……」

俺はその場にへたり込む。

終わった……ようやく。

「わんっ」

「ははっ、モモもお疲れ」

ペロペロと顔を舐めてくるモモを優しく撫でる。

ああ、この感覚こそ至高。

「キキもお疲れ。お前が仲間になってくれて本当に助かったよ」

「きゅー、きゅきゅ~♪」

モモに負けじとばかりに、キキも体を擦りつけてくる。

はは、可愛い奴め。

「あ、そうだ。モモ」

「わんっ」

俺の言いたい事を汲んだのか、モモは『影』に潜る。

そして数秒後、再び一之瀬さんと共に影から現れた。

「一之瀬さん、お疲れ様です」

「クドウさんこそ、お疲れ様です」

ぺたりと、一之瀬さんは俺の隣に座る。

肩と肩が触れ合う。

「……少し休んだら、西野君たちの方へ向かいましょう。向こうもまだ戦っている筈ですから」

六花ちゃんにはアカの分身体を取りつかせている。

それを 座標 ( ポイント ) に、モモの『影渡り』を使えばすぐに駆けつける事が出来るはずだ。

「そう、ですね……」

「……もしよければ一之瀬さんはここで休んでいても良いんですよ?」

キキの『反射』には回数制限がある。

俺の 破城鎚 ( パイルバンカー ) の為に、彼女にはキキの『反射』を我慢して貰った。

正直、彼女の体はもう限界の筈だ。

「いえ、行きます。行かせてください……」

だがその目はまだ死んでいなかった。

おそらくは六花ちゃんの為だろう。

彼女の力に成りたいのだ。

「分かりました。ああ、でも先に魔石は回収しておきましょう。それとティタンの破片も」

今回のMVPはキキだし、魔石はキキにあげようかな。

そう言えば、一之瀬さんはどのくらいレベルが上がっただろうか?

俺に経験値獲得のアナウンスが流れなかったって事は、彼女の方に経験値が行ったって事だろうし……。

ああ、悔しいけどまたレベル差が開いちまったなぁ……。

「あ、そう言えばクドウさんはレベルどれだけ上がったんですか? 私の方はアナウンスが流れてこなかったんですけど、かなり上がったんじゃないですか?」

「――――え?」

不意に、一之瀬さんが、そんな事を言った。

一方その頃、地下街にて――。

「よしっ! 押し切れ、このままいけば俺たちの勝ちだ!」

「「「おおおおおおおおおっ!」」」

西野たちは女王蟻とその配下の蟻たちを相手に奮戦していた。

既に兵隊アリは当初の二割程度まで数を減らし、女王蟻アルパも片腕を失い痛々しい姿となっていた。

「順調ね」

「ええ、ですが油断は禁物です。清水さんたちの方はあとどれくらい残ってますか?」

「マグナムブラスターが二本と燻煙式が四つね。少々心もとないけど、残りはスキルでカバーするわ」

「では、清水さんたちは右側から。俺たちは左から攻めます」

「分かったわ。みんな、これが最後の攻撃よ! 気合を入れなさい!」

お互いを鼓舞し合い、カバーし合い、西野たちは戦いを有利に進めてゆく。

互いに群れを成す生物同士の戦い。

一方に勢いが付けば、その趨勢はどんどん傾いてゆく。

「ギィ……ギギギィィ……」

「キ、キィィ……」

その勢いに押されて、蟻達の動きが明らかに鈍くなってゆく。

「ギィ……」

そんな中、女王蟻はその光景を見つめ、突如として叫び声を上げた。

「ギィィィィイイイイイイイイイッ!」

「な、なんだ? 奴ら、急に動きを変えたぞ?」

「気をつけろ、何を仕掛けて来るか分からん!」

その声に応じる様に、兵隊アリたちは、一斉に女王蟻の下へと集まり始めた。

その中央で女王蟻アルパはゆっくりと片腕となった鎌を振り上げる。

「ギギャ」

その鎌に貫かれ、一匹の黒蟻が絶命する。

もう一度鎌を振り上げ、次の蟻を殺す。

更に牙を突き立て別の個体を噛み砕いた。

「な、何だアイツ、仲間を喰ってるぞ?」

「いや、それだけじゃねえよ、アイツ手当たり次第に仲間を殺してやがる」

「何考えてんだ……?」

「知るかよ、モンスターの考える事なんざ。ともかく同士討ちしてくれてんなら大歓迎だ、このまま一気に決めちまおう!」

「「おうっ!」」

その光景を西野も見ていた。

(同士討ちだと?そんな事をして何になる?)

この状況で一体何を考えているのか?

所詮はモンスター、畜生の類か。

(……いや、待て、仲間を……『同族』を殺す?)

まさか、と。

西野はすぐに『その考え』に至った。

「ッ……それ以上ソイツに殺させるな! 急いで仕留めるんだ!」

「えっ?」

誰もが怪訝そうな表情を浮かべる中、いち早く反応したのは、やはり六花だった。

彼女も西野と同じ予測を立てたのだろう。

疾風の如きスピードで、六花は女王蟻に迫る。

当然、蟻達はこれを邪魔しようとする。

「『蟻共!その場を動くなあああああああああああああ』!」

西野の『命令』が発動する。

兵隊アリたちの動きが一瞬止まる。

六花は静止する蟻達の頭を踏み越え、一気に跳んだ。

(早く……早くっ!)

モンスターを倒せば経験値が手に入る。

だが、なにもその法則は、人間だけに当てはまるものではない。

動物だって、昆虫だって、そして――モンスターにだってその法則は当てはまるのだ。

「やあああああああああああああああっ!!」

六花の刃が女王蟻に突き立てられる。

ぶしゅっとその異様に膨らんだ腹部からドロドロの体液が溢れ出す。

「やった……?」

「ギ……シッ」

そして、ほぼ同時に―――女王蟻の牙が、一体の兵隊アリの体を食いちぎった。

その瞬間、女王蟻の体から光が溢れた。

「ッ!?」

「下がれ六花!」

傍に居た蟻を踏み台にして、六花は後方へとジャンプする。

まばゆい光が周囲を包み込む。

時間にして僅か数秒――静寂と共に暗闇が戻る。

「何、あれ……?」

先程まで女王蟻が居た場所には、巨大な腹部だけが残されていた。

どくん、どくんと脈打ち、胎動している。

「なんだかよく分からんが、その前にケリを付けてしまえばいいだろうが!」

市役所の職員の一人が駆け出し、槍を突き立てる。

そして、その瞬間、あっさりと彼の首が落ちた。

「――ぁ?」

彼は地面に落ちるその瞬間まで、何が起きたのか分からなかったのだろう。

ごろりと地面を転がるソレを、ぐしゃりと『何か』が踏みつけた。

風船が弾けるように、残された腹部が弾け飛ぶ。

ドロドロとした体液がまき散らされ、その中から一体のモンスターが現れる。

それは物語に出てくる女性の上半身を持つ蜘蛛の魔物―――アラクネの様な姿をしていた。

美しい女性を思わせる上半身。

無機質でありながら見る者を魅了する美貌と、その起伏にとんだラインはアリ特有の無機質な甲殻で覆われていた。下半身は昆虫の蟻そのままにより禍々しい姿となっていた。

その体長は二メートルを優に超え、感じる威圧感は先ほどまでとは比べ物にならない。

誰もが目を奪われる中、ゆっくりと『彼女』は口を開く。

「―――ィィァ……ァァ、ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

そして女王蟻アルパは、新たな自分の誕生を祝福するかのように高らかに産声を上げるのであった。

「―――経験値は一之瀬さんが取ったんじゃないんですか?」

「? 違いますよ? クドウさんに入ったんじゃないんですか?」

「え……?」

俺は一之瀬さんの言っている事が理解出来なかった。

だが冗談を言っている様には見えない。

とにかく、先に魔石と瓦礫を回収してしまおう。

瓦礫の中からティタンの魔石を拾い上げる。

やはりネームドだけあって、その魔石はかなり大きかった。

紫の魔石はずっしりと重く、手の中でその存在を主張する。

「え?」

だが次の瞬間、ピキリとひびが入った。

いや、それだけじゃない。亀裂は魔石全体に広がり、あっという間に砕けてボロボロになってしまった。

な、なんだこれ?

「魔石、砕けちゃいましたね?」

「え、ええ……」

どういう事だ?

大して力も入れてなかった筈だけど……あれ?

ふと、思い出す。

そう言えば、昨日藤田さんと移動してた時にもこんな事なかったっけ?

瓦礫の中、これと同じような魔石を拾い上げようとして、あっさりと砕けてしまって……。

「…………」

俺にも一之瀬さんにも、経験値獲得のアナウンスが流れていない。

手に持った瞬間、崩れ落ちた魔石。

「…………まさか」

その瞬間、俺は猛烈に嫌な予感がした。

次の瞬間、ズズンッッ!!と、地面が激しく揺れた。

「ッ……こ、これって……?」

一之瀬さんも表情を変える。

いや、でも、まさかそんな筈……。

『嫌な気配』はますます大きくなる。

心臓が早鐘を打ち、呼吸が不規則に乱れてゆく。

そしてボコボコと地面が隆起し、それはやがて巨大な影を作り出した。

「嘘……だろ……」

そして、俺たちは見た。

ビルと見間違うほどの岩の巨人が再び現れるのを。

それも一体だけではない。

その影は一つ、二つと増えてゆく。

呆然と俺たちはその光景を見つめていた。

揺れが収まる。

そこには『五体』の岩の巨人が立っていた。

現れた巨人たちは、一斉に口を開いた。

咆哮が大気を揺らし、ビリビリと肌を痛めつける。

「ぁ………」

ふざけるな……ふざけるなよ。

万全の準備をしたはずだ。

何度も、何度も西野君や一之瀬さんと話し合った。

全ては、この一戦の為だったのだ。

それが、今―――根底から覆される。

絶望を告げる雄叫びは、終わることなく俺たちの耳に響き続けるのだった。