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195.閑話 狼は牙を研ぐ

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195.閑話 狼は牙を研ぐ

カズトたちとの邂逅を終えたシュヴァルツは町から少し離れた山林に居た。

既に日は落ち、月の光だけが周囲を照らしている。

人であれば足元に気を付けなければすぐに体勢を崩してしまいそうな夜の山道でも、シュヴァルツにとっては関係ない。

むしろその足取りは、普段よりも軽かった。

『――成長シテイタ』

彼が上機嫌な理由。

それは己が敵と定めた人間、そして番の器。

そのどちらも、自分の予想を超えて成長していたからだ。

しかも、あれだけ強くなっていながら、まだまだ伸び代に限界が見えない。

彼らはもっと強くなるだろう。

『ソウデナクテハ面白クナイ』

自然と笑みがこぼれる。

あの時の戦いの続きを、あの時の決着を、互いに最高の状態で着けなければ面白くない。

ああ、滾るではないか。

その瞬間を思うだけでも、これ程までに焦がれてしまう。

それにしても、と思う。

『不思議ナモノダナ』

シュヴァルツは自分の思考の変化に驚いていた。

『進化』する以前は、先の見えない戦いに身を投じるなど考えられなかった。

最優先すべきは生存と、群れの安全。

相手の戦力を見極め、確実に敵を狩り、群れを増やす事こそ、リーダーである彼にとっての存在意義だった。

そんな中で、自分はたった一人の獲物に執着している。

野生の警戒心からくるものではない。

これは明らかに別種のものだ。

『――ダガ、悪クナイ』

不思議と悪い気分はしない。

むしろ心地よくすら感じる。

そんな変化を受け入れ、先に進む事もまた一興。

『サテ……』

山の中を歩き、シュヴァルツは少し開けた場所に出る。

足元の『闇』を広げると、数体のシャドウ・ウルフと、一体のソルジャー・アントが姿を現した。

彼らはシュヴァルツの群れに属する者たちだ。

モモの『影渡り』と同じように、シュヴァルツもまた『闇』を使い、群れの者たちを自由に移動させることが出来る。

但し、その規模、効果範囲はモモのそれとは比べ物にならない。

『首尾ハドウナッテイル?』

「ガウッ! ガウガウ!」

一体のシャドウ・ウルフが答える。

群れの中でもそこそこ頭の良い個体だ。

その返答を聞き、シュヴァルツは満足げに頷く。

彼が群れの者達に命じたのは、彼らのレベル上げだ。

彼らはシュヴァルツに比べ、格段に弱い。というか弱すぎる。

なのでシュヴァルツは自分がカズト達の元へ向かう間、適当にモンスターを狩り、レベルを上げるよう命令していたのである。

『――『進化』シタ者ハ居ルカ?』

「キシッ!キシキシ!」

次に声を上げたのは、この中で只一体の黒色のソルジャー・アントだ。

市街地に巣くっていた女王蟻アルパに従っていた個体だが、運良く生き延び、今はシュヴァルツの群れに属している。

そんな『彼女』は今回の遠征で『進化』を果たした。

見た目こそ、ソルジャー・アントの時とさほど変わらないが、内包するエネルギーは以前に比べ増している。

二対の腕を持つ二足歩行の蟻。種族名は『ジェネラル・アント』と呼ばれている。

『ホウ……良クヤッタ』

「……ッ! キ、キシッ!」

「……グルル」

「ウォーン……」

シュヴァルツに褒められ、彼女は嬉しそうに牙と触角を震わせた。

他のシャドウ・ウルフたちからは嫉妬と羨望の眼差しが注がれる。

それほどまでに、彼らにとってシュヴァルツに褒められることは至上の喜びなのだ。

シュヴァルツに褒められたことをドヤ顔で自慢する黒蟻と、ハンカチがあれば噛み千切ってしまいそうな程にぐぬぬと悔しがるシャドウ・ウルフたち。

そんな眷属たちの様子に苦笑しながら、シュヴァルツは今後の予定を考える。

『フム……』

ここ数日は単独での行動が多かったし、たまには彼らの面倒を見るのも良いだろう。

個としての強さだけではなく、群れとしての強さを高めるのもまた必要不可欠。

連携の強化、各々が状況を把握し、最善を選択する判断力。

まだまだ自分達には足りないモノだ。

よし、とシュヴァルツは頷く。

群れの者たちを導くのもまた、長の役目。

シュヴァルツは彼らに修行を付ける事に決めた。

『ツイテ来イ』

「「「「ウォォォオオオオオン!」」」

「キシッ!」

シュヴァルツに稽古をつけて貰えるとあって、群れの者たちは歓喜に沸いた。

これで自分達ももっと強くなれる。この方の力に成れると。

だが彼らの認識は甘かった。それはもう呆れる程に甘かった。

自分達とシュヴァルツの力の差、そして認識にどれほどの隔たりがあるのかを。

そしてこれが、後に群れの間で語り継がれる『地獄の七日間』の始まりでもあった。

それから数分後、シュヴァルツ達はカズト達が居た町から遠く離れた場所に居た。

『影渡り』の上位スキル『闇渡り』。

自分が一度行った事のある場所に、『闇』があれば、そこに自分の闇を繋げ、自由に行き来する事が出来る強力なスキルである。

『コノ辺リデイイカ』

シュヴァルツは足元の『闇』を広げ、巨大な人型を作り出した。

その大きさはかつてカズト達が戦ったガーディアンゴーレム――ティタンにも引けを取らない。

というか、それを真似て作ったのだから当たり前だ。

シュヴァルツは『闇』を操り、自由自在に様々な物を作り出す事が出来る。

シュヴァルツが主に使うスキルはたった二つ。

『闇』を移動する 力 ( スキル ) と、操る 力 ( スキル ) ――これだけだ。

だがその二つが反則的なまでに強力な力なのである。

「グ……グルルル……?」

「キ、キシシ……?」

突如現れた巨大な闇ゴーレムに群れの者たちは息を吞む。

『デハ、最初ノ修行ダ。『コレ』ヲ倒セ』

「「「「ッ!?」」」」

その言葉に群れの者たちは驚愕する。

『安心シロ。力ハ抑エテアル』

彼らの動揺を瞬時に悟ったのか、シュヴァルツはそう付け加えた。

その言葉に、彼らは安堵する。

群れの者たちもシュヴァルツの修業が過酷であるとは予想していたが、流石にのっけからこれはあり得ない。

おそらくはこの闇ゴーレムの力を段階的に解放し、徐々に自分達の力も上るように調節してくれるのだろう。

流石、我らが長。

ちゃんと自分達の事を考えて――

『ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!』

そう思ったその瞬間、叫び声とも騒音ともつかない大音量を上げて、闇ゴーレムが拳を地面に叩きつけた。

グラグラと地面が揺れる。

噴煙が舞い、数匹のシャドウ・ウルフが吹き飛んだ。

なんとか踏みとどまった黒蟻と、そこそこ頭の良いシャドウ・ウルフはその光景に息を吞む。

土煙が晴れると、そこには直径十メートル程の巨大なクレーターが出来上がっていた。

「「「「……」」」」

しばし呆然と、その光景に目をやるシャドウ・ウルフたちと黒蟻一匹。

シュヴァルツはうんうん、と満足げに頷き、

『ヨシ、ヤレ』

「キ、キシッ!?」

「ワンワンワンッ!」

「クゥーン!クゥーン!」

無理、無理、無理! どう考えても無理! とばかりに彼らは首を振る。

だって、破壊力がおかしいもの!

一体これのどこが『力を押さえている』というのか?

だがシュヴァルツははて、と首を傾げて、

『何ダ? モシヤ、コレデハ弱スギタカ?』

そう言った。

「「「「……」」」」

ここでようやく、群れの者たちはシュヴァルツと自分達の力量と認識の違いに気付いた。

我らが長にとっては、これが普通なのだ。

これでまだ『弱い方』なのだ。

シャドウ・ウルフたちはこれから歩む道の険しさに身震いした。

だが何時までも震えていては何も始まらない。

「ワ、ワォォオオオオオオンッ!」

意を決し、一匹のシャドウ・ウルフが駆けだした。

群れの中でもそこそこ頭が良いと言われたあの個体だ。

趣味は爪とぎ、好きな食べ物は肉(主に臓物系)と水。番い募集中。

「キ、キシッ!」

「ガ、ガルルルルル!」

「ゴアアアアアアアアアアッ!」

それに続くように、黒蟻や他のシャドウ・ウルフたちも駆けだす。

こうなったらもう、やるしかない。

彼らは覚悟を決めた。

決死の突貫だ。

『……』

対して、闇ゴーレムは無言。

その長い腕の先をちょいちょいっと曲げる。

かかってこいやと、言ってるらしい。

というか、このゴーレム、意思があるらしい。石じゃないのに。

「ウ、ウォォォオオオオオオン!」

舐めやがって!

そこそこ頭の良いシャドウ・ウルフは、己の『影』を操作し、一気に闇ゴーレムを締め付ける。

よし、これで動きを鈍らせて――

『……ゴゥ』

だが闇ゴーレムはつまらなさそうに声を漏らす。

ぶちんと、一瞬で影を引き千切った。

え? 今、何かした?

「ワ、ワオンッ!?」

「キシッ!」

動揺するシャドウ・ウルフに、即座に黒蟻がフォローに入る。

左右二対の腕には、それぞれに剣が握られ、絶え間なく斬撃を与えることが可能!

進化したばかりの己の力を存分に――

『……ゴゥ』

「――ギブシャッ!?」

繰り出す前に、ぷちっと闇ゴーレムの足によって潰された。

そりゃそうでしょう。サイズが違うもん。

これだけデカいゴーレムに小さな蟻が何の策もなく突貫すれば、こうなるのは自明の理。

黒蟻はシャドウ・ウルフに比べそこそこ頭が悪かった。

「ワォォォオオオオンッ!」

「ガ、ガウガウ!」

「ガロロロロオオオオン!」

黒蟻がやられた!

なんてことだ!

偶に甲殻で爪とぎさせてくれる良い奴だったのに!

シャドウ・ウルフたちは悲しみにくれた。

『……イヤ、死ンデナイゾ?』

潰される瞬間、シュヴァルツが闇に回収していたのでちゃんと生きている。

だがそんな事、シャドウ・ウルフたちには関係ない。

黒蟻の無念を晴らせ! 敵討ちだ! とばかりに彼らは闇ゴーレムに猛攻を仕掛ける。

だが、力量差は歴然。

碌に連携もとらずに挑んだシャドウ・ウルフたちは一匹、また一匹と成す術なく敗れ、

「ガ、ガゥゥ……」

最後まで残ったそこそこ頭の良いシャドウ・ウルフも遂に気絶した。

開始から僅か三分。

あっという間の全滅であった。

『……』

その光景に、シュヴァルツは絶句した。

まさかこれ程までに彼らが弱かったとは。

シュヴァルツは自分の認識が甘かったと痛感させられる。

もっと厳しくしなければ、彼らは今後生き延びる事は出来ないだろう。

シュヴァルツは心を鬼にして、彼らを鍛え抜くと誓ったのだった。

……一応断っておくが、彼らが弱い訳ではない。

シュヴァルツが強すぎるだけなのである。

そして、二日目。

昨日の反省点を踏まえて、シュヴァルツは少しばかり弱い闇ゴーレムを作成。

大きさも群れの者達に合わせて調整した。

でもそれだけじゃちょっと味気ないかなと思い、数は十体ばかりに増やしてみた。

これならいい勝負になるだろう。

結果――彼らは死にかけた。

三日目。

昨日、一昨日の反省点を踏まえ、シュヴァルツはかなりかなり弱い闇ゴーレムを作成。

大きさも人間サイズにし、数も三体までに限定。

これならば互角の勝負になるだろう。

でもせっかくなので、戦場に罠をいくつか仕掛けてみた。

――全員、もれなく罠にかかって全滅した。

四日目。

もういっそ闇で作ったゴーレムを相手にさせるよりも、モンスター相手の実戦の方がいいのではと思い、シュヴァルツは群れの者たちを連れ、相手を探した。

すると丁度いい感じのオークの群れを発見。

群れの者たちに戦わせたが、中々に連携の取れた動きを見せた。

あの訓練の日々は無駄ではなかったのだと、嬉しさがこみあげてくる。

ただ途中、シュヴァルツがくしゃみをしてしまい、うっかり『闇』が溢れ出してしまった。

結果――闇の濁流に巻き込まれて、群れは壊滅。

ついでにオークの群れも全滅した。

まあ、移動範囲も拡張出来たので良しとしよう。

五日目。

オークの群れ、ゴブリンの群れ、スケルトンの群れを壊滅。

途中、シュヴァルツがなんやかんやして、群れの者たちは死にかけた。

六日目。

オークの群れ、ゴブリンの群れ、猿の群れ、ゴーレム数体と対峙。

やっぱり死にかけた。

しかし死闘を乗り越えた結果、そこそこ頭の良い個体が進化を果たした。

そこそこ頭の良いシャドウ・ウルフは、かなり頭の良いダーク・ウルフへと進化した。

名前はまだない。番い募集中。

そして七日目。

訓練と実戦を幾度となく繰り返し、なんとか群れの者達全員が進化することに成功した。

連携も強化され、お互いの意思疎通も以前とは比べ物にならない程、精密になっている。

まあ、その為にこの一週間で二ケタ近く死にかけたが、それはまあ置いておこう。

『デハ、コレヨリ最終訓練ニ入ル』

「「「「ハッ!」」」」

シュヴァルツは足元の『闇』を操作し、再び闇ゴーレムを作り出す。

その大きさ、強さは最初の日と同じ設定。

『今ノ貴様ラナラバ、倒セル筈ダ。往ケ!』

「ガルルルルルル!」

「キシッ!」

「ウォォオオオオオオオン」

「ガロオオオオオオオオッ!」

群れの者たちは一斉に駆け出した。

互いの位置を把握し、『闇』を展開。

同じ闇で作られたはずのゴーレムを締め上げる。

「ゴァァ……」

七日前は一瞬も動きを止められなかったが、今は違う。

その拘束は確実に闇ゴーレムの動きを阻害していた。

「キシッ!」

その隙に、間髪入れず黒蟻が斬撃を浴びせまくる。

絶え間ない連撃は、常に闇ゴーレムの死角から行われ、ゴーレムに反撃の隙を与えない。

無論、ダーク・ウルフたちも闇で拘束するだけではない。

かつてシュヴァルツが使った闇からの質量攻撃や、叫びによる咆撃。

それらを完璧なコンビネーションで叩き込み、闇ゴーレムの体を少しずつ削ってゆく。

そして戦闘開始から、三十分。

「……ゴァァ……」

膝を突き、体を崩壊させる闇ゴーレム。

遂に彼らは闇ゴーレムを破壊することに成功したのだ。

「ワ、ワォォオオオオオオン」

「キシッ! キシシシシ!」

「ワンッ! ガウガウガウ!」

やった! 遂に勝った! 勝ったのだ!

お互いに体を擦りつけ合い、健闘を称えるダーク・ウルフたちと黒蟻一匹。

あの地獄の訓練とこの戦いを乗り越え、彼らの間には種族の垣根を越えた無二の絆が生まれていた。

『ウム、良クヤッタゾ』

その光景に、シュヴァルツも満足げに頷く。

個としての強さ、そして群れとしての強さもより強固なものになった。

これで己の番いが真に目覚め、加われば完璧である。

それはまだ先だろうが、それでも一歩前進である。

星空を見上げ、シュヴァルツはその光景に思いを馳せた。

『……』

そこでふと、彼はあのゾンビの言葉を思い出した。

『――分かっているのかい、『狼王』! もう私達にはあまり『時間』が残されていないんだぞ! 『大罪』も『六王』も! 私の手元に置いておかなければ、いずれ――』

あのゾンビはそう言っていた。

それがどういう意味なのか、シュヴァルツも何となく理解していた。

シュヴァルツは『狼王』のスキルを手に入れた時、あのゾンビは『傲慢』を手に入れた時、彼らはこの世界の一端に触れた。

理由は分からないが、おそらく大罪や六王のスキル保有者は『特別』なのだろう。

この世界にとっても、『彼ら』にとっても。

『時間、カ……』

残された時間は確かに少ない。

この世界――カオス・フロンティアは砂上の楼閣だ。

それに抗おうとするあのゾンビの気持ちも分からなくはない。

『……』

シュヴァルツはもう一度星空を見上げる。

感覚を澄ませると、遥か遠く――海の向こう側に巨大な力の気配と胎動を感じた。

一つは海の中。

もう一つは西の大陸。

最後の一つは東の大陸から。

海の中に居る気配はもう目覚めている。

残りの二つはあと少しと言ったところか。

おそらくそう遠くない未来、全ての『六王』と『大罪』は出揃うだろう。

他の固有スキルの保有者も、ネームドも次々に目覚めている。

期限は刻々と近づいている。

だが、それでも、シュヴァルツは変わらない。

『我ハ我ノ道ヲ進ムダケダ』

阻むものがあれば誰であろうと容赦しない。

進む道が無ければ切り拓くだけ。

迷いなき足取りで、今日も彼は群れを率いて高みを目指すのであった。

群れのメンバー

ダーク・ウルフ その1 雌 かなり頭がいい

ダーク・ウルフ その2 雄 お調子者

ダーク・ウルフ その3 雌 馬鹿

ダーク・ウルフ その4 雄 慎重

ジェネラル・アント   雌 ドジッ子

全員まだ名前はない

次回から本編に戻ります。