19.あーあ、きっと-2
19.あーあ、きっと-2
体の片側を密着させ、このまま溶けて1つになるんじゃないかと思うほどに、2人は互いに身を預けていた。ゆっくりと木崎が顔を向ける。誰だこのとびきり甘くゆるんだ顔を、恐ろしい強面野獣だなんて思っていたヤツは。「日牧とつきあえて幸せ。奇跡みたい」 うううぅーー……っ!! 最後の呻きは声にならなかった。脳の酸素が足りない。オレだって好きだ。オレだって幸せだ。いつからどうしてこんなに大切になってしまったのだろう。 日牧は手を繋いだまま、ふらりと半歩横にズレて木崎の胸に顔を埋めた。周りは皆、下を見ているはずだからいいだろう。「ひま……?」「あの……木崎くん、デートのね、第1候補地……も、あったでしょ?」「あ、ああ、あれは……」「……来る? うち」「えっ! いいのか?!」 日牧は胸板に顔を擦りつけるように頷いた。そしてそのまま早口で息継ぎもろくにせず必死に言い訳を補足する。「でもホントに狭いからね! 木崎くんが思ってるよりずっとうち貧乏だから! 木崎くん家の1億分の1くらいの1DKだし襖開けてたら家中全部見えるしボロいし古いし何にも無いしでも染みとかはあるし! ホントは見せたくないんだけど……っ、カッコ悪いんだけど……っ」 ひいひいと泣き言を連ねる日牧。けれどももう1度、意思だけはしっかりと告げておきたい。「……それでも良かったら。木崎くんになら、……見られてもいい」「ひま……っ!」 満面の笑みで木崎は日牧の頭に手を回し、そのまま愛おしそうに髪に口づけた。ホントに周りはこっちを見ていないんだろうな? 下だけしか見ていないんだろうな?「……日牧はやっぱりすごい。見たくなかった柔道の試合を見に来てくれて、見せたくなかった家も見せてくれる。簡単じゃない。か弱いどころか、本当に強いんだな」「……そ、そんなわけ……」 心の弱さにだけは絶対の自信があるほど、自分は弱い人間だと思っていた。今も思っている。強くなってみたかった。まさかほんの少しだけ、叶ったのだろうか。木崎とつきあったおかげで? だとしたらオレのほうこそ、奇跡みたいだ。「で、でも……、木崎くんにはもう本性も全部見られちゃってるし、あとは何を見せたって今さらだよね、……へへ」 少し顔を離して、日牧は照れ臭そうに頭を掻いた。すると木崎は背中を丸め、髪に触れていた唇を日牧の耳のすぐそばにまで移動させた。熱くてくすぐったい。「……じゃあ、他にも見たいとこあるんだけど」「え? まだ何かある?」「…………して、…………とか、…………も……」 吐息に紛れさせてボソボソと、木崎は小さく低く囁いた。日牧の顔がボカンッと壊れたおもちゃのような音を立て、真っ赤な炎を噴き出してショートする。「ケッ……、ケダモノーーーーーっ!!!」 やっぱり野獣だ!ヒグマだ! 犬だ! いやもっと何かヤバい何かだ!! 野生動物は懐いて従順に飼い馴らせたと思っていても、気を抜くと襲われることがあると聞いた。これか! 今か! ヤバいぞ誰か助けてくれー!! 景色に夢中になっていたはずの周囲の目が一斉にこちらへ注がれる。こっちを見るな! オレの大声のせいだけど! ご迷惑をおかけして申し訳ありません!!「…………駄目?」 上から器用に上目遣いをするんじゃない。おねだり顔がカワイイのが嫌だ。情に絆されたら終わりだぞ。「そっ……、そんっ、そんなこと言うなら、うちも無し!!」「え!! それは嫌だ!」「だったら今のは無し!!」「えー?」「テメー普段からそんな恥ずかしいこと考えてやがったのかよ!!」「ひま、本性出てる」「……か、考えていたの、かい?」「フハハハ、何それカワイイ」「うるせー!! とにかく駄目! エロ!」「……分かった。諦めるから日牧の家は行きたい」「諦めるならいいけど……」「……今はまだ我慢する。でも、将来的にはいい?」「ううぅ……、しつこい……!」 大小の動物同士がじゃれつくように日牧と木崎は、腕や上体を絡ませたり逃げたりまた揉み合ったりしながら、展望室をあとにした。もしかしたら軽く喧嘩でもしているように見えていたかもしれない。 エレベーターの中でもひたすら言い合い小突き合い、ときには軽く足を蹴ったりなんかも。日牧は誰かとこんな風に、小競り合うような接触など1度もしたことが無かった。 相手を信じていられたら、少しも怖くないんだな。 いや、たとえ怖くても構わない。 オレの今後の平穏は、全部おまえにくれてやる。 あーあ、きっと楽しい。fin.