ニコ「責任、取ってもらうから」
ニコ「責任、取ってもらうから」
「いたっ!アキラ!」
「猫又?そんなに慌ててどうしたんだい?」
「急いで来てくれ!ニコが・・・ニコが!」
「ニコが?」
「ニコが大変なことに・・・!」
深刻な表情で彼女、猫宮又奈は僕に助けを求めに来た。よほど急いで来たのかはぁはぁと息を切らしている。事情は分からないが、ことはかなり切羽詰まっているのだと察する。
「・・・すぐに行こう、案内してくれ」
「こっちだ!」
日が沈み始めている。ヴィルリウムに吹く海風が身体から熱を奪っていき、身震いする。
嫌な予感を振り払うように、急かされるように駆け出した。
前を走る猫又は全速力ではなかったが、その足並みから焦りと緊張感がぴりぴりと伝わってきた。
詳しい説明を聞く間もなく、猫又は目的地と思しき場所にたどり着く。
そこは街の中心部からは外れた小さな公園だった。遊具が数台と、ベンチがあるだけ。ヴィルリウムに来てしばらくたつが、ここへは一度も来たことはなかった。
「あそこだ!ニコ!」
猫又の視線の先、ベンチで一人座り込む女の子がいた。悪戯っぽい目つきに、派手なピンク色の髪をツインテールにして表した勝気さや、露出の多い服装。それが僕の知っているニコだ。
だがそこにいたのは知らないニコだった。たれ下がった眉に俯いた表情。髪は結んでおらずストレートのままで、服装はジャンパースカートと胸元に大きくあしらわれたリボンが特徴的なブラウスを組み合わせて上品さを醸し出している。所謂お嬢様スタイルだ。
「えっと、ニコ?だよな?」
「・・・アキラ?なんで」
「ほらニコ!アキラも来たから元気出してよ」
猫又がニコの前にかがんで目線を合わせて言う。どう見ても小さい子を相手にしているみたいで少しおかしかった。
一度は顔をあげたものの、またすぐに黙り込んでしまう。
「何かあったのかい?」
問いかけはニコにしたものだったが、返してきたのは猫又だった。首だけこちらに回してもったいぶるように言った。
「ほら、この間のハイドショアで捕まってたこと。あたしたちを危険な目に合わせたってずっと気にしてるんだ」
「・・・なるほど」
猫又はニコに気を使って言わなかったが、おそらくアンビーの件が一番の要因だろう。目先の利益に囚われた結果、家族同然の存在が傷つけられたのだ。流石に天下のニコ・デマラでも相当心に杭を打たれた経験だったろう。
ん?これはつまりニコが落ち込んでいるから元気づけるために呼ばれたということだろうか。口にはしないがそこまで切羽詰まった状況ではないと言うか、そもそもニコがしょげているところなんて初めて見た。
戸惑いが顔に出る前に疑問を投げる。
「それで、この格好は?」
「ああ、あのクラレッタって人に貸してもらえたんだ。『勘違いしないでよね!そんなぼろぼろの服でヴィルリウムにいられたらみすぼらしくて見てられないから貸してあげるだけなんだからね!べ、別にあんたのためじゃないから!』って」
口調だけでなく身振り手振りでその時のシーンを再現してきたのでありありと想像できた。もうあのツンデレは古き良き文化遺産として登録されるべきではないだろうか。
「ごめんアキラ、あとは任せていいか?話聞いてあげるだけでもいいからしばらくニコの側にいて欲しいんだ。本当は今のニコを一人にしたくないんだけど、アンビーの様子も見てあげたくて」
「わかった、任せてくれ」
二つ返事で返したが、猫又はどこか心配が抜けないのか釘を刺してきた。
「ほんとに一人にさせちゃダメだぞ!さっきなんてちょっとぶつかったボンプに謝ってたんだぞ、あのニコが!」
「それは普段から謝るべきことだな」
「ナンパまでされてたし!」
「・・・ボンプに?」
「人だよ!」
なん、だと・・・。そんな素っ頓狂な人間がいたなんて、ぜひともお顔を見てみたい。
とはいえ、今のニコはその姿格好からしてちょっと良いとこのお嬢様に見えてしまう。暗い表情も相まって儚さがあり、どこか放っておけない、惹かれるものがある。
「とにかく頼んだぞ!ニコが変な男に引っ掛からないように注意してくれ」
再三の警告をして猫又は躊躇しながらもアンビーの元へと走っていった。邪兎屋の若手だがなんだかんだ言って一番みんなのことを気にしているのが猫又なのかもしれない。
だからこそそんな彼女に信頼されてニコを任されたのだ。応えないわけにはいかない。
それにニコとの付き合いもそれなりに長いこともある。僕と二人でしか出来ない話しや話し方もあるだろう。
視界の隅、公園の中央付近に自動販売機を見つけた。一瞬、聞こうと思ったが十中八九「いらない」と言われそうだったのでやめた。一人で自販機に向かって歩いていく。買ったのは初めて見たメーカーの缶コーヒーとココア。ヴィルリウム限定の商品だろうか。
ベンチに戻り、隣に座った。無言でココアを差し出すと、ゆっくりとだがそれを受け取ってくれた。
少しだけほっとしてプルタブを開ける。一口飲んでから話を切り出す。
「アンビーの容態はどうだい?」
「・・・だいぶ良くなってきてる。まだ安静第一だけど、今は猫又とビリー、三人で交代で様子見てるから。さっきまではあたしが見てたんだけど、猫又が変に心配しててね。悪いわね、あんたにまで迷惑かけちゃって」
「おいおい今更だろう?どうしたんだ、らしくないじゃないか」
「あたしらしさってなんなのかな。ディニーに目が眩んでアンビーを危険な目にあわせたこと?ううん、アンビーだけじゃない、猫又にもつらい思いさせちゃったし・・・」
「反省ならアンビーが元気になった後に皆でするんだ。ニコが全部背負うことじゃない」
初めて見るその様子に、ニコ・デマラの繊細な部分を目の当たりにして持っていた缶を握る手に力が入る。
「もういいの、放っておいて。あたしが悪いんだから」
言って拒絶するかのように体を丸め、蹲ってしまった。こうなっては取り付く島もないが、このままにするわけにもいかない。
「今日はもう帰ろう。このまま外に居たら風邪をひく」
「先に帰って」
「ニコを一人に出来ないよ」
「猫又に頼まれたから?」
「違うよ、僕の意思だ」
「嘘よ、信じられない」
「嘘じゃない」
「じゃあなんで毎度毎度違う女といるのよ!」
意表を突かれた質問に息が詰まった。自然と、ニコに合わせるように語気が荒くなった。
「それは今関係ないだろう。それにそのことをニコに咎められる筋合いは無いはずだ」
「ええそうよ!あたしはあんたの彼女でも何でもないんだから!だから、もう・・・放っておいてよ!」
「出来るわけないだろう!」
「なんでよ!あたしのこと好きでも何でもないくせに!」
さっきから言っていることが支離滅裂だ。いつの間にか論点がすり替わっているし。
こんなところで、こんな時に告白なんてするつもりなかったのに。その問いかけをされたら答えなんて、決まっている。
「好きだよ」
「・・・・・・は?」
「好きじゃなきゃ、こんな我儘な女の子の側にいられるもんか」
気付けば身体が勝手に動いていた。触れるような、ほんの少しだけの接触。それでも確かに、はっきりと唇の柔らかさと熱を感じ取れていた。
「なっ、なっ・・・あ、あんた勝手に・・・!」
ニコの顔がかぁっと赤くなるのが見えた。きっと僕の顔も全く同じことになっているだろう。
恥ずかしさを隠して、捲し立てるように告げた。
「これはお返しだ」
「は、はぁ?」
「僕がホロウに落ちてエーテル侵蝕で意識無くした時、ニコがしてくれたことへのお返しだ」
「あ、あれは救命措置で仕方なくしたのよ!あたしの唇は安くないんだから!」
顔を真っ赤にしながらも、目の前にいたのはよく知るニコだった。過程は多少、いやかなり強引だったが気力が戻ったのならこの行為にも意味はあった。責任は取らねばならないが。
「それはすまないことをしたな。どうしたら許してくれるんだ?」
少しだけおどけるように言って見せると、キッときつく睨んで右手を挙げた。ビンタの構えだ。
「目、閉じなさい」
「・・・手加減してくれると助かる」
ダメ元の願いをして目を瞑ってその時を待った。
が、一向に来ない。じらして恐怖をじりじりと募らせていたぶるつもりなのか。そんなに怒らなくてもいいのに。
恐る恐る片目を開けると、目の前にニコがいて、そのまま
「んっ・・・・・・んぅ」
首に手を回され、先ほどよりも長く唇を奪われた。
驚いた様子を隠せないままニコを見る。
「・・・あんたが悪いんだからね。弱ってる女に優しくしたりキスするなんてひどい、最低」
「ニコが笑顔になるなら最低でもいいよ」
街灯に照らされたニコの顔が真っ赤になった。唇が何か言いたげにわなわなと震えていた。
「だったら最後まで優しくして、責任とって」
蕩けた声が脳を刺激する。寄りかかっていたニコの体はすでに抱きしめる形になっていて、顔が近い。
もう一度、触れるような口づけを交わすと、ニコは「あっ」と、切ない声を漏らして今にも泣きだしそうになる。
「なんですぐに離すのよ」
「ごめん、ニコが可愛くて、つい」
抗議のつもりなのか、ぐりぐりと頭を僕の胸に当ててくる。それすらも愛おしく感じてしまう。
だが段々とニコの異変に気付く。さっきからはぁはぁと息が荒く、目もどこか虚ろだ。顔はずっと赤いままだったが、今はどことなく淫靡な雰囲気がある。
「に、ニコ?そろそろ帰ろう、寒くなってきたし」
「・・・やだ、まだ帰りたくない。もっとくっつけばいいじゃない」
むぎゅっと音がしたわけではないが、オノマトペにしたら確実にそれが正解だと言わんばかりに、ニコの胸が僕の胸を圧迫した。
「ねぇ、アキラ」
「な、なにかな?」
「あたしのこと、好きって本当?」
「本当さ、嘘じゃない」
「じゃ、じゃあもう一回言って?あたしの顔を見ながら、もう一回言って」
どうやら僕はギャップというものにとことん弱いらしい。普段のニコからは想像できない言葉も、髪を下ろしている姿も全てが魅力的で蠱惑的だった。
「好きだよ、ニコ」
「あたしも好き、アキラ」
交わした言葉を行動で示すように口付けをする。確かめ合うように、何度も。
予想外で予定外の事態だったが、どうにか猫又の願いを叶えることが出来た。あとはニコを送り届ければ一件落着。
の、はずだった。
「んっ・・・ん・・・・んっ」
終わらない、ニコが全然キスをやめない。
少し苦しくなって離しても、逃がさないとばかりにキスされる。
それどころか段々とのしかかれて、押し倒されそうになる。
「ニコ、一旦おちつい・・んっ!・・・・ちょ、ちょっとま・んむっ!」
「ぷはっ・・・ごめん、もうとまんない。でもあんたが悪いのよ、こんなにあたしを切なくしたんだから」
ついに押し倒されてしまった。ニコの指が優しくなぞるように体に触れられ、最後は服の間に滑り込ませて直に肌を触られる。
月明かりに照らされたニコの顔は、楽し気で、妖艶さを含ませた笑顔で続けた。
「責任、取りなさい」
おわり